愚骨な傭兵

菅原

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 翌日からも、シウバリスはいつものように組合で依頼を受け熟していった。組合長であるブロウンとの間に一つ壁が出来てしまっていたが、会談以降組合からは何の音さたもなかった。ところが白銀狼との一件より一月ほどたった頃、再びシウバリスの元に厄介な依頼が舞い込んだ。

 ここ数日の間、町の外で活動していたシウバリスが拠点に還ってきたその翌日、シウバリスが組合に入ると、受付に立つミーティアが声を上げた。
「シウバリス様!」
 鈴の音のような凛とした声が広間に響く。周囲の傭兵は何事かと色めきだったが、その名を聞きすぐに落ち着きを取り戻した。二人の関係を詮索する声も、茶化すような声も聞こえない。触らぬ神に祟りなし。広場を埋め尽くしていた人の海が、受付まで縦に割れていく。シウバリスは周囲の目を無視してその道を通り、彼女の元へと駆け寄った。
「何か用か?」
「お待ちしておりました、シウバリス様。実は指名依頼が来ておりまして……」
「指名依頼?」
「はい。こちらになります」
 差し出された用紙には乱雑な字で「熊退治」と書かれていた。他の項目にも蚯蚓が這い回ったような線が引かれている。まるで自分さえ読めたら良いと言いたげな書類を見て、シウバリスは嫌な予感を覚えた。
「まさかとは思うが……」
「恐らくご想像の通りかと」
 引きつった顔で乾いた笑いを漏らすミーティア。数日ぶりに彼の口から溜息が出る。
「一先ず説明させて頂きますね。ここコルテナより北西にありますカッシュ山の麓にある森で、黒鋼熊くろがねぐまが目撃されました。目撃数は今のところ一匹ですが、通常よりも大きな個体のようです。依頼主は……」
 それまで流暢に説明するミーティアが少し言い淀んだ。
「どうした?」
「い、いえ。申し訳ありませんでした。えー、依頼主の名はブロウン。つまり組合長です」
 予想通りとはいえ、依頼主の名を聞いたシウバリスは再び大きく溜息をつく。
「黒鋼熊は白銀狼よりも上位の資格が欲しかったと思うが?」
「わ、私も言及したのですが……組合長は問題ない。気にするな、と……」
「職権濫用か? 全く腹が立つ。こういうのは嫌いだとあの時明言したつもりだったんだがな」
「も、申し訳ありません」
 只管謝るミーティア。その姿を前にしては、シウバリスもこれ以上追及できなかった。
「はぁ……今回が最初で最後だと組合長に伝えてくれ」
 シウバリスはそういうと、割符も受け取らずに組合を跡にする。今回の目的地は一日二日で行き来できるような距離ではない。長旅に備え、彼はしっかりと準備を始めた。


 翌日。シウバリスは北の町をめぐる乗合馬車に揺られていた。目的地であるカッシュ山へ行くには、先ずコルタナから馬車で三日かかる北の町へと行かなければならない。町に着くと次は西へと延びる街道を二日ほど歩き、漸くカッシュ山の麓にある森の前へと辿り着くことが出来る。一日、二日程度の旅は何度も経験したことがあるシウバリスだが、ここまで長い旅路は初めてだった。乗合馬車の客はシウバリス一人。おかげでとても静かな旅だった。護衛として傭兵が三人付いて来てはいたが、日中彼らがシウバリスに声をかけることは殆どない。それはシウバリスの最も好む環境だった。また、御者も一目でシウバリスの性格を察したようで、護衛をする傭兵たちとばかり雑談に勤しむ。長閑な昼下がり。彼が微睡んでいても、文句を言う輩は一人もいない。

 乗り合い馬車が通る街道のうち、一日で往来できる距離に集落がない箇所に限り、夜を明かすための簡易休息所が設けられている。旅人たちは日が暮れるとその休息所に集まり、共に一夜を明かすのだ。シウバリスがコルテナを立ったその日の夕方には、彼が乗る乗り合い馬車も休息所に辿り着いた。
 休息所は簡素なつくりだった。中は一間しかなく、一晩を明かすのに最低限のものしかない。火を扱える竈。寝台もあるにはあるが、木組みの台に薄い布が一枚敷いてあるだけ。机と椅子も良く軋み、今にも壊れてしまいそうだ。食料などあるわけもなく、食事も止まる者たちで持ち寄って取ることになる。そんな質の悪い宿であっても、野宿よりは数倍ましで、街道を行く者たちは皆その休息所に助けられていた。
 中に入った一同はそれぞれ仕事を始める。御者は暖炉に火をくべ食事の用意を。護衛の傭兵らは荷台から必要なものを運びだし周囲の警戒に当たる。客であるシウバリスは部屋の隅で腰を下ろし、壁に凭れ掛かっていた。

 夕食を終える頃、護衛役の傭兵の一人がシウバリスに声をかけた。
「すまない。食後の運動に付き合ってくれないか?」
「運動?」
 シウバリスが彼を見れば、木製の片手剣を握っている。彼の意図を察したシウバリスは、小さく溜息をつくと重い腰をあげた。悪態を突いたシウバリスだったが、その実、傭兵が持ってきたその話は彼にとっても都合の良い話だった。なにせコルタナを出てから夕食を終えるまでの間ずっと、座りっぱなしの旅だったのだ。少し体を動かそうか、そう思った矢先の誘いだった。

 休息所の外で二人は対峙する。各々の手には木製の片手剣。揺らめく松明に照らされて、両者の体は橙に色づいている。残る同行者である傭兵二人と馬車の担い手も、揃って外に出てその姿を見守った。
 どちらからともなく両者の距離が縮まる。木剣がかち合うカンカンと小気味のよい音が辺りに響き、二つの影が幾度となく揺れ、重なり、離れるを繰り返す。その光景を見た観客の三人は、各々感嘆の声を漏らした。
 シウバリスに声をかけた傭兵は、仲間内の三人の中で最も腕の立つ男だった。特に刀剣の扱いに長け、今彼らがやっている木剣による打ち合いも仲間内では負け無しだ。しかしそんな彼の剣をシウバリスは器用に受け止め続けるではないか。更には攻撃を捌く中で、極僅かな隙をついて反撃にも出る。戦うことにおいて素人である御者の目から見ても、両者の腕は優秀であり、甲乙つけがたいものだとわかった。素晴らしい攻防が続く。気がつけば二人とも汗だくで、思った以上に長い間打ち合っていた。
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