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火の国《ハノーファ》編 死に至る病
3-11 病原の竜 後編
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広間に潜んでいた竜は美しくも禍々しい姿をしていた。
力強く逞しいフォルムは強者と言って間違いない存在感を感じさせ、カンテラの明かりを反射して黒光りしている鱗は艶がある。美しい鱗にも光苔が繁殖し、ぽつぽつと見える緑が神秘性を添えていた。
そんな彼の美に唯一の欠点があるとすれば、腹から胸にかけて走る大きな傷だ。付けられた傷の恨みなのか、竜の表情には憤怒の色が濃い。
そんな竜の牙の隙間や目、傷からは瘴気が漏れ出している。
ここの瘴気が道中で最も濃いことを考えると、あの竜が瘴気の発生源なのだろう。
「おやおや、これはまた……」
スラリと剣を抜き、ヨーナスとユリアが竜の前に立つ。短剣を構えたリアンは竜と距離を保ったまま後方へ回り込もうとしていたのだが、何故か戻ってきた。
「あの竜、がっつり入口ふさいでくれてるんだけど。これって、あいつをどうにかしないと僕達出られないっていうピンチ?」
「そうですねぇ。なんかやる気っぽいですし。下手に逃げたらどこまでも追ってきそうですよね」
竜から視線は逸らさず、ヨーナスが乾いた笑いを漏らす。
そんな彼らに前衛は任せ、ゼフィールは後ろにさがった。丸腰では竜の太く逞しい脚や尾を振り回されたら対応できない。
下手に前にいて邪魔になるよりは、何かあった時に後ろから補助する方が役に立てる。そう判断した。
細かな変化も見逃すまいと竜を見ていると、喉元が動いたことに気付いた。そのまま竜は頬を膨らませ、何かを吐き出しそうな動きを見せる。
「風よ!」
ゼフィールが風の障壁を展開したのと、竜が口からブレスを吐き出したのはほぼ同時だった。どす黒いブレスが風に阻まれ、ユリアとヨーナスの目の前で霧散する。
その光景を二人は茫然と見つめ、思い出したかのように後退した。
「何なのよ!? アレ! なんか鳥肌たったんだけど!」
「私もです。今のは危なかったですね。助かりました。ありがとうございます」
先程までブレスが吹き荒れていた空間を眺め二人が騒ぐ。騒ぎを聞き流しながら、ゼフィールはブレスの残滓が残る空間を凝視した。
(反射的に遮ったが……。あのブレス、直撃したらどんな効果があるんだ?)
直撃を受けた空間は光苔が多少めくれていたが、それだけだ。物理的脅威度だけ考えると非常に低い。
しかし、あのブレスには瘴気を濃縮したような気配を感じた。それを考えると、何か副次的な効果を持っていてもおかしくない。
(侵されれば死体すら動かす瘴気だぞ? 何もないはずが――)
『我のブレスを遮断し、浄化するとは小癪なマネをする。貴様らのような矮小な者達なぞ、抵抗などせず死ねばよいものを』
ゼフィールの思考に誰かの声が割り込んだ。
(誰だ!?)
声の主を探してみるが、怪しい人物は見当たらない。その上、自分以外の三人は、声など聞こえていないように無反応だ。
(声じゃないのか?)
違和感はあった。外から聞こえる音ではなく、直接頭の中に浮かんだ他人の意思。そんな感覚だった。だが、誰がそんな芸当をするというのだ。
この場には、自分達四人と怒りに震える竜しかいないというのに。
改めて竜を見た。気のせいか、竜の視線もゼフィールの方に向いているように思える。
(まさか、この竜?)
