白花の咲く頃に

夕立

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土の国《ブレーメン》編 命

5-1 砂岩の迷宮

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 退屈な馬車の旅に眠気を感じながらも、ヨハンと同乗しているので寝るわけにもいかず、ゼフィールは欠伸を噛み殺した。気を紛らわせるため、頬杖を付きつつ車窓から外を眺める。
 外に見える景色はしばらく前と変わらず荒野ばかりで、時折乾いた砂が風に巻き上げられていく。

 《ドレスデン》との国境を超え、《ブレーメン》に入ると目に見えて緑が減った。葉を茂らせた高樹が真っ先に消え、たまに見つけたと思っても枯れた幹だけが残っているという有様。昔は川だったであろう谷も今は枯れ、水があった痕跡を残すばかりだ。

「随分と乾燥しているようですが、水はどうやって賄っているのですか?」

 純粋に不思議で、対面に座るヨハンに問いを投げた。
 ゼフィールの持つ四○○年前の記憶と、現在のこの国の有様ありよう乖離かいりが激しい。昔から乾燥気味の地方ではあったが、以前は森も川もあった。
 ここまで乾燥してしまうと、生物がどうやって暮らしているのか疑問になるレベルだ。

「ほとんど地下から汲み上げてますね。地中には水が流れている所が多いので」
「そうなんですか。表面だけ見ていると全く分かりませんね」

 再び外に目を向ける。
 ヨハンの言葉を鵜呑みにするなら、表面上は死んで見えても地中はまだ生きている。そういう事になる。しかし、《ブレーメン》でその現象が起きるのは非常におかしい。

 本来、黄昏の時期を迎えようとも、五王国だけは一定の豊かさを保つ。王、または器という楔を通して神の本体オリジナルから魔力を汲み上げ、大地に供給しているからだ。その魔力で精霊を活性化させ、地力を維持する――はずなのだが、ここまで枯れ果てているとなると、そのラインが機能していない可能性が高い。

(楔に問題があるんだろうけどな。しかしまぁ、よくもここまで、大地の魔力まで涸れさせたもんだ)

 チラリとヨハンを見る。
 目が合ってしまった彼は、小さく肩をすくめた。

「最近ではどこの国も天候不良や不作だったりと、土地は荒れているようなんですがね。うちも例に漏れず、という所ですか。《シレジア》はどうなんです?」
「特に問題ありませんね。他の五王国でもそのような話は聞かなかったのですが、土地の荒廃ですか。国に籠ってばかりいると、知らないことが多いですね」
「どうしても他国の情報は疎くなりますからね。しかし、五王国で脱落しているのはうちだけですか。人の手の届かぬ事ではありますが、正直悔しいですね」

 ヨハンが皮肉気に口角を片方だけ上げた。
 ゼフィールはそれに曖昧な相槌を返す。

 五王国と括られてはいるが、五国は実質全くの別国だ。共通点といえば王家の始祖に神が絡んでいるというくらいで、気候、文化、国民性、その他諸々も大きく違う。
 それを一緒くたにするのも随分と乱暴だと思うのだが、そんな考えは世間には通用しない。何かと他の四国と比べられるのが一般的だ。

 そういう中で、他国より劣っているとなれば、為政者としては面白くないだろう。ヨハンのようにプライドが高そうな者ならなおさらだ。

 先日の会議の二の舞にならぬよう注意を払いながら、ゼフィールはヨハンに尋ねた。

「五王家で代々行われている儀式には、安定と豊穣をもたらす効果もありますからね。失礼を承知で伺いますが、ブロン王家では、いつから儀式を行っていらっしゃらないのですか?」
「くくっ。そんな手軽に安定と豊穣が得られるはずが――」

 馬鹿にしたようにヨハンが笑う。しかし、ゼフィールが真面目に見つめ続けていると笑いを止めた。ありえない、という表情を浮かべながら言葉を続けてくる。

「まさか、あるのですか? 我々が切り捨てた儀式にそのような力が」
「ありますよ。儀式を続けてきた国と《ブレーメン》との違いは、貴方もご覧になられたと思いますが」

 ヨハンは目を見開くと大仰に天を仰ぎ、ガックリと項垂れた。前髪をくしゃりと手で掴むと、落ち着かな気に手を動かす。そして、擦れる声で呟いた。

「一五○年です。そう聞いています。積み重ねてきた年月の違いがコレですか」
「ヨハン殿でん――」

 急に馬車が止まった。
 ゼフィールはヨハンに声を掛けようと軽く前屈みになっていたところだったので、慣性で倒れそうになる。それを隣に座るエイダに支えられ、なんとか免れた。

「何があった?」

 ヨハンの従者が小窓を開け御者に尋ねる。
 ゼフィールも窓から外を覗いてみたが、特に変わったものは見えない。

賤民せんみんが道を塞ぎ前の馬車を止めたようです。すぐに動けるようになるかと」

 いつもの事といった感じで御者から答えが返ってくる。すると、ヨハンと従者の緊張が緩んだ。

(あの様子だと特に危険はないな)

 そう判断し、ゼフィールも緊張を緩める。ただ、聞き慣れない言葉だけが気になった。

「賤民とは?」
「うちの……少し貧しい者達です。お恥ずかしい話ですが、当国は全国民が豊かに暮らせるほどの富は無いので。貧しい者達が物乞いで馬車を止めることも、ままあるのですよ」
「そう、ですか」

