愚骨な傭兵

菅原

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 結局、私はシウバリス様を連れ戻せなかったという理由で、傭兵組合の役員を首になった。とぼとぼと歩くその姿はどんなに情けなかっただろう。それでも私は今後のことで頭がいっぱいで、人の目を気にする余裕はなかった。
「本っ当に最低! 八つ当たりで首だなんて理不尽すぎるわ! あんな奴すぐに首になるんだから!」
 我慢できなくて声に出してしまった。思い出すだけで胸がむかむかしてくる。もとはといえば組合長が強引に進めてしまったせいなのに……
 私はシウバリス様……さんが最後に残した手紙をちらりと見た。食堂でお客様の注文をメモする為にある質の悪い紙。織り込まれた中には文字が書き連ねてあって、表紙に位置する箇所には『キャロルロット・レオニードへ』と書かれてある。
「レオニードって……あのレオニードよね?」
 その家名は一般人の私でもよく聞いたことがある。グレイン・レオニード伯爵。この町有数の貴族様の名だ。確か給仕の女性と恋愛結婚したんだっけ? なんでシウバリスさんはそんな天上人と関係を持っているんだろう。とてもじゃないけど一介の傭兵、それも討伐第三等級が知り合いになれる家格じゃない。私の頭の中は困惑で埋め尽くされていた。
「はは……最悪打ち首ね……」
 貴族様に対し一般人が不敬を働けばどうなるか分かったものではない。一応グレイン伯爵は人情に厚いと噂されているけど、噂は噂だ。実際はどうかわからない。それでも私は、シウバリスさんの手紙に頼るしかなかった。

 レオニード家の屋敷は、傭兵組合から歩いて一時間位かかる距離にある。その高名さから道に迷うことはなかったけど、屋敷に近づけば近づく程生きた心地は消えていった。
「うう……駄目だったら恨みますからね」
 精神的に参っているせいか、口から弱音がぽろぽろと零れる。
(もしこれが駄目だったら……今日中に娼館によらないとなぁ)
 弟の薬は非常に高価だ。食堂の給仕程度の給金ではとてもじゃないけど賄えない。組合を首になった今、何とか稼ごうとすれば体を売るくらいしか選択肢はない。
(ふふ……幸い見てくれは悪くないし胸も小さくはないもの。きっと大丈夫よ)
 もう精神はすっかりささくれ立っていた。そうこうしているとレオニード家の門前に辿り着く。

 奥に見える豪邸。その前には広大な庭園が広がっていて、歩道と庭園を隔てるように巨大な鉄門が備えてある。その鉄門の前には二人の兵士様が立っていて、周囲の警戒をしていた。
「あ、あの……」
「む? 何か用ですか、お嬢さん?」
「ええと……この手紙をキャロルロット様に届けてほしいのですが」
 私が差し出した紙を訝し気に受け取る衛兵様。
「この手紙をですか……ふむ……」
 共に立つもう一人の兵士様と何やらこそこそと話すと、その場で待つように言われた。きりきりと胃が痛む。
(うぅ……もう帰りたい……)
 帰ったところで何も問題は解決しないというのに、私はそんなことを思っていた。
 暫く待つと、衛兵様が慌てて帰ってくる。
「お待たせして申し訳ありません! 奥様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
 すぐに鉄門が開かれる。私は何が起きているのか分からないまま、兵士様の後に続いて庭園へと踏み入った。

 屋敷に入ると整然とした初老の男性が出迎えて下さった。
「いらっしゃいませ。ここからは私が案内させていただきます。どうぞこちらへ」
「は、はい」
 傭兵組合も相当豪華な部類だったけど、伯爵様の館内はそれは凄いものだった。廊下を埋め尽くす真っ赤な絨毯。どうやって手入れするんだろう? 花を生ける壺も、それの台である小机も、見たこともない意匠が施され一目で高価だとわかる。道中では働く下手人方ともすれ違ったけど、誰もが笑顔で挨拶をくれた。
(グレイン伯爵様はとてもできた人の様ね。組合長にも爪の垢を飲ませてやりたいわ)
 そんなふうに心の中で毒づきながら廊下をずっと歩くと、やがて一つの部屋に通された。
「お客様をお連れしました」
 老爺は上品に戸を叩きそう告げる。すると中から女性の綺麗な声が聞こえてきた。
「どうぞ入って」
 扉が開かれ中に入るように誘われる。その通りに部屋に入ると、私の目の前にそれは美しい女性が現れた。

 気が付けば私はふかふかの椅子に座って紅茶を飲んでいた。放心してしまって部屋に入ってから今までの記憶が曖昧だ。気持ちを落ち着かせる為、場を誤魔化す為にそのまま一心不乱に紅茶を飲み干す。
「あら、そんなに喉が渇いていたの?」
「いっ、いえ! そういうわけじゃないんですけど……」
「ふふふっ、手紙通り、可愛らしいお人ね」
 上品の笑う女性。恐らく手紙の宛名に書かれていたキャロルロット様だろう。恥ずかしくて顔が熱くなっていくのが分かる。
「手紙……ってシウバリスさんの?」
 私の言葉に、キャロルロット様はええと頷いた。一体何を書いたのよ! と恨み言を思いながらも、それから尋ねられるまま私は身の上話を始めた。


 粗方の説明を終えると、キャロルロット様は真剣な面持ちで唸った。
「……そう。確かに今の組合長に良い噂は聞かないわね。その件は私に任せて。それと貴女の今後なのだけど、良ければこの館で給仕をしてくれないかしら? お給金は十分なくらい出させてもらうわ」
「え!? いいんですか!?」
 思わぬ提案に私は歓喜した。最終的には娼館に身を堕とすつもりだったけど、まさか伯爵家の給仕になれるなんて。それにしても余りにも出来過ぎた話だ。私は少しだけ不安になる。
「ええ。他ならぬ彼の頼みですもの。何なら住み込みでもいいわ。弟さんに何かあった時すぐに駆け付けられるように、弟さんもつれてきたら?」
 なんて至れり尽くせりな話だ。ここまでとんとん拍子で話が進んでいるのも、やっぱりシウバリスさんの手紙によるものらしい。私は彼とキャロルロット様の間にどんな関係があるのか気になってしまった。
「あ、あの……宜しくお願いします!」
 私が承諾の意を伝えると、キャロルロット様は直ぐに使用人を呼びつけた。それから一言二言指示を出すと、再び紅茶を楽しみ始める。
「あ、あの……一つ聞いてもよろしいですか?」
 私は意を決して、一つ浮かんでいた疑問を投げかけてみることにした。
「ええ、何かしら」
「えと……シウバリスさんとは一体何処で……」
 するとキャロルロット様の体が一瞬強張ったのが分かった。私は、いけない質問をしてしまっただろうかと焦ったが、キャロルロット様は直ぐに微笑んでくれた。
「彼は……幼馴染……そう、幼馴染なの」
「そうだったんですか……あっ! もしかして心に決めた人がいるっていうのが……」
「彼がそう言ったの?」
「は、はい。この手紙を貰う前に……」
「……そう」
 キャロルロット様は嬉しそうな、でも悲しそうな、そんな絶妙な表情を浮かべた。でもそれも一瞬の事。キャロルロット様は直ぐに微笑むと、カップを傾ける。私は彼女に何度もお礼を言うと、部屋を後にする。それから病弱の弟を連れてくるために一度家に戻った。
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