白花の咲く頃に

夕立

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火の国《ハノーファ》編 死に至る病

3-13 竜穴の奥で

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 ◆

 トン トン トン

 大きな音にならぬよう気を付けながらゼフィールは扉を叩いた。
 村まで戻って来たが、時刻は既に深夜を回っている。いつここを発つかも分からぬホルガーに光苔を渡すため彼の部屋の扉を叩いたが、時間が時間だけに若干気が引けた。

「こんな遅くにどちらさんだね?」

 しばらく待つと部屋の扉がわずかに開いた。隙間から覗くホルガーの目は赤く腫れているので、一人泣いていたのかもしれない。彼の悲しみを考えると少しだけ心が痛む。

「こんな時間にすまない。だが、渡せないよりは良いだろうと思って」

 ゼフィールは軽く頭を下げると、マントの下から光苔の袋を取り出した。口を開け、それをホルガーの前へ差し出す。
 遠くのランプの明りくらいしかない薄暗い空間で、光苔が淡く緑に光る。その様子に、ホルガーは半分閉じていた目を見開き、震える手で小袋を受け取った。

「これは……、ひょっとして、光苔なのか?」
「偶然見付けてな」
「君は、どうしてこれをオレに?」
「奥さんには間に合わなかったが、あんたの村にはまだ病人がいるだろう? 救ってやってくれ。薬さえあれば助かる命を。エミもきっと喜ぶ」

 ホルガーが手で目頭を押さえ俯いた。ぐっと小袋を握り締めると、顔に無理やりな笑みを浮かべ言葉を返してくる。

「確かに君の言う通りだ。あいつらが死んだって聞いてすっかり忘れてたが、まだ苦しんでる連中がいるんだったな。ざまぁない。これじゃ、あいつ等に顔向けできない」
「高山の麓の穴の奥に光苔は生えている。じゃあ、俺はこれで」
「ああ、待ってくれ。できればそこまで案内してもらえないか? 今一場所がピンとこなくてな。この村の連中にも薬は必要だし、これだけじゃ足りないだろうからな」

 ホルガーに掴まれたマントの裾を見てゼフィールは苦笑した。
 やはり親子。エミと行動が似ている。
 コリを解すように軽く首を回すと、失礼にならぬよう、さり気なく彼の手からマントを引き抜く。

「案内は構わない。ただ、明日でいいか? 俺は今日この村に着いたばかりで疲れたし、少し寝たい」
「オレもその方がありがたいな。それじゃ明日適当な時間に声をかけるとしよう。わざわざすまなかったな」
「それじゃ」

 ホルガーとの話を終えゼフィールが部屋に戻ると、リアンは既に眠りこけていた。ここ四日ほど登山が続いていたし、しまいには竜との遭遇戦だ。蓄積された疲労は小さくない。
 ユリアはまだ戻ってきていないが、一々帰りを待たねばならぬ子供でもない。ヨーナスが共にいる事が安全につながるかは不明だが、彼以外の危険からは守ってくれるだろう。

(俺も寝るか)

 肩の上で器用に寝ていたラスクを枕元に降ろしてやると、ゼフィールはマントを脱いだ。そのまま寝台へと寝転がる。
 身体は正直で、意識が無くなるまでそう時間は掛からなかった。


 ◆

 翌朝、大分日が昇った頃にゼフィールは目覚めた。いつもより長時間眠っていたあたり、やはり、疲れが溜まっていたのだろう。リアンなどまだ眠っている。
 ゼフィールは背伸びして寝台から出ると、ユリアの寝台へと目を向けた。

(まだ戻ってきてないのか)

 彼女の寝台は無人のままだ。戻って来た形跡も無い。

(ヨーナスの部屋にいたりしてな)

 手早くマントに包まるとヨーナスの部屋の扉を叩く。無粋な気もしたが、ユリアの安否確認とは別問題だ。だが、いくら待てども返事は無い。ノブに手を掛けてみたが鍵が掛かっていた。
 これでは帰ってきたかすら分からない。けれど、どうしようもないので部屋へ戻ろうとしたら、後ろから声がかかった。

「おはようさん。君も今起きてきたのか?」

 振り返ると、ホルガーが部屋から出てきたところだった。軽く伸びをしながら歩いて来る彼は、若干腫れた目をしているが昨夜程ではない。表情も少し軽くなったようだ。

「おはよう。昨夜は遅い時間にすまなかった。あれから眠れたか?」
「君が光苔を持ってきてくれたからか、胸のつかえがとれたようでな。お陰でぐっすりさ」

 無精髭を撫でながらホルガーが笑う。ゼフィールも笑みを返した。

 渡した光苔はホルガーに良い効果をもたらしてくれたようだ。
 出来ることを示され、一時的にでも悲しみを忘れられるのなら、それはそれでいいのではないかと思う。心が癒されるには時が必要だ。その間、悲しみから目を背ける必要がある時もあるだろう。

 ホルガーはゼフィールの横に来ると、腹をさすりながら食堂を指した。

「朝飯はもう食べたか? まだなら一緒にどうだ? 良ければその後光苔の生えている場所に案内してもらいたいんだが」
「一緒させてもらおう」

 特に断る理由もなかったので誘いに乗る。ユリアが帰って来ていないのは少し気になるが、優先して探さねばならぬ程の緊急性は感じない。

 財布を取りに部屋に戻ると、リアンはまだ寝ていた。気持ちよく寝ているのに起こすのも悪いと思い、書き置きだけ残して部屋を出る。目を覚ましていたラスクがゼフィールに飛びついてきたので、肩に乗せてやり、ホルガーと遅い朝食をとった。

