愚骨な傭兵

菅原

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 七頭の狼の内、二頭が考えなしに川へと飛び込んだ。大きな水飛沫が飛ぶ。先遣隊だろうか。残りの五頭はその場で動かずこちらの様子を伺っている。川に飛び込んだ二頭はと言えば、シウバリスの狙い通り、水に足を取られ明らかに動きが鈍い。シウバリスは左手の盾で左半身を隠しながら、接近してきた一頭目の白狼目掛けて剣を振り上げた。地上戦であれば狼特有のその素早さを持って回避出来たかもしれない。しかしここは水の中。いかに足の速い白狼であっても、鈍ったその足では彼の剣を回避すること叶わない。結果、一太刀で白狼の右足が切り裂かれた。
 二頭目の狼は若干強かであった。一頭目へ目掛けて剣を振るったシウバリスの隙をつき、仲間の体の陰から飛び掛かってきたのだ。しかしシウバリスには通用しない。彼は左腕を力の限り振り被り、頑丈な鉄盾で狼を殴り飛ばした。思わず目を瞑ってしまうような鈍い音が響く。牙は折れ、頭蓋は拉げ、体が宙を舞う程の衝撃が狼を襲う。吹き飛んだ白狼はそのまま水の上を越え、川岸の岩に叩きつけられた。まだ息は残っているようだったが、立ち上がることはできなさそうだ。シウバリスはそのまま流れるように刃を翻し、右足を負傷した白狼の首を切り飛ばした。瞬く間の攻防。だがその極僅かな時間で、彼は二頭の狼を屠って見せた。切り口からは鮮血が舞い、剣と川が赤く黒く染まっていく。二頭の同胞が殺されたのを見て、残りの狼はそれぞれ視線を合わせた。

 シウバリスにとっての唯一の懸念事項は、狼が逃げていくことだった。ただでさえ川の水に浸かり動きは鈍いというのに、逃げられては追うこともできない。また、森の中を本気で逃げ回られては、再び合間見える可能性は限りなく低いだろう。加えてこのまま彼らがより大きな群れに情報を持ち帰った場合、依頼の達成は更に難しくなってしまう。人間より遥かに優れた嗅覚を持つ狼にとって、シウバリスの匂いや彼がかぶっている虫除けの外套の匂いがあれば、森のどこにいるかは容易に判別がつく。依頼をより迅速に熟すには、今ここにいる残りの五頭を逃がすことなく屠らねばならない。
「かかってこい!」
 シウバリスは剣の柄で鉄の盾を叩き、がんがんと大きな音を鳴らした。狼たちの注意を引くための挑発行動だ。すると狼狽えていた白狼たちは、大きな音に誘われ一斉にシウバリスを鋭く睨み付けた。
 五頭の狼は動き出す。まずは二頭。次に三頭。先よりも対処の難しい波状攻撃だ。人間の腕は二本しかない。五頭もの狼が一斉に襲い掛かってきては、とても無事では済むまい。しかし、シウバリスはこの五頭の狼をあっという間に倒すことになる。

 狼が迫る中、シウバリスは盾を離し、腰の麻袋から小瓶を取り出した。それを剣の柄で叩き割る。その中身は光苔よりも強い光を放つ『閃光石』の粉末だった。また、その光を増幅するために『鏡面石』の欠片も調合されている。これにより放たれる閃光は、一瞬で周囲を白く包み込みあらゆる者の視覚を奪うことが出来る。『閃光瓶』と呼ばれる狩猟道具だ。発症条件は空気に触れること。つまり瓶を砕くことで、閃光が放たれる仕組みとなっている。
 自然界では味わうことのできないその強烈な光を受け、狼たちは突如混乱に陥った。先頭を行く二頭は平衡感覚を失い、頭を水の中に突っ込んだ。後続の三頭のうちの二頭は、その場で立ち止まり彷徨い始める。残る一頭は、勇敢にも匂いを頼りにシウバリスへと向かっていった……が、失われた視力では降りかかる剣を避けることもできず、首を切り飛ばされてしまった。その後は簡単なものだ。シウバリスは水の中でのたうち回る狼の腹を切り裂き、右往左往する狼の首を一つずつ切り飛ばしていく。結局、彼が七頭の狼を倒すのにそう長い時間はかからなかった。

 七頭の白狼を討伐しても、依頼達成にはまだ三頭の白狼を討伐しなければならない。時刻はまだ昼を過ぎたばかり。シウバリスは川の中に転がった白狼の死体を岸に引き上げると、討伐の証として爪や牙を回収し、残った死体の処理をする。本来であれば毛皮も素材として回収し、売却や装飾品、装備類の材料に回すことが出きるのだが、今回の場合は出来そうになかった。川の中で戦った弊害だ。水を吸った毛皮はとても重く持ち運びに向かず、乾かすのにも時間がかかる。唯でさえ六頭もの狼の死体を岸に引き上げなければならないのだ。更に皮を剥ぎ、乾燥させるような手間は、今の彼にとって億劫すぎた。また、盾で吹き飛ばした死体も岩にぶつかったせいでぼろぼろで使い物になりそうにない。
 白狼の死体を集めたシウバリスは、死体の近くに膝をつくと腰の麻袋に手を伸ばす。袋から取り出したのは先の小瓶とは違う色の粉末が入った小瓶だった。中には黄色い粉が大量に入っていて、所々に青い欠片が見える。また、小瓶の蓋からは紙縒りが頭を出していて、瓶の中の粉末まで延びていた。『炸裂瓶』と呼ばれるそれは、端的に言えば小さな爆弾だ。シウバリスはその小瓶を地面に半分埋め、火起こし用の道具で紙縒りに火をつける。火は紙縒りを伝い瓶の中の粉末へ。彼が木の影に隠れ終わる頃、大きな音をたてて小瓶が爆発した。辺りに土塊が飛び散り、もうもうと煙がたつ。それが晴れるとそこには、一つの大きな穴が出来上がっていたい。シウバリスはその大穴に狼の死体を放り入れていく。その後飛び散った土を狼の体が隠れる程度に被せた。最後の仕上げにと、シウバリスは三度腰の麻袋に手を伸ばす。今度取り出したのは茶色い粉末の入った小瓶だ。その粉末は、臭いを吸いとる特殊な野草を乾燥させ、粉末状にしたもの。『消臭瓶』と呼ばれる道具で、これを撒くことにより死体が放つ死臭を防ぎ、肉食動物が集まるのを防ぐ効果がある。それを辺りに撒いたところで漸く、死体の処理は完了だ。あとは大地の精霊の力によって死体は骨まで土に還ることになる。全ての後処理を終えたシウバリスは、ほんの少しだけ休息をとると、次なる標的を求め森の散策を再開した。
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