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両者の間には先ほどの攻防で大きな距離が開いていた。シウバリスが左腕を扱えぬと察した白銀狼は、止めを刺さんと走り出す。一方のシウバリスは、剣を地面に突き刺すと腰の麻袋から緑色の液体が入った小瓶を取り出した。蓋を口で開け、左腕の傷口に振りかける。中身は止血効果と鎮痛効果を持つ薬草類の混合液だ。『薬瓶』と呼ばれるその中身を全て傷口にかけた後、手で薬液を傷に刷り込む。傷が焼けるように痛むが、それを気にしている余裕などない。シウバリスが傷の処理をしている間、白銀狼は一直線にシウバリスへと駆けてきていた。最後と言わんばかりに大きな口を開け、その牙で噛み付こうとしている。シウバリスは急ぎ剣を引き抜くと、今だ痺れる腕を必死に持ち上げ、空いた口へ盾を突っ込んだ。
「うおおおお!!」
巨体故の弱点といえばいいだろうか。開いた口に対して突っ込んだ盾は、丁度つっかえ棒のような働きを成し攻撃を防ぐことが出来た。しかし安心したのも束の間、白銀狼の顎の力は凄まじく、鉄を用いて作られた盾がミシミシと音を立てている。シウバリスはすぐさま口と盾の隙間から剣を突き入れ、切り払った。
『ギャアアン!!』
明らかな悲鳴と取れる声とともに、白銀狼が飛びのく。その口角からは鮮血が滴り、白銀に光る体毛を赤く染めていった。
白銀狼が飛びのいたことで、両者の間に再び距離が開く。その絶好の機会をシウバリスは逃さなかった。
(今が勝機!!)
すかさず彼は剣を手放し、麻袋から閃光瓶を取り出す。それを盾に叩きつけてから狼目掛けて投げつけた。眩い閃光が辺りを埋め尽くす。咄嗟の光は白銀狼であっても対応できなかったようだ。光が晴れた後には、小さな鳴き声と共にのたうち回る巨大な狼の姿があった。この隙に剣で切り付けてしまおう。そう思ったシウバリスだったが、相手は自身より大きな狼だ。滑稽にも見えるその足掻きが、存外脅威と成りうる。例え盾を構えていようとも、一歩間違えれば諸とも押しつぶされてしまうだろう。シウバリスは又もや麻袋に手を伸ばすと、炸裂瓶を取り出した。急いでそれに着火剤で火をつけ白銀狼へ向けて放り投げる。一拍置き起きる爆発音。更に一際大きな鳴き声がしたかと思うと、白銀狼の体は炎に包まれた。焦げ臭い匂いと体毛が焼ける独特の匂いが辺りに漂う。のた打ち回っているせいか炎は直ぐに鎮火したが、のたうつ強さは当初に比べ格段に落ちていた。シウバリスは改めて剣を握ると、白銀狼目掛けて走り出す。じたばたと暴れる手足を躱し、一度、二度と切りつける。白銀の毛皮は見る影もなく黒ずみ、刃は容易く肉を切り裂いていく。四度程切りつけたところで辺りの地面は焼け跡と血で黒く染まり始め、八度目の振り下ろしで遂に、狼の巨体は身動きを取らなくなった。
白銀狼が息絶えたと同時に、狼の遠吠えが重なる。相手は言葉の通じぬ獣でその顔に感情も見えない。だがその遠吠えは何処と無く悲しみを孕んでいるとシウバリスには感じられた。彼がその光景を暫く眺めていると、鳴いていた狼たちは一斉に森の中へと帰っていく。それと時を同じくわらわらと現れる村人たち。口々に歓声をあげ彼の回りへと群がる。
