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十日ほど経つ頃には、シウバリスは既に外を歩き回っていた。その間、カミュラはシウバリスの傍にいて、献身的に介護を務めている。十日で歩くほどに回復したのも、偏にカミュラの尽力によるものだ。おかげで穴の開いた腹は既に再生を始め塞がりつつある。右腕は無いままだが……それでも体を動かしたいようで、無理しながら力仕事に復帰しようとする。ほんの少し力を込めるだけで、腕と腹には鋭い痛みが走る。だが彼は斧を担ぎ上げる。
「ふんっ……ぐぐっ……」
手製の斧を振りかぶり、立木に突き立てる。だが腹と腕に走る痛みに顔は歪み、二度目の音はならなかった。苦しむシウバリスを見て、カミュラは心配そうに声をかける。
「こらこら、まだ安静にしてないと駄目だろう?」
「そうは言うがな……今のうちに左腕だけの生活に慣れておかないといけない」
「あー、それは確かにそうだろうけど」
「だがまだ斧は早かったようだ。……果物位は取ってこれるだろうか」
「あんまり無理するんじゃないよ。……そういえば近くに村があるんじゃなかったっけ? そこで色々勝った方がいいんじゃない?」
斧を置いて森の散策準備を始めるシウバリス。その後を追ってくるカミュラの言葉に、シウバリスの歩みは鈍くなる。
「……人とは出来る限り関わりたくないんだ。勿論どうしようもない場合は頼ることになるが、こんな成りでも自分の食い扶ち位稼げるさ」
慣れぬ左腕で、剣を振ってみるシウバリス。その姿は頗るぎこちない。余りの拙さに不安がこみ上げる。
「そんなこと言っている状況じゃないと思うけどなぁ……」
カミュラがそう呟くのも仕方のないことだった。
準備を終えた二人は、森の中へと入っていく。ふと、カミュラは頭に沸いた単純な興味を投げかけてみた。
「あのさ。始めて見たときから思ってたんでけどさ。こんな森の中、一人で暮らすには大層不自由だろう? なにか理由があるのかい?」
「個人的なことだ。話すつもりはない」
間髪入れずにそんな言葉が返ってきた。こんな言い方をされれば、普通だったら何かしらの言い難い事情があるのだろうと察し、口を閉ざしたりするだろう。しかしカミュラは少々意地が悪い。
「へぇ、そんなこと言うんだ。いいのかい? あたしはあんたの命の恩人だろ?」
この行いに大した意味はない。強いていうのならば……彼女は、他人のいざこざに首を突っ込むことが好きだった。特にその理由が拗れていれば拗れているほど、彼女の知的好奇心は満たされる。そんな彼女の言葉に、シウバリスは立ち止まると頭に手を当て露骨にため息をついた。
「はぁ……卑怯な手だな」
「まぁいいじゃないか。身の上話の一つや二つ」
「……町で組合長に喧嘩を売られてね。気に食わないからやめてきたんだ」
歩き出したシウバリスは、振り向くことなく言った。ところがその理由ではカミュラは納得しない。
「それは傭兵を辞めた理由と、街を出た理由だろう? 私が聞きたいのは一人で森で暮らしている理由さ。他の町でもそこら辺の村でも、幾らでも場所は選べただろうに」
「それは……私は人間が嫌いなんだよ。ただそれだけさ」
「人間が嫌い、ねぇ。こんな森の中に引っ込むんだ。相当嫌いなんだろうね」
シウバリスの口から出た理由が、時折聞くような無難な答えで、彼女は少々消沈した。
食料を探しながら暫く歩いていると、再びカミュラは口を開く。
「家族はいないのかい? 恋人は? あんなに強いんだ。女も言い寄ってきただろう? 見てくれも悪くはないし、愛人が数人いても可笑しくないよ」
シウバリスからすれば何度も何度も聞かれた質問だ。少々うんざりしつつも、彼は律義に答えていく。
「父と母には幼い頃捨てられた。その後は孤児院で生活していたから家族もいない。恋人もいないな。心に決めた人はいるが……」
「……? 心に決めた人はいるのに恋人はいないのかい?」
「ああ」
「片想いかい?」
「……そんなところだ」
