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木の国《ドレスデン》編 風の王子
1-3 マルク・ディックハウト
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◆
日中は三人一緒に行動しているが、夜は自由時間だ。その時間を、ゼフィールは吟遊詩人として酒場で曲を奏で過ごしていた。
農業国である《ドレスデン》だが、王都レンツブルクは学問の街というもう一つの顔を持っている。
当然ながら街には学生が多い。けれど、教えるための教員や研究者も多いので、酒場は遅くまで人が絶えない。
その上詩人は珍しいので、どこででも歓迎される。毎晩酒場を変えながら曲を奏でればそこそこの収入は見込めたし、交わされる会話に耳を傾ければ色々な情報が得られた。
商隊に拾われてからのゼフィールが出来るようになった事は少ないのだが、これだけは人に誇ってもいいのではないか、と、自分でも思っている。
一稼ぎ終え、ゼフィールは宿へ帰る道を歩いていた。
通りにずらりと並ぶ屋台。夜になると現れ、朝までには消える屋台街は未だに多くの人であふれている。本来なら違法らしいのだが、何事も特例というのはあるもので、これもその一つだ。
そこかしこで巡回兵が買い食いをしている姿がある以上、ここが取り締まられる日は遠いだろう。
狭い道で屋台を観察しながら人を避け歩く。そこには、食べ物から雑貨まで、実に様々な物が並べられている。
「どうだいそこの兄ちゃん? 彼女にブレスレットでも」
「美味しいよ、少し食べて行かないかい?」
「これさえあれば運は開かれる。銀貨五○枚だ」
夜も深い時間だというのに活気は昼間と大差ない。大きな違いといえば、様々なものをごった煮したようなこの場所は、それなりに闇が深いということだろうか。
「そこの銀髪のお兄さん。少し話があるのだけど、いいかしら?」
その時も、話しかけられるまで彼がゼフィールの近くに来ていることに気付かなかった。どちらかというと、あえて見ないようにしたという方が正しいかもしれない。
声のした暗がりに視線を向けはしたが、気付かなかったフリをして歩を進める。
「あぁんもう! 待って、待ってってば!」
叫びながら彼は強引にゼフィールの進路上に割り込んできた。目の前に忘れたくても忘れられない顔が現れる。マルガレーテ、彼だ。
このままでは通してもらえそうもないので、直視しないよう微妙に視線を外しながらも警戒は解かず、尋ねる。
「何か用か?」
「アナタに大切な話があるの。ちょっと来て頂戴」
「ん? な! おいっ!」
返事も聞かず、マルガレーテはゼフィールの腕を引いて強引に歩きだした。屋台の隙間から脇道に入り、どんどん奥へと進んで行く。
彼には青い血を見られている。捕まれば何をされるか分かったものではない。
逃げようとゼフィールは必死に足掻いた。しかし、マルガレーテの力は強く、手を振りほどけない。
光もあまり届かない袋小路でマルガレーテはゼフィールを解放した。
屋台街の喧騒は遠く、人影も少し前から見ていない。ここで助けを求めても誰の耳にも届かないだろう。襲われればお終いだ。
手に嫌な汗が滲む。
「こんな所まで連れて来ちゃってゴメンなさいね。どうしてもアナタに聞きたいことがあって」
マルガレーテは顔の前で手を合わせるとウィンクして見せた。しかし、閉じられていない方の目は笑ってはいない。
剣呑な視線に射竦められゼフィールは唾を飲んだ。逃げろと本能が訴えている。
「くそっ!」
強風を起こしマルガレーテにぶつけた。吹き飛ばして退路を作るつもりだった。
しかし、風はマルガレーテに辿り着く前に霧散してしまい、彼の髪を揺らす程度にしかなっていない。
「あら涼しい。いいそよ風ね」
髪を掻きあげながらマルガレーテが笑う。反対に、ゼフィールは苦渋の表情を浮かべた。
「馬鹿な……」
風は動いている。以前賊を弾き飛ばした時より強いくらいだ。なのに、マルガレーテに到達するまでに消えてしまう。
マルガレーテが一歩前に出た。ゼフィールは一歩後ろへ下がる。同時に風をぶつける。が、やはり彼へ到達する前に霧散してしまう。マルガレーテがまた一歩前へ出た。ゼフィールも下がり、風を喚ぶも、同じ結果だけが繰り返される。
