白花の咲く頃に

夕立

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火の国《ハノーファ》編 死に至る病

3-12 迫りくる刃

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「大丈夫か?」
「なんとかねー。こんな人里近くにあんなのがいるなんて反則だよね」
「本当だな」

 リアンの傷を癒し終えたのでユリアのもとへ向かう。
 比較的距離を取りながら立ちまわっていたリアンは多少の切り傷程度で済んでいるが、無理やりに竜に斬り込んでいたユリアやヨーナスは打ち身も多く見受けられた。
 ぐったりと座りこむユリアの傍らで膝をつくと、彼女に手をかざす。

「ユリア。頼りっきりで言うのもなんだが、もう少し怪我に気を付けてもらえると俺は嬉しい」
「頼りっきりってこともないと思うけど。私はこれしか出来ないだけだし。ひょっとして、ゼフィールも疲れちゃってて治癒するのが大変?」
「今はそうでもない。ただ、傷跡が残ったりしたらお前も嫌だろ?」

 治癒をしながらユリアの怪我の様子を観察する。腕は腫れあがり、鱗や爪に付けられた傷も多い。顔にも切り傷があったので、手をかざし重点的に魔力を注ぐ。痕を残すことなく完治した肌を見て、ひとまずホッとした。

(少しは女らしく気にしてくれた方がいいんだけどな)

 治癒魔法があるからか、ユリアは怪我に無頓着なところがある。早々傷を負うこともないのだが、相手が強く、自分達が圧倒的に不利な時には、自ら一番辛い攻撃を引き受ける傾向があるのだ。
 実力的にそれが正解なのだが、そのせいで後悔をする日には来て欲しくない。

「ほら、今だって綺麗に治してくれたじゃない。いつも頼りになるわね」

 すっかり傷の癒えた身体を見回し、ユリアはにこやかに笑う。笑顔を向けられてはそれ以上小言も言えず、ゼフィールはヨーナスのもとへ向かった。
 二人と同じく傷を癒していると、彼は興奮した声を上げる。

「これが治癒魔法ですか。なんとも便利なものですね。ブレスから私達を守ってくれた障壁といい、私も欲しい能力ばかりですよ」
「俺にはあんたみたいな剣の腕はないし、お互い無い物ねだりだな」

 羨ましいと繰り返すヨーナスに苦笑を返す。
 後ろから見ていただけだが、ヨーナスの剣技は素晴らしいものだった。実力はユリアと同等か、それ以上か。ゼフィールにしても、ヒルトルートの所でしごかれたお陰で多少は動けるようになった。それでも、彼等の腕には程遠い。

 ヨーナスの傷も癒し終わり、ゼフィールはふと、瞬く光苔を眺めた。

(少しサンプルを持って帰ってやれば、ホルガーが採りに来るかもしれないな)

 足元の苔を少しだけ剥がす。入れ物を持ってきてなかった事にその時になって気付き、どうしたものかと困っていると、肩をリアンにつつかれた。彼は手に小袋を持っている。

「こんなこともあろうかと袋を持ってきた僕最高」

 リアンが袋に苔を回収した。小振りなスコップを取り出すと、更に追加の苔を詰める。袋が満タンになると、ドヤ顔でそれをゼフィールに渡してきた。

「言い出しっぺは君だから、持って帰るのも君ね」
「本当に、こういう用意はいいわよね、リアン」
「僕ってデキル男だからね」
「はいはい。じゃ、帰りましょ」

 リアンを適当に流したユリアが出口に向かい歩き出す。そんな彼女の腕をヨーナスが掴み、引き止めた。

「ちょっと待ってください! ユリアさん!」
「なんなのよ!? 離して!」

 その手をユリアは邪険に払いのける。それでも彼はめげず、彼女にすり寄った。

「私はあなたに言いたい事があるんです。できれば二人きりで。ということで、男性方は先に帰っていてくれませんか? あ、明かりなら私も持ってきてるのでご心配なく」

 ゼフィールとリアンの方を振り向くと、ヨーナスはマントを広げる。ベルトには確かにカンテラが吊り下げられていた。リアンに劣らず、細々としたことに気が回る男である。

 だが、彼の都合などユリアには関係ないようで、ヨーナスを無視して帰ろうとした。そこにリアンが立ちはだかる。

「なんのつもりよ、リアン。邪魔なんだけど?」
「ユリアさ。きっちり告白してもらって振るのも優しさだと思うんだよ。だからね、ここは話を聞いてあげてよ。可愛い弟からのお願いだから」
「本人が嫌がってるのに、無理に二人にするのはどうなんだ?」
「いーや。ここは引けないね。ユリアに足りないのは経験なんだよ。彼を逃したら、こんな殊勝な人、いつ現れるか分からないじゃないか。少しは女らしく扱われてきなよ」

