白花の咲く頃に

夕立

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風の国《シレジア》編 王子の帰還

4-14 アイヴァン

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 ◆

 アイヴァンの血は赤い。
 理由は簡単で、片親が異国人だから。それだけのことだ。

 他国との関わりの薄い《シレジア》ではあるが、国外人との婚姻は皆無ではない。今でこそ《ザーレ》によって封鎖されている国境だが、以前はもう少し門戸を開いていた。
 とは言っても、当時でも関所で止める者は多かったし、ほとんどの者にはロードタウンのみの滞在許可しか下りていない。
 王都まで入るのを許されるのは、それなりの身分と身元の保証がある者、巡礼者、重病を患っていて、大教会を最後の拠り所としてくる者達くらいだ。

 重病人達だが、大教会に来たところで早々青い血は与えられない。
 司祭達の適切な治療と看病で快方に向かう者がほとんどだった。
 闘病生活の中で恋に落ちる者達もおり、アイヴァンの両親の馴れ初めもそれだったと聞いている。

 不思議なことに、《シレジア》人の特性は血統に因らない。
 他国人であろうとも、この地に根付き子を成すと、その子には既にいくつかの《シレジア》人の特徴が発現する。中には、一代で全ての特性を備える子が生まれたりもするのだ。

 司祭達も住人も、過酷な地で暮らす者へのウラノスの庇護だと言うが、アイヴァン個人としては、風土病なのではないかとも思っている。それにしてはプラス面ばかりなので、病と言うには苦しいのだが、理解の範囲外のものを手放しには受け入れられなかった。

 そんな風にアイヴァンが考えてしまうのも、赤い血の半端者だからかもしれない。

 アイヴァンの血が赤く、魔力が無くても、差別はされなかった。
 外見や血の色が違う者がたまにいても、代を重ねれば同じになる。それが分かっているので野暮なことはしないのだろう。
 もっとも、彼等は誰も彼もおっとりしているので、単に気にしていないだけかもしれないが。

 けれど、自分がどう思うかは別問題だ。
 人と違う分だけ、アイヴァンは国の為に何かしたいという気概が強かった。必死に勉学に励み、国政に携わる立場にまでなった。
 そこで満足していれば良かったのだ。
 なのに、アイヴァンは、国を更に富ます為と頭を捻り、当時の王にその政治理念を進言する。
 結果だけみれば不採用だった。だが、普通、一介の文官の言葉などを聞く時間を王は割かない。進言が許されただけでも破格の待遇だっただろう。

 だというのに、アイヴァンは、意見が一つも採用されなかったことばかり気にしていた。
 自分の案が悪いとは思えない。王の考えが古いからだと思った。
 なので、時が流れるのを待ち、後を継いだアレクシアに再度考えを語った。
 しかし、返ってきた反応は彼女にしても同じで、自分よりも年若く、まだヒヨッコとも言えるアレクシアに却下された時は、少し腐った。

 当時のアイヴァンはまだ若く、やる気にあふれていた。それが悪い方に働いたのだろう、と、今にすれば思う。
 そこを《ザーレ》に付け込まれ、権力を手に入れる手伝いをしようとそそのかされた。見返りに、少しばかり《ザーレ》にも甘い汁を吸わせてくれればいい。そんな下らない申し出だった。

 《ザーレ》など取るに足らない小国だ。用さえ済めば簡単に切り捨てられると思い、気楽に話に乗った。
 それからはひたすらに地位を求め、基盤を固め、手駒を増やすことに注力した。
 もはや、手段が目的に取って代わってしまっていた。

 そんな事に奔走していたある日、ゼフィールが産まれる。
 彼は人見知りの激しい子で、初めてアイヴァンを見た時は盛大に泣いた。あそこまで泣かれたのは初めてで、傷付かなかったと言えば嘘になる。

