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散策を再開したは良い物の、その後、白狼の姿を見つけることはできなかった。先の戦闘による余波であわよくば新たな白狼が寄ってこないか、と考えていたシウバリスだったが、当てが外れてしまい内心で落胆した。日が暮れる頃には農村へと帰還する。一日歩き詰めで少々草臥れている。明日もまた早くから散策に出なければならないと考えると、癖とは別についため息が出てしまった。
森に入った時同様、壊れた柵の間を抜ける。すると村の方から一つ声が上がった。
「傭兵さん!」
声の主は先日シウバリスを村長の家に案内した農夫だ。男は慌てた様子でシウバリスに駆け寄ってくる。
「進捗はどんなもんだね」
「七頭殺した」
「おお! 流石傭兵さんだ。さあ男衆らがお前さんの武勇伝を聞きたいと集まっているぞ。対したもてなしもできないが一杯どうだ」
初めて出会った時とは打って変わり、気安く肩に手を伸ばす農夫。対しシウバリスは、その手を押しのけこう言った。
「すまないが私は酒が飲めない。それにまだ依頼が終了したわけではないからな。明日に備えこのまま休ませてもらいたい」
「なんだ、下戸なのか。まぁこっちは頼んでいる身だ。しっかり休んでくれよ」
ぶっきらぼうなシウバリスの対応にも嫌な顔せずに農夫は笑った。誘いを断ったシウバリスはそのまま賑やかな喧騒から離れ、村長宅の宛がわれた自室へと引っ込んだ。
夜も更け、皆が寝静まる頃……寝台で寝息を立てていたシウバリスは、若干の違和感を感じ目が覚めた。得も言われぬ悪寒が肌を指す。戦争が始まる前のような、空気のひりつく感じがあった。所謂殺気というものが辺りに充満している。シウバリスは壁に立て掛けていた剣と盾を手に取り、机の上に広げていた麻袋を腰に結わえ付けた。それから一度だけ深呼吸をすると、仮の自室を出る。まずは村長の眠る部屋へ。戸を数度叩くと、中から眠たそうな老爺が顔を出す。
「ふわぁ……こんな時間になにか用ですかな?」
「何かが村を襲いに来たようだ。私は外に出る。ノイン殿は村の方の対応を頼む」
「なっ!? ほ、本当ですか!? これはいけない……どうか、よろしく頼みます!」
村長はそう叫ぶと一旦自室に引っ込んだ。すぐにどたばたと中から音が聞こえ始める。シウバリスは村長が出てくるのを待たずに外へと急いだ。
家の外に出てみると、より殺気が強くなった風に感じた。加えて違和感も際立つ。分かりやすいところで言えば……いつも聞こえる夜に鳴く鳥虫の声が一切聞こえない。また、生き残っている村の家畜らが酷く怯えている。冷たい風が一陣拭いた。風の行く先は森の方角。シウバリスはすぐに森の方へと向かう。
村から森へ向かう途中にある柵まで来た。するとそこには、数体の白狼と共に巨大な影があった。その大きさたるや、シウバリスの身長を優に越える。月明かりを受け銀に輝く体毛。卓越した爪に牙。手下であろう白狼などとは一線を画す存在感と威圧感。それは『白銀狼』と呼ばれる者。白狼を統べる王者である。その紅の眼に見つめられるだけで、全身の毛が逆立つ。
不意に、白銀狼は首を一度だけ降った。それを合図に彼の周囲にいた白狼たちが駆け出す。標的は勿論シウバリス。迫る白狼たちに対し、シウバリスは剣と盾を構える。
迫る白狼の数は全部で五頭。シウバリスが昼間に道具を用いて討伐した数と等しい。今回もまたその道具を使えば、白狼たちは楽に倒せるだろう。確実性を求めればそれが最善であることは彼にも分っている。しかし彼は、麻袋に手を伸ばすことをしなかった。瓶がもったいないというわけではない。最も気にしなければならないのは彼らの親玉、白銀狼の存在だ。可能な限り手を隠して当たるべき。シウバリスはそう考えた。
