白花の咲く頃に

夕立

文字の大きさ
38 / 104
幕間

霧の塔

しおりを挟む
(あー、困ったなー。ココどこだろう?)

 手近な木の幹に短剣で傷を付け、リアンは周囲を見回した。
 そこかしこに樹齢を重ねたらしき大木が生えている。常態的に霧に覆われているのか、幹に苔が生えている物が多い。

 そう、この霧だ。正直甘く見ていた。
 ちょっと様子を見てくると言って、ゼフィールやユリアを置いて散歩に出てきたのはいいが、霧のせいで目印を見失ってしまった。一言で言えば迷子だ。

(それにしてもなー。ゼフィールってやっぱり《シレジア》の貴族だったんじゃん。あれかな。見た目が違うからって迫害でもされたのかな?)

 露に濡れたシダを掻き分けながら見知った風景を探す。余計なことを考えているせいで迷子になったとは分かっているのだが、今更である。

 村でブラブラして宿に戻ったらユリアが泣いていたあの日、ゼフィールが《シレジア》に帰ると言いだし、少しだけ彼のことも話してくれた。
 《シレジア》の中でも名の知れた家の出であること。実は、マルガレーテの助力があれば入国できること。
 掻い摘むとそんなところだ。

 話してくれたことは多くなかったが、今まで自分のことをほとんど語らなかったゼフィールが教えてくれたのだ。素直に嬉しかった。だが、話してもらえたからといって喜んでばかりもいられない。

 彼はユリアとリアンを刺客から守るために《シレジア》に逃げ込むと言った。
 ゼフィールが《シレジア》に行きたいと言いだしたから始めた旅だったが、リアン達がいなければ追われるように入国することはなかっただろう。
 それが、なんというか申し訳ない。

(それにしても、貴族なら温室育ちだっただろうに。よくあんな貧乏生活我慢できたよなー。ゼフィールってひょっとして、結構我慢強くて適応力あるのかな?)

 とても人に言えぬような酷い生活を送っていたリアンとユリアにとって、商隊での生活は天国だった。きちんとした食事と寝床があって、人として扱ってもらえる。それだけで泣きそうに嬉しかったものだ。
 だが、身の回りの世話一切を使用人がやってくれていたゼフィール少年には、何もかもが未経験で大変だっただろう。拾われた当時の彼が、少し……いや、かなり常識が無かったのも、貴族だったのなら納得というものだ。

(それにしてもなー。ユリアの命が掛かってたとはいえ、弟の前でチューとか非常識にも程があるよね。いや、分かるよ? そんな気は一切無いって分かるんだけどさ。気持ちの問題ってやつだよね)

 あの時の様子を思い出してなんとなく罪悪感が沸いた。人様の情事を覗き見しているような気分だ。ゼフィールにそんなつもりが一切無かったのは分かっているが、やっている事は同じなのだから仕方ない。
 それにしても、あれはユリアに効果覿面だった。あの強情なユリアを一発で大人しくさせたのだから、彼の取った行動は正解だったのだろう。だが、できれば見ていないところでやって欲しいものだ。

(それはそれでなんか嫌だな)

 結局のところ、忘れてしまうのが一番心の安定にはいいのだろう。何かと突飛な事をしでかす二人だが、少しは巻き込まれる側の気持ちも考えてもらいたい。

(おや? 何だろ? アレ)

 霧の先に影が見えた。目を凝らせば建物のシルエットに見えないこともない。近付いてみると、それは塔だった。
 レンガで作られた背の低い塔。ツタに覆われている部分も多い。露出部のレンガは新しくはないが古くも見えない。まぁ、古かろうと新しかろうと、リアンには関係無いのだが。

 ただ、このような辺鄙へんぴな所にあるのが不思議だった。
 ここは真っ直ぐ《ドレスデン》へ向かう途中にある森で、街道からも外れているし、地図上では近くに街や村も記載されていない。

(そういや、この辺が大陸のちょうど真ん中だっけ? まさか、真ん中ですよっていう印? まさかね)
「これこれ、そこの青年。何か用かの?」

 塔にペタペタ触っていると上から声が降ってきた。外壁から少し離れて見上げてみると、小さな人影がこちらを見下ろしている。住人がいるようだ。

「ここに住んでいらっしゃる方ですか? すいません、この霧で迷子になっちゃったみたいで」
「それは困っとるじゃろう。霧が収まるまで少し休んで行くかの?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
「左手にある蔦の中に扉があるから、くぐって上がってきておくれ」

 それだけ言うと人影は中へと引っ込んでしまった。
 言われたとおり左手に進むと蔦のカーテンがある。半信半疑で蔦を掻き分けると扉があった。扉を引くとすんなり開く。
 人が訪れないので普段から施錠していないのだろうか。リアンが来たので開けておいてくれたならともかく、前者なら随分と不用心なことだ。

 塔の内部は窓は無いものの随所随所に明かりが灯され、歩くのに困らない程度の明るさだった。狭い階段を登って行くとあっという間に扉にぶち当たる。ノックすると中から返事があった。

「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。狭くて散らかっとるけど、好きに寛いでおくれ」

 部屋の主は長ソファの上のクッションをぽんぽんと叩き、自身は本の山の隙間にちょこんと収まった。リアンはソファに座れということなのだろう。

 狭い部屋だった。窓が一つで、出入り口は二つ。入って来たものとは別にもう一つ扉がある。
 リアンの座るソファの前に小さな机があり、彼の為に用意されたであろう飲み物と茶菓子が置かれている。他にあるのは、本に埋もれた寝台らしきものと、床から山のように積まれた本だけだ。
 この部屋の主は本の虫なのだろうか。

