31 / 31
29
しおりを挟む
大陸の北西にある雪の町で、一つの葬儀が開かれた。喪主は無くなった女性の夫であるグレイン・レオニード伯爵。貴族家由来の者が亡くなったとあって、その知らせは瞬く間に大陸中に響き渡った。結果、それまでは聞いたこともないような小さな町に、大陸各地から貴族が挙って集まる。
五十を超えて尚レオニード家に使えるミーティアは、最後のお勤めのつもりで葬儀の準備に紛争していた。半ば引退気味だったところを、大変世話になった女性の葬儀だからと言って無理を頼み込んだ形だ。病に伏していた弟は既に他界し、家族と呼べる者は一人もいない。強いてあげるとするのならば、亡くなった女性こそが唯一の家族と言っても過言ではなかった。
「ミーティア。準備は滞りなく進んでいるかい?」
グレインは娘であるシャロルを引き連れ、ミーティアへと声をかける。
「旦那様、シャロルお嬢様……はい。問題なく進んでおります」
「それは良かったわ。貴女にとっても母は大切な人だったでしょう? 無理はしなくてもいいからね」
自身が一番堪えているだろうに、給仕にまで優しい言葉をかけるシャロル。ミーティアは否定などせずに続ける。
「お心遣い感謝いたします。お二方もご自愛くださいませ」
「ああ、わかっているよ」
話もそこそこに、双方は仕事に戻る。グレインとシャロルは来訪する貴族の対応へ。ミーティアは来たる葬儀が滞りなく終われるように、教会の者らと打ち合わせをする。
葬儀の一連の流れはこうだ。先ず教会にて、死後も安らかな眠りにつけるようにと、神父が亡くなった彼女へ祝福の言葉を捧げる。そこには着飾った彼女自身が花と共に寝かされており、来訪者共々全員で祈りを上げることになるだろう。その後は町の墓地に場所を移し、関係者、参列者立会いの下埋葬されることになる。ここまでを葬儀とし、あとは各々解散し、町に宿泊するなり自領へ帰還するなり選ぶ。行程的には何も難しいことはない。問題が起きる方が難しいだろう。だがミーティアは、何かが起きるだろうことを確信していた。
葬儀が始まる。死者を弔いに来た貴族たちは一同に教会へと集まり、神父が祝福の言葉を読み上げる様を清聴する。死して尚、天国で健やかに暮らせるようにとの願いを込めて。彼女と仲の良かった貴族たちは、綺麗に眠る姿をみて嗚咽を流し、それ以外の貴族たちも目を瞑って彼女の安寧を願う。粛々とした葬儀だった。だがそんな最中、一風変わった来訪者が現れた。
神父の声と嗚咽が響く聖堂内に、ごつごつと靴の音が鳴る。薄汚れた外套。泥だらけの服。ぼさぼさの髪。服の上からでもわかる隆々の筋肉は、顔の年とあっていない。何とも体格の良い男だ。そのいかにもな身なりから、彼が貴族ではない事は明白だった。そして最も目を引くのは、彼の右腕から指先までを覆う鈍色の籠手だろう。男の存在に気が付いた貴族は小声で語る。
「なんだあのみすぼらしい男は。場違いも甚だしい」
「協会に祈りでも捧げに来たのか? 空気を読めぬ奴だ」
「無礼な奴め。さっさと放り出してしまえばいいだろうに」
懐疑の声は見る見るうちに広まり、やがて祝福の言葉を上げる神父までもが口を閉ざしてしまった。神父はどうしたものかとミーティアを見つめる。しかし、そこに彼女の姿は無かった。
ミーティアは、来訪した男の前に立っていた。参列する貴族たちは、この後、無礼を働いたことを追求する怒声が鳴るとばかり思っていた。だがミーティアは、なんと男に向かって首を垂れたではないか。
「お待ちしておりました」
「……流石に遠すぎるだろう」
「よもや来ないかと思いましたよ」
まるで昔なじみの友人と話すように、笑顔を浮かべて語らう二人。貴族たちはその光景に酷く困惑した。
「病に伏したという噂を聞いて、いてもたっても居られず飛んできたんだが……間に合わなかったか」
「……それでも、天国に旅発つ前に出会えて奥様も喜んでいると思います」
ミーティアは男を招き入れた。どんな貴族に対応するよりも丁寧に。男はミーティアの先導の元、静かに眠るキャロルロットの前まで来る。何年ぶりの邂逅だろうか。十代の頃、東の町であった依頼か。スタンピードの時に声は聞いたが、顔を見ることは無かった。約四十年ぶりに見たその顔は、皺だらけで……だが僅かに微笑んでいるように見える。男の脳裏に、まるで走馬灯のように思い出が蘇る。男の目から思わず涙が落ちた。
ふと、そこまで傍観していたシャロルが口を開いた。
「申し訳ありませんがどちら様でしょうか。今は母の葬儀をしている最中なのです。礼拝なら時間を改めて頂けると……」
彼女からすれば、葬儀を壊されたくない一心での行動だった。貴族としての母の姿しか知らぬ彼女は、こんなみすぼらしい男の知り合いがいる筈がない、と判断したのかもしれない。だがあろうことか、ミーティアから静止の声が掛かる。
