白花の咲く頃に

夕立

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火の国《ハノーファ》編 死に至る病

3-9 光苔

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(まさか、これがホルガーの言っていた光苔か?)

 それはほんの微かな光だった。
 本当に光苔なのかを確認する為ラスクをマントで包む。その中に自分ももぐり込み、暗闇の中でラスクを見てみると、先程より鮮やかに発光していた。
 ホルガーが探しているものかはともかく、ラスクに付いている粉が光苔であるのは間違いないようだ。

「ゼフィール何遊んでるの? 楽しいの? それ」

 マントの中から顔を出したゼフィールにユリアが尋ねる。傍から見ると遊んでいるように見えるようだ。 

「いや、ラスクに付いてる粉が気になって」
「ただの砂じゃないの?」
「暗い所で光ってたから光苔だと思うんだが……」
「ふーん。これ、光るんだ。ただの粉にしか見えないのに違うのね」

 ユリアがラスクの頭を小突くと、ラスクは身体を丸めて後転し、そのままコロコロ転がった。ラスクの転がる方向をユリアは指で誘導し、楽しそうに遊んでいる。

「ホルガーの話によると、高地で採れる光苔が、流行病の薬の原料みたいなんだよな」
「それって、コレのこと?」
「おそらく」

 なぜ自分が注目されているか分かっているのかいないのか、ラスクは首を傾げる。そこをユリアに小突かれ、再びコロコロ転がり始めた。

(この苔さえあれば、助かる人は多いんだろうな)

 無邪気に転がるラスクを眺めながら、思う。
 ホルガーはずっと光苔を探しているのに見つけられていないという。そのような希有な物を見つけられたのは、エミが導いてくれたのではないのかとさえ思える。

「なぁ、ラスク。お前、その苔のあった場所まで俺を連れて行ってくれないか?」

 なんともなしにゼフィールは呟いた。特に期待もしていなかったが、本当に、つい口に出た言葉だった。
 しかし、ラスクはその言葉に反応したかのように転がるのを止めると、ゼフィールの方を向いて大きな瞳をキョロキョロさせた。行きたいの? とでも言いたげに首を傾げると、部屋の入口扉へ走って行く。

(お前、言葉分かってるのか?)

 首を傾げたラスクそっくりにゼフィールも首を傾げた。
 ラスクが人の言葉を解しているのかは謎だが、まるで理解しているかのような行動を取ることがあるのも事実だ。やみくもに探すよりは、ラスクに賭けてみる方が分は良いように思える。

「リアン、カンテラ貸してくれ」
「うん? もしかして、君、出掛けるの? 今から?」
「光苔は珍しいらしいからな。できれば生えている場所を見つけてやりたい。暗所で光る苔だから、暗い方が見つけやすいだろう?」
「なんで君が探しに行くのさ?」
「今のところ、情報を持ってるのはラスクだけっぽいからな。もし、その苔から薬が完成して、村の病が治療できればエミが喜びそうだろう?」

 出掛ける準備をしながらリアンの問いに答える。
 夜になれば更に寒くなりそうなので、服を重ね着した。細剣を持って行くかは少し悩んだが、やめる。ラスクが行って帰ってこれる程度の場所なら危険も少ないだろうし、無駄に身重になりたくなかった。

 着込んだ服の上からマントをまとい準備を終える。光苔の場所さえ分かればいいので、こんなもので良いだろう。

「リアン、カンテラ」
「ちょっと待ってよ。僕も行くからさ」

 服を重ね着しながらリアンが答えた。もしや、と思ってユリアの方を見てみると、彼女も出掛ける用意をしている。ゼフィールとは違い、剣もきちんと持っている。ユリアが剣を握るのであれば、益々自分で剣を持つ必要はなさそうだ。

 ラスクがきちんと案内してくれるか怪しかったので、一人で行こうと思っていたのだが、二人ともついてきてくれるとはありがたい。

「お待たせ、ラスク」

 双子の用意もできたので扉を開けてやる。キュイーと叫びながら、ラスクは猛烈な勢いで駆けていった。同時に聞こえてくる驚いた声。
 何事かと見てみると、驚き顔のヨーナスがそこに佇んでいた。唖然としていた彼だが、三人を見て、驚いた顔から興味深々といった表情に変わる。

「おや、お出かけですか? しかもユリアさんは剣をお持ちなようで。もしかして危険な場所ですか? いや、皆まで言わずとも結構です。ちょっと待っていてもらえますか?」

 何やら納得した様子で頷いたヨーナスは自室に戻り、出掛け支度をして戻ってきた。

「なんで私がこんな恰好をしてきたんだって顔をしていますね。単純に面白そうだからと、お金の臭いがしたからですよ」

 彼がマントを少し開いて腰に吊るした剣を見せる。

「自分で言うのもなんですが、私も剣には多少の心得があるので。危ないことがあればお役に立てると思いますよ。私が襲う前にユリアさんに怪我されても嫌ですし。あ、純粋に私情で同行しますので、お代は結構ですのでご心配なく」

 ゼフィール達が否と言う間も無くヨーナスは同行を決めてしまった。ユリアが露骨に嫌な顔をしているので断ってもいいのだが、この調子では後ろをついてきそうだ。それなら、最初から共に行った方が目も届いていい。

「ついて来るのは構わないが、ユリアと仲良くしろよ」
「それはもう! 全力で仲良くさせてもらいますよ」
「私の半径三メートル以内に入ってきたら問答無用で叩き斬るから」
「そんな照れ隠ししなくても大丈夫ですよ。さぁ、私の胸に飛び――」

 お花畑な表情で腕を広げたヨーナスの首元にユリアの剣が当てられる。
 手を広げた格好で止まったヨーナスは、ゆっくり後ずさると、彼女からピッタリ三メートル離れた所で止まった。

「それじゃ、行きましょう」

 剣を鞘に仕舞いながら、ユリアはゼフィールとリアンに微笑んだ。



 ラスクは宿の入り口扉前で待っていた。扉を開けてやると外へ飛び出し、村が背負っている山目掛けて走り出す。その後ろをゼフィール達も追いかけた。

 もうじき日が暮れようとしているので、帰ってくる者はいても出掛けて行く者はいない。探索に行くにしても、軽装のゼフィール達が山へ行くと思う者はいないだろう。
 それはヨーナスにしても同様だったようで、ラスクの後を追うゼフィールに問いかけてきた。

「何も聞かずについてきたわけですが、どこに向かっているのです?」
「さぁ? どこに着くのか俺にも分からないな」
「はっはっはっ。また御冗談を」
「……」
「本当に行き先が分からないのですか?」

 誰も答えを返さなかったので彼も諦めたのだろう。それ以上問いを重ねはしなかった。代わりにぶつぶつと何かを小声で呟いている。

「まぁ、私としてはユリアさんと一緒にいれれば、その他なんてどうでもいいんですけどね」

 微かに聞こえた呟きはそんな内容だった。リアンの言ではないが、彼は本当にブレない。

「お前、ユリアのどこがそんなに気にいったんだ?」
「それは内緒です」

 前を行くユリアを目を細めて眺めながら、ヨーナスは不敵な笑みを浮かべた。
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