 当たり障りのない返事をし、意識は念話に向ける。

『お母様。《ブレーメン》ですが、やはり経済状態が安定していないようです。街道を開ければ貧困層が流れ込んでくる可能性もありますし、今はそのままがいいかもしれません』
『そう。八○年前もそれが原因で街道を封鎖したのに、まだ立て直していなかったのね。今のうちでは彼らまで支え切れないし、可哀想だけど、そこで頑張ってもらうしかないわね』
『八○年この状態とは、民も大変ですね』
『ブロン家の治世は安定していたはずなのだけれどね。なんにせよ、長らく彼らとは連絡が取れていなかった以上、その地の詳細は分からない。貴方も気を付けなさい』
「?」

 車体に何かが刺さる音がした。意識を現実に戻してみると周囲が騒がしい。馬車の外では騒ぎ声が飛び交い、複数の足音が走り回っている。
 そんな足音の一つが近付いてきたかと思うと馬車の扉が叩かれた。合わせてリアンの騒ぎ声が聞こえてくる。

「ゼフィール、大変だよ! って、うわ! 刺されるっ! 開けてー!」

 切羽詰まった声にエイダが鍵を外し扉を開けてやると、リアンが転がり込んでくる。その直後、さっきまで彼のいた場所に一本の矢が刺さった。エイダがリアンを奥まで引きずり込み、慌てて扉を閉める。
 未だ落ち着かぬリアンにゼフィールは尋ねた。

「リアン、何があった?」
「あー、助かったよ。じゃ、なかった。それがさ、大変なんだよ! 道端でちっちゃな女の子が土下座しててさ、よせばいいのに、ユリアが馬車を止めて様子を見に行ったんだよ」
「馬車が急に止まったのはあいつのせいか。まぁ、やりそうだな」
「うん、まぁ、そうなんだけどさ。問題はその先でさ。正直僕も何が起きたのかよくわかんないんだけど」

 リアンは数秒視線をさ迷わすと、ポツリポツリと続きを話しだす。

「女の子が笑ったと思ったら、小さな音が聞こえた気がするんだよね。そしたら、どこからか紐が飛んできて、ユリアに絡んでさ。動けなくなったユリアを女の子が持ち上げて、そこの崖から飛び降りたんだ。で、僕もそれを追いかけようとしたら矢が飛んできてさ――」
「待て、リアン。意味が分からないんだが。その女の子って小さかったんだろ? どうやったらユリアが持ち上がるんだ? あいつ結構重いぞ」
「だから僕もよく分かんないって言ってるじゃん。でもさ、見たまんまなんだよね」

 互いに互いを見つめ合ったまま時が止まる。
 ゼフィールはこめかみに指をあてリアンの言葉を反芻した。けれど、やはりよく分からない。間違いないのは、ユリアがお節介を焼いて、そのくせさらわれたということだろう。

「あの馬鹿!」

 言い捨てると扉の鍵を開け外へ出た。ゼフィール目掛けて数本の矢が飛んできたが、全て風で叩き落とす。
 周囲には矢に刺されうずくまっている者が数人いるが、皆手足に軽傷を負っているだけで、命の危険は見受けられない。
 一通り様子を確認すると、馬車の中へ振り返りリアンへ告げる。

「ユリアを探してくる。俺が帰ってくるまでエイダを守ってくれ」
「は? 守れって、僕よりエイダさんの方が強いけど!?」
「忘れたのかお前? ここは《シレジア》の外なんだぞ。任せたからな!」

 返事も待たず馬車の扉を閉じると、ゼフィールは崖から身を躍らせた。変わらず矢が飛んでくるが全て弾き飛ばし、空中から崖を眺める。

(なんとも分からない話だったが、矢は飛んでる。ユリアと少女の姿も見えないし、案外本当に崖から飛び降りてたりしてな)

 その可能性を考慮するにしても、空を飛べぬ人が何も無しに崖から飛び降りられるはずがない。どこかに足場があるはずだ。なので、それを探す。
 先程から飛んできている矢。これも決して急所は狙っていない。きっと、逃げた少女達を追わせない為の工作なのだろう。

 案の定足場はすぐに見つかり、そこから続く洞穴があった。足場に降り立ち中を覗き込むが、見える範囲には何もない。

 こうしていても何も解決しないので、左手を壁に添わせ中に足を踏み入れた。
 あっという間に光も届かなくなり、周囲が真っ暗になる。わずかながらも空気の流れがあるので、入ってきた穴以外にも出入り口があるのだろう。

 しょっちゅう曲がる道を壁なりに進んでいると、暗闇に目が慣れ、ぼんやりながら周囲が見えるようになってきた。そして、見えてきてしまった洞穴の構造に愕然とする。

 道は複雑に分岐し、登る道や下る道まであった。どこも似たような見た目なので、同じ場所に戻ってきたのか、違う場所に出たのかの判別が付きにくいところも厄介だ。

(参ったな、迷ったか)

 歩むのを止め、微かな空気の動きを感じる事だけに注力する。
 道に迷ってはいるが、洞穴を出るだけなら難しくはない。新鮮な空気が流れてくる方へ進んで行けばいずれ外に出るだろうし、最悪空間を跳んでしまえばいいだけだ。
 けれど、それではユリアを連れ帰れない。

「ユリア、聞こえているなら返事をしろ!」

 大声で叫んだ。
 答えが返ってくれば一番だが、次点では、焦った誘拐犯が動いて空気の流れを作ってくれてもいい。何の反応も無い確率が一番高いだろうが、繰り返せば効果があるかもしれない。

 反応が無いことを確認すると、ゼフィールは床の一部に傷を付け一本の通路に入った。しばらく進んだ先で声を掛け、反応が無ければ印を付け進むを繰り返す。
 静かな洞穴に、ゼフィールの足音と呼び声だけが響いた。
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