「シャロルお嬢様。どうか暫く放っておいてあげてくださいませんか」
「何ですって?」
すんなりと解決しない現状を見て、グレインもその場にやってきた。彼は少々強引で、男を連れ出そうと腕を伸ばす。だがその行いも、ミーティアが静止した。
「旦那様、お願いします」
泣きそうな顔で懇願するミーティア。余りにも必死なその態度に、グレインの体がそれ以上動くことは無かった。改めて、グレインは男を観察する。左腕で目元を隠してしまっているが、どうやら妻の死に泣いてくれているらしい。
(妻にこんな知り合いがいたのか? 確かに彼女の友好関係の全てを知っているわけでないが……見てくれは傭兵のようだ……ん? 右腕が何やら……)
グレインは男の右腕が気になった。どうも籠手を着けているといった風ではない。それが義手であるとわかった瞬間。彼は合点がいった。
(確かスタンピードの時だったか。妻が逃げる為に義手を付けた男が手助けをしてくれたと報告された気がする。確か彼の名は……)
暫く男は悲しみに暮れていたが、やがて目元から左腕を離した。男はグレインに向かうと頭を下げる。
「場を汚してしまって申し訳なく思う。だがどうしても一目見たかったのだ」
「そうですか」
「安らかな寝顔だ。幸せだったのだろうな。貴方に感謝する」
続いて男はシャロルを見つめた。
「な、何かしら」
「貴女が彼女の娘か。母に似て美しい。どうか幸せになってくれ」
それだけ言うと、男はそのまま教会を去っていった。続けて去り行く男の背中を見ながらミーティアが言う。
「旦那様。葬儀が終わりましたらお暇を頂きとうございます」
ここで漸く、グレインとシャロルは彼女がずっと独り身でいた理由を悟った。
「君にはよく助けてもらったからな、好きにするといい」
「有難うございます」
突然の来訪者が帰ったことで、葬儀は再開する。それからは何も起きず、埋葬も終わり、恙無く葬儀は終わった。
貴族たちは彼女の墓前に、それはそれは美しい花束を添えていく。涙を流しながら別れを惜しみながら。だがそれは今だけの話だ。数日もすれば墓の前はすっかり綺麗になり、貴族たちの中で彼女は過去の存在として語られるようになるだろう。それでも、たった一輪だけ、たった一輪だけはそれから何年もの間添えられ続けた。だがそれを誰が供えているのか、知っている者は一人も居ない。
五十を超えて尚レオニード家に使えるミーティアは、最後のお勤めのつもりで葬儀の準備に紛争していた。半ば引退気味だったところを、大変世話になった女性の葬儀だからと言って無理を頼み込んだ形だ。病に伏していた弟は既に他界し、家族と呼べる者は一人もいない。強いてあげるとするのならば、亡くなった女性こそが唯一の家族と言っても過言ではなかった。
「ミーティア。準備は滞りなく進んでいるかい?」
グレインは娘であるシャロルを引き連れ、ミーティアへと声をかける。
「旦那様、シャロルお嬢様……はい。問題なく進んでおります」
「それは良かったわ。貴女にとっても母は大切な人だったでしょう? 無理はしなくてもいいからね」
自身が一番堪えているだろうに、給仕にまで優しい言葉をかけるシャロル。ミーティアは否定などせずに続ける。
「お心遣い感謝いたします。お二方もご自愛くださいませ」
「ああ、わかっているよ」
話もそこそこに、双方は仕事に戻る。グレインとシャロルは来訪する貴族の対応へ。ミーティアは来たる葬儀が滞りなく終われるように、教会の者らと打ち合わせをする。
葬儀の一連の流れはこうだ。先ず教会にて、死後も安らかな眠りにつけるようにと、神父が亡くなった彼女へ祝福の言葉を捧げる。そこには着飾った彼女自身が花と共に寝かされており、来訪者共々全員で祈りを上げることになるだろう。その後は町の墓地に場所を移し、関係者、参列者立会いの下埋葬されることになる。ここまでを葬儀とし、あとは各々解散し、町に宿泊するなり自領へ帰還するなり選ぶ。行程的には何も難しいことはない。問題が起きる方が難しいだろう。だがミーティアは、何かが起きるだろうことを確信していた。
葬儀が始まる。死者を弔いに来た貴族たちは一同に教会へと集まり、神父が祝福の言葉を読み上げる様を清聴する。死して尚、天国で健やかに暮らせるようにとの願いを込めて。彼女と仲の良かった貴族たちは、綺麗に眠る姿をみて嗚咽を流し、それ以外の貴族たちも目を瞑って彼女の安寧を願う。粛々とした葬儀だった。だがそんな最中、一風変わった来訪者が現れた。
