愚骨な傭兵

菅原

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 ブロウンのいうことは尤もなことだった。多くの傭兵は三級では飽き足らず、二級、一級への昇格を自ら望んで挑む。その多くは富や名声を求めての行いだが、シウバリスからすれば理解できぬ行動だった。彼が悩む理由は一つ。理解できぬ事実を、傭兵組合の長に対し素直に伝えていいのかどうかということ。彼とていつか、こうした話が持ち込まれるだろうことを予見はしていた。だからこそ極力、下位の目立たない依頼を受け隠密に活動していたのだが、今回は運悪く目立つ標的に遭遇してしまった。おかげでこうして目を付けられ、面倒な話が舞い込んでいる。彼の口からは溜息が堪えない。
(当たり障りのない言葉で有耶無耶にするのは簡単だが……今後を思えばきっぱりと断るべきだろうな)
 シウバリスは少し悩んだ挙句、自身の思想を伝えることに決めた。
「仲間は必要ない。そもそもそういった声をかけられないように三級で活動していたんだ。しかし今回白銀狼を倒してしまったせいで、こうして目をつけられてしまったがな」
 彼の態度は冷たい。関係を絶とうとする意志が見え見えだった。しかしブロウンは朗らかに笑う。
「まぁそう言うなよ。人間一人の力など高が知れているぞ? 今後上位の依頼を受けていくのなら、仲間は絶対必要になる筈だ」
「上位の依頼を受ける予定などない」
 懸命に歩み寄ろうとするブロウン。だがシウバリスは頑として突き放す。おかげで次はブロウンの口から溜息が漏れた。
「はぁ、わかったわかった。仲間についてはもう口を出さん。だが組合としても、一人であれをやれる奴は結構貴重なんだ。ここ最近一級、二級の試験の合格率もめっきり下がってしまったせいで、上位の依頼の消化が悪いんだ。有能な戦士はどんどん活躍していって欲しいと思っている」
「だから私に等級を上げ、依頼の処理して欲しいと?」
「ま、そんなところだな。どうだ? 頼まれてくれんか?」
 組合長という立場であるにも関わらず、内情を吐露したブロウンはシウバリスに頭を下げた。

 相手がシウバリスでない限り、本来ここまで拗れる話ではない。組合長から進級の打診があった、等という話、箔以外の何物でもないのだ。一般の傭兵であれば二言目もなく飛びつくような話である。加えてその組合長が自ら頭を下げて頼んできている。世話になっている傭兵らにとって、それは何とも断りにくい状況だ。
 しかしシウバリスはこう言い放つ。
「すまないが断らせてもらう。他を当たってくれ」
 迷う素振りはなかった。大概、目上の者からの頼み事であれば、結果断るにしても動揺の一つもするもの。それを一切悩むことなく断るシウバリスに、ブロウンの表情が少々強張る。
「……なぁ、何故そうも下位に拘るんだ? 等級が上がれば今より金が稼げるだろうし、裕福な暮らしもできるようになる。名声もついてくるぞ。町では吟遊詩人がお前の冒険譚を謳い、場合によっては王族から声が掛かることもあるかもしれない。これの何が不満なんだ?」
 ブロウンには、何故シウバリスがこの話に乗ってこないのか、本当に分からなかった。彼の常識から言えば、断られるような話では無い筈なのだ。今あげた利点も、全て万人受けする物ばかり。これを断る人間がいること自体が信じられなかった。一方シウバリスからすれば何とも呆れた話だ。
「誰もが名声を求めるとは思わない方がいい。吟遊詩人が歌う? 王族から声が掛かる? なんと煩わしい。私にとってそれらはむしろ欠点にしか感じられない」
「そう……なのか?」
「それに貴方は良いところしか言っていないが、依頼の危険度は今より増すだろう? それだけでも断る理由としては十分だ。私ももう若くはない。富よりも安全が大事だ」
「……そうか」
 シウバリスの迷いない言葉にブロウンは項垂れた。