 ヨーナスがランタンに灯を入れたのを確認すると、リアンはゼフィールの腕をひっぱり外へと向かった。

「ちょっと、あんた達! 裏切り者!」
「ああ、同志よ! ありがとうございます!」

 ユリアの非難の声とヨーナスの歓喜に笑顔を返し、リアンはホールを出る。彼に腕を引かれつつ、ゼフィールは後ろを振り返った。

「いいのか? アレ。後でユリアが怒り狂いそうなんだが」
「いいのいいの。ユリアが怒るのはいつものことだし。それくらいでユリアが少しでも女らしくなったらラッキーじゃん。君だってそっちの方がいいでしょ?」
「それはそうだが」

 そう言われてしまうと、ゼフィールに言い返せる言葉は無かった。


 ◆

「で、話って何なのよ?」

 イライラしながらユリアはヨーナスに話を促した。リアンがアホなことを言っていたが馬鹿馬鹿しい。内緒話があるのならさっさと聞いて帰りたかった。
 そんなユリアにヨーナスが恭しく一礼する。

「まずは、ここに残って頂きお礼申し上げます。ようやく二人きりになれましたね」

 笑顔を張りつけた芝居がかった仕草でヨーナスは天井を仰ぐ。彼の表情はいつも作りものっぽくて、行動は芝居じみている。それがとても気に入らない。
 そう思われていると知ってか知らずか、相変わらず芝居がかった仕草で彼は続ける。

「私はね、あなた方を見た時ピンときたんです。あなた方は彼にとってとても大切な者なのだろうと。ですから、あなた方を消すことにしたんです。以前言ったでしょう? 次に会ったら襲うと。私は有言実行な男なんです。ですから、大人しく襲われてください」

 笑顔のままヨーナスは剣を抜き、刃先をユリアへと向けた。そのまま剣を一閃させる。
 頭は事態についてきていないが、身体は勝手に反応している。剣は避けたものの、何が起きたのか分からず、ユリアはヨーナスを凝視した。

 そんな彼女にヨーナスは笑顔で剣を突き出す。唖然としながらそれを避け続けていたユリアだったが、段々と怒りが込み上げてきて彼に叫んだ。

「何するのよ!? それに、わけの分からないことばかり言って! 彼って誰よ!? それに、なんで私が会ったばかりのあんたに襲われなきゃなんないのよ!」

 ユリアの問いに、ヨーナスの顔から笑みが消えた。これまでとは逆に、背筋が寒くなるような冷たい目で見つめてくる。

「確かにあなたにとって私は、数日前に会ったばかりの他人ですね。ですがね、私はあなた方をずっと見ていたのです。《ライプツィヒ》の貴族が放った刺客、全てまけたと思っていました? ええ、そうです。私はゼフィールさんを捕えるように雇われた者の一人ですよ」

 ドクン。

 ユリアの心臓が大きく鳴った。ゼフィールを捕えると聞いて嫌な記憶が蘇る。
 ゼフィールがいなくなった時に感じた不安。助け出せなかった無力感。血だらけの彼を見た時の絶望感。
 あんな気持ちをまた味わえと言うのか。

(それは、嫌――)

 奥歯を噛み締めると、ユリアはゆっくり剣を鞘から抜き、ヨーナスに向けた。

「あの時、私は守れなかった。――でも、今度は守ってみせる」

 大きく踏み込みヨーナスに向けて剣を切り払った。彼はその一撃を剣で受け止める。鍔迫り合いの形になり、二人の顔が近付いた。ユリアはすぐ側にあるヨーナスの顔に向けて吐き捨てる。

「あんたがゼフィールじゃなくて私を狙ってくれて助かったわ。あいつの剣の腕じゃ、あんたには勝てないもの」
「勘違いしているようですが、私は彼を無傷で捕えたいのですよ。商品はなるべく綺麗に依頼者に届けたいですからね」

 ヨーナスが力強く剣を払い、二人の距離が離れる。

「見たところ、彼の心は随分と繊細なようです。そこで私は考えたのですよ。彼に関わりのある者を消せば、心を病んだ彼は私に抵抗しなくなるのではないか、とね」
「それが私だったってわけ?」

 ヨーナスが打ち下ろしてきた剣をユリアは刀身で受け止めた。左手を添えて受けたのに攻撃が重い。剣の角度を変えヨーナスの一撃を流すと、ユリアはそのままヨーナスの懐へ飛び込み身体ごとぶつかった。

「ええ、そうです。あなた方が途中で拾った少女を気紛れに殺しただけで、彼の悲しみは大層なものでした。共に旅をするあなたを失えば、彼はどれほど悲しむでしょうね?」
「もしかして、エミちゃんを殺したのはあんただったってこと?」
「周囲の村人達はそんな名前で呼んでいましたか。彼女はいい働きをしてくれましたよ。名乗らなかったゼフィールさんのお名前も教えてくれたし、死んだことで、彼の素顔の確認もさせてくれた。実験台にもなってくれましたしね」