「傭兵さん! あんたすげぇよ!」
「こんなに大きい狼見たことないわ」
「こんだけの大物倒したんだ! 当分やつらも動けんだろうよ!」
一般には気持ちよく聞こえるだろう称賛の声も、シウバリスにとっては煩わしいことこの上ない。特に声をかけてくる類の人種は酷く苦手で、彼は殆ど言葉を返さなかった。彼は出来た人垣を無言で押し退けると、白銀狼の死体へと近づく。
「……」
遠のく喧騒の中、シウバリスは膝を付くと腰についた短剣を取り出す。それから動かなくなった白銀狼の体から牙や爪といった討伐証拠品、辛うじて無事な毛皮の一部などの素材類を切り取っていく。
シウバリスは違和感を感じていた。先ほどの戦闘は紙一重の攻防であった。道具を用い奇しくも勝利したものの、何か一つでも欠けていれば今こうして転がっているのは自分だったかもしれない。それほどの接戦だったというのに、白銀狼は一貫として真摯な態度を貫いていた。例えば……白狼たちも戦闘に参加していたら更なる苦戦は必至だっただろう。また初撃の一撃から更なる追撃を受けていたのならば、勝敗は逆転していたかもしれない。だが事実は異なった。白銀狼は白狼を退け、敢えて一対一の戦闘を望んだ。自らの力を知らしめるように初撃からの追撃を行わなかった。それらの行動を見たシウバリスは、白銀狼がまるで勇猛果敢な武将のように思えて仕方がなかった。結果、農村軍に属するシウバリスの勝利によって、白狼軍は敗走したことになる。彼が違和感を感じていたのはその起こり。何故この戦争が起きたのか、という点だった。
(年に数度は人が白狼に襲われる話を聞くが、それらはどれも彼らの縄張りを荒らしてしまったからと報告されていた。今ならわかる。あれほどの素晴らしい戦士が、意味もなく村を襲うはずがない。恐らくこれも……)
どんちゃん騒ぎをする村人たちを人知れずに睨み付けるシウバリス。彼に真実は分らない。唯そうであろうと予測するのみ。だがその可能性を否定できるほど、彼の中の村人像は信用できる物ではなかった。そんな彼の内心も露知らず、農村の長が近づいてくる。
「傭兵様、ありがとうございました。恐らくこれは群れの長でしょうから、ここいらも穏やかになることでしょう。本当にありがとうございます。さあ、傷の手当てをいたしましょう。そうしたらどうぞ好きなだけ飲んで食べていってください」
「……気にしないでくれ」
白銀狼の処理を終えると、更に近くに転がっている白狼の死体から爪や牙を採取していく。それも済ますと未だに騒ぎ続ける村人たちに残りの処理を任せ、彼は早々に自室に引っ込んだ。
「うおおおお!!」
巨体故の弱点といえばいいだろうか。開いた口に対して突っ込んだ盾は、丁度つっかえ棒のような働きを成し攻撃を防ぐことが出来た。しかし安心したのも束の間、白銀狼の顎の力は凄まじく、鉄を用いて作られた盾がミシミシと音を立てている。シウバリスはすぐさま口と盾の隙間から剣を突き入れ、切り払った。
『ギャアアン!!』
明らかな悲鳴と取れる声とともに、白銀狼が飛びのく。その口角からは鮮血が滴り、白銀に光る体毛を赤く染めていった。
白銀狼が飛びのいたことで、両者の間に再び距離が開く。その絶好の機会をシウバリスは逃さなかった。
(今が勝機!!)