 もはやブロウンには説得の言葉が浮かばなかった。なにせ、今さっき上げた利点が断る理由だと言われたのだ。他の交渉材料などすぐに思いつく筈がない。だが彼にも引くに引けぬ理由があった。その理由の一つが、昨今の傭兵の水準が著しく下がっている、ということだ。これまでコルタナの傭兵組合では、数か月に一度の割合で討伐第一級傭兵が誕生していた。ところがここ数年の間、そういった傭兵は生まれていない。……となるとやはり、他の町の傭兵組合からは白い眼で見られ始めることになる。年に数度ある傭兵組合長合同会議に参加すれば、胃に穴が開くほどの嫌味を浴びせられ、遂には責任問題にすると脅しもかけられてしまった。今の彼は、地位的に窮地に立っていた。
 一考に納得せぬブロウンに、シウバリスは更に話を続ける。
「私が昇級を望まない理由はまだある」
「何?」
「傭兵組合に入る際に受けた説明だ。『有能な二級、一級の資格を有する傭兵には、強制的に依頼を強いる場合もある』。間違いないな?」
「依頼を強いる? ……ああ、強制徴兵のことか? 確かに稀にだがある。しかしそれは仕方のないことだ。あれは『凶暴なモンスターが多数町に押し寄せる』だとか『嵐で近くの川が氾濫し大規模な洪水が起きた』といった、町の存続が危ぶまれる場合に発令されるものだ。この町を守るために必要なんだ」
「私はこの町の為に命を危険に晒すつもりはない」
 シウバリスのこの言葉にブロウンは唸った。
「ううむ、何故そうなるのだ? この町が無くなってはお前も困るだろう?」
「何も困らない。もしこの町が無くなるようだったら、別の町に拠点を移すだけだ」
 相も変わらず、シウバリスの態度は冷たい。義理も人情も感じぬ一言。この言葉にブロウンの眉がつり上がる。
「……それは少々無責任が過ぎないか? お前もこの町で活動している傭兵の一人だろうに、その自覚はないのか? 世話になっている人らの生活が、脅かされるかもしれないのだぞ?」
 怒気を孕むブロウン。強面の顔が更に凶悪に見える。だがシウバリスの態度は変わらない。
「特別世話になっているような奴は今の所居ない。宿にも店にも正規の代金は払っているのだから、全ての関係はその場で清算している。友人と呼べる者も一人も居ないしな。正直、命を賭けて守る価値はないと思っている」
 少しも歩み寄らぬシウバリスの態度に、ブロウンは、もうこの男が何を言おうと反応しまい、と決めた。同じ組織に与していながら、彼我の思考、心情が余りにも乖離しすぎているからだ。面倒くさそうに頭をばりばりと掻くブロウン。シウバリスは尚も続ける。
「貴方たちが誇りと誉れを持って事に当たることを否定するつもりは毛頭ない。上昇志向を持つことも立派なことだ。その信念は高尚なものであると感じているし、尊敬の念さえ覚える。……だが、それを私に押し付けないで欲しい。それに……」
「それに?」
 つい聞き返してしまいブロウンは後悔した。だが後の祭り。シウバリスは更なる暴言を吐き連ねる。
「貴方も先ほど言ったはずだ。『人間一人の力など高が知れている』と。ならば私一人が参加しなくても大して影響はないだろうよ」
 その言葉、その態度、何から何までもがブロウンの神経を逆撫でする。もう反応しまいと決めておきながら、気が付けば机を強く叩いて立ち上がっていた。
「皆がそう思ってしまえば、自衛能力は瓦解してしまうと分からないのか!? 我々守る者が全て逃げてしまえば、残った人々が蹂躙されることになるんだぞ!!」
 これに対しシウバリスは
「誰もが私のような思想を持っているのならそうだろう。だが実際は貴方のように立派な戦士が大勢いる。貴方だって町人を見捨てることはしないだろう?」 
「っ……それはっ、そうかもしれんが……」
「それにそもそもの話、迫る危機を対処しきれないなら逃げるのは順当な手だと思うが? それとも何か。この町の為に私に死ねと?」
 立ち上がったまま、わなわなと震えるブロウン。シウバリスはコップに残った茶を飲み干すと、またもやため息をついて席を立つ。
「このままでは話が平行線だな。申し訳ないが私は心変わりするつもりはない。報酬には感謝する。しかし他に話が無いのならこの辺りで失礼させてもらおう」 
 殺気立つブロウンを尻目に、シウバリスは席を立つとさっさと部屋を出て行ってしまった。残ったブロウンは一人、苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。
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