『貴様には聞こえているようだな。我の思念を受け止める者がいるとは、久しく会わなんだぞ』
「シャアアアアア」
咆哮とは別の言葉が頭の中に流れ込んできた。タイミングといい、声の主はこの竜に間違いないだろう。
どういう原理かは知らないが、"思念"という形であれば、意思の疎通も可能なのだろうか。
咆哮に合わせユリアとヨーナスが竜へ向かった。二人は右左に別れ、同じタイミングで前脚目掛けて剣を振りかぶる。竜は上体を起こして前脚で剣を捌くと、そのまま一回転して太い尻尾で周囲を薙ぎ払った。
二人は素早く後ろへと退がり尻尾をやり過ごすと、後にできた隙目掛けて剣を叩きこむ。
『王者よ、話ができるのであれば話し合いで解決できないのか? 俺達はここの光苔が欲しいだけで、お前さえ退いてくれれば危害を加えるつもりはない』
本格的に暴れ出した竜の動きを風で阻害しながら、ゼフィールは心の中で竜に語りかけた。
竜の咆哮はゼフィールには言葉に聞こえない。竜からしてみても、人の言語なぞ雑音にしか聞こえないだろう。
しかし、"思念"でならば、言葉を介さず、直接考えを伝えられるのだとすれば。
『光る苔を持って行くことは許さぬ。これは我の瘴気を浴び続けて耐性を持っておる。これから薬など作られては我の復讐が果たせぬからな』
竜から返答があった。
返事の中身は拒絶だったが、会話が成立するのであれば付け入る隙はある。立ち回りから意識が逸れれば、直接剣を交えている者達の手助けにもなるだろう。
ゼフィールは会話を続けた。
『復讐? その傷の報復か? 復讐と病の鎮静化がどう関係するんだ?』
『知れたこと。この瘴気には我の呪いを込めている。吸い込んだ者が病にかかるようにな。人の分際で我に傷を付けたのだ。奴等の責任をとって、瘴気の届く範囲の者全て苦しんで死に絶えるがいいわ』
「させるか!」
竜が再びブレスを吐く動作をしたので、ゼフィールは障壁を展開した。初撃と同じく、ブレスは風に阻まれ霧散する。
竜の話を聞いて背筋に冷たい汗が流れた。
彼の話が本当だとすれば、この地域を蝕んでいる病の原因はこの竜だ。瘴気が病を媒介しているのなら、罹患者が一見してランダムになるのも頷ける。
魔力や不浄なものに耐性のある者は感染し難いし、精神的に弱っていればそこから瘴気に侵される。それだけのことだ。
それにしても、だ。竜のブレスが非常に厄介なものになった。
物理的な傷ならば治癒できるが、病や呪いに蝕まれては打つ手がない。
「ユリア、ヨーナス、リアン! そのブレスだけは絶対に避けろ! お前達にもブレスの残滓が見えてるなら、それも極力吸い込まないように注意してくれ!」
ゼフィールの忠告にユリアが急制動をかけた。彼女の前の空間にはブレスの残滓が漂っている。その周辺を大きく迂回しながら竜に近付きつつ、ユリアが叫んだ。
「なんで!?」
「その竜が撒き散らしている瘴気が流行病の原因だ! だから、瘴気の濃縮物っぽいブレスだけは絶対に避けろ!」
「なんでそんなこと知ってるの!?」
「その竜が言ってた」
「……」
場に白けた空気が流れた。
比較的後方にいたリアンがゼフィールのもとへやって来ると、ぽんと肩を叩く。
「君、あの「シャァアアア」とかいう鳴き声で、そんな会話まで出来るようになっちゃったの?」
「そんな訳ないだろう。やっぱりお前達聞こえていないのか? あの竜が直接頭の中に思念を送ってきてるだろ」
「君だけじゃない? 僕そんなの全く聞こえないし」
リアンが小指で耳をほじる。ユリアとヨーナスは答えもしなかったが、あの反応だと、何も聞こえていないと考えて間違いないだろう。
(だが、俺が聞こえているのは否定していないな)
それなら別段問題はない。竜から得た情報の中で、必要そうな事柄だけ抽出し三人に伝達しておく。
