白花の咲く頃に

夕立

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風の国《シレジア》編 王子の帰還

4-8 フレースヴェルグ

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 ◆

 地下広間で何が行われているか知ったのに、ゼフィールにはどうしようもなかった。出来た事といえば、夜な夜な出掛けて行くエレノーラに、夜はそれ以上仕事をさせないくらいだ。

(お母様。貴女はこの事を御存じなのですか?)

 アレクシアにすぐにでも訴えたい事柄だが、現状彼女と接触する手段は無い。十字石を借りうけてから話しかけてみたが、返事はなかった。

 そもそもが、だ。女王にせよ、彼女を補佐する家臣団にせよ、あのような非道な行いを許すとは思えない。少なくとも、ゼフィールの知る範囲にそんな人物はいなかった。
 けれど、こんな大規模に行われている事を、彼らのうちの誰も知らぬというのは、あまりにおかしい。

(それに、男達はどこにいるんだ?)

 気にしながら雪の積もった街を歩いているが、青髪の男の姿は見かけない。離宮の中はおろか、街中ですら彼らに出会わないのだ。青き血の民に限って見れば、人口比率があまりに不自然だった。

 樹の枝から落ちてきた雪を軽く払う。エレノーラの選んでくれた外套のお陰で寒さをあまり感じない。考え事をするには、外の空気の方が頭が冴えて良いくらいだ。

(アントリムに行けば、もう少し何か分かるか?)

 北東の空を眺める。《シレジア》の王都アントリム。そこに行けばアレクシアに会えて、今の国の状態も分かるかもしれない。

 ふと、真面目に国の事を考えている自分に気付き、ゼフィールは自嘲した。

 《シレジア》に戻る決意を固めたのは、刺客から逃れたいという後ろ向きな理由からだった。それが、気付いたら女王や民の事ばかり考えている。
 彼らが大切なら逃げなければ良かったのだ。彼らを守るための力も地位も、今のゼフィールには無い。自ら捨てておいて、必要になったから欲しがるとは、なんとも我儘な話ではないか。

 何にせよ、全てはアントリムに行ってからだ。今の状態でこの街に滞在しても、できることは何もない。

 長い階段を登り、街を見下ろす小高い丘に辿り着いた。丘の端ギリギリまで行くと、下から吹いてきた風に白い息が流される。
 魔力を吸い取る不快な珠が近くに無いお陰か、この場所は少しだけ居心地がいい。

 手足を投げ出し雪の上に寝転んだ。
 空から降って来る雪は止む事無くゼフィールに積もっていく。半分雪に埋もれながらゆっくり目を閉じると、思索に没頭する。

 あの珠は、直接触れずとも、近くにいる者や大気から魔力を吸収しているようだった。《シレジア》に入国した時に感じた大気に含まれる魔力の薄さ。原因の一端はあの珠だろう。
 ロードタウン内にいると力を吸い取られるように感じるのも、あれだけ街中に珠が置かれているのなら納得だ。

 人々から集めた魔力で作りだした魔晶石。あれは何に使われるのだろう。
 魔力だけあっても魔法は使えない。言うなれば魔力とは燃料で、目的に合わせて変換してやらなければ事象は発現しない。魔力を持つ者には先天的に備わっている能力だが、持たない者には分からない感覚だろう。
 それは、翼を持つ鳥は空を飛べるが、持たない人はそもそも翼の認識が無い、そんな感覚に似ている。

『マルク』

 心の中で語りかける。しばらく待つと軽い声が返ってきた。

『何かしら? アタシが恋しくなった?』
『魔晶石って一般的に何に使うものなんだ?』
『最近スルー能力上がってない!? えーと、魔晶石だったわね。うちでは災害があった時なんかに使ったりしてるわよ。でも、めちゃくちゃ高価だから、おいそれ使える物じゃないのよねー。国によっては戦争に使うらしいけど、どんだけ金持ってるのよって言いたいわ』
『《ドレスデン》も魔晶石は持ってるんだな?』
『あるわよ? 何かの時の為の備えは必要ですもの』
『どうやって調達してるんだ?』
『最近は《ザーレ》から買ってるわね。自分達で作るってなると結構大変だし』
『……』

 何かが引っかかった。
 マルクは先日、《ザーレ》に軍拡の噂があると言っていた気がする。真偽は分からないが、噂が立つほど軍備を強化している国が、戦争にも使えるらしい魔晶石を国外へ流出させるだろうか。

(だが――)

 売れるほどに供給に余裕があればどうだろう。それも、自国外から無尽蔵に搾取出来るのだとしたら――。

 ゼフィールの周囲の風が乱れ、雪が舞い上がった。

(ああ、またか……)

 自然の摂理に逆らい、地から天へと昇る雪をぼんやりと眺める。
 最近の心の不安定さは何なのだろうか。ユリアに泣かれたあの日以来、心がざわめく事は度々あった。けれど、ここまで酷くはなかったはずだ。

(一人になって弱気になっているのか? 自分から一人になったのに?)

