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土の国《ブレーメン》編 命
5-12 月明かりの下で
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◆
月明かりが優しく闇夜を照らす。
その下でゼフィールは鎮魂歌を奏でていた。居場所は、もはや定位置となった大岩の上だ。
立場は違えど昼間の死は痛ましい。
死者達が、せめて、安らかに眠れるようにと祈りを紡ぐ。
そうしていると、空からフレースヴェルグが降りてきた。そこが落ち着くのか、彼はゼフィールの頭の上に留まる。
『やはりこの地の魔力が最も強い。奴がいるとしたらここだろうな』
『いるんなら、なんで出てこないんだ? ニーズヘッグも今の状況は分かっているはずだろう?』
『分からぬ。昔から何を考えているか分からん奴だったからな』
それだけ言うと、フレースヴェルグは再びどこかへ飛んで行った。
カーラの言っていたとおり、この地には蛇が多い。水場やちょっとした陰、そこかしこで蛇の姿を見かける。
しかし、肝心のニーズヘッグが見つからない。漆黒の鱗を持つ特徴的な蛇なので、誰かが見かけていてもいいと思うのだが、目撃情報すら無かった。
「おーい、兄ちゃーん」
大岩の下から声が聞こえた。ゼフィールが覗きこんでみると、子供達がこちらを見上げ手を振っている。用があるようなので下に降り、しゃがんで子供達と目線を合わせた。
「もう寝る時間だろう? こんな時間にどうしたんだ?」
「兄ちゃん晩飯に来なかったから腹減ってるだろうと思ってさ。コレ」
「あたしも、少しだけど」
「ん」
子供達が握りしめた食べ物をゼフィールに差し出してくる。
それは潰れた蒸しバナナであり、焼いた肉の欠片であり。意外にも、欠けたビスケットやドライフルーツまであった。
「ビスケットがあるな。どうしたんだ?」
「これ、ビスケットって言うのか? なんか、食べ物を沢山くれた人がいたんだって。で、その中に入ってたらしいんだ。食ってみたら凄い美味かったから、兄ちゃんにも食わせてやりたくてさ!」
「そうか。お前達は優しいな」
気持ちが嬉しくて子供達の頭を優しく撫でる。折角なので、彼等の持ってきてくれた物を頂くことにした。肉はきついのだが、それだけ断るわけにもいかない。少量だったのでなんとか飲み込んだ。
ビスケットを受け取ると半分に割る。片割れだけは食べて、残りは持ってきた子に返した。ドライフルーツも一粒だけ貰い、残りは子供達に分ける。
子供達は嬉しそうに目を輝かせ食べていたが、中には利発な子もいる。一人の少女がおずおずとゼフィールを見上げてきた。
「お兄ちゃん、それだけでいいの?」
少女の言葉に他の子達も何かを思ったのだろう。「どうしよう、俺もう食べちゃった」とかなんとか騒ぎ出した。
子供達に食べさせたくて返したのに、気を使われても困る。ゼフィールは慌てふためく子達の頭を撫で落ち着かせ、最後に利発な少女の頭を撫でた。
「俺はもう腹いっぱいだからお前達が食べてくれると嬉しい。で、食べ終わったらさっさと帰って、大人達に見つかる前に寝るんだ」
「うん」
ようやく安心したのか、少女も握り締めたままだったドライフルーツを嬉しそうに口に放り込んだ。
それで持ってきた食料は全てのはずだった。しかし、子供達は中々帰らない。お喋りを始めてしまい、放っておけばダラダラとここにいそうな気配すらある。
(連れて帰らないと駄目かもしれないな)
ゼフィールは小さく肩を落とす。本当は大人達に遭遇しそうな場所には近付きたくないのだが、そうも言っていられない。諦めて立ち上がると、子供達の背を軽く押した。
「ほら、帰る約束だっただろう?」
「兄、死ぬの?」
唐突に、一人の少女がゼフィールの服を引っ張った。それを皮切りに、他の子達も彼にしがみついてくる。
「俺、兄ちゃん好きだぜ。だから死ぬなよ」
「あたしも」
「お前達何を言ってるんだ?」