「ここに生えている光苔が薬の原料で間違いない。だが、その竜が苔を持って行くことを許さない。瘴気に呪いを込めて病をばら撒いているのはそいつらしいからな」
「あれ? じゃぁ、光苔にさえ手を出さなければ、僕達帰らせてもらえる感じ?」
「苦しんで死に絶えろだと」
「あそう。聞きたくなかったよ、その言葉」
リアンはため息をつきながら腰のポシェットから投げナイフを取り出すと、竜の眼球目掛けて投げ付けた。それを避けるように竜が首を動かし、堅い鱗で弾く。
「まぁ、つまる所、この竜さえ倒してしまえばいいんですかね?」
首を動かした竜の死角からヨーナスが剣を振るう。瘴気の漏れ出てきている傷口に剣を押し込み、下方向の力を込める。
それを嫌ったのか、竜が前脚でヨーナスを叩き潰そうとしたが、彼は剣から手を離して素早く離脱した。
「いやぁ、堅いですね。この竜を倒すのは骨が折れそうですよ」
「気合いが足りないんじゃないの!?」
ヨーナスが離脱したタイミングでユリアが前に踏み込んだ。下に降りてきている頭目掛けて剣を突き出す。
「シギャァアアアアアアアア!」
目を貫かれた竜が猛烈に暴れ出した。闇雲に四肢を振りまわし、ユリアにしがみ付かれたまま壁に向かって突進して行く。
壁に激突する寸前にユリアは竜の頭を踏み台にして跳躍、同時に剣も引き抜いた。傷付いた右目から黒い血が流れる。
「軽やかですねユリアさん。これは私も頑張らないと、いい所が見せられませんね!」
素早く竜の腹元に入り込んだヨーナスは、傷に突き刺したままの剣を九○度回し傷を広げた。打ちつけられる前脚を軽やかにかわすと、隙を見て柄を蹴り飛ばし、剣を体内深くへと押し込んで行く。
『許さんぞ貴様ら!』
怒り狂った竜の思念がゼフィールに流れ込んでくる。竜はがむしゃらに暴れ出し、体表からも瘴気を垂れ流し始めた。竜の周辺だけでなく、広間中にみるみる瘴気が蔓延していく。
「ちょっとこれさ、吸い込むなって無理なんじゃない?」
「喋ってる暇があるならもっと気合い入れなさいよ!」
「病に倒れた人達は苦しそうでしたからね。私もああなるのは御免ですよ」
リアン、ユリア、ヨーナスの三人が竜へと一斉に突っ込んだ。軽口は叩いているが、顔に先程までの余裕は無い。
双子に至っては、治癒魔法があるからだろうが、多少の傷は無視してともかく攻撃に集中している。それにつられてか、ヨーナスの動きも攻撃に偏り気味だ。
そんな彼らの後ろでゼフィールは深く呼吸をした。気分を落ち着け口を開く。流れ出たのは唄。
以前、音は魔力を乗せて広範囲に運んでくれた。上手くいけば、広間に充満する瘴気を浄化できる可能性がある。
どのみち、あそこまで混戦になってしまっては、風による大雑把な補助はできない。剣も持ってきていない以上、できそうな事を模索するだけだ。
「こんな状態で唄とは、随分と余裕がおありのようでっ!」
竜に突き刺したままだった剣を引き抜きながら、ヨーナスが皮肉った。そのまま、抜いたばかりの剣で竜の口を下から刺し貫く。竜が憤怒の表情でヨーナスを睨むが、彼は一切気にすることなく喉元に向かって剣を切り下げた。
剣を引き抜いた傷から大量の黒血がヨーナスに降り注ぐ。彼はマントで血を防ぎつつ後退して返り血を避けた。そして、迎撃の構えをとる。
しかし、これまでのように竜は反撃してこない。それどころか、身体から漏れ出る瘴気の量が減り、腹についていた傷からも黒い血が流れ出るようになっていた。
『貴様の力か……』
竜が忌々しそうにゼフィールを睨んだ。その視線を受け、ゼフィールはわずかだけ目を細める。
唄によって広間は少しずつ浄化されていた。
空間全体を見渡せば、瘴気はまだかなりの濃度を保っているが、竜が瘴気を撒き散らす速度より、浄化されていく方が早い。