 タックルを耐えたヨーナスに肩を掴まれ、お返しとばかりに投げ捨てられた。
 剣技に関してそれほど差は無いが、体重と力でどうしてもユリアが一歩後れを取る。それがそのまま実力差になってしまっていた。
 ハッキリと分かる力の差が悔しくて拳を握る。

「私を殺して、今度はリアンも殺すの?」
「正解です。あなたの方が手強そうだったので、先にお亡くなりになって頂きますが、リアンさんにもすぐにあなたの後を追って頂きますよ」
「そう……」

 ユリアはユラリと立ち上がり、剣を強く握りなおした。
 これまではいつもゼフィールが側にいた。彼が嫌がるから無闇な流血も極力避けた。人を殺めた事なんてもちろん無い。

(でも、それが弟達を守る唯一の手段だというのなら、迷わない)

 剣先をヨーナスへと向け宣言する。

「私はあんたを殺すわ」

 実力は相手が上だ。だが、守りたいという気持ちはきっと負けていない。だから、勝つ。
 その想いを込めて、ユリアはヨーナスを睨んだ。

 そんな彼女を見てヨーナスが笑った。今まで散々見た薄ら笑いではなく、腹からの笑いだ。

「素晴らしいですよ、ユリアさん。そう! 追い詰められた獲物は必死に抵抗してくれなくては面白くありません。抵抗を正面から叩き潰し、助からないと心が折れる様を想像すると、今からゾクゾクしてきます」

 邪な笑いを浮かべながらヨーナスが剣を振るう。先程までより重く、早く、フェイントが入り乱れる攻撃が絶え間なく繰り出される。ユリアはそれを丁寧に受け、たまには流し、ヨーナスに反撃する隙をうかがう。
 ヨーナスの体勢がわずかに崩れた。ユリアはそれを見逃さず、一撃を打ち込もうと剣を振りかぶる。
 ヨーナスの口元に笑みが浮かんだ。

(しまった、フェイント!?)

 気付いたが遅かった。がら空きになったユリアの脇腹にヨーナスの痛烈な回し蹴りが決まる。地べたを転がったユリアは、蹴られた脇腹を押えながら立ち上がった。

 蹴られた箇所が鈍く痛む。無様に地べたを転がった時に擦り傷もできたようだ。
 元々実力差があるというのに、このダメージはいただけない。痛みで気が散ってはそのまま敗北につながってしまう。

(痛みなんて無い。怪我なんて負ってない)

 自らに暗示をかけ、改めて剣を握りなおす。重心を安定させるため、わずかに足を開いた。その足先に何かが当たる。顔は動かさず、視線だけで足元を確認すると、先程まで戦っていた竜の死骸があった。

 視界が悪いせいでそこにあると気付いていなかったのだが、転ぶ前に気付けたのは幸いだろう。ジリジリと後退しながら死骸から離れた。
 ユリアが後退した分ヨーナスは前に出てくる。死骸を背後に背負う彼は残忍な笑みを浮かべ、芝居がかった仕草でユリアに手を伸ばした。

「逃げないでくださいよユリアさん。その程度の蹴りなんてたいしたことないでしょう? さぁ、続きを楽し――」

 ヨーナスの言葉が途中で途切れた。彼は剣を持っていない左手で自身の身体をまさぐる。そして、胸から生え出た円錐形の何かを掴んだ。それを握り締めながらゆっくりと後ろを振り向き、驚きの声をあげる。

「馬鹿な、お前は……カハッ」

 胸から生え出たそれを動かされ、ヨーナスの口から血へどがあふれた。
 ありえない光景をユリアは茫然と見つめる。
 竜は死んでいたはずだ。なのに、ヨーナスの背後から爪で彼を刺し貫いている。目には先程より暗い色がともり、口からは瘴気が漏れている。咆哮の一つもあげぬのが酷く不気味だ。

 なんの前兆も無く竜がブレスを吐いた。
 吐き出されたブレスは爪に刺さったままのヨーナスを飲み込み、ユリアへも向かってくる。この場にゼフィールはいない。それはつまり、防御障壁が無いことを意味する。
 高速で押し寄せるブレスを避けられず、ユリアは黒い靄に覆われた。

(何なのこれ!? 息を止めても入り込んでくる! ……苦しい)

 とりあえずこの場から離れようと入口へ走りだす。しかし、数歩進んだ所で身体はいうことをきかなくなった。力が入らず立っていることすら出来ない。地に爪をたて、這ってでも動こうと試みるが、全く進めない。

(駄目、帰らないと。――あいつが心配す……る……)

 意識が途切れる直前、何かが崩れ落ちる音がした。
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