わけが分からず、ゼフィールは子供達を見回した。彼らは至って真面目な表情でこちらを見つめている。
「大人達、兄に死ね言った。でも、それ、嫌」
「昼間の話を聞いていたのか……」
「まぁさ。兄ちゃんは俺達が守ってやるよ。俺等大人達には強いんだぜ?」
自慢げに少年が胸を叩く。
「うんうん」
隣にいた少女も追従して首を縦に振った。我も我もと子供達が同意する。彼等に共通しているのが、ゼフィールを守ろうという意思だ。
実際そんなことはさせられないし、できる力も子供達は持っていない。けれど、気持ちが嬉しい。一人一人抱き締めて礼を言いたいくらいだ。
しかし、子供達と大人達を不仲にさせるわけにはいかない。
ゼフィールは気持ちをぐっと抑え込み、平静を装いながら子供達を居住区の方へ進むよう促した。
「心配されなくても俺は死なない。昼間のは、大人達がちょっと勢いで言ってしまっただけだ。お前達の喧嘩と同じだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。だから、お前達が心配するような事じゃない」
「お兄ちゃん、いなくならないの? 明日も、明後日も」
「ああ。だから、心配せずにお休み」
「兄、ちょっと待って。みんな集まれ」
子供達が集合して何やら内緒話を始める。特にもめもせず話し合いは終わったようで、皆でゼフィールの方を向くと手を振りだした。
「問題無いという結論になった。だから、寝る。兄、またな」
口々にお休みと言いながら子供達が居住区へと帰って行く。それを見送り、後ろ姿が見えなくなるとゼフィールは踵を返した。
大岩の上に戻るつもりではあるが、その前に、立ち並ぶ細木の前で足を止める。しばらく黙って待っていてみたが何の反応もない。仕方がないのでこちらから声をかけた。
「いつまで隠れてるんだ?」
「バレてた? 子供達に先を越されて、出て行くタイミングが分からなくなっちゃって」
細木の陰からバツが悪そうにユリアが出てくる。彼女は手に持ったバナナ葉の包みを所在無げに弄びながら、どうしたものかと困り顔だ。
ちょっとした期待を込めながら、ゼフィールはユリアの手元の包みを指さした。
「それ、俺のために持ってきてくれた飯だったり?」
「だって、あんた食事に来ないんだもの。でも、さっきお腹いっぱいって言ってたし」
「ビスケットなんかはここじゃ珍しいから、子供達に食べさせたかったんだ。全然足りてないし、貰えるか?」
ユリアに手を差し出す。
「そうなの? それじゃあ、はい」
ホッとした表情で彼女が小包を渡してくる。それを受け取ると、ゼフィールは大岩を眺めながらユリアに問いかけた。
「のんびりしたいから大岩の上に戻るが、ユリアも来るか?」
「私も?」
少しだけ悩むようにユリアは大岩を見ると、そのまま視線をゼフィールに向ける。
「ゼフィールいつもあそこにいるけど、そんなに好きなの?」
「空が近いから気持ちがいいんだ」
「ふーん。それなら登ってみようかしら」
言うが早いか、ユリアは大岩の方へ向かって歩き出す。そんな彼女の腰を抱いてゼフィールは空へ浮かび上がった。
「登る必要はない。俺が連れて行くからな」
「は? え? って、きゃあ!」
足場を失くしたユリアがきつくゼフィールにしがみついてくる。
自分の意思で飛んでいるゼフィールは何ともないが、浮かされている側としてはやはり怖いのだろうか。
大岩の上に着くとユリアを放し、転んで落ちてしまわぬよう座らせた。ゼフィールも傍らに座るとバナナの包みを開く。中に入っているのは蒸したバナナに豆、少しだが、ビスケットとドライフルーツまである。
差し入れをしたとはいえ、蛇沼の食料不足解消にはほど遠い。そんな中で、これだけの物を取り分けてくるのは周囲の目が痛かったに違いない。
「ユリア」
「うん?」
「ありがとう」
「うん」
最低限の礼だけ言って食べ物を摘まむ。もっと礼を言っても良かったが、彼女は苦労したなどとは認めないだろう。だから、今はこれでいい。
ゼフィールの食べる様子を眺めながら、ユリアがぽつりと呟く。