そうこうしている間にゼフィールの背は壁にぶつかり、それ以上後退することすら出来なくなった。周囲を見回してみても逃げ道は見当たらない。
ゼフィールはマルガレーテを睨んだ。風は効かない。逃げ道も無い。せめてもの抵抗にそれくらいしか出来る事が無かった。
もっとも、睨んだところで全く効果は無い。マルガレーテは平然とゼフィールの前へ来ると彼の腕を掴み、逆に睨みつけてきた。
「そんな散漫な魔力の編み方じゃアタシまで届かないわよ。ねぇ、アタシはちょーっとお話がしたいだけなの。そんなに脅えないで大人しくしてくれないかしら? アナタって治癒できるみたいだし、なんなら、足と腕の骨、折ってもいいのよ?」
ゼフィールを掴む力が強くなった。圧力はどんどん強くなり、掴まれている腕の指先の感覚が鈍くなってくる。
「分かった。話を聞く。俺に何の用だ?」
ゼフィールが観念すると、マルガレーテはニッコリ笑いながら手を離した。彼に掴まれていた部分はクッキリと赤くなっている。あのまま拒んでいれば、本気で腕の一本くらい折られたかもしれない。
「素直になってくれて良かったわ。アタシ、人を探しているの。アナタがその人を知らないかと思って」
「人?」
「そう。と言っても、アタシが知ってるのは五歳の時の彼だから、今どんな見た目をしているのか知らないんだけど。《シレジア》の民で年齢は一七。アナタが身に付けている指輪やピアスと同じ物をしていて、あとエメラルドのペンダントも持ってたわね」
「……」
「彼の名前はゼフィール。アナタと同じ。不思議ね」
じっとりと、マルガレーテがゼフィールを見下ろす。そんな彼からゼフィールは視線を逸らした。
彼の探し人の特徴は間違いなくゼフィールを指している。だが、ゼフィールはマルガレーテを知らない。
マルガレーテが幼い頃ゼフィールを襲った連中の仲間である可能性もあるのだ。どこの誰とも知れぬ相手に正体を明かすなど、自殺行為以外の何者でもない。
「一応言っておくと、アタシ、本名マルクっていうの。マルク・ディックハウト」
「ディックハウト? マルク・ディックハウト……」
言われた名前をゼフィールは呟いた。
(聞いた名前なんだが、誰だったかな? ディックハウトを名乗るくらいだから、《ドレスデン》王城に滞在してた時に会ってるはずなんだが……)
もう少しで何か思い出せそうで腕を組む。そして、名前の主を思い出した時、思わず叫んだ。
「マルク! お前マルクか!? 《ドレスデン》の王子の!」
「うふふ。アナタやっぱりアタシのこと知ってたわね。それじゃ、アタシの質問にも答えてもらえないかしら? というか、アナタの本名教えてくれない?」
「ゼフィール。ゼフィール・エンベリー。お前が探しているのは、多分俺だ」
思わぬところで知っている名前が出てきて、ゼフィールはフルネームを名乗った。
一般人の名前は一つだけだが、貴族以上の階級になると家名を持っている。"ディックハウト"や"エンベリー"という部分がそれだ。正体を隠したい時は絶対に明かせない名だった。
極度の緊張から解放され、ゼフィールはその場にへたれ込んだ。相手がマルクであればこちらに害を及ぼすことはない。そう思えた。
《シレジア》王家と《ドレスデン》王家には交流がある。
五歳になった子を互いの城に一月ずつ滞在させるというのもその一環だ。ゼフィールも五歳の時《ドレスデン》王城に滞在していた。その時、四つ年上のマルクには随分と遊んでもらった記憶がある。
当時のゼフィールの特徴をマルクは覚えていたようだ。
相手の正体が判明して変わったのはマルクも同じで、態度が急に柔らかくなった。ゼフィールの横にしゃがむと肩をバンバン叩いてくる。
「やっぱりゼフィールだったのね。久しぶりじゃない~。大きくなったわね。行方不明になったって聞いて心配してたのよ。なんか髪とか目とか色変わっちゃって。染めてるの?」
「自前だ。気付いたら変わってた。お前、どうして俺だと気付いたんだ?」
「勘? というか、ゼフィールって人物が見覚えのあるアクセサリー付けてて、《シレジア》人お得意の治癒魔法使ってたのよ? で、ちょーっと傷付けてみたら、血も青いし。当たりかなって」
マルクは右頬に人差し指をあてると、横につ、と動かした。それは、郊外の小屋でマルクに付けられた傷の位置だ。ゼフィールの血の色を確認する為にわざとナイフを投げたらしい。
「お前性格悪すぎ。本気で命の危機を感じたぞ」