一頭目の白狼が飛びかかる。シウバリスはそれを盾で受け止めると、迫る二頭目の狼へ剣を振るった。流れるような攻防。盾と剣がまるで別の生き物のように動く様に、白狼たちは驚いた。その驚きで足は鈍り、振られた剣が狼の胸を切り裂く。舞い散る鮮血。だが傷は浅く、命を絶つまでには至らない。昼間戦った白狼と同じ白狼でありながら、質は一味も二味も違うらしい。続く三頭目の爪撃は地面を転がることで回避した。強かな四頭目の白狼は地面を転がるシウバリスへの追撃を望む。ところがシウバリスは、一回転したところで上手く体勢を立て直し、膝を地につけたまま飛びかかる狼へ向かって剣を付きだした。白狼の胸を剣が貫く。力無く項垂れる狼の体。漸く一頭を倒すことが出来たが……死体が刺さったままの剣は使い物にならない。引き抜こうにも発達した筋肉が刃を挟みすんなり抜けそうにない。そんな最悪の状態で、最後の狼が口を大きく開けて襲いかかってきた。盾を警戒してか、剣が無力化されていることを理解しているのか、剣を持つ右手側から襲い掛かってくる。
「くっ……うおおお!!」
シウバリスは苦悶の声を上げながら握っていた剣を離し、狼の口へ腕を突っ込んだ。丈夫な皮の服をもってしても白狼の鋭い牙を完全に防ぐことはできない。右腕に走る激痛に顔を顰める。しかしシウバリスは怯むことなく、狼の顔面を鉄の盾で思い切り殴り飛ばした。目玉が飛び出すほどの衝撃。当然白狼は絶命する。残す狼は三頭。対してシウバリスは現在武器を失くし、右腕は負傷。己が身を守るは左腕の盾一つだけだ。彼は格闘家ではないのだから、素手で狼を相手にするのは荷が重い。剣を早急に取り戻さねばならないのだが、剣は死体に刺さったまま。抜き取るにしても、その間は大きな隙となる。殺気立つ白狼たちがそれを見す見す逃すはずがない。仕方ないとシウバリスは腰の麻袋に手を伸ばす。
(閃光で目を潰し剣を取る。その間に三頭を倒してしまいたいが……)
じりじりと距離を縮めてくる白狼たち。二度目の攻防が始まろうかというその時、後方に控えていた白銀狼が遠吠えを上げた。
森に入った時同様、壊れた柵の間を抜ける。すると村の方から一つ声が上がった。
「傭兵さん!」
声の主は先日シウバリスを村長の家に案内した農夫だ。男は慌てた様子でシウバリスに駆け寄ってくる。
「進捗はどんなもんだね」
「七頭殺した」
「おお! 流石傭兵さんだ。さあ男衆らがお前さんの武勇伝を聞きたいと集まっているぞ。対したもてなしもできないが一杯どうだ」
初めて出会った時とは打って変わり、気安く肩に手を伸ばす農夫。対しシウバリスは、その手を押しのけこう言った。
「すまないが私は酒が飲めない。それにまだ依頼が終了したわけではないからな。明日に備えこのまま休ませてもらいたい」
「なんだ、下戸なのか。まぁこっちは頼んでいる身だ。しっかり休んでくれよ」
ぶっきらぼうなシウバリスの対応にも嫌な顔せずに農夫は笑った。誘いを断ったシウバリスはそのまま賑やかな喧騒から離れ、村長宅の宛がわれた自室へと引っ込んだ。
夜も更け、皆が寝静まる頃……寝台で寝息を立てていたシウバリスは、若干の違和感を感じ目が覚めた。得も言われぬ悪寒が肌を指す。戦争が始まる前のような、空気のひりつく感じがあった。所謂殺気というものが辺りに充満している。シウバリスは壁に立て掛けていた剣と盾を手に取り、机の上に広げていた麻袋を腰に結わえ付けた。それから一度だけ深呼吸をすると、仮の自室を出る。まずは村長の眠る部屋へ。戸を数度叩くと、中から眠たそうな老爺が顔を出す。
「ふわぁ……こんな時間になにか用ですかな?」
「何かが村を襲いに来たようだ。私は外に出る。ノイン殿は村の方の対応を頼む」
「なっ!? ほ、本当ですか!? これはいけない……どうか、よろしく頼みます!」