「ゼフィール、《シレジア》に帰ってから色々できるようになったわよね。ダンスもだけど、いつの間にか空も飛べるようになってるし」
「伊達に勉強ばかりしてないからな。講師陣も優秀なんだよ」
「そんなものなの?」
「そんなものだよ」
当たり障りのないよう答えを返す。
本当は継承で知識と力を得たのが大きいのだが、それは言えない。
それに、ダンスのステップに関しては古い記憶で知っていたが、《ドレスデン》に行く前に一通り教育も受けた。問題無いと確認する程度で終わってしまったが、講師が付いたのは確かだ。嘘はついていない。
「ふーん」
ユリアが納得した様子はない。けれど、それ以上突っ込んでもこない。明確な答えは返ってこないと体感的に分かっているのだろう。付き合いが長いとこういう時に楽だ。
差し入れを平らげて一息つくと、ゼフィールは再び鎮魂歌を奏で始めた。
ゆったりと音色だけが流れる。
ユリアと二人で過ごすのは久しぶりだった。ゼフィールは何もなければここにいるのが常だったし、蛇嫌いのユリアは用が無ければ外へ出ない。
場所は違えど、今の状況は在りし日の《シレジア》での日常と同じだ。このように過ごせる時間は、最近の生活の中にあってとても貴重に感じられる。
「たくさん、亡くなったわね」
ぽつりとユリアが呟いた。
「そうだな」
「ご飯に来なかったのはなんで?」
「曲を弾いてたら忘れてた」
「何か隠してるでしょ?」
「別に――」
弦を弾く手をユリアに押さえられた。
「あんたが食事に来ないから、他の人に理由を聞いたら顔を逸らされたの。しつこく聞くと怒り出す人もいたし。それに、さっきの子達が言ってた、死ねとかいなくなるとか、どういうこと?」
ユリアは身体を乗り出し気味にして真面目な表情で見つめてくる。随分と一緒に過ごしてきたが、彼女がゼフィールの演奏を邪魔して何かを訴えてきたのは初めてだ。それだけ真剣なのだろう。
(はぐらかすのは無理か)
ゼフィールは竪琴を膝の上に置き、ユリアに向き合った。
「大人達と少し喧嘩をして居心地が悪かっただけだ。俺が彼らの気持ちも知らずに我儘を言って、怒らせてしまったからな」
「隠してる事、それだけじゃないわよね?」
「? 今晩の騒動に関しては、それが全てだと思うが」
「えーと、なんて言えばいいの?」
困ったようにユリアは上を向いた。何か言いたいことがあるのだろう。しかし、それがまとまっていなくて上手く表現できない。そんな感じだ。
「おーい、ゼフィールー」
次の言葉を待っていると名を呼ぶ声が聞こえた。
(今日はよく呼ばれる日だな)
大岩の下を覗きこむ。そこにはカーラがいて、こちらを仰ぎ見ていた。岩を登って来るようなら宙に浮かせようかとも思ったが、彼女は口元に手を当てると、そこから話の続きを言う。
「あいつらには一言言っておいたから、明日はちゃんと飯に来なよ。てか、あんたがいないと、ガキ共とユリアがうるさくてかなわなくてさ。んじゃ、それだけ」
手を軽く上げながら、彼女はさっさとその場を去って行った。
随分と無骨な態度ではあるが、ゼフィールと住人達の間を取り持ってくれたのかもしれない。
粗雑で荒っぽいが、カーラの言動は仲間を想う優しさにあふれている。
もしカーラが器であるのなら、ゼフィールは住民達から彼女を奪わなければならない。その時受ける罵りは、きっと、今と比べ物にならないものになるだろう。
今度は子供達すら味方につくまい。
そう思うと、なんとも寂しい。
「また、何か抱え込んでるんでしょ?」
唐突に、ユリアに頬をつつかれた。
「どうしてそう思うんだ?」
「いつからか分かんないけど、ふとした時に、ゼフィール、すっごく寂しそうな目をするようになったの。一緒に笑っていても急に冷めて、自分だけその場にいないみたいな顔になるのよ? 今のはちょっと違う気もするけど、やっぱりすごく悲しそうな顔をしてたわ」
「俺、そんな顔してたか?」
「してたわ」
ゼフィールは己の顔に触れる。自分のことなのに、気付きもしなかった。
