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霧の塔
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(あー、困ったなー。ココどこだろう?)
手近な木の幹に短剣で傷を付け、リアンは周囲を見回した。
そこかしこに樹齢を重ねたらしき大木が生えている。常態的に霧に覆われているのか、幹に苔が生えている物が多い。
そう、この霧だ。正直甘く見ていた。
ちょっと様子を見てくると言って、ゼフィールやユリアを置いて散歩に出てきたのはいいが、霧のせいで目印を見失ってしまった。一言で言えば迷子だ。
(それにしてもなー。ゼフィールってやっぱり《シレジア》の貴族だったんじゃん。あれかな。見た目が違うからって迫害でもされたのかな?)
露に濡れたシダを掻き分けながら見知った風景を探す。余計なことを考えているせいで迷子になったとは分かっているのだが、今更である。
村でブラブラして宿に戻ったらユリアが泣いていたあの日、ゼフィールが《シレジア》に帰ると言いだし、少しだけ彼のことも話してくれた。
《シレジア》の中でも名の知れた家の出であること。実は、マルガレーテの助力があれば入国できること。
掻い摘むとそんなところだ。
話してくれたことは多くなかったが、今まで自分のことをほとんど語らなかったゼフィールが教えてくれたのだ。素直に嬉しかった。だが、話してもらえたからといって喜んでばかりもいられない。
彼はユリアとリアンを刺客から守るために《シレジア》に逃げ込むと言った。
ゼフィールが《シレジア》に行きたいと言いだしたから始めた旅だったが、リアン達がいなければ追われるように入国することはなかっただろう。
それが、なんというか申し訳ない。
(それにしても、貴族なら温室育ちだっただろうに。よくあんな貧乏生活我慢できたよなー。ゼフィールってひょっとして、結構我慢強くて適応力あるのかな?)
とても人に言えぬような酷い生活を送っていたリアンとユリアにとって、商隊での生活は天国だった。きちんとした食事と寝床があって、人として扱ってもらえる。それだけで泣きそうに嬉しかったものだ。
だが、身の回りの世話一切を使用人がやってくれていたゼフィール少年には、何もかもが未経験で大変だっただろう。拾われた当時の彼が、少し……いや、かなり常識が無かったのも、貴族だったのなら納得というものだ。
(それにしてもなー。ユリアの命が掛かってたとはいえ、弟の前でチューとか非常識にも程があるよね。いや、分かるよ? そんな気は一切無いって分かるんだけどさ。気持ちの問題ってやつだよね)
あの時の様子を思い出してなんとなく罪悪感が沸いた。人様の情事を覗き見しているような気分だ。ゼフィールにそんなつもりが一切無かったのは分かっているが、やっている事は同じなのだから仕方ない。
それにしても、あれはユリアに効果覿面だった。あの強情なユリアを一発で大人しくさせたのだから、彼の取った行動は正解だったのだろう。だが、できれば見ていないところでやって欲しいものだ。
(それはそれでなんか嫌だな)
結局のところ、忘れてしまうのが一番心の安定にはいいのだろう。何かと突飛な事をしでかす二人だが、少しは巻き込まれる側の気持ちも考えてもらいたい。
(おや? 何だろ? アレ)
霧の先に影が見えた。目を凝らせば建物のシルエットに見えないこともない。近付いてみると、それは塔だった。
レンガで作られた背の低い塔。蔦に覆われている部分も多い。露出部のレンガは新しくはないが古くも見えない。まぁ、古かろうと新しかろうと、リアンには関係無いのだが。
ただ、このような辺鄙な所にあるのが不思議だった。
ここは真っ直ぐ《ドレスデン》へ向かう途中にある森で、街道からも外れているし、地図上では近くに街や村も記載されていない。
(そういや、この辺が大陸のちょうど真ん中だっけ? まさか、真ん中ですよっていう印? まさかね)
「これこれ、そこの青年。何か用かの?」
塔にペタペタ触っていると上から声が降ってきた。外壁から少し離れて見上げてみると、小さな人影がこちらを見下ろしている。住人がいるようだ。
「ここに住んでいらっしゃる方ですか? すいません、この霧で迷子になっちゃったみたいで」
「それは困っとるじゃろう。霧が収まるまで少し休んで行くかの?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