「まぁ、それはそれってことで。もしもアナタが本物からアクセサリーを盗んだ賊だったら、ボコってやろうと思ってたんだけど。そんな事にならなくて良かったわ」
力瘤を作りながらマルクがニカッと笑う。反対にゼフィールは顔をしかめた。
マルクとユリアが暴れた後のゴロツキ達には実に痛々しい青痣ができていた。マルクに殴られればゼフィールもそうなっていたのだろう。回避できて本当に良かった。
何にせよ、話は片付いたので、いつまでもここにいる必要性は感じられない。ゼフィールは立ちあがると屋台街に向けて歩き出した。その隣にマルクがついてきて、何かと話しかけてくる。
「今までどうやって生活してきたの? とりあえず、城に来る?」
「まぁ、色々だな。それでなんだが、俺の事は誰にも言わないで欲しい」
「理由を聞いていいかしら?」
「生存を知られたくない」
キッパリとゼフィールは言い切った。
《ドレスデン》城に入城するには正体を明かさねばならぬだろう。正体を明かせば、きっと《シレジア》への入国は叶う。むしろ国へ帰されるだろう。しかし、それでは再び命を狙われるようになってしまう可能性がある。
《シレジア》へは正体を明かさずに入国するつもりだった。城に戻りたかったわけではない。ただ、《シレジア》という国の地を踏み、空気を感じたかっただけだ。
ゼフィールが平穏に暮らしていられるのは、ひとえに正体がバレていないからにすぎない。もし正体がバレ、刺客に襲われるようなことになれば、共にいる双子も巻き込んでしまう。それだけは避けたかった。
「まぁ、嫌なら無理にとは言わないけど。滞在してる場所くらいは教えてよね」
「それは構わないが……。お前、何でそんな格好と話し方なんだ?」
「あら、これならアタシが王子だなんて誰も思わないじゃない? 城下でも動きやすくて最高よ。それに――。姉や妹が可愛い格好してるのに、アタシだけ男の格好しかしちゃいけないなんて差別じゃない!? 城の外でくらい好きにしていいと思うのよ!」
持論を語り始めたマルクの口調に熱がこもる。正直、彼の持論に同意できる部分など欠片も無い。しかし、これだけこだわりがあるのなら、城下で会う時はこの格好なのだろう。
頭の痛い問題が一つ片付いたはずなのに、新たな悩みができた気がする。とりあえずマルクに宿の場所を教え、二人は別れた。
日中は三人一緒に行動しているが、夜は自由時間だ。その時間を、ゼフィールは吟遊詩人として酒場で曲を奏で過ごしていた。
農業国である《ドレスデン》だが、王都レンツブルクは学問の街というもう一つの顔を持っている。
当然ながら街には学生が多い。けれど、教えるための教員や研究者も多いので、酒場は遅くまで人が絶えない。
その上詩人は珍しいので、どこででも歓迎される。毎晩酒場を変えながら曲を奏でればそこそこの収入は見込めたし、交わされる会話に耳を傾ければ色々な情報が得られた。
商隊に拾われてからのゼフィールが出来るようになった事は少ないのだが、これだけは人に誇ってもいいのではないか、と、自分でも思っている。
一稼ぎ終え、ゼフィールは宿へ帰る道を歩いていた。
通りにずらりと並ぶ屋台。夜になると現れ、朝までには消える屋台街は未だに多くの人であふれている。本来なら違法らしいのだが、何事も特例というのはあるもので、これもその一つだ。
そこかしこで巡回兵が買い食いをしている姿がある以上、ここが取り締まられる日は遠いだろう。
狭い道で屋台を観察しながら人を避け歩く。そこには、食べ物から雑貨まで、実に様々な物が並べられている。
「どうだいそこの兄ちゃん? 彼女にブレスレットでも」
「美味しいよ、少し食べて行かないかい?」
「これさえあれば運は開かれる。銀貨五○枚だ」
夜も深い時間だというのに活気は昼間と大差ない。大きな違いといえば、様々なものをごった煮したようなこの場所は、それなりに闇が深いということだろうか。
「そこの銀髪のお兄さん。少し話があるのだけど、いいかしら?」
その時も、話しかけられるまで彼がゼフィールの近くに来ていることに気付かなかった。どちらかというと、あえて見ないようにしたという方が正しいかもしれない。
声のした暗がりに視線を向けはしたが、気付かなかったフリをして歩を進める。
「あぁんもう! 待って、待ってってば!」