ゼフィールの周囲に至っては、もはや瘴気は無く、清浄な空気が漂っているほどだ。
唄による瘴気の浄化。それは、竜の内側にも効果を及ぼしているようだった。音として竜の体内に入り込んだ魔力が歪んだ力を浄化し、正常な状態へと戻していくのを感じる。
瘴気の力を封じられた竜は、ただの傷付き弱った竜でしかなかった。傷から流れる血に容赦なく命を削りとられ、その動きは酷く緩慢だ。
『我を傷付けた者達に復讐することも叶わず、このまま潰えるのか……』
切り刻まれゆく竜から無念そうな思念が届いた。竜はもはや反撃しない。憤怒一色だった瞳には理性と哀愁が漂い、今の状態を諦観している。
そんな竜に向かいゼフィールは足を踏み出した。
『王者よ、お前を狂わせてしまったのは俺達人間なのだろう。だが、だからといって、罪も無い人々にまで復讐の範囲を広げていい理由にはならない。お前に恨みは無いが止めさせてもらうぞ』
『禍々しき力にまで頼ったというのに、復讐一つままならぬとはな。我ながら情けないものだ』
『お前を傷付けた者達に代わって俺が謝ろう。だから、怒りを鎮め、最期くらいは心穏やかに眠れ』
体中から血を流し、垂れてしまった竜の頭にゼフィールはそっと手を添える。憐れな竜の救済を願い、軽く頭を下げた。
『このような無様な最期になるとはな。だが、貴様の唄は落ちつく。こんな気持ちで終われるのであれば、最後に足掻いてみたのも、そう無駄ではなかったぞ』
その思念を最後に竜は静かになった。瞳を閉じ、身体は地に横たわったまま動かない。瘴気の流出も止まり、祈りの込められた歌声だけが流れる。
歌声が止むと、静寂と清浄な空気が広間を支配した。
力強く逞しいフォルムは強者と言って間違いない存在感を感じさせ、カンテラの明かりを反射して黒光りしている鱗は艶がある。美しい鱗にも光苔が繁殖し、ぽつぽつと見える緑が神秘性を添えていた。
そんな彼の美に唯一の欠点があるとすれば、腹から胸にかけて走る大きな傷だ。付けられた傷の恨みなのか、竜の表情には憤怒の色が濃い。
そんな竜の牙の隙間や目、傷からは瘴気が漏れ出している。
ここの瘴気が道中で最も濃いことを考えると、あの竜が瘴気の発生源なのだろう。
「おやおや、これはまた……」
スラリと剣を抜き、ヨーナスとユリアが竜の前に立つ。短剣を構えたリアンは竜と距離を保ったまま後方へ回り込もうとしていたのだが、何故か戻ってきた。
「あの竜、がっつり入口ふさいでくれてるんだけど。これって、あいつをどうにかしないと僕達出られないっていうピンチ?」
「そうですねぇ。なんかやる気っぽいですし。下手に逃げたらどこまでも追ってきそうですよね」
竜から視線は逸らさず、ヨーナスが乾いた笑いを漏らす。
そんな彼らに前衛は任せ、ゼフィールは後ろにさがった。丸腰では竜の太く逞しい脚や尾を振り回されたら対応できない。
下手に前にいて邪魔になるよりは、何かあった時に後ろから補助する方が役に立てる。そう判断した。
細かな変化も見逃すまいと竜を見ていると、喉元が動いたことに気付いた。そのまま竜は頬を膨らませ、何かを吐き出しそうな動きを見せる。
「風よ!」
ゼフィールが風の障壁を展開したのと、竜が口からブレスを吐き出したのはほぼ同時だった。どす黒いブレスが風に阻まれ、ユリアとヨーナスの目の前で霧散する。
その光景を二人は茫然と見つめ、思い出したかのように後退した。
「何なのよ!? アレ! なんか鳥肌たったんだけど!」
「私もです。今のは危なかったですね。助かりました。ありがとうございます」
先程までブレスが吹き荒れていた空間を眺め二人が騒ぐ。騒ぎを聞き流しながら、ゼフィールはブレスの残滓が残る空間を凝視した。
(反射的に遮ったが……。あのブレス、直撃したらどんな効果があるんだ?)