「左手にある蔦の中に扉があるから、くぐって上がってきておくれ」
それだけ言うと人影は中へと引っ込んでしまった。
言われたとおり左手に進むと蔦のカーテンがある。半信半疑で蔦を掻き分けると扉があった。扉を引くとすんなり開く。
人が訪れないので普段から施錠していないのだろうか。リアンが来たので開けておいてくれたならともかく、前者なら随分と不用心なことだ。
塔の内部は窓は無いものの随所随所に明かりが灯され、歩くのに困らない程度の明るさだった。狭い階段を登って行くとあっという間に扉にぶち当たる。ノックすると中から返事があった。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。狭くて散らかっとるけど、好きに寛いでおくれ」
部屋の主は長ソファの上のクッションをぽんぽんと叩き、自身は本の山の隙間にちょこんと収まった。リアンはソファに座れということなのだろう。
狭い部屋だった。窓が一つで、出入り口は二つ。入って来たものとは別にもう一つ扉がある。
リアンの座るソファの前に小さな机があり、彼の為に用意されたであろう飲み物と茶菓子が置かれている。他にあるのは、本に埋もれた寝台らしきものと、床から山のように積まれた本だけだ。
この部屋の主は本の虫なのだろうか。
本に埋もれている部屋の主は小柄な老婆だ。長い銀髪を後ろでリボンで束ね、ゆったりとした長衣をまとったその姿は、俗に言う世捨て人に見える。
(ゼフィール以外で銀髪の人って初めて見たな~)
彼と違うところといえば、老婆の皺くちゃな顔の中で優しく微笑む瞳も銀色ということだろうか。その銀の瞳で物珍しそうにリアンを眺めながら、何がおかしいのか、老婆はひょっひょと笑った。
「この森のう、よく霧が出るんじゃよ。中には迷子になったまま亡くなってしまう者もおるんじゃが、お主は運が良かったのう」
「……」
リアンの背筋を冷たい汗がつたった。
しれっと危険なことを言われた気がする。あのまま迷っていれば、行き倒れてた可能性も拭えないということではなかろうか。
口から乾いた笑いが漏れた。
「あはは……。僕、昔から運だけはいいんですよね」
「運も才能じゃよ。儂は運が悪くてのう。運が良い者が羨ましくてしょうがないわい。まぁ、今更じゃがの!」
豪快に老婆が笑う。ただでさえ皺くちゃな顔が更に皺くちゃになった。
老婆は楽しそうだが、彼女の返答にどう返せばいいのか非常に困る。無難に生返事を返すにとどめ、手持無沙汰を解消するため、リアンは茶菓子に手を伸ばした。予想外に美味しかったが入手方法が気になる。誰かが届けてくれているのだろうか。
「こんな所まで誰か食料を持ってきてくれてるんですか?」
「いんや。儂が自分で買ってきておるよ」
「ひょっとして、一人暮らしだったりします?」
「そうじゃよ」
「寂しくありません?」
「そうじゃのう。しかしこれが儂の役目じゃし、お主のようにたまに訪れる者もおるしの。たまに客人と触れ合いながら、世界の真理を探る生活も悪くないぞい」
老婆が立ち上がりながら本をバンバンと叩いた。そして、何かを見つけたのか、むむっと声を上げると窓へ寄る。
「霧が晴れてきたようじゃよ」
外を指さしながら老婆が振り向いた。リアンも彼女の横に行き外を眺めてみると、確かに先程より霧が薄くなっている。
老婆はリアンの背をポンと叩くと、細い手で一方を指さした。
「青年よ。塔を出たらあちらの方向に真っ直ぐ歩くんじゃ。横道にそれたり振り返ったりしては駄目じゃよ。そうすれば、お主は待ち人の元へ帰れるじゃろう」
言いながら、老婆はローブの裾から一つの種を取り出した。胡桃ほどの大きさのそれを小袋に入れると、封をしてリアンに渡す。
「あと、これはお土産。なぁに、お守りみたいなもんじゃ。持っていれば、いいこともあるじゃろうて。ひょっひょ」
「あ、ありがとうございます。なんかすいません。押しかけて来たのは僕なのに、お土産まで貰っちゃって」
「気にせんでいいよ。こうして会えたのも何かの縁じゃろう。元気での!」
「お婆さんも」
塔を出ると、リアンは言われた方向へ真っ直ぐ歩いた。彼女の言葉に背くこともできたが、どうせ今いる場所すら分からないのだ。言うとおりにするだけで二人の場所に戻れるのであれば、従わない手はない。
(あれ? そういえば、僕、二人とはぐれてるって言ったっけ?)
