愚骨な傭兵

菅原

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 シウバリスが黒鋼熊の処理を終える頃、カシの傷の手当も終わった。結果から言えば、最悪の事態は免れることが出来た。ただ折れた手足の骨はどうしようもなく、自ら立って歩くことは不可能。また絶対安静であることは言うまでもない。それでも一同は、一刻も早く本格的な治療を行う為、負傷したカシを連れて森を出ることに決めた。三人は辺りに散らばる木片や枝をかき集め、簡単な担架を作成する。それに周囲から取ってきた丈夫な蔦を結び付け、引っ張って運べるよう工夫も施した。エセドナとパルカネシアはその簡素な担架にカシを横たえる。そこまでして漸く、一同は森を出る為歩き始めた。

 道中は舗装もされていない悪路故、足並みは来る時よりも遥かに遅い。有り余る時間に加えて、対象の討伐成功、更には緊張の緩みから、皆の口は自然と軽くなる。主に喋るのはエセドナだ。自身の生い立ちやら武勇伝を語り、パーティーとしての活躍の話を経て、話題はシウバリスの事へと移る。
「そういやシウバリスさんは年幾つなんだい?」
「ついこの間三十になった」
「は!? 三十!? 確かあんた討伐三級じゃなかったか?」
 カシが乗った担架を引きながら驚くエセドナ。担架がずれぬように、後方で押さえるパルカネシアがそれを嗜める。
「こらエセドナ、失礼ですよ!」
「んなこと言ったってよう……」
 エセドナは何か言いたげに口を結ぶ。

 エセドナの困惑は尤もなことだった。彼ら三人は皆二十になったばかりの若者たちだ。彼らからすれば、シウバリスは老兵と言っても差し支えない。また、肉体を駆使する傭兵という職業は、基本的に寿命の短い職業である為、全体の年齢層も余り高くはない。特に討伐級は戦闘が主な仕事内容となる為、特に引き際が肝心だ。これが齢三十ともなれば引退している者も少なく無く、残っている者たちはその方面で名を馳せた、才ある優秀者たちばかりだ。
 一応エセドナらの知る傭兵たちの中にも三十に近い傭兵は何人かいる。だから三十で傭兵をしているということ自体には対しては、然程驚かない。慎重に活動しているんだな、と思う程度だ。だが三十にもなって三級資格に留まる傭兵を、彼らは見たことがなかった。何せ傭兵の資格において、二級を得ることは大して難しいことではないからだ。これが一級であれば何かしらの才覚がなければ到達できないが、相当可笑しな点が無ければ、三級脱却は容易い。ましてや黒鋼熊との戦闘を見た限り、シウバリスの腕は二級、ないし一級にも迫るものがあったと、エセドナは感じた。だからこそ、シウバリスが何故三級に甘んじているのか、彼には分らない。

 森の入り口に近づいている中で、エセドナは再びシウバリスへと尋ねる。
「なあ、なんでシウバリスさんはまだ三級にいるんだ? あんた程の腕があれば二級どころか一級も夢じゃないだろうに」
 シウバリスは、またか、と溜息を付いた。彼としては、その問いかけを無視する事も、適当な言葉ではぐらかす事も出来た。ところが彼は律儀にエセドナの問いに答える。
「今でも十分食っていけるからな。上を目指す理由がない」
「んなこと言ったって家族を養わないといけないだろ? そんなの三級の報酬だけじゃ無理だろ」
 エセドナの「家族」という言葉に、シウバリスは一瞬足を止めた。
「? ……どうしたんだ?」
 心配するエセドナ。シウバリスは首を振ってまた歩き出す。
「いや、何でもない」
 一行は暫く無言で歩き続けた。だが不意にシウバリスは口を開く。
「……家族か。私は独り身だからな、そんなに稼ぐ必要はないんだ」
 汗だくで担架を引っ張るエセドナは、またもや驚いた。
「独り身って……あんだけ強いのに誰も言い寄って来なかったのか? 三十で独身ってのもあんまりいないぞ」
「何度か声をかけられた事はある。だが私には心に決めた人がいるんでな。その人以外と人生を共にするつもりはない」
 その言葉にエセドナとパルカネシアは言葉を無くした。

 それから更に一同は無言で歩き続けた。だが森の終わりが見えた頃、何を思ったのかまたエセドナが口を開く。
「もったいねえなあ」
「何がだ?」
「人生は一回しかないんだぜ? 愛人の一人や二人作ってる奴は五万といる。貴族様なんか二桁抱えてる奴もいるっていうし、もっと楽しんだらどうだい。俺だったら来るもの拒まず全部食っちまうな! はっはっは」
 冗談交じりにエセドナはそう笑った。一方シウバリスの機嫌はあまり良くない。余りにしつこく掘り下げるものだから、いよいよ返答が面倒臭くなったのだ。シウバリスは露骨に大きな溜息をつく。すると不機嫌を察したパルカネシアが慌てて叫んだ。
「エセドナ!!」
 びくりと体を震わせるエセドナ。物凄い形相で睨んでくるパルカネシアを見て、罰が悪そうに頭を掻く。

 長い時間をかけて、四人は森を出る。入り口には来た時に乗ってきた馬車の姿があり、一同は急いでそれに乗り込んだ。戦闘による損害、森の行軍による疲労で、皆の体力は限界だ。全ての準備を終え馬車が動き出すと、三人はすぐに泥のように眠りについた。馬車は来た道を引き返す。その道中、殆どの時間を四人は寝て過ごすことになった。
 
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