直撃を受けた空間は光苔が多少めくれていたが、それだけだ。物理的脅威度だけ考えると非常に低い。
しかし、あのブレスには瘴気を濃縮したような気配を感じた。それを考えると、何か副次的な効果を持っていてもおかしくない。
(侵されれば死体すら動かす瘴気だぞ? 何もないはずが――)
『我のブレスを遮断し、浄化するとは小癪なマネをする。貴様らのような矮小な者達なぞ、抵抗などせず死ねばよいものを』
ゼフィールの思考に誰かの声が割り込んだ。
(誰だ!?)
声の主を探してみるが、怪しい人物は見当たらない。その上、自分以外の三人は、声など聞こえていないように無反応だ。
(声じゃないのか?)
違和感はあった。外から聞こえる音ではなく、直接頭の中に浮かんだ他人の意思。そんな感覚だった。だが、誰がそんな芸当をするというのだ。
この場には、自分達四人と怒りに震える竜しかいないというのに。
改めて竜を見た。気のせいか、竜の視線もゼフィールの方に向いているように思える。
(まさか、この竜?)
『貴様には聞こえているようだな。我の思念を受け止める者がいるとは、久しく会わなんだぞ』
「シャアアアアア」
咆哮とは別の言葉が頭の中に流れ込んできた。タイミングといい、声の主はこの竜に間違いないだろう。
どういう原理かは知らないが、"思念"という形であれば、意思の疎通も可能なのだろうか。
咆哮に合わせユリアとヨーナスが竜へ向かった。二人は右左に別れ、同じタイミングで前脚目掛けて剣を振りかぶる。竜は上体を起こして前脚で剣を捌くと、そのまま一回転して太い尻尾で周囲を薙ぎ払った。
二人は素早く後ろへと退がり尻尾をやり過ごすと、後にできた隙目掛けて剣を叩きこむ。
『王者よ、話ができるのであれば話し合いで解決できないのか? 俺達はここの光苔が欲しいだけで、お前さえ退いてくれれば危害を加えるつもりはない』
本格的に暴れ出した竜の動きを風で阻害しながら、ゼフィールは心の中で竜に語りかけた。
竜の咆哮はゼフィールには言葉に聞こえない。竜からしてみても、人の言語なぞ雑音にしか聞こえないだろう。
しかし、"思念"でならば、言葉を介さず、直接考えを伝えられるのだとすれば。
『光る苔を持って行くことは許さぬ。これは我の瘴気を浴び続けて耐性を持っておる。これから薬など作られては我の復讐が果たせぬからな』
竜から返答があった。
返事の中身は拒絶だったが、会話が成立するのであれば付け入る隙はある。立ち回りから意識が逸れれば、直接剣を交えている者達の手助けにもなるだろう。
ゼフィールは会話を続けた。
『復讐? その傷の報復か? 復讐と病の鎮静化がどう関係するんだ?』
『知れたこと。この瘴気には我の呪いを込めている。吸い込んだ者が病にかかるようにな。人の分際で我に傷を付けたのだ。奴等の責任をとって、瘴気の届く範囲の者全て苦しんで死に絶えるがいいわ』
「させるか!」
竜が再びブレスを吐く動作をしたので、ゼフィールは障壁を展開した。初撃と同じく、ブレスは風に阻まれ霧散する。
竜の話を聞いて背筋に冷たい汗が流れた。
彼の話が本当だとすれば、この地域を蝕んでいる病の原因はこの竜だ。瘴気が病を媒介しているのなら、罹患者が一見してランダムになるのも頷ける。
魔力や不浄なものに耐性のある者は感染し難いし、精神的に弱っていればそこから瘴気に侵される。それだけのことだ。
それにしても、だ。竜のブレスが非常に厄介なものになった。
物理的な傷ならば治癒できるが、病や呪いに蝕まれては打つ手がない。
「ユリア、ヨーナス、リアン! そのブレスだけは絶対に避けろ! お前達にもブレスの残滓が見えてるなら、それも極力吸い込まないように注意してくれ!」
ゼフィールの忠告にユリアが急制動をかけた。彼女の前の空間にはブレスの残滓が漂っている。その周辺を大きく迂回しながら竜に近付きつつ、ユリアが叫んだ。
