白花の咲く頃に

夕立

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幕間

陽だまりの中で 前編

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「大教会にユリアが行きたがるだなんて意外だったな」
「ちょっとは気になってたのよ? でも、ほら。私、教会とか行ったことないし、信者でもないから入りづらくて」
「そういえば俺も《シレジア》以外では教会に行ったことないな。まぁ、ここは誰にでも解放されてるし、気軽に顔を出せばいい。ようこそ大教会へ」

 大教会の扉をくぐりゼフィールは振り返った。
 後一歩踏み出せば建物内部という所でユリアは止まり、口を半開きにしてぽかんとしている。
 そのまま動かなくなったので、どうかしたのかとゼフィールは彼女の顔の前で手を振った。

「ユリア?」
「大教会、甘く見てたわ。城の礼拝堂が広くなっただけだろうと思ってたんだけど」
「城のは簡易的な礼拝所だからなぁ。あれと比べて驚いてるのか?」
「驚くも何も。本当にここ、入っていいの?」
「構わないって言ってるだろう。大体、お前が行きたいって言うから貴重な休日に来たんだ。ここに立っていても邪魔だし、先に行くぞ?」

 ゼフィールが講堂の中へと進んで行くと、慌ててユリアも追いかけてきた。彼の服の腰辺りをちょんと掴むと、安心したのか、あちらこちらを眺め始める。
 遠くに意識が行ってるせいか、彼女の足元や目の前への注意は随分疎かなようだ。なんやかんやで大教会を訪れている人は多い。服を掴んで近くにいてくれる方が、人にぶつかったり迷子にならなくていいだろう。

「あ、詩人様だー」
「ほんとだ。詩人様、今日は何の曲弾いてくれるの?」

 ゆっくり歩いていると子供達が周囲に群がってきた。子供が子供を呼び、とてもではないが前に進める状態ではない。
 それに驚いたのか、ユリアが先程までより強く服を掴み近寄ってくる。
 ゼフィールは少しだけ屈んで子供達の頭を撫でた。

「今日はこのお姉ちゃんに大教会を案内しに来たんだ。竪琴は持ってきてないから、また今度な」
「えー。むー。じゃぁ、また今度。約束!」
「ああ、分かった。約束だ」

 子供達一人一人と指切りをしてやると、それで満足したのか、指切りをした者から勉強へと戻っていく。
 そんな子供達の様子を優しく見守りながら、一人の司祭がこちらへ歩いて来た。彼はゼフィールの前まで来ると軽く頭を下げる。

「ご無沙汰いたしております、ゼフィール様。少しお疲れのようですが、きちんとお休みになられていらっしゃいますか?」
「問題無い。民も大分落ち着いたようだな」
「はい。この街限定ではありますが、人々の暮らしは昔とさして変わらぬものに戻っているように感じます。ゼフィール様は、本日はそちらのお嬢さんの案内でしたか?」
「少しうろちょろして迷惑を掛けるかもしれないが、構わないか?」
「訪れる者を神は拒みません。どうぞご自由に」

 司祭は一礼すると、残る子供達を連れて離れて行った。
 ようやく子供達から解放されたので、ゼフィールも講堂を先へと進む。通路の一番奥まで辿り着くと、五体の像の前で止まった。軽く見上げながらユリアに説明する。

「これが神像。教会にきたら挨拶のつもりで頭を下げておくといいかもな」
「《シレジア》の神様って五人いるの?」
「いや。主神は真ん中のウラノスだけだ。ただ、大教会は特殊でな。五王国で信奉されている五柱の神全てを祀ってるんだ。だから神像も五体ある。こんな鎖国状態になる前は、各国の聖職者達が巡礼に訪れていたらしいな」

 神像に軽く祈りを捧げると壁際へ向かう。その途中で、挨拶をしてくる者には会釈を返したのだが、彼らの表情が昔より穏やかだ。
 この表情を見ていると、自分のした事も決して無駄ではなかったのだと、少しだけ癒される。
 そんな人々の様子を眺めながらゼフィールはユリアへ説明を続ける。

「教会は信仰の場だが、同時に、教育と集いの場でもある。子供達はああやって文字や教養を教えられるし、大人達も適当に喋ってるだろう? 冬なんかは外だと寒いから、自然と教会に人が集まるようになったらしいな」
「ふーん。こうやって聞くと随分と身近な感じね」
「そうだな。他の国ではまた違うんだろうが」

 講堂内に淡い光を注ぐステンドグラス群の前でゼフィールは足を止めた。一枚のガラスを軽く見上げた後、顔をユリアへ向ける。

「創世神話って知ってるか?」
「知らない。なんで?」
「このステンドグラスなんだが、神話の一場面を切り取って描かれていてな。順に見て行けば神話を知れる仕組みになっているんだ。見ていたらなんとなく思い出した」
「ふーん。その神話、ゼフィールは知ってるの?」
「小さい頃は、寝る前によく聞かされてたからな」
「それじゃぁ、ゼフィールに教えてもらおうかしら。よろしくね」

 ユリアはゼフィールを軽く叩くと、こちらを上目遣いに見上げながらニッコリ笑いかけてくる。
 ゼフィールは薄く笑みを返すと、講堂入口に一番近いガラスの前へ移動した。それを見上げながら口を開く。

「途中で忘れている部分があっても、まぁ、許してくれ。最初の画はこれだ」

 目の前のステンドグラスに描かれているのは、緑豊かな大地にそびえ立つ一本の大樹。大地には動物と人が、大樹の周りでは銀色の人々がくつろいでいる。
 そんな場面から創世神話は始まる。