(自分だけそこにいない、か)
的確すぎるユリアの表現に脱帽する。
黄昏を乗り越えた後の未来、ユリア達は変わらず笑っているだろう。しかし、そこにゼフィールはいない。今、同じ時を生きている誰の未来とも彼の未来は交わらない。
器であることを割り切ったつもりだった。これは贖罪で、救いなのだと思い込みまでした。けれど、心の奥底では、自分だけいない未来がどうしようもなく寂しかった。
それが無意識に表情に出ていたとは、なんとも間抜けな話だ。
生きたいのだろう。
そんなこと、最初から分かっていた。分かっていたから、わざと本心から目を背け、気付かない振りをしてきた。なのに、こんな風に目の前に突き付けられてしまっては、それもできない。
気付きたくなかった。
生に未練があると気付いては贄になる決心が揺らいでしまう。
ゼフィールは傍らに座るユリアに腕を回し、自らのもとへ抱き寄せた。ユリアの身体が固くなり、慌てる気配が伝わってくる。
「ちょっと、ゼフィール!?」
「何もしないから。……少しだけこうさせていてくれ。俺が逃げ出さないように力を分けて欲しい」
「……」
抱き寄せた時こそ抵抗したユリアだったが、すぐに抗うのを止めた。しばらくじっとしていた彼女も、おずおずとゼフィールの背に腕を回し、優しく抱きしめる。大丈夫、大丈夫。と囁きながら背を撫でてくれる手が暖かい。
「今は無理だが、時が来たら全て話す。だから、待っていてくれるか?」
「それなら許してあげる。絶対よ?」
無言で頷き、ゼフィールはユリアの髪に顔を埋めた。
腕の中の愛おしい温もりを守りたい。それが命を捧げる最大の理由。そんな馬鹿が一人くらいいてもいいではないか。
月明かりが優しく闇夜を照らす。
その下でゼフィールは鎮魂歌を奏でていた。居場所は、もはや定位置となった大岩の上だ。
立場は違えど昼間の死は痛ましい。
死者達が、せめて、安らかに眠れるようにと祈りを紡ぐ。
そうしていると、空からフレースヴェルグが降りてきた。そこが落ち着くのか、彼はゼフィールの頭の上に留まる。
『やはりこの地の魔力が最も強い。奴がいるとしたらここだろうな』
『いるんなら、なんで出てこないんだ? ニーズヘッグも今の状況は分かっているはずだろう?』
『分からぬ。昔から何を考えているか分からん奴だったからな』
それだけ言うと、フレースヴェルグは再びどこかへ飛んで行った。
カーラの言っていたとおり、この地には蛇が多い。水場やちょっとした陰、そこかしこで蛇の姿を見かける。
しかし、肝心のニーズヘッグが見つからない。漆黒の鱗を持つ特徴的な蛇なので、誰かが見かけていてもいいと思うのだが、目撃情報すら無かった。
「おーい、兄ちゃーん」
大岩の下から声が聞こえた。ゼフィールが覗きこんでみると、子供達がこちらを見上げ手を振っている。用があるようなので下に降り、しゃがんで子供達と目線を合わせた。
「もう寝る時間だろう? こんな時間にどうしたんだ?」
「兄ちゃん晩飯に来なかったから腹減ってるだろうと思ってさ。コレ」
「あたしも、少しだけど」
「ん」
子供達が握りしめた食べ物をゼフィールに差し出してくる。
それは潰れた蒸しバナナであり、焼いた肉の欠片であり。意外にも、欠けたビスケットやドライフルーツまであった。
「ビスケットがあるな。どうしたんだ?」
「これ、ビスケットって言うのか? なんか、食べ物を沢山くれた人がいたんだって。で、その中に入ってたらしいんだ。食ってみたら凄い美味かったから、兄ちゃんにも食わせてやりたくてさ!」
「そうか。お前達は優しいな」
気持ちが嬉しくて子供達の頭を優しく撫でる。折角なので、彼等の持ってきてくれた物を頂くことにした。肉はきついのだが、それだけ断るわけにもいかない。少量だったのでなんとか飲み込んだ。
ビスケットを受け取ると半分に割る。片割れだけは食べて、残りは持ってきた子に返した。ドライフルーツも一粒だけ貰い、残りは子供達に分ける。
