白花の咲く頃に

夕立

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終章 ユグドラシル

6-2 封印 後編

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「ユリア。少し息苦しくなるかもしれないが許してくれ」

 ゼフィールは呟くと、魔力を紡ぐことに集中する。

「過ぎたる力、我が権限にて縛らん。地よ、その腕でこの者を優しく受け止めよ。風よ、我が言葉を疾くこの者へ届けよ。力よ、火の如く照り輝き、清らかな水の如く流れ行け。我は言霊に四重の力を乗せる。古の力よ、我が言に従い深く沈め――」

 言葉の一言一言に魔力を込め、ユリアの力を封じる楔として打ち込む。
 詠唱が進むとユリアが苦しそうに胸を抑えた。彼女は小さなうめき声をあげ、助けを求めるように手を伸ばしてくる。かと思うと、怒りの表情で寝台を殴りつけた。
 封印に抵抗しようと暴れているのだろうが、どう見ても力に振り回されている。そんなユリアを見るのは実に忍びない。

 詠唱が終わり、ゼフィールは指先に力を入れた。
 今は開いている手の平で拳を握りこめば封印は完成する。これで彼女の憐れな姿も見ずに済む。そう思ったのだが――。
 指が途中で動かなくなった。
 凄まじい抵抗に閉じかけていた指も押し戻され、そこから一進一退を繰り返すようになってしまう。

(不安定ながらもアテナの力。そう簡単には封じられないか)

 額から汗が流れる。
 あれだけ暴れていたユリアも大人しくなっていた。瞬きすらせず、真っ直ぐにゼフィールを見つめてくる。その顔はとても冷たく、彼女がいつも振りまいている温かみは微塵もない。
 暴走する力が人格すら押し流してしまっているのだろう。

 そんな状態から彼女を救い出すことすら出来ない自分がもどかしくて、ゼフィールは奥歯を噛んだ。

「ユリ……ア!」
『手こずっているようだな。ウラノスよ、手を貸そう』

 割れた窓から大鷲が入ってきた。彼は寝台の上に降り立つと、ユリアの方を向き翼を広げる。
 すると、彼女の抵抗が和らいだ。ゆっくりだが指が閉じ出す。

 力の均衡を崩したのがフレースヴェルグだとユリアにも分かったのだろう。彼女が目の前の大鷲を睨みつけた。それだけでは飽き足らぬのか、前のめりに身体を動かす。
 振り上げられた腕にフレースヴェルグが殴られそうになった瞬間、ユリアの背後から出てきたニーズヘッグが彼女に触れた。

 途端にゼフィールの拳が完全に閉じる。
 最後は一瞬だった。何の抵抗も無く、容易く閉じた。
 ユリアはと見てみると、糸が切れたかのように寝台の上にぐったりと崩れている。
 ニーズヘッグは逃げるように去っていくところだった。

 ニーズヘッグの動きが気になるが、今はユリアだ。寝台に駆け寄ってみると、汗だくのゼフィールに負けず劣らず彼女もグッショリになっていた。汗で顔に貼りついた髪を横に流してやり、頬を軽く叩く。

「大丈夫か?」
「……ケホッ」

 ユリアが小さくむせた。軽い咳が続いていたので、ゼフィールは横に座り、軽く背をさすってやる。しばらくすると彼女の咳もおさまり、ユリアがゆっくりとこちらを向いた。
 呆けた顔はいつものユリアのように思える。なるべく優しく、ゼフィールは彼女に尋ねた。

「俺が誰だか分かるか?」
「ゼフィールでしょ?」

 不思議そうにユリアは目をしばたく。とても疲れているようだが、その雰囲気は穏やかで、先程までの激情は見られない。力を封じたことで感情も落ち着いたようだ。

(ひとまずこれで大丈夫か)

 安心したらゼフィールの肩から力が抜けた。やたらと疲れたし、ユリアの横に寝転びたい気分だが、動きたくなくなりそうなので自制する。
 出入り口からリアンが様子を見ていたので、彼に一つ頼み事をした。