会話を思い出そうとしたが、その記憶すらも霧に包まれているようにぼんやりとしている。ハッキリしているのは、真っ直ぐ歩けという言葉と、老婆に貰った小袋だけだ。
(ま、いっか。こんな不思議な森なんだから、住人も不思議で当たり前だよね)
深く考えはせず歩を進める。
どうせ、分からない事はどれだけ考えても分からないし、そのうち分かる事は放っておいても分かるようになるのだ。
重要そうにも思えないし、いらぬ労力を掛ける必要もないだろう。
「ゼフィールは心配じゃないの? リアンが遭難してるかもしれないのよ?」
「だからって、俺達まで動いたら、帰って来たあいつとすれ違うかもしれないだろう?」
だらだらと歩いていると声が聞こえてきた。
話の雲行きはどうにもよろしくない。ゼフィールがなんとか抑えているようだが、このままだとユリアが突っ走っていってしまいそうだ。
リアンは声のした方へ走り出した。二人の姿を認めると、手を前に掲げながら走り込む。
「捜索に行くのストォオオーップ! 二重遭難になりたいの!? ユリア」
「あれ? ちょっと、あんた、どこ行ってたのよ!?」
「どこって、ちょっと迷子になってただけだよ。霧も晴れてきたし、今のうちに進んじゃおうよ」
「迷子って……。あ、待ちなさいよ!」
騒がしいユリアを適当にかわして《ドレスデン》への進路をとる。
「この森、何かあったか?」
「迷子になりやすい霧くらいかなぁ」
「ふーん」
ゼフィールの問いにも適当に返した。彼は何か気になるのか、同じ方向を見続けている。
帰りは真っ直ぐ歩いて来ただけだったが、その道を逆に辿ってもあの塔に辿り着ける気はしない。ゼフィールのように魔力があれば違った景色が見えているのかもしれないが、リアンには無理な相談だ。
話そうにも記憶は曖昧だし、それならいっそ、何も言わない方が面倒も無くていい。
世の中一期一会。縁があれば、あの老婆ともまた会うだろう。
なんとなく、彼女とはまた会いそうな気がして、リアンは誰もいない森に向かって呟いた。
「またね」
手近な木の幹に短剣で傷を付け、リアンは周囲を見回した。
そこかしこに樹齢を重ねたらしき大木が生えている。常態的に霧に覆われているのか、幹に苔が生えている物が多い。
そう、この霧だ。正直甘く見ていた。
ちょっと様子を見てくると言って、ゼフィールやユリアを置いて散歩に出てきたのはいいが、霧のせいで目印を見失ってしまった。一言で言えば迷子だ。
(それにしてもなー。ゼフィールってやっぱり《シレジア》の貴族だったんじゃん。あれかな。見た目が違うからって迫害でもされたのかな?)
露に濡れたシダを掻き分けながら見知った風景を探す。余計なことを考えているせいで迷子になったとは分かっているのだが、今更である。
村でブラブラして宿に戻ったらユリアが泣いていたあの日、ゼフィールが《シレジア》に帰ると言いだし、少しだけ彼のことも話してくれた。
《シレジア》の中でも名の知れた家の出であること。実は、マルガレーテの助力があれば入国できること。
掻い摘むとそんなところだ。
話してくれたことは多くなかったが、今まで自分のことをほとんど語らなかったゼフィールが教えてくれたのだ。素直に嬉しかった。だが、話してもらえたからといって喜んでばかりもいられない。
彼はユリアとリアンを刺客から守るために《シレジア》に逃げ込むと言った。
ゼフィールが《シレジア》に行きたいと言いだしたから始めた旅だったが、リアン達がいなければ追われるように入国することはなかっただろう。
それが、なんというか申し訳ない。
(それにしても、貴族なら温室育ちだっただろうに。よくあんな貧乏生活我慢できたよなー。ゼフィールってひょっとして、結構我慢強くて適応力あるのかな?)