子供達は嬉しそうに目を輝かせ食べていたが、中には利発な子もいる。一人の少女がおずおずとゼフィールを見上げてきた。
「お兄ちゃん、それだけでいいの?」
少女の言葉に他の子達も何かを思ったのだろう。「どうしよう、俺もう食べちゃった」とかなんとか騒ぎ出した。
子供達に食べさせたくて返したのに、気を使われても困る。ゼフィールは慌てふためく子達の頭を撫で落ち着かせ、最後に利発な少女の頭を撫でた。
「俺はもう腹いっぱいだからお前達が食べてくれると嬉しい。で、食べ終わったらさっさと帰って、大人達に見つかる前に寝るんだ」
「うん」
ようやく安心したのか、少女も握り締めたままだったドライフルーツを嬉しそうに口に放り込んだ。
それで持ってきた食料は全てのはずだった。しかし、子供達は中々帰らない。お喋りを始めてしまい、放っておけばダラダラとここにいそうな気配すらある。
(連れて帰らないと駄目かもしれないな)
ゼフィールは小さく肩を落とす。本当は大人達に遭遇しそうな場所には近付きたくないのだが、そうも言っていられない。諦めて立ち上がると、子供達の背を軽く押した。
「ほら、帰る約束だっただろう?」
「兄、死ぬの?」
唐突に、一人の少女がゼフィールの服を引っ張った。それを皮切りに、他の子達も彼にしがみついてくる。
「俺、兄ちゃん好きだぜ。だから死ぬなよ」
「あたしも」
「お前達何を言ってるんだ?」
わけが分からず、ゼフィールは子供達を見回した。彼らは至って真面目な表情でこちらを見つめている。
「大人達、兄に死ね言った。でも、それ、嫌」
「昼間の話を聞いていたのか……」
「まぁさ。兄ちゃんは俺達が守ってやるよ。俺等大人達には強いんだぜ?」
自慢げに少年が胸を叩く。
「うんうん」
隣にいた少女も追従して首を縦に振った。我も我もと子供達が同意する。彼等に共通しているのが、ゼフィールを守ろうという意思だ。
実際そんなことはさせられないし、できる力も子供達は持っていない。けれど、気持ちが嬉しい。一人一人抱き締めて礼を言いたいくらいだ。
しかし、子供達と大人達を不仲にさせるわけにはいかない。
ゼフィールは気持ちをぐっと抑え込み、平静を装いながら子供達を居住区の方へ進むよう促した。
「心配されなくても俺は死なない。昼間のは、大人達がちょっと勢いで言ってしまっただけだ。お前達の喧嘩と同じだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。だから、お前達が心配するような事じゃない」
「お兄ちゃん、いなくならないの? 明日も、明後日も」
「ああ。だから、心配せずにお休み」
「兄、ちょっと待って。みんな集まれ」
子供達が集合して何やら内緒話を始める。特にもめもせず話し合いは終わったようで、皆でゼフィールの方を向くと手を振りだした。
「問題無いという結論になった。だから、寝る。兄、またな」
口々にお休みと言いながら子供達が居住区へと帰って行く。それを見送り、後ろ姿が見えなくなるとゼフィールは踵を返した。
大岩の上に戻るつもりではあるが、その前に、立ち並ぶ細木の前で足を止める。しばらく黙って待っていてみたが何の反応もない。仕方がないのでこちらから声をかけた。
「いつまで隠れてるんだ?」
「バレてた? 子供達に先を越されて、出て行くタイミングが分からなくなっちゃって」
細木の陰からバツが悪そうにユリアが出てくる。彼女は手に持ったバナナ葉の包みを所在無げに弄びながら、どうしたものかと困り顔だ。
ちょっとした期待を込めながら、ゼフィールはユリアの手元の包みを指さした。
「それ、俺のために持ってきてくれた飯だったり?」
「だって、あんた食事に来ないんだもの。でも、さっきお腹いっぱいって言ってたし」
「ビスケットなんかはここじゃ珍しいから、子供達に食べさせたかったんだ。全然足りてないし、貰えるか?」
ユリアに手を差し出す。
「そうなの? それじゃあ、はい」
ホッとした表情で彼女が小包を渡してくる。それを受け取ると、ゼフィールは大岩を眺めながらユリアに問いかけた。