「リアン。ユリアが好きな飲み物の中で、落ち着くやつを何か持ってきてくれ」
「うわ。すっごい丸投げ。まぁ、いいけどさ。すぐに用意するからちょっと待ってて~」

 文句は言いながらもどこか嬉しそうにリアンは駆けて行った。そんな彼を見送ると、ゼフィールはユリアに微笑みかける。

「《ブレーメン》ではハードな生活だったからな。疲れも溜まっているだろう? 今リアンが飲み物を持って来る。それを飲んだら湯でも浴びて、飯を食べて、眠ければ寝て。まずは身体を休めよう」
「ここ、《ブレーメン》じゃないの?」

 ユリアが身体を起こしながら部屋を見回す。

「ユリアが寝ている間に帰ってきた。蛇沼から《ブレーメン》城に跳んだアレだ。便利だろう? ある意味、俺は究極の運び屋だぞ」
「ゼフィールが本気で運び屋始めたら、お世話になった商隊も商売あがったりになっちゃうわね」
「それは困るな。これで商売をするのは止めておこう」

 クスクスとユリアが笑いを零した。つられてゼフィールの口元も綻ぶ。けれど、部屋の様子が目に入ってしまい、眉をひそめた。

(静かに寝ていたはずのユリアがなぜ急に暴走した? 悪夢でも見たのか、それとも起きてから何かあったのか)

 ユリアの魔力は封じたので、このような惨事はもう起こらないだろう。しかし、魔力の暴走を伴う程の錯乱状態に陥った理由が分からない。

「なぁ、ユリア。なんであんなに錯乱してたんだ?」
「錯乱?」

 言われたことが分からない様子でユリアは目をぱちぱちさせる。小首を傾げてしばらく何かを考えていたようだったが、突然目を大きく見開いた。

「そう言えば、蛇! あいつ、まだそこら辺にいるんじゃないの!?」

 ユリアが豪快に寝具をはねのけゼフィールの背に飛びつく。そして、やたらと周囲を警戒し始めた。何を恐れているのかは丸分かりなのだが。
 飛んできた寝具をどかしながら、フレースヴェルグがぼやいた。

『我は一部始終を見ていたぞ。その娘が目を覚ました時、あの蛇がその娘の腹の上に乗っていてな。それに気付いた娘は大混乱。蛇は大慌てで逃げおった。奴なら娘の力も抑えられただろうに、迷惑な奴だ』
『まて、ニーズヘッグならユリアの魔力を抑えられたのか? なら、なぜ最初から止めなかった?』
『我もだが、器に干渉するには器に触れていなければならぬ。娘が蛇を近寄らせなかったからな。どうしようもなかったのだろう』
『あー。なるほど……』

 その様がありありと想像できてしまい、ゼフィールは頭を抱えた。
 ニーズヘッグが寝起きの彼女を暴走させてしまい、どうしようもなくなって逃げ隠れた。そこにゼフィールが来たので、隙を見て彼女の力を抑え、また隠れたというのが事の顛末だろう。封印の最後に抵抗が無くなったのは、ニーズヘッグがユリアの力を抑えたからに違いない。

 下を向いた拍子に、寝台の下部から少しだけ頭を出しているニーズヘッグと目があった。ゼフィールを見上げる瞳は、心持申し訳なさそうに見える。

(お前達、もう少しどうにかならないのか?)

 どうしようもないことだと分かっていても溜め息が出る。

「ユリアお待ちどう様~」

 リアンが飲み物を盆に乗せて帰ってきた。今帰ってきたばかりだが、ゼフィールの分の飲み物も取ってきて貰おうかという考えが頭に浮かぶ。
 汗だくになって頑張ったのだ。ままならぬ事態に、少しばかりリアンに八つ当たりしてもバチは当たらない気がした。
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