 ユグドラシルという一本の樹がありました。その根は大地を支え、豊かな枝葉は精霊を産み出しているので、世界樹とも呼ばれています。
 大地では人間と動物が暮らし、その様子を、世界樹の上から神様達が見守っていました。
 世界に争いは無く、平和な日々が流れます。人間も動物も神様達も、世界はこのまま続いて行くのだろうと思っていました。

 ある日、一人の神様が世界樹の枯葉を一枚見つけました。今まで葉が枯れたことはありません。
 不思議に思った神様は他の神様達に相談しました。しかし、他の神様達も原因は分かりません。何年も何十年も何百年も神様達は悩みましたが、原因は分からず、その間も、枯葉はどんどん増えていきました。

 枯葉が増えると共に、大地の力もどんどん弱っていきました。弱った大地では水が枯れ、種を植えても満足に育ちません。食べ物を求め、人間と動物は争いを始めました。
 争いは止むことを知らず、どんどん大きくなっていきます。その頃になると、大地に黒い霞みが出るようになりました。その霞みに長い間触れた動物や人は心根が卑しくなり、凶暴になっていきます。
 そんな者達が争いを更に大きくし、美しかった大地を荒廃させていきました。

 世界樹の葉がほとんど茶色くなった時、神様達はようやく葉が枯れた原因が分かりました。
 それは老化。
 老いない神様達は、自分達と同じ側に存在する世界樹が老いるという事実になかなか気付けませんでした。
 世界樹が老いてしまったことで産みだされる精霊が減り、大地の力も弱くなっていたのです。

 世界樹はもう一つ大きな仕事をしていました。それは、世の中の悪いものを吸収浄化して、清らかなものとして吐き出してくれている仕事です。年老いた世界樹の浄化能力は落ちているのに、争いを繰り返す人間と動物は悪い気をどんどん吐き出します。
 悪い気が更に争いを呼び、世界は破滅への道を転がり落ちて行きました。

 荒れて行く世界を見て、多くの神様達はこの世界を捨てて新しい世界を創ることにしました。そして別の世界へと旅立って行ったのです。
 そんな中で、一人の神様だけが、この世界の為に何かしてあげようと他の神様に声を掛け続けました。その神様は最初に枯葉を見つけた天空神ウラノス。世界がすっかり荒れてしまうまで手を打てなかったことに、彼は心を痛めていました。そして、何よりこの世界を愛していたのです。

 彼の訴えにもほとんどの神様は去って行き、残ったのは彼を含め五柱の神様だけでした。
 すでに世界樹はほとんど枯れかけており、世界に残されている時間がわずかなのは一目瞭然です。
 残った神様達は急いで空と大地の淀みを取り除きましたが、世界はボロボロで、人間も動物も住むには適さない地ばかりになっていました。

 神様達は彼らを信奉する人間と動物を連れ、大陸の五カ所に散りました。そして、己の身体は大地に、命は世界樹に捧げる事で、世界に再び息吹を取り戻したのです。



「神の降り立った地は後に五王国と呼ばれ、その地に身を埋めた神を守護神と崇めるようになりました。お終い」

 話し終えると、ゼフィールは一度深く息を吐いた。幼い頃に聞かされたっきりの神話だったが、意外と覚えていた。それに自分でも驚く。
 最後のステンドグラスを見上げていたユリアが、ゆっくりとゼフィールの方へ顔を向けた。その表情は少しばかりしょんぼりしている。

「その話の神様達って最後死んじゃうの? なんか可哀想ね」
「そうだなぁ。まぁ、神話だし、作り話だろう。それに、この話の後には決まって、本当に守りたいものは自分の身を犠牲にする覚悟で守りなさい。とかいう説教が付いてくるんだよ。数ある訓話の一つなんじゃないか?」
「教会って、こんなお話をいくつも教えてくれるの?」
「そうなんじゃないか? 俺はお父様から教えられたけど、司祭達は色々な話を知ってるからな」
「なんか面白そう。ちょっと教会に興味出てきたわ!」
「それなら子供達に混ざって司祭に聞かせてもらえばいい。それか、礼拝日に来るかだな」

 ゼフィールが軽く司祭たちの方を指してやると、興味深そうにユリアがそちらを見る。先程までしょんぼりとしていた彼女だが、そんな色はもう無い。短時間でコロコロ変わる彼女の表情は見ていて飽きない。
 飽きないのだが――変わり過ぎるのは困りものだ。
 今の今まで興味で目を輝かせていたのに、急にこめかみに指をあて考える仕草を始めた。そして尋ねてくる。

「ねぇ、ゼフィール。私達ここに来てどれくらい時間が経ったかしら?」
「半刻くらいじゃないのか?」

 ゼフィールが適当に返すと、ユリアはうんうんと頷く。

「そうよねぇ。ちょっとのんびりし過ぎたわね。じゃ、城に戻りましょ。駆け足で」
「は?」

 彼女が何を言いだしたのか分からずゼフィールが立ち尽くしていると、ユリアに腕を掴まれた。そして、勢い良く出口へ向けて引っ張られる。

「何なのお前!? 行きたいって言ったり、急に走って帰るって! って、おい!? 講堂内で走るな!」
「いいからいいから! 外に出たら駆け足ね!」

 ユリアはゼフィールの後ろに回り込むと、背後から彼を押す。無理に逆らうと転びそうだったので、ゼフィールは大人しく戸外に押し出された。外に出ると更に強く押されたので、渋々走り出す。

「ゼフィール、早く」

 いつの間にやらゼフィールを追い越したユリアが前から呼んでくる。無茶な要求をしてくると思いながらも、とりあえず走る速度を上げた。
 帰りが走り込みになるなどとは、さすがの神も予想できなかっただろう。
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