 ただ、その子を見た時に思った。
 この子に教育を施し、政治理念を受け継がせ、自分に変わって想いを遂げてくれればどんなにいいだろう、と。
 彼なら王になるか、そうでなくても、国政に携わるどこかにはいるだろう。そう考えると、とても現実的な策に思えた。

 それからはもう、ゼフィールに取り入るのに必死だった。
 泣かれ、隠れられ、逃げられても懲りずに彼に近付き、大好きな菓子で釣った日もあった。
 そしてとうとう、彼が逃げなくなった。
 小さな手でアイヴァンの手を握り、見上げながら名を呼んでくれたのだ。
 あの喜びは生涯忘れられないだろう。舌足らずに喋る彼を、あの時ほど愛しいと思ったことはない。

 アレクシアも王配も、可能な限りゼフィールの相手をしようと努力はしていた。しかし、二人共多忙な身だ。侍女に囲まれながらも、ゼフィールが寂しそうにしている時も多かった。
 そんな彼の元へ、政務の隙間を縫って会いに行けば輝く笑顔で迎えてもらえる。ああいうのを天使の笑顔と言うのだろう。

 その上彼は利発な子で、簡単なことならすぐに覚え、理解した。当初の目的ももちろん覚えてはいたが、難しい事の前に雑学から。と、アイヴァンは自分に言い訳をしながら他のことばかりゼフィールに教えていた。
 我が子ではないけれど、自慢の子だった。

「僕ね、お父様の次にアイヴァンが好きだよ!」

 ゼフィールがそんなことを言った時があった。ちょうど、女王一家のお茶に招待されていた時だっただろうか。

「ふふ。アイヴァンはあなたの面倒をよくみてくれるから、お父様が二人もいるみたいなものね」
「そのうちアイヴァンの方が好きとか言い出しそうだな~」
「貴方もうかうかしていられないわね」
「ああ、大変だ。君の仕事の手伝いより、こっちの方が頭が痛いよ」

 女王夫妻がゼフィールを見ながら笑う。
 王配の膝の上で、ゼフィールは菓子をかじりながら、ずっと笑っていた。

 平和だった。
 ゼフィールはとても泣き虫で、どうしようもなく甘ちゃんなところはあったが、成長と共に薄れる部分だ。幼い彼が泣いて我儘を言う分には、ただただ可愛かった。
 正直、自分の小さな拘りなど、どうでもよくなってきていた。
 手を掛け育てた彼が作る未来であれば、どんなものでも受け入れられる。そんな気持ちになっていたのだ。

 なのに、事態は急変してしまった。
 王配が崩御した。
 周囲の誰も原因が分からなかったようだが、アイヴァンには心当たりがあった。
 つるみ始めてすぐの頃、《ザーレ》が怪しい薬を持ってきたのだ。飲ませ続けることで体内に蓄積し、やがて死に至らしめる毒があると。
 弱過ぎる毒なので毒見には引っかからない。証拠の残らないこれを、手の者に食事に入れさせればどうか、と。

 愚かなアイヴァンはそれを許した。
 青い血は毒にも耐性があるので、効果はないだろうとタカをくくっていた。《ザーレ》のガス抜きくらいのつもりだった。
 案の定、三年経っても、薬を摂取しているはずの女王夫妻になんの兆候も見られない。だから、やはり効果は無いと思って、そのまま忘れていた。

 だというのに、《ザーレ》の連中はそれを続けていたのだろう。王配の亡くなり方は、ずっと昔聞いた、予想される死に方とそっくりだった。

 葬儀で城内が慌ただしい中、疎遠になっていた《ザーレ》から久方ぶりに連絡が届く。
 王配を廃したことで彼等は調子に乗っていた。そして、女王排斥にはもう少し積極的に動くと宣言してきたのだ。

 アイヴァンは慌てた。
 彼らとは、もう手を切るつもりでいた。だというのに、ここに来て、こちらの希望とは異なる行動を勝手に取り出し、もはや止まらなかった。
 十年以上の歳月を掛けて《シレジア》の中に張り巡らせた《ザーレ》の網は、アイヴァン一人の力ではどうしようもなくなっていた。むしろ、アイヴァンこそが網に絡め取られ、抜け出せなくなっていた。

 《ザーレ》を追いだす方法を探している間に女王も倒れた。ただ、王家の血のお陰か、彼女はそこから粘ってくれた。
 ゼフィールの身も案じ、彼を逃がそうと手も打ってくれたのだ。

 しかし、その行動すらも《ザーレ》には筒抜けで、アイヴァンは大切な王子を失ってしまった。時を同じくして、女王も忽然と姿を消してしまう。
 政治は混乱を極め、日々の業務に忙殺されるようになった。それでもなんとか時間を作り、《ザーレ》の目を誤魔化しながらゼフィールを探した。殺したとは聞かなかったので、生きている希望があった。
 だが、三年経っても彼は見つからず、アイヴァンには虚無感だけが残った。

 いつの間にやら宰相まで登りつめていたが、今更地位を得てもやりたいことなどない。
 ゼフィールの為に国を整え、彼の元で執政の手伝いこそしたかった。しかし、今更後戻りも出来ない。

 こうして、無気力なアイヴァンのもと、《シレジア》はゆっくりと衰退への道を辿っていた。
 王家の直系が二人共消えて数年後には雪すらも降らなくなり、アイヴァンの世界を更に無味乾燥なものにした。

 それが、久方ぶりに雪が降ったと思っていたら、成長したゼフィールが名を変え国に入り込んでいた。アレクシアそっくりに成長してくれていたお陰で一発で分かった。

 《ザーレ》の連中には黙っておいた。
 本当に曲の勉強の為だけに来たのであれば、知らぬふりをして帰してやろうと思っていたのだ。実際、彼の竪琴の腕はたいしたもので、詩人として新たな道を生きているのであれば、それを応援してやりたくもあった。
 親心というやつかもしれない。

 なのに、彼は騒ぎを起こしてしまった。
 あの時の落胆は一言では言い表せない。ただ、一度道を踏み外した自分が、まともな道に戻れはしないのだと、なんとなく思った。

 悪で有れかし。

 そういうことなのだろう。
 だから、覚悟を決めた。彼の正体を明かしてやり、最期の別れも告げてきた。 別れを告げた以上、彼がどんな酷い目にあっていようと、割り切れるようにならねばならぬのだろう。

 そう、今のように。

「宰相閣下、王子なのですが、あれ以来どれだけ傷めつけても一言も喋りません。表情も虚ろで、我々ではどうしようもないようでして」

 目の前の《ザーレ》兵が苦々しそうな顔をする。

「それで?」
「情報は引き出せておりませんが、本国からは見つけ次第殺せと言われていた人物です。いかがしましょう? できれば、閣下に今一度奴の口を割らせていただきたいのですが」
「儂が出て行ったところで、これ以上何も話さぬだろうよ」
「では、処刑で?」
「わざわざ儂らが手を下す必要もあるまい」

 アイヴァンは溜め息をつくと椅子から立ち上がり、窓辺に向かった。そこから外を眺める。

(王子を殺せば、また雪が降らなくなったりしてな)

 偶然の一致という奴だろうが、なんとなくそんな事を考えてしまう。

「ネビスに送れ。あそこでの生存率はお前も知っているな? そこで死ぬまで《ザーレ》王の為に働かすと言えば、王もお喜びになるであろうよ」
「ああ。それは確かに王もお喜びになりましょう。さすがは閣下。すぐに手配させます」

 軽い足音を立てながら兵が退室していく。彼の背を見送りもせず、アイヴァンは外を眺め続けた。

(儂らの道はどこで違えてしまったのだろうな、王子)

 木の枝に積もった雪が、音をたてて落ちた。
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