「なんで!?」
「その竜が撒き散らしている瘴気が流行病の原因だ! だから、瘴気の濃縮物っぽいブレスだけは絶対に避けろ!」
「なんでそんなこと知ってるの!?」
「その竜が言ってた」
「……」
場に白けた空気が流れた。
比較的後方にいたリアンがゼフィールのもとへやって来ると、ぽんと肩を叩く。
「君、あの「シャァアアア」とかいう鳴き声で、そんな会話まで出来るようになっちゃったの?」
「そんな訳ないだろう。やっぱりお前達聞こえていないのか? あの竜が直接頭の中に思念を送ってきてるだろ」
「君だけじゃない? 僕そんなの全く聞こえないし」
リアンが小指で耳をほじる。ユリアとヨーナスは答えもしなかったが、あの反応だと、何も聞こえていないと考えて間違いないだろう。
(だが、俺が聞こえているのは否定していないな)
それなら別段問題はない。竜から得た情報の中で、必要そうな事柄だけ抽出し三人に伝達しておく。
「ここに生えている光苔が薬の原料で間違いない。だが、その竜が苔を持って行くことを許さない。瘴気に呪いを込めて病をばら撒いているのはそいつらしいからな」
「あれ? じゃぁ、光苔にさえ手を出さなければ、僕達帰らせてもらえる感じ?」
「苦しんで死に絶えろだと」
「あそう。聞きたくなかったよ、その言葉」
リアンはため息をつきながら腰のポシェットから投げナイフを取り出すと、竜の眼球目掛けて投げ付けた。それを避けるように竜が首を動かし、堅い鱗で弾く。
「まぁ、つまる所、この竜さえ倒してしまえばいいんですかね?」
首を動かした竜の死角からヨーナスが剣を振るう。瘴気の漏れ出てきている傷口に剣を押し込み、下方向の力を込める。
それを嫌ったのか、竜が前脚でヨーナスを叩き潰そうとしたが、彼は剣から手を離して素早く離脱した。
「いやぁ、堅いですね。この竜を倒すのは骨が折れそうですよ」
「気合いが足りないんじゃないの!?」
ヨーナスが離脱したタイミングでユリアが前に踏み込んだ。下に降りてきている頭目掛けて剣を突き出す。
「シギャァアアアアアアアア!」
目を貫かれた竜が猛烈に暴れ出した。闇雲に四肢を振りまわし、ユリアにしがみ付かれたまま壁に向かって突進して行く。
壁に激突する寸前にユリアは竜の頭を踏み台にして跳躍、同時に剣も引き抜いた。傷付いた右目から黒い血が流れる。
「軽やかですねユリアさん。これは私も頑張らないと、いい所が見せられませんね!」
素早く竜の腹元に入り込んだヨーナスは、傷に突き刺したままの剣を九○度回し傷を広げた。打ちつけられる前脚を軽やかにかわすと、隙を見て柄を蹴り飛ばし、剣を体内深くへと押し込んで行く。
『許さんぞ貴様ら!』
怒り狂った竜の思念がゼフィールに流れ込んでくる。竜はがむしゃらに暴れ出し、体表からも瘴気を垂れ流し始めた。竜の周辺だけでなく、広間中にみるみる瘴気が蔓延していく。
「ちょっとこれさ、吸い込むなって無理なんじゃない?」
「喋ってる暇があるならもっと気合い入れなさいよ!」
「病に倒れた人達は苦しそうでしたからね。私もああなるのは御免ですよ」
リアン、ユリア、ヨーナスの三人が竜へと一斉に突っ込んだ。軽口は叩いているが、顔に先程までの余裕は無い。
双子に至っては、治癒魔法があるからだろうが、多少の傷は無視してともかく攻撃に集中している。それにつられてか、ヨーナスの動きも攻撃に偏り気味だ。
そんな彼らの後ろでゼフィールは深く呼吸をした。気分を落ち着け口を開く。流れ出たのは唄。
以前、音は魔力を乗せて広範囲に運んでくれた。上手くいけば、広間に充満する瘴気を浄化できる可能性がある。
どのみち、あそこまで混戦になってしまっては、風による大雑把な補助はできない。剣も持ってきていない以上、できそうな事を模索するだけだ。