シウバリスの言葉が詰まる。それでもカミュラの追及は止まらない。
「その思い人はいま何処にいるんだい?」
「町にいる。貴族に見初められてな、今も幸せに生きていることだろう」
「は!? 別の男に取られたのかい!?」
「……まぁ、そうなるな」
シウバリスは木に成った果物に手を伸ばしながら、乾いた笑いを漏らした。
しつこく追及するカミュラの圧に折れ、シウバリスは道中、人生の殆どを話して聞かせた。
「はー……子供の頃に将来を近いあった、ねぇ。なかなかロマンチックな話じゃないか。でもちょっと重いかな」
「この話を聞いた者は皆そう言う」
「ははっ! やっぱりかい。しかし勿体ないね。せっかくいい男なんだし、そんな女の事なんか忘れて新しい人を見つけりゃあいいのに」
果物を抱えた二人は、家に戻ると中に入り、果物を机の上に広げた。椅子に腰を下ろし二人でそれをつまみ始める。小さな赤い果物を口に放り込んでシウバリスは言った。
「それも言われたことがある。だが私にはそんな事考えられない。私の心の中には常に彼女がいる。例え彼女の中に私の存在が残っていなくとも、私が彼女の幸せを願い続ける事に変わりはない。忘れることなんて出来ない」
「それが重いって言ってるんだけどね……」
「何故そうなる。私は彼女の幸せを願っているだけだぞ? 親が子を愛するように、旦那が妻を愛するように、私は彼女を愛しているだけだ」
「でも彼女には別の男がいるんだろう? 幾ら思っていても報われない愛じゃないか」
「……相手に愛されぬからと言って、愛することをやめる理由にはならないと思うが」
シウバリスの言葉にカミュラは溜息をつく。
「普通はそうじゃないんだよ。相手に良い人が出来た場合は大抵、自分も相手の事を忘れて新しい恋を見つけに行くもんさ。人生は一度だけだもの。引きずっていたらすぐにおばあちゃんになっちゃうわ。もっと楽しまないとね」
「……」
「理解出来ないかい?」
「ああ、出来そうにない」
カミュラの持論はシウバリスに届かなかったらしい。相変わらず頑固な様子に、カミュラは笑ってこういう。
「あんた、生涯独身で終わりそうだねぇ。なんならあたしが貰ってあげようか?」
「良くこれまでの流れでそんなことが言えたものだ……」
二人は笑いながら果物を啄む。
「ふんっ……ぐぐっ……」
手製の斧を振りかぶり、立木に突き立てる。だが腹と腕に走る痛みに顔は歪み、二度目の音はならなかった。苦しむシウバリスを見て、カミュラは心配そうに声をかける。
「こらこら、まだ安静にしてないと駄目だろう?」
「そうは言うがな……今のうちに左腕だけの生活に慣れておかないといけない」
「あー、それは確かにそうだろうけど」
「だがまだ斧は早かったようだ。……果物位は取ってこれるだろうか」
「あんまり無理するんじゃないよ。……そういえば近くに村があるんじゃなかったっけ? そこで色々勝った方がいいんじゃない?」
斧を置いて森の散策準備を始めるシウバリス。その後を追ってくるカミュラの言葉に、シウバリスの歩みは鈍くなる。
「……人とは出来る限り関わりたくないんだ。勿論どうしようもない場合は頼ることになるが、こんな成りでも自分の食い扶ち位稼げるさ」
慣れぬ左腕で、剣を振ってみるシウバリス。その姿は頗るぎこちない。余りの拙さに不安がこみ上げる。
「そんなこと言っている状況じゃないと思うけどなぁ……」
カミュラがそう呟くのも仕方のないことだった。
準備を終えた二人は、森の中へと入っていく。ふと、カミュラは頭に沸いた単純な興味を投げかけてみた。
「あのさ。始めて見たときから思ってたんでけどさ。こんな森の中、一人で暮らすには大層不自由だろう? なにか理由があるのかい?」
「個人的なことだ。話すつもりはない」
間髪入れずにそんな言葉が返ってきた。こんな言い方をされれば、普通だったら何かしらの言い難い事情があるのだろうと察し、口を閉ざしたりするだろう。しかしカミュラは少々意地が悪い。
「へぇ、そんなこと言うんだ。いいのかい? あたしはあんたの命の恩人だろ?」