「のんびりしたいから大岩の上に戻るが、ユリアも来るか?」
「私も?」
少しだけ悩むようにユリアは大岩を見ると、そのまま視線をゼフィールに向ける。
「ゼフィールいつもあそこにいるけど、そんなに好きなの?」
「空が近いから気持ちがいいんだ」
「ふーん。それなら登ってみようかしら」
言うが早いか、ユリアは大岩の方へ向かって歩き出す。そんな彼女の腰を抱いてゼフィールは空へ浮かび上がった。
「登る必要はない。俺が連れて行くからな」
「は? え? って、きゃあ!」
足場を失くしたユリアがきつくゼフィールにしがみついてくる。
自分の意思で飛んでいるゼフィールは何ともないが、浮かされている側としてはやはり怖いのだろうか。
大岩の上に着くとユリアを放し、転んで落ちてしまわぬよう座らせた。ゼフィールも傍らに座るとバナナの包みを開く。中に入っているのは蒸したバナナに豆、少しだが、ビスケットとドライフルーツまである。
差し入れをしたとはいえ、蛇沼の食料不足解消にはほど遠い。そんな中で、これだけの物を取り分けてくるのは周囲の目が痛かったに違いない。
「ユリア」
「うん?」
「ありがとう」
「うん」
最低限の礼だけ言って食べ物を摘まむ。もっと礼を言っても良かったが、彼女は苦労したなどとは認めないだろう。だから、今はこれでいい。
ゼフィールの食べる様子を眺めながら、ユリアがぽつりと呟く。
「ゼフィール、《シレジア》に帰ってから色々できるようになったわよね。ダンスもだけど、いつの間にか空も飛べるようになってるし」
「伊達に勉強ばかりしてないからな。講師陣も優秀なんだよ」
「そんなものなの?」
「そんなものだよ」
当たり障りのないよう答えを返す。
本当は継承で知識と力を得たのが大きいのだが、それは言えない。
それに、ダンスのステップに関しては古い記憶で知っていたが、《ドレスデン》に行く前に一通り教育も受けた。問題無いと確認する程度で終わってしまったが、講師が付いたのは確かだ。嘘はついていない。
「ふーん」
ユリアが納得した様子はない。けれど、それ以上突っ込んでもこない。明確な答えは返ってこないと体感的に分かっているのだろう。付き合いが長いとこういう時に楽だ。
差し入れを平らげて一息つくと、ゼフィールは再び鎮魂歌を奏で始めた。
ゆったりと音色だけが流れる。
ユリアと二人で過ごすのは久しぶりだった。ゼフィールは何もなければここにいるのが常だったし、蛇嫌いのユリアは用が無ければ外へ出ない。
場所は違えど、今の状況は在りし日の《シレジア》での日常と同じだ。このように過ごせる時間は、最近の生活の中にあってとても貴重に感じられる。
「たくさん、亡くなったわね」
ぽつりとユリアが呟いた。
「そうだな」
「ご飯に来なかったのはなんで?」
「曲を弾いてたら忘れてた」
「何か隠してるでしょ?」
「別に――」
弦を弾く手をユリアに押さえられた。
「あんたが食事に来ないから、他の人に理由を聞いたら顔を逸らされたの。しつこく聞くと怒り出す人もいたし。それに、さっきの子達が言ってた、死ねとかいなくなるとか、どういうこと?」
ユリアは身体を乗り出し気味にして真面目な表情で見つめてくる。随分と一緒に過ごしてきたが、彼女がゼフィールの演奏を邪魔して何かを訴えてきたのは初めてだ。それだけ真剣なのだろう。
(はぐらかすのは無理か)
ゼフィールは竪琴を膝の上に置き、ユリアに向き合った。
「大人達と少し喧嘩をして居心地が悪かっただけだ。俺が彼らの気持ちも知らずに我儘を言って、怒らせてしまったからな」
「隠してる事、それだけじゃないわよね?」
「? 今晩の騒動に関しては、それが全てだと思うが」
「えーと、なんて言えばいいの?」
困ったようにユリアは上を向いた。何か言いたいことがあるのだろう。しかし、それがまとまっていなくて上手く表現できない。そんな感じだ。
「おーい、ゼフィールー」
次の言葉を待っていると名を呼ぶ声が聞こえた。
(今日はよく呼ばれる日だな)