すかさず彼は剣を手放し、麻袋から閃光瓶を取り出す。それを盾に叩きつけてから狼目掛けて投げつけた。眩い閃光が辺りを埋め尽くす。咄嗟の光は白銀狼であっても対応できなかったようだ。光が晴れた後には、小さな鳴き声と共にのたうち回る巨大な狼の姿があった。この隙に剣で切り付けてしまおう。そう思ったシウバリスだったが、相手は自身より大きな狼だ。滑稽にも見えるその足掻きが、存外脅威と成りうる。例え盾を構えていようとも、一歩間違えれば諸とも押しつぶされてしまうだろう。シウバリスは又もや麻袋に手を伸ばすと、炸裂瓶を取り出した。急いでそれに着火剤で火をつけ白銀狼へ向けて放り投げる。一拍置き起きる爆発音。更に一際大きな鳴き声がしたかと思うと、白銀狼の体は炎に包まれた。焦げ臭い匂いと体毛が焼ける独特の匂いが辺りに漂う。のた打ち回っているせいか炎は直ぐに鎮火したが、のたうつ強さは当初に比べ格段に落ちていた。シウバリスは改めて剣を握ると、白銀狼目掛けて走り出す。じたばたと暴れる手足を躱し、一度、二度と切りつける。白銀の毛皮は見る影もなく黒ずみ、刃は容易く肉を切り裂いていく。四度程切りつけたところで辺りの地面は焼け跡と血で黒く染まり始め、八度目の振り下ろしで遂に、狼の巨体は身動きを取らなくなった。
白銀狼が息絶えたと同時に、狼の遠吠えが重なる。相手は言葉の通じぬ獣でその顔に感情も見えない。だがその遠吠えは何処と無く悲しみを孕んでいるとシウバリスには感じられた。彼がその光景を暫く眺めていると、鳴いていた狼たちは一斉に森の中へと帰っていく。それと時を同じくわらわらと現れる村人たち。口々に歓声をあげ彼の回りへと群がる。
「傭兵さん! あんたすげぇよ!」
「こんなに大きい狼見たことないわ」
「こんだけの大物倒したんだ! 当分やつらも動けんだろうよ!」
一般には気持ちよく聞こえるだろう称賛の声も、シウバリスにとっては煩わしいことこの上ない。特に声をかけてくる類の人種は酷く苦手で、彼は殆ど言葉を返さなかった。彼は出来た人垣を無言で押し退けると、白銀狼の死体へと近づく。
「……」
遠のく喧騒の中、シウバリスは膝を付くと腰についた短剣を取り出す。それから動かなくなった白銀狼の体から牙や爪といった討伐証拠品、辛うじて無事な毛皮の一部などの素材類を切り取っていく。
シウバリスは違和感を感じていた。先ほどの戦闘は紙一重の攻防であった。道具を用い奇しくも勝利したものの、何か一つでも欠けていれば今こうして転がっているのは自分だったかもしれない。それほどの接戦だったというのに、白銀狼は一貫として真摯な態度を貫いていた。例えば……白狼たちも戦闘に参加していたら更なる苦戦は必至だっただろう。また初撃の一撃から更なる追撃を受けていたのならば、勝敗は逆転していたかもしれない。だが事実は異なった。白銀狼は白狼を退け、敢えて一対一の戦闘を望んだ。自らの力を知らしめるように初撃からの追撃を行わなかった。それらの行動を見たシウバリスは、白銀狼がまるで勇猛果敢な武将のように思えて仕方がなかった。結果、農村軍に属するシウバリスの勝利によって、白狼軍は敗走したことになる。彼が違和感を感じていたのはその起こり。何故この戦争が起きたのか、という点だった。
(年に数度は人が白狼に襲われる話を聞くが、それらはどれも彼らの縄張りを荒らしてしまったからと報告されていた。今ならわかる。あれほどの素晴らしい戦士が、意味もなく村を襲うはずがない。恐らくこれも……)
どんちゃん騒ぎをする村人たちを人知れずに睨み付けるシウバリス。彼に真実は分らない。唯そうであろうと予測するのみ。だがその可能性を否定できるほど、彼の中の村人像は信用できる物ではなかった。そんな彼の内心も露知らず、農村の長が近づいてくる。
「傭兵様、ありがとうございました。恐らくこれは群れの長でしょうから、ここいらも穏やかになることでしょう。本当にありがとうございます。さあ、傷の手当てをいたしましょう。そうしたらどうぞ好きなだけ飲んで食べていってください」
「……気にしないでくれ」
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