愚骨な傭兵

菅原

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 白銀狼の遠吠えによって、シウバリスを襲っていた白狼たちは一転戦闘を取りやめた。何事かと狼狽えるシウバリス。そんな彼を尻目に、白狼たちは白銀狼の元へと戻っていく。この間、シウバリスが倒した白狼は二頭。先の七頭と合わせても依頼達成には一頭足りない。しかし今のシウバリスにそんな利己的な考えを描く余裕は一切なかった。何故なら、月明かりの元、森の入り口に座す白銀狼が重い腰を上げたからだ。
「……手下たちとこないのか?」
 会話をしようと言葉を投げかけたわけではない。相手は言葉の通じぬ獣だ。端から意思疎通などできるとは思っていない。しかし白銀狼はその言葉に首を一度だけ縦に振ると、前足で数度地を蹴りつけた。それが戦闘開始の合図だと気付いたシウバリスは、急ぎ白狼の死体から剣を引き抜き、盾と共に構えた。

 白銀狼の姿が消える。……否、消えたわけではない。ただ巨体の割に予想以上の速さで駆けるものだから、視線が切れてしまったのだ。シウバリスは慌てて白銀狼の姿を探そうと辺りを見渡す。その瞬間、盾を構えていた方向から凄まじい力が襲い掛かった。
「ぐぉっ!?」
 シウバリスの体は盾ごと宙に浮き、強く地面に叩きつけられる。しかしシウバリスもやられっ放しではない。地面に接触した瞬間体を回転させ、自ら地面を転がることで衝撃を逃す。そのまま数度転がり続けた後、勢いのまま立ち上がると、衝撃の襲ってきた方向へ盾を構えた。
「げほっ! げほっ! ふぅっ! ふぅっ!」
 不意の衝撃、更に地面への打ち付けによるダメージは大きかったが、何故か乱れた呼吸を整える時間はあった。追撃がないことを不思議に思いつつも盾の陰から向こう側を覗くと、白銀狼はじっとシウバリスを見つめてきていた。

 体勢を立て直すまでのシウバリスは隙だらけだった。少なくとも、白銀狼が追撃を仕掛けていたのならば回避すること叶わず、大きな痛手を受けたであろう。ところが白銀狼は、シウバリスが再び戦闘態勢に移るまで唯々見つめていただけだった。腰を下ろし、まるでその赤い眼で品定めをするように。
 見知らぬ相手に対する挨拶代わりの一撃だったのだろう。シウバリスはそう割り切ることにした。そうした武人然とした理由でもなければ、追撃がなかったことに得心がいかなかった。仮に彼の決めつけが正しければ、もはや一縷の油断もならない。挨拶は終わったのだ。あとは死闘が待つばかり。シウバリスはそう感じた。

 呼吸を整えたシウバリスは、辛うじて離さなかった剣を改めて握りなおす。大きな深呼吸。そして身を覆っていた盾を少しだけずらした。その影から現れた顔は凄まじい覇気を纏っていた。白銀狼にも劣らぬ殺気が漏れ出す。その姿を見た彼はまるで嬉しそうに腰を上げた。刹那、巨体が動き出す。先ほどと同等の高速移動。しかし今度はシウバリスも見失うことはなかった。白銀狼はシウバリスから見て左手側に駆ける。そちらは強固な盾のある方向だ。
 シウバリスが持つ鉄の大盾は、生半可な攻撃なら容易く防げてしまう。実際白狼たちは、その盾の守りを打ち破ることが出来なかった。そんな強固な防御力を持つ反面、その方向は剣を持つ側よりも死角の多い個所でもある。大盾特有の大きさが、使用者の視線を防いでしまうのだ。そしてその欠点と引き換えにあった強固な守りという利点も、白銀狼相手では霞んでしまう。成人男性の中でも恵まれた体格を持つシウバリスが、盾もろとも吹き飛ばされてしまう相手だ。例え盾の上からでも真面にやり合えば致命傷もあり得る。それが両者の見立てだった。
 シウバリスは体勢低く左手方向に盾を構える。先ず注意しなければならないのは先も受けた攻撃だ。不意の一撃であったとはいえ、体が宙に浮くほどの衝撃を受けたのだ。あれが再現された時が、勝負が決する時だろう。次も相手が待ってくれる保証はどこにもないのだ。せめて無防備な状態で攻撃を受けぬよう、細心の注意を払いつつ体勢を整える。

 始まりの時と同様、白銀狼は地面を数度蹴りつけた。それが気づかず行った物なのか、わざと行った物なのかシウバリスにはわからない。ただ何かしらの攻撃が来るであろうことが分かった。そんな漠然とした読みにつき動かされ、盾を持つ手に力が籠る。途端、白銀狼の体が迫る。一切減速することなくシウバリスに肉薄していく。巨体を生かした体当たりかと思われた時、白銀狼は突然右前の足を振り上げた。
(爪かっ!)
 シウバリスは、吹き飛ばされんとばかりに盾を持つ左腕に渾身の力を籠めた。迫る巨大な爪。身を守る鉄の大盾。それらがぶつかり合った時、金属をひっかく嫌な音が鳴り響く。攻撃を読み切ったシウバリスの盾は、白銀狼の爪を受け止めたのだ。だが白銀狼の力は凄まじく、吹き飛ばされないまでも盾が腕ごと弾かれてしまう。
 体勢を崩すシウバリスへ向け、白銀狼は次に左腕を振り上げる。盾は弾かれ受け止めるに間に合わない。
「くおおっ!」
 シウバリスは苦悶の声を漏らしながら、右の剣を振るった。再び鳴る金属音。剣の刃の上を滑った爪は、当初の狙いである頭の位置を外れ、シウバリスの左肩を切り裂く。
「ぐあっ!!」
 痛みに声が漏れる。だが一息つく暇はない。白銀狼は更に追撃を加えんと右腕を振り上げようとしている。シウバリスは何とか回避しようと必死に藻掻いた。あとに続く攻防の事など一切考えず、唯、今迫る腕を避ける為だけに地面を転がる。背後で地面が爆ぜる音がした。回避は辛うじて叶ったようだ。慌てて立ち上がるシウバリス。再び盾を構えようとした瞬間、視界一杯に白銀狼の体が迫った。恐怖と焦りから、背筋に悪寒が駆け抜ける。

 シウバリスは攻撃が当たる直前、思わず地面を蹴った。何か考えがあったわけではない。先ほど地面を転がった時同様、迫る恐怖から只管逃げようとした結果だ。だがその悪あがきの結果、彼は幸運の女神に愛されることになる。
 白銀狼の体がシウバリスの体を吹き飛ばす。本来であればその衝撃は到底耐えられるものではなく、何十という距離を吹き飛ばされた後、地面に叩きつけられるはずだった。ところが、宙に浮く体は地で踏ん張った時と比べ、驚くほど衝撃を逃がす。また後方に飛び退いたことが功を奏し、上下が逆転するなんてこともなかった。更には本能のまま間に割って入った大盾。様々な要因が重なり、まるで指示したかのようにシウバリスは宙を舞う。着地も蹈鞴を踏みはしたがなんとか成功。これには攻めていた白銀狼だけでなく、避けようとしていたシウバリスも驚いた。
 これが最後かと思われた突進を耐えきったシウバリス。だが一切被害がなかったわけではない。咄嗟に割り込ませた盾を持つ左腕が、残った衝撃を全て受けとめてしまった。先の裂傷も加え、腕が痛みと痺れで持ち上がらない。身を守る為の盾が使えなくなってしまった。いまだ彼は窮地にいる。
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