大岩の下を覗きこむ。そこにはカーラがいて、こちらを仰ぎ見ていた。岩を登って来るようなら宙に浮かせようかとも思ったが、彼女は口元に手を当てると、そこから話の続きを言う。
「あいつらには一言言っておいたから、明日はちゃんと飯に来なよ。てか、あんたがいないと、ガキ共とユリアがうるさくてかなわなくてさ。んじゃ、それだけ」
手を軽く上げながら、彼女はさっさとその場を去って行った。
随分と無骨な態度ではあるが、ゼフィールと住人達の間を取り持ってくれたのかもしれない。
粗雑で荒っぽいが、カーラの言動は仲間を想う優しさにあふれている。
もしカーラが器であるのなら、ゼフィールは住民達から彼女を奪わなければならない。その時受ける罵りは、きっと、今と比べ物にならないものになるだろう。
今度は子供達すら味方につくまい。
そう思うと、なんとも寂しい。
「また、何か抱え込んでるんでしょ?」
唐突に、ユリアに頬をつつかれた。
「どうしてそう思うんだ?」
「いつからか分かんないけど、ふとした時に、ゼフィール、すっごく寂しそうな目をするようになったの。一緒に笑っていても急に冷めて、自分だけその場にいないみたいな顔になるのよ? 今のはちょっと違う気もするけど、やっぱりすごく悲しそうな顔をしてたわ」
「俺、そんな顔してたか?」
「してたわ」
ゼフィールは己の顔に触れる。自分のことなのに、気付きもしなかった。
(自分だけそこにいない、か)
的確すぎるユリアの表現に脱帽する。
黄昏を乗り越えた後の未来、ユリア達は変わらず笑っているだろう。しかし、そこにゼフィールはいない。今、同じ時を生きている誰の未来とも彼の未来は交わらない。
器であることを割り切ったつもりだった。これは贖罪で、救いなのだと思い込みまでした。けれど、心の奥底では、自分だけいない未来がどうしようもなく寂しかった。
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生きたいのだろう。
そんなこと、最初から分かっていた。分かっていたから、わざと本心から目を背け、気付かない振りをしてきた。なのに、こんな風に目の前に突き付けられてしまっては、それもできない。
気付きたくなかった。
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ゼフィールは傍らに座るユリアに腕を回し、自らのもとへ抱き寄せた。ユリアの身体が固くなり、慌てる気配が伝わってくる。
「ちょっと、ゼフィール!?」
「何もしないから。……少しだけこうさせていてくれ。俺が逃げ出さないように力を分けて欲しい」
「……」
抱き寄せた時こそ抵抗したユリアだったが、すぐに抗うのを止めた。しばらくじっとしていた彼女も、おずおずとゼフィールの背に腕を回し、優しく抱きしめる。大丈夫、大丈夫。と囁きながら背を撫でてくれる手が暖かい。
「今は無理だが、時が来たら全て話す。だから、待っていてくれるか?」
「それなら許してあげる。絶対よ?」
無言で頷き、ゼフィールはユリアの髪に顔を埋めた。
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トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
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エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
大和型戦艦、異世界に転移する。
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第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
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