「こんな状態で唄とは、随分と余裕がおありのようでっ!」
竜に突き刺したままだった剣を引き抜きながら、ヨーナスが皮肉った。そのまま、抜いたばかりの剣で竜の口を下から刺し貫く。竜が憤怒の表情でヨーナスを睨むが、彼は一切気にすることなく喉元に向かって剣を切り下げた。
剣を引き抜いた傷から大量の黒血がヨーナスに降り注ぐ。彼はマントで血を防ぎつつ後退して返り血を避けた。そして、迎撃の構えをとる。
しかし、これまでのように竜は反撃してこない。それどころか、身体から漏れ出る瘴気の量が減り、腹についていた傷からも黒い血が流れ出るようになっていた。
『貴様の力か……』
竜が忌々しそうにゼフィールを睨んだ。その視線を受け、ゼフィールはわずかだけ目を細める。
唄によって広間は少しずつ浄化されていた。
空間全体を見渡せば、瘴気はまだかなりの濃度を保っているが、竜が瘴気を撒き散らす速度より、浄化されていく方が早い。
ゼフィールの周囲に至っては、もはや瘴気は無く、清浄な空気が漂っているほどだ。
唄による瘴気の浄化。それは、竜の内側にも効果を及ぼしているようだった。音として竜の体内に入り込んだ魔力が歪んだ力を浄化し、正常な状態へと戻していくのを感じる。
瘴気の力を封じられた竜は、ただの傷付き弱った竜でしかなかった。傷から流れる血に容赦なく命を削りとられ、その動きは酷く緩慢だ。
『我を傷付けた者達に復讐することも叶わず、このまま潰えるのか……』
切り刻まれゆく竜から無念そうな思念が届いた。竜はもはや反撃しない。憤怒一色だった瞳には理性と哀愁が漂い、今の状態を諦観している。
そんな竜に向かいゼフィールは足を踏み出した。
『王者よ、お前を狂わせてしまったのは俺達人間なのだろう。だが、だからといって、罪も無い人々にまで復讐の範囲を広げていい理由にはならない。お前に恨みは無いが止めさせてもらうぞ』
『禍々しき力にまで頼ったというのに、復讐一つままならぬとはな。我ながら情けないものだ』
『お前を傷付けた者達に代わって俺が謝ろう。だから、怒りを鎮め、最期くらいは心穏やかに眠れ』
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『このような無様な最期になるとはな。だが、貴様の唄は落ちつく。こんな気持ちで終われるのであれば、最後に足掻いてみたのも、そう無駄ではなかったぞ』
その思念を最後に竜は静かになった。瞳を閉じ、身体は地に横たわったまま動かない。瘴気の流出も止まり、祈りの込められた歌声だけが流れる。
歌声が止むと、静寂と清浄な空気が広間を支配した。
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少し冷めた村人少年の冒険記
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辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
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エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
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エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
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疫病? これ飲めば治りますよ?
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