 食事を終えると竜穴へ向かう。
 途中診療所へ寄り、昨夜入手した光苔を医者に渡すと、彼は早速薬効成分を抽出し始めた。その上、また手に入れたら持ってきて欲しいと頼まれる始末だ。患者が多いので、いくらでも欲しいらしい。

 ユリアが気になり歩きながらそれとなく探してみたが、結局見つかっていない。彼女と似た背格好で長い黒髪の少女もいたが、振り返った顔は別人だった。



「こんな所に穴があっただなんてな。オレはずっと山に登ってばかりいたから、見つけられないはずだわ」

 カンテラで穴の中を照らしながらホルガーが感嘆の声を上げる。

「この辺は探さなかったのか?」
「貴重な薬草は山肌に生えているって聞いてたからな。先入観ってやつよ。ゼフィール君だったか? ありがとうな」

 ホルガーが豪快に笑いかけてくる。あまりに屈託なく感謝されるので照れくさい。それを隠すため、ゼフィールはラスクを手の平に乗せてホルガーに見せた。

「こいつが遊びに行って見つけた場所だから、礼ならこいつに言ってやってくれ」
「そうか、そうか! リス君、ありがとうな。君のお陰で沢山の人が救われる」
「キュイ?」

 最初は大人しくホルガーの感謝を聞いていたラスクだったが、飼い主同様照れたのか、すぐにマントの中に戻ってきてしまった。
 ラスクに逃げられホルガーは傷付いた顔をしたが、こればかりはどうしようもない。

 言葉を交わしながら進んでいると最奥の広間に着いた。そこには昨夜と変わらず緑の星空が広がっている。

「凄いな、ここは」

 周囲を照らしながらホルガーが驚きの声を上げた。どんどん奥へと進んで行く彼の明かりに、一瞬だけ何かが照らし出される。

(何だ? 竜の死骸にしては小さかったようだが)

 そちらに目を凝らしてみるが、ハッキリとは見えない。

「ホルガー。すまないが、こちらに明かりをくれないか?」
「何か見つけたのか?」

 カンテラを掲げながらホルガーが戻って来る。

「こいつは……」

 照らし出されたものを見てホルガーが後ずさった。
 明かりに照らし出されたもの。それは大きな白骨の山だった。昨夜そんなものは無かったはずだが、爪や牙らしきものも見られるので、相手をした竜の骨なのだろう。
 一晩で白骨化しているのは不思議だが、瘴気に蝕まれた代償だと言われれば納得できないこともない。

 しかし、だ。

 白骨の山に埋もれるように全身黒づくめの男が倒れていた。少し離れた場所には、長い黒髪の少女も倒れている。
 見知った二人だった。つい数時間前は一緒にここで戦っていた二人だ。

「ユリア! ヨーナス!」

 倒れているユリアをゼフィールは抱きかかえ、彼女の胸に耳を当てた。弱いけれど確かに鼓動はある。彼女は生きている。ヨーナスはと調べてみると、彼の胸には背後から爪が突き刺さっていた。身体も既に冷たい。
 確認に走るゼフィールの周囲を照らしながらホルガーが問いかけてきた。

「知り合いか?」
「昨夜ここで一緒に竜と戦って別れたんだ。倒したはずだったのに、何でこんなことに――」

 白骨となった竜をゼフィールは睨んだ。
 確かに竜の深部には瘴気が残っていた。だが、それはとてもわずかで、時間と共に霧散してなくなる程度だった。遺骸を動かすには明らかに濃度が足りなかったのだ。
 だが、ヨーナスの状態は、動かないはずの竜が動いたであろう事を想像させる。
 倒れている二人の脇に落ちている抜き身の剣が目に入った。

(ここで争ったのか? それとも、動き出した竜相手に立ち向かったのか?)

 前者であれば、争いで撒き散らされる負の気が瘴気を刺激した可能性はある。人の持つ負の感情も、瘴気も、根本はさして変わらない。《ライプツィヒ》の祀りでそれは痛感した。
 だが、何があったのか知る二人は倒れており、答えてくれる者はいない。

 色々な事が不明瞭で不自然な現場。エミの時もそうだった。あの時は既に二人とも亡くなっていて何もできなかった。
 けれど、今は違う。少なくともユリアはまだ生きているのだ。

(俺は、もう誰も失いたくない)

 ユリアの剣を拾うと、ゼフィールはそれを彼女の剣帯に戻した。そして、ホルガーに頼む。

「ホルガー、俺は彼女を診療所に連れて戻る。あんたは出来るだけ光苔を採って来てくれないか?」
「こっちの男はどうするんだ?」
「彼はもう亡くなっている。今は後回しだ。だが、ユリアはまだ息がある。彼女だけでも助けたい」

 肌が黒い斑点で覆われてしまったユリアを背負う。意識の無い彼女はズシリと重い。剣を置いていけば少しは軽くなるのだろうが、彼女の愛剣だと思うと、置いて行く気になれなかった。
 そこに、苔を集め終わったホルガーが来てユリアの腰に手を回す。

「ああ、待ちな。その子の剣くらいはオレが持とう。外すからちょっと待ってくれ」
「ありがとう。助かる」
「疲れたらオレが背負うのを代わる。その時は言ってくれ」

 剣が外されると腕に掛かる負担が少し減った。診療所までは一刻ほどかかる。わずかなりとも軽くなってくれるのはありがたい。

「ユリア。すぐに医者に診せてやるから頑張れ」

 背中でぐったりとしているユリアに囁くと、ゼフィールは診療所へ向かって歩き出した。
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