村長はそう叫ぶと一旦自室に引っ込んだ。すぐにどたばたと中から音が聞こえ始める。シウバリスは村長が出てくるのを待たずに外へと急いだ。
家の外に出てみると、より殺気が強くなった風に感じた。加えて違和感も際立つ。分かりやすいところで言えば……いつも聞こえる夜に鳴く鳥虫の声が一切聞こえない。また、生き残っている村の家畜らが酷く怯えている。冷たい風が一陣拭いた。風の行く先は森の方角。シウバリスはすぐに森の方へと向かう。
村から森へ向かう途中にある柵まで来た。するとそこには、数体の白狼と共に巨大な影があった。その大きさたるや、シウバリスの身長を優に越える。月明かりを受け銀に輝く体毛。卓越した爪に牙。手下であろう白狼などとは一線を画す存在感と威圧感。それは『白銀狼』と呼ばれる者。白狼を統べる王者である。その紅の眼に見つめられるだけで、全身の毛が逆立つ。
不意に、白銀狼は首を一度だけ降った。それを合図に彼の周囲にいた白狼たちが駆け出す。標的は勿論シウバリス。迫る白狼たちに対し、シウバリスは剣と盾を構える。
迫る白狼の数は全部で五頭。シウバリスが昼間に道具を用いて討伐した数と等しい。今回もまたその道具を使えば、白狼たちは楽に倒せるだろう。確実性を求めればそれが最善であることは彼にも分っている。しかし彼は、麻袋に手を伸ばすことをしなかった。瓶がもったいないというわけではない。最も気にしなければならないのは彼らの親玉、白銀狼の存在だ。可能な限り手を隠して当たるべき。シウバリスはそう考えた。
一頭目の白狼が飛びかかる。シウバリスはそれを盾で受け止めると、迫る二頭目の狼へ剣を振るった。流れるような攻防。盾と剣がまるで別の生き物のように動く様に、白狼たちは驚いた。その驚きで足は鈍り、振られた剣が狼の胸を切り裂く。舞い散る鮮血。だが傷は浅く、命を絶つまでには至らない。昼間戦った白狼と同じ白狼でありながら、質は一味も二味も違うらしい。続く三頭目の爪撃は地面を転がることで回避した。強かな四頭目の白狼は地面を転がるシウバリスへの追撃を望む。ところがシウバリスは、一回転したところで上手く体勢を立て直し、膝を地につけたまま飛びかかる狼へ向かって剣を付きだした。白狼の胸を剣が貫く。力無く項垂れる狼の体。漸く一頭を倒すことが出来たが……死体が刺さったままの剣は使い物にならない。引き抜こうにも発達した筋肉が刃を挟みすんなり抜けそうにない。そんな最悪の状態で、最後の狼が口を大きく開けて襲いかかってきた。盾を警戒してか、剣が無力化されていることを理解しているのか、剣を持つ右手側から襲い掛かってくる。
「くっ……うおおお!!」
シウバリスは苦悶の声を上げながら握っていた剣を離し、狼の口へ腕を突っ込んだ。丈夫な皮の服をもってしても白狼の鋭い牙を完全に防ぐことはできない。右腕に走る激痛に顔を顰める。しかしシウバリスは怯むことなく、狼の顔面を鉄の盾で思い切り殴り飛ばした。目玉が飛び出すほどの衝撃。当然白狼は絶命する。残す狼は三頭。対してシウバリスは現在武器を失くし、右腕は負傷。己が身を守るは左腕の盾一つだけだ。彼は格闘家ではないのだから、素手で狼を相手にするのは荷が重い。剣を早急に取り戻さねばならないのだが、剣は死体に刺さったまま。抜き取るにしても、その間は大きな隙となる。殺気立つ白狼たちがそれを見す見す逃すはずがない。仕方ないとシウバリスは腰の麻袋に手を伸ばす。
(閃光で目を潰し剣を取る。その間に三頭を倒してしまいたいが……)
じりじりと距離を縮めてくる白狼たち。二度目の攻防が始まろうかというその時、後方に控えていた白銀狼が遠吠えを上げた。
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