この行いに大した意味はない。強いていうのならば……彼女は、他人のいざこざに首を突っ込むことが好きだった。特にその理由が拗れていれば拗れているほど、彼女の知的好奇心は満たされる。そんな彼女の言葉に、シウバリスは立ち止まると頭に手を当て露骨にため息をついた。
「はぁ……卑怯な手だな」
「まぁいいじゃないか。身の上話の一つや二つ」
「……町で組合長に喧嘩を売られてね。気に食わないからやめてきたんだ」
歩き出したシウバリスは、振り向くことなく言った。ところがその理由ではカミュラは納得しない。
「それは傭兵を辞めた理由と、街を出た理由だろう? 私が聞きたいのは一人で森で暮らしている理由さ。他の町でもそこら辺の村でも、幾らでも場所は選べただろうに」
「それは……私は人間が嫌いなんだよ。ただそれだけさ」
「人間が嫌い、ねぇ。こんな森の中に引っ込むんだ。相当嫌いなんだろうね」
シウバリスの口から出た理由が、時折聞くような無難な答えで、彼女は少々消沈した。
食料を探しながら暫く歩いていると、再びカミュラは口を開く。
「家族はいないのかい? 恋人は? あんなに強いんだ。女も言い寄ってきただろう? 見てくれも悪くはないし、愛人が数人いても可笑しくないよ」
シウバリスからすれば何度も何度も聞かれた質問だ。少々うんざりしつつも、彼は律義に答えていく。
「父と母には幼い頃捨てられた。その後は孤児院で生活していたから家族もいない。恋人もいないな。心に決めた人はいるが……」
「……? 心に決めた人はいるのに恋人はいないのかい?」
「ああ」
「片想いかい?」
「……そんなところだ」
シウバリスの言葉が詰まる。それでもカミュラの追及は止まらない。
「その思い人はいま何処にいるんだい?」
「町にいる。貴族に見初められてな、今も幸せに生きていることだろう」
「は!? 別の男に取られたのかい!?」
「……まぁ、そうなるな」
シウバリスは木に成った果物に手を伸ばしながら、乾いた笑いを漏らした。
しつこく追及するカミュラの圧に折れ、シウバリスは道中、人生の殆どを話して聞かせた。
「はー……子供の頃に将来を近いあった、ねぇ。なかなかロマンチックな話じゃないか。でもちょっと重いかな」
「この話を聞いた者は皆そう言う」
「ははっ! やっぱりかい。しかし勿体ないね。せっかくいい男なんだし、そんな女の事なんか忘れて新しい人を見つけりゃあいいのに」
果物を抱えた二人は、家に戻ると中に入り、果物を机の上に広げた。椅子に腰を下ろし二人でそれをつまみ始める。小さな赤い果物を口に放り込んでシウバリスは言った。
「それも言われたことがある。だが私にはそんな事考えられない。私の心の中には常に彼女がいる。例え彼女の中に私の存在が残っていなくとも、私が彼女の幸せを願い続ける事に変わりはない。忘れることなんて出来ない」
「それが重いって言ってるんだけどね……」
「何故そうなる。私は彼女の幸せを願っているだけだぞ? 親が子を愛するように、旦那が妻を愛するように、私は彼女を愛しているだけだ」
「でも彼女には別の男がいるんだろう? 幾ら思っていても報われない愛じゃないか」
「……相手に愛されぬからと言って、愛することをやめる理由にはならないと思うが」
シウバリスの言葉にカミュラは溜息をつく。
「普通はそうじゃないんだよ。相手に良い人が出来た場合は大抵、自分も相手の事を忘れて新しい恋を見つけに行くもんさ。人生は一度だけだもの。引きずっていたらすぐにおばあちゃんになっちゃうわ。もっと楽しまないとね」
「……」
「理解出来ないかい?」
「ああ、出来そうにない」
カミュラの持論はシウバリスに届かなかったらしい。相変わらず頑固な様子に、カミュラは笑ってこういう。
「あんた、生涯独身で終わりそうだねぇ。なんならあたしが貰ってあげようか?」
「良くこれまでの流れでそんなことが言えたものだ……」
二人は笑いながら果物を啄む。
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