叫びながら彼は強引にゼフィールの進路上に割り込んできた。目の前に忘れたくても忘れられない顔が現れる。マルガレーテ、彼だ。
このままでは通してもらえそうもないので、直視しないよう微妙に視線を外しながらも警戒は解かず、尋ねる。
「何か用か?」
「アナタに大切な話があるの。ちょっと来て頂戴」
「ん? な! おいっ!」
返事も聞かず、マルガレーテはゼフィールの腕を引いて強引に歩きだした。屋台の隙間から脇道に入り、どんどん奥へと進んで行く。
彼には青い血を見られている。捕まれば何をされるか分かったものではない。
逃げようとゼフィールは必死に足掻いた。しかし、マルガレーテの力は強く、手を振りほどけない。
光もあまり届かない袋小路でマルガレーテはゼフィールを解放した。
屋台街の喧騒は遠く、人影も少し前から見ていない。ここで助けを求めても誰の耳にも届かないだろう。襲われればお終いだ。
手に嫌な汗が滲む。
「こんな所まで連れて来ちゃってゴメンなさいね。どうしてもアナタに聞きたいことがあって」
マルガレーテは顔の前で手を合わせるとウィンクして見せた。しかし、閉じられていない方の目は笑ってはいない。
剣呑な視線に射竦められゼフィールは唾を飲んだ。逃げろと本能が訴えている。
「くそっ!」
強風を起こしマルガレーテにぶつけた。吹き飛ばして退路を作るつもりだった。
しかし、風はマルガレーテに辿り着く前に霧散してしまい、彼の髪を揺らす程度にしかなっていない。
「あら涼しい。いいそよ風ね」
髪を掻きあげながらマルガレーテが笑う。反対に、ゼフィールは苦渋の表情を浮かべた。
「馬鹿な……」
風は動いている。以前賊を弾き飛ばした時より強いくらいだ。なのに、マルガレーテに到達するまでに消えてしまう。
マルガレーテが一歩前に出た。ゼフィールは一歩後ろへ下がる。同時に風をぶつける。が、やはり彼へ到達する前に霧散してしまう。マルガレーテがまた一歩前へ出た。ゼフィールも下がり、風を喚ぶも、同じ結果だけが繰り返される。
そうこうしている間にゼフィールの背は壁にぶつかり、それ以上後退することすら出来なくなった。周囲を見回してみても逃げ道は見当たらない。
ゼフィールはマルガレーテを睨んだ。風は効かない。逃げ道も無い。せめてもの抵抗にそれくらいしか出来る事が無かった。
もっとも、睨んだところで全く効果は無い。マルガレーテは平然とゼフィールの前へ来ると彼の腕を掴み、逆に睨みつけてきた。
「そんな散漫な魔力の編み方じゃアタシまで届かないわよ。ねぇ、アタシはちょーっとお話がしたいだけなの。そんなに脅えないで大人しくしてくれないかしら? アナタって治癒できるみたいだし、なんなら、足と腕の骨、折ってもいいのよ?」
ゼフィールを掴む力が強くなった。圧力はどんどん強くなり、掴まれている腕の指先の感覚が鈍くなってくる。
「分かった。話を聞く。俺に何の用だ?」
ゼフィールが観念すると、マルガレーテはニッコリ笑いながら手を離した。彼に掴まれていた部分はクッキリと赤くなっている。あのまま拒んでいれば、本気で腕の一本くらい折られたかもしれない。
「素直になってくれて良かったわ。アタシ、人を探しているの。アナタがその人を知らないかと思って」
「人?」
「そう。と言っても、アタシが知ってるのは五歳の時の彼だから、今どんな見た目をしているのか知らないんだけど。《シレジア》の民で年齢は一七。アナタが身に付けている指輪やピアスと同じ物をしていて、あとエメラルドのペンダントも持ってたわね」
「……」
「彼の名前はゼフィール。アナタと同じ。不思議ね」
じっとりと、マルガレーテがゼフィールを見下ろす。そんな彼からゼフィールは視線を逸らした。
彼の探し人の特徴は間違いなくゼフィールを指している。だが、ゼフィールはマルガレーテを知らない。
マルガレーテが幼い頃ゼフィールを襲った連中の仲間である可能性もあるのだ。どこの誰とも知れぬ相手に正体を明かすなど、自殺行為以外の何者でもない。
「一応言っておくと、アタシ、本名マルクっていうの。マルク・ディックハウト」
「ディックハウト? マルク・ディックハウト……」
言われた名前をゼフィールは呟いた。
(聞いた名前なんだが、誰だったかな? ディックハウトを名乗るくらいだから、《ドレスデン》王城に滞在してた時に会ってるはずなんだが……)
もう少しで何か思い出せそうで腕を組む。そして、名前の主を思い出した時、思わず叫んだ。