神父の声と嗚咽が響く聖堂内に、ごつごつと靴の音が鳴る。薄汚れた外套。泥だらけの服。ぼさぼさの髪。服の上からでもわかる隆々の筋肉は、顔の年とあっていない。何とも体格の良い男だ。そのいかにもな身なりから、彼が貴族ではない事は明白だった。そして最も目を引くのは、彼の右腕から指先までを覆う鈍色の籠手だろう。男の存在に気が付いた貴族は小声で語る。
「なんだあのみすぼらしい男は。場違いも甚だしい」
「協会に祈りでも捧げに来たのか? 空気を読めぬ奴だ」
「無礼な奴め。さっさと放り出してしまえばいいだろうに」
懐疑の声は見る見るうちに広まり、やがて祝福の言葉を上げる神父までもが口を閉ざしてしまった。神父はどうしたものかとミーティアを見つめる。しかし、そこに彼女の姿は無かった。
ミーティアは、来訪した男の前に立っていた。参列する貴族たちは、この後、無礼を働いたことを追求する怒声が鳴るとばかり思っていた。だがミーティアは、なんと男に向かって首を垂れたではないか。
「お待ちしておりました」
「……流石に遠すぎるだろう」
「よもや来ないかと思いましたよ」
まるで昔なじみの友人と話すように、笑顔を浮かべて語らう二人。貴族たちはその光景に酷く困惑した。
「病に伏したという噂を聞いて、いてもたっても居られず飛んできたんだが……間に合わなかったか」
「……それでも、天国に旅発つ前に出会えて奥様も喜んでいると思います」
ミーティアは男を招き入れた。どんな貴族に対応するよりも丁寧に。男はミーティアの先導の元、静かに眠るキャロルロットの前まで来る。何年ぶりの邂逅だろうか。十代の頃、東の町であった依頼か。スタンピードの時に声は聞いたが、顔を見ることは無かった。約四十年ぶりに見たその顔は、皺だらけで……だが僅かに微笑んでいるように見える。男の脳裏に、まるで走馬灯のように思い出が蘇る。男の目から思わず涙が落ちた。
ふと、そこまで傍観していたシャロルが口を開いた。
「申し訳ありませんがどちら様でしょうか。今は母の葬儀をしている最中なのです。礼拝なら時間を改めて頂けると……」
彼女からすれば、葬儀を壊されたくない一心での行動だった。貴族としての母の姿しか知らぬ彼女は、こんなみすぼらしい男の知り合いがいる筈がない、と判断したのかもしれない。だがあろうことか、ミーティアから静止の声が掛かる。
「シャロルお嬢様。どうか暫く放っておいてあげてくださいませんか」
「何ですって?」
すんなりと解決しない現状を見て、グレインもその場にやってきた。彼は少々強引で、男を連れ出そうと腕を伸ばす。だがその行いも、ミーティアが静止した。
「旦那様、お願いします」
泣きそうな顔で懇願するミーティア。余りにも必死なその態度に、グレインの体がそれ以上動くことは無かった。改めて、グレインは男を観察する。左腕で目元を隠してしまっているが、どうやら妻の死に泣いてくれているらしい。
(妻にこんな知り合いがいたのか? 確かに彼女の友好関係の全てを知っているわけでないが……見てくれは傭兵のようだ……ん? 右腕が何やら……)
グレインは男の右腕が気になった。どうも籠手を着けているといった風ではない。それが義手であるとわかった瞬間。彼は合点がいった。
(確かスタンピードの時だったか。妻が逃げる為に義手を付けた男が手助けをしてくれたと報告された気がする。確か彼の名は……)
暫く男は悲しみに暮れていたが、やがて目元から左腕を離した。男はグレインに向かうと頭を下げる。
「場を汚してしまって申し訳なく思う。だがどうしても一目見たかったのだ」
「そうですか」
「安らかな寝顔だ。幸せだったのだろうな。貴方に感謝する」
続いて男はシャロルを見つめた。
「な、何かしら」
「貴女が彼女の娘か。母に似て美しい。どうか幸せになってくれ」
それだけ言うと、男はそのまま教会を去っていった。続けて去り行く男の背中を見ながらミーティアが言う。
「旦那様。葬儀が終わりましたらお暇を頂きとうございます」
ここで漸く、グレインとシャロルは彼女がずっと独り身でいた理由を悟った。
「君にはよく助けてもらったからな、好きにするといい」
「有難うございます」
突然の来訪者が帰ったことで、葬儀は再開する。それからは何も起きず、埋葬も終わり、恙無く葬儀は終わった。
貴族たちは彼女の墓前に、それはそれは美しい花束を添えていく。涙を流しながら別れを惜しみながら。だがそれは今だけの話だ。数日もすれば墓の前はすっかり綺麗になり、貴族たちの中で彼女は過去の存在として語られるようになるだろう。それでも、たった一輪だけ、たった一輪だけはそれから何年もの間添えられ続けた。だがそれを誰が供えているのか、知っている者は一人も居ない。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる