白花の咲く頃に

夕立

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火の国《ハノーファ》編 死に至る病

3-1 襲われた馬車

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 《ハノーファ》に入った三人は集落に近付く前に舟を乗り捨て、寂れた街道に入った。
 大きな道を避けたのには訳がある。大街道なら歩きやすく旅もしやすいが、その分人通りが多い。どこに刺客が紛れ込んでいるか分からず、不安だったからだ。
 もう少し《ライプツィヒ》から離れ、ほとぼりが冷めるまでは、人目を避けて旅を続けようということで、人のいない方、いない方へと進路を取った。

「なんだってここ、こんなに凶暴なトカゲが多いのさ!?」

 足元のトカゲを蹴り飛ばしながらリアンが叫んだ。三○センチ程のトカゲが数メートル先に飛んで行ったが、すぐに戻ってきて牙を剥く。
 同じことを数度繰り返していた。

 渋々といった様子で、リアンは牙を剥いているトカゲの眼球に短剣を突き刺す。刺されたトカゲは随分と長い間ジタバタと足掻いた後、動かなくなった。
 致命傷を受けてもなかなか死なないとは、トカゲの生命力とは凄まじいものである。

 そんなトカゲ一○匹程に囲まれているリアンはたまったものではないだろう。処理を手伝ってやればいいのだろうが、残念ながら、ゼフィールもそれどころではない。
 リアンから少し離れた所で、優に二メートルはある大トカゲが、ユリアとゼフィール相手に暴れていた。

「リアン。お前さっき、何か白いの踏んでたよな!?」

 風で大トカゲの動きを鈍らせながらリアンに叫ぶ。

「あー、なんだろう。忘れたナー」

 視界の隅でリアンが顔を逸らした。若干セリフが棒読みだ。心当たり有だが、わざとはぐらかしたのが丸分かりすぎる。
 事実、彼は少し前に、草むらで白い玉をいくつか踏んで割っていた。おそらく今の事態の原因だろうが、あえて追及しないのも優しさだろう。

「なんでもいいから、リアン早くそっち処分して、こっち手伝いなさいよね!」

 大トカゲが打ちつけてきた尻尾を避けながら、ユリアの声が飛んだ。避けた尻尾にユリアが反撃の斬撃を叩き込むが、外側の鱗は堅いようで、刃を跳ね返されている。
 大トカゲの攻撃を避けては斬りつけるを繰り返しているが、未だ鱗の防御を突破できていない。

 大トカゲが口を開けてユリアに飛び掛かった。その突進を、正面からユリアは待ちかまえる。そして、狙いすましたように大トカゲの口内目掛けて剣を突き出した。

 ガキンッ

 突き出された刀身を大トカゲが咥える。奥へ押し込もうとユリアも頑張っているようだが、剣はピクリとも動かない。
 一人と一匹が力比べに集中している間に、ゼフィールは大トカゲの腹の下に手を添えた。

「飛べ」

 ゼフィールが命じると、彼の足もとから湧き出した突風が大トカゲを空中へと巻き上げた。共に空に巻き上げられぬよう、ユリアが慌てて剣を手放す。生涯で初であろう体験に大トカゲも驚いたようで、空中で口を開き、剣を地に落とした。

 しばしの空の旅の後、どぅ、という音を立て大トカゲが地に落ちた。仰向けに落としたので、柔らかそうな腹が丸出しになっている。
 ユリアは素早く剣を拾うと露わになった腹部に深く切り込んだ。ひっくり返ろうとする大トカゲの動きを足で抑え、その傷を更に深く大きくしていく。

 この調子なら、ほどなく彼女が止めを刺すだろう。
 突風で脱げかけたフードを抑えつつ、ゼフィールはリアンの様子を伺った。大トカゲが劣勢になったからか、小トカゲ達が浮足立ち始めている。逃げ始めた個体もいるし、あちらもじき決着が着くだろう。

 ざっと周囲を確認してみたが、新たな個体が襲ってきそうな気配はない。
 目の前の連中さえ処理できれば一先ず落ちつきそうで、ゼフィールは肩をなでおろした。

 火の国《ハノーファ》に入ってから、凶暴な野生動物に襲われることが多い。寂れた街道を進み始めて二日になるが、昨日は三度、今日は一度襲撃を受けている。

 大街道を通っていればこのような事はなかっただろう。どこの国でも、大街道は、騎士団が定期的に獣の討伐や賊の取り締まりを行っている。しかし、小道となれば管轄外だ。
 そういう場所は、通常、民間に討伐依頼が回ったり、護衛業を生業としている者達が馬車で通行がてら掃除を行っている。
 普段から人の通行がある道であるならば、そう危険は無いはずだった。だが、この道ではその常識がどうにも当てはまらない。

(今夜も落ち着いて眠れそうにないな)

 いつ現れるとも知れぬ刺客と獣達のことを考えると、少しだけ頭が痛くなった。



 トカゲの群れを退け、街道を進むと一台の馬車が見えた。休憩中なのか、馬車は全く動かない。

(あのまま馬車が動かなければすれ違うな)

 別段乱れてもいなかったが、ゼフィールはフードを深く被り直した。

 クリストフ家を出てからというもの、ゼフィールはマントのフードを被ったまま過ごしている。彼の髪は珍しい銀髪。その上長いとなると嫌でも人目を引く。正体を隠すのであれば、髪を隠してしまうのが最も手っ取り早かった。

「あの馬車、なんかおかしくない?」

 ゼフィールの横を歩きながらリアンがぼやいた。尋ねられたので改めて見てみたが、普通の馬車に見える。

「そうか?」
「いやー。僕もよく分かんないんだけどさ。なんとなく?」
「ちょっと先に行って見てくるわ。あんた達はゆっくり来て」

 そう言うと、ユリアは足早に馬車へ向かって行った。途中で何か気付いたのか、剣を抜き、歩みが慎重になる。
 ユリアが馬車に到達した時になり、ようやくゼフィールも異常に気付いた。

 馬車に馬がいない。幌には所々赤い染みがあり、引き裂かれたように破れた場所まである。その上、風に乗って流れてくる錆びた鉄のような臭いは、明らかに血臭だ。

「なんかさー。関わり合いになりたくない景色が見えてきたんだけど」
「俺もだ。だが、ユリアが呼んでる。避けて通るには気付くのが遅かったみたいだな」
「あー。嫌だなー。なんでこの国こんなに暴力的なんだよ。湯治を売りにしてるんだから、もっとゆったりしてていいと思うんだけどね」

 愚痴の止まらないリアンと馬車に辿り着き、ゼフィールは眉をしかめた。
 それは乗合馬車のようだった。何者かに襲われた後の、だが。
 馬の姿が見えないのも当たり前で、手綱が噛み千切られ先が無くなっていた。馬がいたであろう場所には血だまりがあり、そこから引きずられた跡もある。

 幌の中の様子は凄惨の一言に尽きた。
 血が広く飛び散り、血だまりの中に二人が寝ている。上から下まで噛み痕や切り傷、噛み千切られた傷があり、亡くなっているのは明らかだ。

 ゼフィールは口元を押さえ血だまりから目を背けた。幌内に充満する血臭で気分が悪い。

「悪い、少しここから離れる」
「どこか行くの? それならついて行くけど」
「少し血に酔っただけだ。そこの茂みで休めばすぐに良くなると思う」

 ゼフィールのもとへやって来ようとしたユリアを手で制す。ふらつきながら茂みへ行くと座りこんだ。
 緑の側は空気が綺麗で少しだけ気分が良い。肺の中の空気を入れ替えたくて深く息を吐いた。

 幌の中の血溜まりにも引きずった跡があった。馬車の乗客はあの二人以外にもいたのだろう。弱肉強食が世の節理とはいえ、遺体すら残らぬのはなんともいたたまれない。

 ――キュイ……

 ふと、小さな鳴き声が聞こえた。何かいるのかと声のした方を探してみると、茂みの陰に小さなリスがいる。警戒して毛を逆立てているのだが、迫力が無いのは小動物の悲しき性だろう。

「お前、こんな所にいると危ないぞ」

 ゼフィールはリスにそっと手を伸ばした。その手から逃れるかのように、リスは茂みの奥へと入り込んで行く。
 リスが奥へと逃げて行く姿を目で追いかけていると、小さな人の手が見えた。

(誰かいるのか!?)

 茂みを掻き分け、小さな手の主を引っ張り出す。出てきたのは幼い少女だった。とても小さく、まだ一○歳にもなってなさそうだ。

「おい、大丈夫か!?」

 少女の頬を軽く叩いてみたが反応は無い。しかし、胸は規則正しく上下している。外傷も見当たらぬし、眠っているだけのようだ。

(あの馬車に乗っていたのか?)

 少女が一人で歩いて来れるような場所でもない。きっと乗合馬車に乗っていたところを襲われたのだろう。他に生存者の気配は無いし、生き残ったのは彼女だけかもしれない。

 眠る少女を起こさぬよう、ゼフィールはそっと彼女を抱き上げた。そして、この場を離れるために歩き出す。

 ここに彼女を置いて行くわけにはいかなかった。血の臭いにつられた獣がいつやってくるともしれないし、目が覚めた時、この現場を見るのはあまりに酷だろう。見ないで済むのなら、それに越したことはない。
 狙われている自分の側にいるのが安全とは言えないが、少なくとも、ここに置いて行くよりはマシに思える。

「キュ、キュッ」

 前の茂みからリスが顔を出し鳴いた。先程のリスだろうか。

「お前も一緒に行きたいのか?」

 手を差し出してみると、リスはするすると腕を登り少女の上に収まった。
 彼女の居場所を教えてくれたのもこのリスだったし、少女のペットなのだろうか。それならば、一緒に連れていってやれば、彼女が目を覚ました時少しは寂しくないだろう。

「ユリア、リアン。生き残りがいたぞ」

 馬車に戻ると双子に少女を見せた。二人がゼフィールに抱かれた少女を覗きこむ。

「小さい子ね。どこにいたの?」
「あっちの茂みの中で倒れてた。隠れた状態で気を失って、見つからなかったのかもな」
「この子だけでも無事で良かったね」

 柔らかい笑顔でリアンが少女の頭を撫でる。
 ゼフィールは改めて周囲を見回し、双子に向き直った。

「他に生き残りがいないなら早くここを離れたいんだが。まだ何か調べるのか?」
「僕が見た感じだと誰もいなかったよ。ここをさっさと離れるのには賛成」
「私も。じゃ、行きましょ」

 あどけない顔で眠る幼い少女を抱え、三人はその場を後にした。
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