「マルク! お前マルクか!? 《ドレスデン》の王子の!」
「うふふ。アナタやっぱりアタシのこと知ってたわね。それじゃ、アタシの質問にも答えてもらえないかしら? というか、アナタの本名教えてくれない?」
「ゼフィール。ゼフィール・エンベリー。お前が探しているのは、多分俺だ」
思わぬところで知っている名前が出てきて、ゼフィールはフルネームを名乗った。
一般人の名前は一つだけだが、貴族以上の階級になると家名を持っている。"ディックハウト"や"エンベリー"という部分がそれだ。正体を隠したい時は絶対に明かせない名だった。
極度の緊張から解放され、ゼフィールはその場にへたれ込んだ。相手がマルクであればこちらに害を及ぼすことはない。そう思えた。
《シレジア》王家と《ドレスデン》王家には交流がある。
五歳になった子を互いの城に一月ずつ滞在させるというのもその一環だ。ゼフィールも五歳の時《ドレスデン》王城に滞在していた。その時、四つ年上のマルクには随分と遊んでもらった記憶がある。
当時のゼフィールの特徴をマルクは覚えていたようだ。
相手の正体が判明して変わったのはマルクも同じで、態度が急に柔らかくなった。ゼフィールの横にしゃがむと肩をバンバン叩いてくる。
「やっぱりゼフィールだったのね。久しぶりじゃない~。大きくなったわね。行方不明になったって聞いて心配してたのよ。なんか髪とか目とか色変わっちゃって。染めてるの?」
「自前だ。気付いたら変わってた。お前、どうして俺だと気付いたんだ?」
「勘? というか、ゼフィールって人物が見覚えのあるアクセサリー付けてて、《シレジア》人お得意の治癒魔法使ってたのよ? で、ちょーっと傷付けてみたら、血も青いし。当たりかなって」
マルクは右頬に人差し指をあてると、横につ、と動かした。それは、郊外の小屋でマルクに付けられた傷の位置だ。ゼフィールの血の色を確認する為にわざとナイフを投げたらしい。
「お前性格悪すぎ。本気で命の危機を感じたぞ」
「まぁ、それはそれってことで。もしもアナタが本物からアクセサリーを盗んだ賊だったら、ボコってやろうと思ってたんだけど。そんな事にならなくて良かったわ」
力瘤を作りながらマルクがニカッと笑う。反対にゼフィールは顔をしかめた。
マルクとユリアが暴れた後のゴロツキ達には実に痛々しい青痣ができていた。マルクに殴られればゼフィールもそうなっていたのだろう。回避できて本当に良かった。
何にせよ、話は片付いたので、いつまでもここにいる必要性は感じられない。ゼフィールは立ちあがると屋台街に向けて歩き出した。その隣にマルクがついてきて、何かと話しかけてくる。
「今までどうやって生活してきたの? とりあえず、城に来る?」
「まぁ、色々だな。それでなんだが、俺の事は誰にも言わないで欲しい」
「理由を聞いていいかしら?」
「生存を知られたくない」
キッパリとゼフィールは言い切った。
《ドレスデン》城に入城するには正体を明かさねばならぬだろう。正体を明かせば、きっと《シレジア》への入国は叶う。むしろ国へ帰されるだろう。しかし、それでは再び命を狙われるようになってしまう可能性がある。
《シレジア》へは正体を明かさずに入国するつもりだった。城に戻りたかったわけではない。ただ、《シレジア》という国の地を踏み、空気を感じたかっただけだ。
ゼフィールが平穏に暮らしていられるのは、ひとえに正体がバレていないからにすぎない。もし正体がバレ、刺客に襲われるようなことになれば、共にいる双子も巻き込んでしまう。それだけは避けたかった。
「まぁ、嫌なら無理にとは言わないけど。滞在してる場所くらいは教えてよね」
「それは構わないが……。お前、何でそんな格好と話し方なんだ?」
「あら、これならアタシが王子だなんて誰も思わないじゃない? 城下でも動きやすくて最高よ。それに――。姉や妹が可愛い格好してるのに、アタシだけ男の格好しかしちゃいけないなんて差別じゃない!? 城の外でくらい好きにしていいと思うのよ!」
持論を語り始めたマルクの口調に熱がこもる。正直、彼の持論に同意できる部分など欠片も無い。しかし、これだけこだわりがあるのなら、城下で会う時はこの格好なのだろう。
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