 本に埋もれている部屋の主は小柄な老婆だ。長い銀髪を後ろでリボンで束ね、ゆったりとした長衣ローブをまとったその姿は、俗に言う世捨て人に見える。

(ゼフィール以外で銀髪の人って初めて見たな~)

 彼と違うところといえば、老婆の皺くちゃな顔の中で優しく微笑む瞳も銀色ということだろうか。その銀の瞳で物珍しそうにリアンを眺めながら、何がおかしいのか、老婆はひょっひょと笑った。

「この森のう、よく霧が出るんじゃよ。中には迷子になったまま亡くなってしまう者もおるんじゃが、お主は運が良かったのう」
「……」

 リアンの背筋を冷たい汗がつたった。
 しれっと危険なことを言われた気がする。あのまま迷っていれば、行き倒れてた可能性も拭えないということではなかろうか。
 口から乾いた笑いが漏れた。

「あはは……。僕、昔から運だけはいいんですよね」
「運も才能じゃよ。儂は運が悪くてのう。運が良い者が羨ましくてしょうがないわい。まぁ、今更じゃがの!」

 豪快に老婆が笑う。ただでさえ皺くちゃな顔が更に皺くちゃになった。
 老婆は楽しそうだが、彼女の返答にどう返せばいいのか非常に困る。無難に生返事を返すにとどめ、手持無沙汰を解消するため、リアンは茶菓子に手を伸ばした。予想外に美味しかったが入手方法が気になる。誰かが届けてくれているのだろうか。

「こんな所まで誰か食料を持ってきてくれてるんですか?」
「いんや。儂が自分で買ってきておるよ」
「ひょっとして、一人暮らしだったりします?」
「そうじゃよ」
「寂しくありません?」
「そうじゃのう。しかしこれが儂の役目じゃし、お主のようにたまに訪れる者もおるしの。たまに客人と触れ合いながら、世界の真理を探る生活も悪くないぞい」

 老婆が立ち上がりながら本をバンバンと叩いた。そして、何かを見つけたのか、むむっと声を上げると窓へ寄る。

「霧が晴れてきたようじゃよ」

 外を指さしながら老婆が振り向いた。リアンも彼女の横に行き外を眺めてみると、確かに先程より霧が薄くなっている。
 老婆はリアンの背をポンと叩くと、細い手で一方を指さした。

「青年よ。塔を出たらあちらの方向に真っ直ぐ歩くんじゃ。横道にそれたり振り返ったりしては駄目じゃよ。そうすれば、お主は待ち人の元へ帰れるじゃろう」

 言いながら、老婆はローブの裾から一つの種を取り出した。胡桃くるみほどの大きさのそれを小袋に入れると、封をしてリアンに渡す。

「あと、これはお土産。なぁに、お守りみたいなもんじゃ。持っていれば、いいこともあるじゃろうて。ひょっひょ」
「あ、ありがとうございます。なんかすいません。押しかけて来たのは僕なのに、お土産まで貰っちゃって」
「気にせんでいいよ。こうして会えたのも何かの縁じゃろう。元気での!」
「お婆さんも」

 塔を出ると、リアンは言われた方向へ真っ直ぐ歩いた。彼女の言葉に背くこともできたが、どうせ今いる場所すら分からないのだ。言うとおりにするだけで二人の場所に戻れるのであれば、従わない手はない。

(あれ? そういえば、僕、二人とはぐれてるって言ったっけ?)

 会話を思い出そうとしたが、その記憶すらも霧に包まれているようにぼんやりとしている。ハッキリしているのは、真っ直ぐ歩けという言葉と、老婆に貰った小袋だけだ。

(ま、いっか。こんな不思議な森なんだから、住人も不思議で当たり前だよね)

 深く考えはせず歩を進める。
 どうせ、分からない事はどれだけ考えても分からないし、そのうち分かる事は放っておいても分かるようになるのだ。
 重要そうにも思えないし、いらぬ労力を掛ける必要もないだろう。

「ゼフィールは心配じゃないの? リアンが遭難してるかもしれないのよ?」
「だからって、俺達まで動いたら、帰って来たあいつとすれ違うかもしれないだろう?」

 だらだらと歩いていると声が聞こえてきた。
 話の雲行きはどうにもよろしくない。ゼフィールがなんとか抑えているようだが、このままだとユリアが突っ走っていってしまいそうだ。

 リアンは声のした方へ走り出した。二人の姿を認めると、手を前に掲げながら走り込む。

「捜索に行くのストォオオーップ! 二重遭難になりたいの!? ユリア」
「あれ? ちょっと、あんた、どこ行ってたのよ!?」
「どこって、ちょっと迷子になってただけだよ。霧も晴れてきたし、今のうちに進んじゃおうよ」
「迷子って……。あ、待ちなさいよ!」

 騒がしいユリアを適当にかわして《ドレスデン》への進路をとる。

「この森、何かあったか?」
「迷子になりやすい霧くらいかなぁ」
「ふーん」

 ゼフィールの問いにも適当に返した。彼は何か気になるのか、同じ方向を見続けている。

 帰りは真っ直ぐ歩いて来ただけだったが、その道を逆に辿ってもあの塔に辿り着ける気はしない。ゼフィールのように魔力があれば違った景色が見えているのかもしれないが、リアンには無理な相談だ。
 話そうにも記憶は曖昧だし、それならいっそ、何も言わない方が面倒も無くていい。

 世の中一期一会。縁があれば、あの老婆ともまた会うだろう。
 なんとなく、彼女とはまた会いそうな気がして、リアンは誰もいない森に向かって呟いた。

「またね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...