とても人に言えぬような酷い生活を送っていたリアンとユリアにとって、商隊での生活は天国だった。きちんとした食事と寝床があって、人として扱ってもらえる。それだけで泣きそうに嬉しかったものだ。
だが、身の回りの世話一切を使用人がやってくれていたゼフィール少年には、何もかもが未経験で大変だっただろう。拾われた当時の彼が、少し……いや、かなり常識が無かったのも、貴族だったのなら納得というものだ。
(それにしてもなー。ユリアの命が掛かってたとはいえ、弟の前でチューとか非常識にも程があるよね。いや、分かるよ? そんな気は一切無いって分かるんだけどさ。気持ちの問題ってやつだよね)
あの時の様子を思い出してなんとなく罪悪感が沸いた。人様の情事を覗き見しているような気分だ。ゼフィールにそんなつもりが一切無かったのは分かっているが、やっている事は同じなのだから仕方ない。
それにしても、あれはユリアに効果覿面だった。あの強情なユリアを一発で大人しくさせたのだから、彼の取った行動は正解だったのだろう。だが、できれば見ていないところでやって欲しいものだ。
(それはそれでなんか嫌だな)
結局のところ、忘れてしまうのが一番心の安定にはいいのだろう。何かと突飛な事をしでかす二人だが、少しは巻き込まれる側の気持ちも考えてもらいたい。
(おや? 何だろ? アレ)
霧の先に影が見えた。目を凝らせば建物のシルエットに見えないこともない。近付いてみると、それは塔だった。
レンガで作られた背の低い塔。蔦に覆われている部分も多い。露出部のレンガは新しくはないが古くも見えない。まぁ、古かろうと新しかろうと、リアンには関係無いのだが。
ただ、このような辺鄙な所にあるのが不思議だった。
ここは真っ直ぐ《ドレスデン》へ向かう途中にある森で、街道からも外れているし、地図上では近くに街や村も記載されていない。
(そういや、この辺が大陸のちょうど真ん中だっけ? まさか、真ん中ですよっていう印? まさかね)
「これこれ、そこの青年。何か用かの?」
塔にペタペタ触っていると上から声が降ってきた。外壁から少し離れて見上げてみると、小さな人影がこちらを見下ろしている。住人がいるようだ。
「ここに住んでいらっしゃる方ですか? すいません、この霧で迷子になっちゃったみたいで」
「それは困っとるじゃろう。霧が収まるまで少し休んで行くかの?」
「いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
「左手にある蔦の中に扉があるから、くぐって上がってきておくれ」
それだけ言うと人影は中へと引っ込んでしまった。
言われたとおり左手に進むと蔦のカーテンがある。半信半疑で蔦を掻き分けると扉があった。扉を引くとすんなり開く。
人が訪れないので普段から施錠していないのだろうか。リアンが来たので開けておいてくれたならともかく、前者なら随分と不用心なことだ。
塔の内部は窓は無いものの随所随所に明かりが灯され、歩くのに困らない程度の明るさだった。狭い階段を登って行くとあっという間に扉にぶち当たる。ノックすると中から返事があった。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい。狭くて散らかっとるけど、好きに寛いでおくれ」
部屋の主は長ソファの上のクッションをぽんぽんと叩き、自身は本の山の隙間にちょこんと収まった。リアンはソファに座れということなのだろう。
狭い部屋だった。窓が一つで、出入り口は二つ。入って来たものとは別にもう一つ扉がある。
リアンの座るソファの前に小さな机があり、彼の為に用意されたであろう飲み物と茶菓子が置かれている。他にあるのは、本に埋もれた寝台らしきものと、床から山のように積まれた本だけだ。
この部屋の主は本の虫なのだろうか。
本に埋もれている部屋の主は小柄な老婆だ。長い銀髪を後ろでリボンで束ね、ゆったりとした長衣をまとったその姿は、俗に言う世捨て人に見える。
(ゼフィール以外で銀髪の人って初めて見たな~)
彼と違うところといえば、老婆の皺くちゃな顔の中で優しく微笑む瞳も銀色ということだろうか。その銀の瞳で物珍しそうにリアンを眺めながら、何がおかしいのか、老婆はひょっひょと笑った。
「この森のう、よく霧が出るんじゃよ。中には迷子になったまま亡くなってしまう者もおるんじゃが、お主は運が良かったのう」
「……」
リアンの背筋を冷たい汗がつたった。