 馬鹿らしくて口元が歪む。

(我ながら、中々の矛盾っぷりだな)

 そう思うと、笑うしかなかった。一人で乾いた笑いを漏らしていると、心配そうなマルクの声が届く。

『ゼフィール?』
『色々教えてくれてありがとうマルク。少し静かになりたい。またな』

 笑いを納め、深呼吸する。そして空を見つめた。
 真っ白な雪を見ていると、色んな色の混ざり混ざった心中も、白一色で塗りつぶされて落ち着いてくる気がする。それに、雪の冷たさも心地良い。

 一羽のわしが重い雲の下を滑空しているのが見えた。頭と尾羽が白い鷲の風切り羽は見事な黒で、とても綺麗だ。なんとなく目で追っていると、鷲はゼフィールの上を何度か旋回し、近くの樹に留まった。

『アレクシアの息子よ、戻って来たのだな』

 低い威厳のある声が頭の中に響く。

(誰だ?)

 知らぬ声に疑念は沸くが、害意は感じられない。それに、この声はゼフィールを"アレクシアの息子"と呼んだ。正確にこちらを把握しているのだ。そんな相手に今更慌てたところでどうしようもない。

 首だけを動かし鷲を向く。鷲もゼフィールを見ていた。
 十字石を用いない念話はある程度近くにいなければ出来ないはずだ。この場所で、近くにいるのは鷲しかいない。

『空の王者よ。俺に話し掛けてきたのはお前か?』
『いかにも。問題無く話が出来るようで助かったぞ』
『母だけでなく、俺も知るお前は何者だ?』
『我はフレースヴェルグ。王家と共にこの地を守るくさび
『楔? どういう意味だ?』
『継承の儀を受けよ。さすれば欲しい答えは得られるだろう。アレクシアの息子よ、忘れるな。貴様が帰還したことでこの地に力が戻り始めた。乾きゆくばかりだったこの地に、再び雪が降り出したのは貴様の影響だ』

 フレースヴェルグと名乗った鷲は翼を大きく広げると力強く羽ばたき、飛び上がった。そのまま風に乗り、空高く飛翔する。

「待て、まだ聞きたいことが……!」

 ゼフィールは身体を起し、飛び去る鷲に手を伸ばすけれど、声は届かない。代わりとばかりに、一枚の黒い風切羽が舞い落ちてきただけだ。
 羽根をそっと手に取り眺めた。艶のある黒羽根からは強い力が感じられる。その力はゼフィールの魔力と似ていて、なぜか、とても懐かしい。

(フレースヴェルグ、楔、儀式……)

 言いたいことだけ言ってフレースヴェルグは飛び去ってしまった。
 知らぬ所で進行している何かに否応なしに巻き込まれている。そんなもやもやした感覚が何とも気持ち悪い。

「ああ、良かった見つけられて。やはりこちらにいらしたんですね」

 階段の方から優しい声が聞こえた。振り向いてみると、エレノーラが肩で息をしながらこちらへ歩いてきている。この丘への階段は長い。上り切るにはさぞかし疲れただろう。

「よく、ここにいると分かりましたね」
「ゼファー様はよくこちらにいらしてましたから。仕える方の行動が分かるようになってくれば、使用人として一人前に近付いてきたと思っていいのでしょうか?」

 エレノーラが軽やかに微笑みながらゼフィールの横に座る。ゼフィールの頭や外套についた雪を手で払うと、持っていた手提げ袋から深緑色の何かを取りだした。それをゼフィールの首に巻くと、少し離れて彼を見、満足気に微笑む。

「これは?」
「私の手編みでは失礼かもしれませんが、ゼファー様が少しでも寒くないよう作ってみたのです。瞳の色に合わせて色を選んだのですが、お似合いのようで良かった」

 ゼフィールはエレノーラの巻いてくれたマフラーの端を手に取り眺めた。
 一色の毛糸で編まれたシンプルなマフラーだが、所々細かな編み込みがある。編み物はさっぱり分からないが、緻密な模様を編み込むのは難しいし、手間なのではないだろうか。

 首に巻かれたマフラーに顔を埋めるととても暖かかった。防御魔法による冷気の遮断効果もあるのだが、それ以上に、込められた想いが温かい。慈しみ、包み込んでくれる優しさに表情が緩む。

「――暖かい。ありがとうございます。エレノーラ殿」
「いいえ。私も、貴方の為に何かできて嬉しいのです。喜んでもらえるのなら、それに勝るものはありません」
「こんなに良くしてもらうと、王子に嫉妬されてしまいそうですね」
「どうでしょう? 王子はお優しい方でしたので。ですが、嫉妬して頂けるのなら嬉しいですね」

 困ったようにはにかみながら、エレノーラは遠いどこかへ視線を投げた。視線の先に、彼女の王子の姿を探しているのだろうか。

(そういえば、エレノーラが側にいる時も、比較的気持ちが落ち着いてるな。やっぱり寂しいだけか?)

 小さく苦笑を浮かべ、ゼフィールは手にしたままだった羽根を宙に向けて投げた。

 風に乗り街へと飛んで行った羽根は珠の近くで消えてしまったが、それは彼には見えなかった。
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