しれっと危険なことを言われた気がする。あのまま迷っていれば、行き倒れてた可能性も拭えないということではなかろうか。
口から乾いた笑いが漏れた。
「あはは……。僕、昔から運だけはいいんですよね」
「運も才能じゃよ。儂は運が悪くてのう。運が良い者が羨ましくてしょうがないわい。まぁ、今更じゃがの!」
豪快に老婆が笑う。ただでさえ皺くちゃな顔が更に皺くちゃになった。
老婆は楽しそうだが、彼女の返答にどう返せばいいのか非常に困る。無難に生返事を返すにとどめ、手持無沙汰を解消するため、リアンは茶菓子に手を伸ばした。予想外に美味しかったが入手方法が気になる。誰かが届けてくれているのだろうか。
「こんな所まで誰か食料を持ってきてくれてるんですか?」
「いんや。儂が自分で買ってきておるよ」
「ひょっとして、一人暮らしだったりします?」
「そうじゃよ」
「寂しくありません?」
「そうじゃのう。しかしこれが儂の役目じゃし、お主のようにたまに訪れる者もおるしの。たまに客人と触れ合いながら、世界の真理を探る生活も悪くないぞい」
老婆が立ち上がりながら本をバンバンと叩いた。そして、何かを見つけたのか、むむっと声を上げると窓へ寄る。
「霧が晴れてきたようじゃよ」
外を指さしながら老婆が振り向いた。リアンも彼女の横に行き外を眺めてみると、確かに先程より霧が薄くなっている。
老婆はリアンの背をポンと叩くと、細い手で一方を指さした。
「青年よ。塔を出たらあちらの方向に真っ直ぐ歩くんじゃ。横道にそれたり振り返ったりしては駄目じゃよ。そうすれば、お主は待ち人の元へ帰れるじゃろう」
言いながら、老婆はローブの裾から一つの種を取り出した。胡桃ほどの大きさのそれを小袋に入れると、封をしてリアンに渡す。
「あと、これはお土産。なぁに、お守りみたいなもんじゃ。持っていれば、いいこともあるじゃろうて。ひょっひょ」
「あ、ありがとうございます。なんかすいません。押しかけて来たのは僕なのに、お土産まで貰っちゃって」
「気にせんでいいよ。こうして会えたのも何かの縁じゃろう。元気での!」
「お婆さんも」
塔を出ると、リアンは言われた方向へ真っ直ぐ歩いた。彼女の言葉に背くこともできたが、どうせ今いる場所すら分からないのだ。言うとおりにするだけで二人の場所に戻れるのであれば、従わない手はない。
(あれ? そういえば、僕、二人とはぐれてるって言ったっけ?)
会話を思い出そうとしたが、その記憶すらも霧に包まれているようにぼんやりとしている。ハッキリしているのは、真っ直ぐ歩けという言葉と、老婆に貰った小袋だけだ。
(ま、いっか。こんな不思議な森なんだから、住人も不思議で当たり前だよね)
深く考えはせず歩を進める。
どうせ、分からない事はどれだけ考えても分からないし、そのうち分かる事は放っておいても分かるようになるのだ。
重要そうにも思えないし、いらぬ労力を掛ける必要もないだろう。
「ゼフィールは心配じゃないの? リアンが遭難してるかもしれないのよ?」
「だからって、俺達まで動いたら、帰って来たあいつとすれ違うかもしれないだろう?」
だらだらと歩いていると声が聞こえてきた。
話の雲行きはどうにもよろしくない。ゼフィールがなんとか抑えているようだが、このままだとユリアが突っ走っていってしまいそうだ。
リアンは声のした方へ走り出した。二人の姿を認めると、手を前に掲げながら走り込む。
「捜索に行くのストォオオーップ! 二重遭難になりたいの!? ユリア」
「あれ? ちょっと、あんた、どこ行ってたのよ!?」
「どこって、ちょっと迷子になってただけだよ。霧も晴れてきたし、今のうちに進んじゃおうよ」
「迷子って……。あ、待ちなさいよ!」
騒がしいユリアを適当にかわして《ドレスデン》への進路をとる。
「この森、何かあったか?」
「迷子になりやすい霧くらいかなぁ」
「ふーん」
ゼフィールの問いにも適当に返した。彼は何か気になるのか、同じ方向を見続けている。
帰りは真っ直ぐ歩いて来ただけだったが、その道を逆に辿ってもあの塔に辿り着ける気はしない。ゼフィールのように魔力があれば違った景色が見えているのかもしれないが、リアンには無理な相談だ。
話そうにも記憶は曖昧だし、それならいっそ、何も言わない方が面倒も無くていい。
世の中一期一会。縁があれば、あの老婆ともまた会うだろう。
なんとなく、彼女とはまた会いそうな気がして、リアンは誰もいない森に向かって呟いた。
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