被害妄想プリンス

オトバタケ

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 高校に入学して一週間が経った。新しい制服にはまだ慣れないけれど、初日に遅刻しそうになるくらい苦戦していたネクタイは、だいぶスムーズに結べるようになった。
 俺は今、屋上のフェンスに寄りかかり、ブレザーと同じ濃い水色の空を眺めて焼きそばパンをかじっている。ほんのり甘い香りがする春風が、ちょっと歪んだネクタイを時折揺らしていく。

「あの馬鹿、なに入学早々インフルエンザにかかってんだよ」

 中学から一緒で、高校でも同じクラスになれた親友の相川が、今日は休みなのだ。
 同じ中学からこの高校に来た奴は少なくて、同じクラスには相川しかいない。初対面の奴と仲良くなるのに時間がかかる俺は、まだクラスメイトと殆ど話していない。
 人懐っこい相川が潤滑油になってくれないと、俺はなんにも出来ない。高校に入ったら、なんでも一人で出来る大人の男になろうって思ってたのにな……。
 教室で一人で昼飯を食うのに耐えきれなくて、屋上に逃げてきてしまった自分に溜め息が漏れる。すると、眼下の中庭から楽しそうな笑い声が響いてきた。
 寂し……くなんかないもんね!
 コンクリートの床に寝そべり、雲一つない空を見上げる。
 あぁ、体を撫でていく風が気持ちいい。あれ、一つだけちっちゃい雲が浮いている。
 寂しげに漂う雲に自分が重なってしまい、また溜め息が漏れる。

 気分を変えるべくむくりと起き上がり、野菜ジュースをとろうと手を伸ばした瞬間、吹き抜けた突風によってジュースの紙パックが飛ばされていった。それを目で追うと、貯水タンクにもたれ掛かり本を読んでいる人がいるのをみつけた。
 透明に近い金色の髪、透き通るような白い肌。美しいという形容詞は、この人のために作られたのではないかというほどの整った顔をした人だ。
 さっきの突風で舞い散った花吹雪に包まれていて、なんだか絵本の中の王子様を見ているみたいだ。
 幻想的な光景に見とれていると、王子様みたいな人と目が合った。
 やべっ、見てたのがバレた。
 なんだか恥ずかしくなって、急いで目を逸らす。

「これ、君のかい?」

 柔らかな中低音の声をかけられて振り向くと、王子様みたいな人が、さっき飛ばされたジュースの紙パックを俺に差し出していた。

「あ、すいません。風で飛ばされちゃって」
「それならいいんだ。俺はてっきり、あそこで読書をしてるのが気に入らなくて投げつけられたのかと思ったよ」
「はい?」

 何言ってんの、この人?
 俺が怪訝そうな顔をしたのに気付いたのか、気にしないでくれ、と目を伏せたその人。
 入学式では、こんな王子様みたいな人は見なかったから先輩なのかな。しかし、綺麗な顔してんな。顔ちっちゃくて、手足長げぇ。ハーフなのかな?
 男でも見惚れるほどだから、女子からはモテモテなんだろうな。俺なんか、クラスメイトに挨拶しても、誰?って顔をされるくらい印象に残んない平凡過ぎる顔で悲しくなるよ。
 俺より十センチくらい高いだろう王子様みたいな人を見つめて色々考えていたら、伏せられていた目が俺を捉えた。
 翡翠のような瞳に、平凡な俺の顔が映っている。

「君、綺麗だね」
「え?」
「その黒髪」

 王子様みたいな人の細い指が、俺の髪に触れた。
 顔に熱が集まっていくのが分かる。絶対、真っ赤な顔をしている。
 いくら王子様みたいなイケメンだからって、男に触られて赤面するとかあり得ない! 恥ずかし過ぎる! 逃げたい!
 しかし、金縛りにかかったみたいで体が動かない。

 キーンコーンカーンコーン

「あ、もう戻らないと」

 昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いたその人は、足早に階段へと消えていった。
 その姿が見えなくなり、金縛りにあっていた体がやっと自由を取り戻した。
 何、アレ? 胸に手をあてると、心臓がここから出せ!と言わんばかりに騒いでいる。
 って、何ドキドキしてんの、俺? あぁ、アレだ、アレはあの王子様みたいな人の国の挨拶なんだよ。
 うんうん、と自分を納得させるように頷き、両頬をパチンとひと叩きする。

「やべっ、急がねーと授業に遅れる」

 やっと夢うつつを脱した俺はそう呟き、王子様みたいな人が去っていった階段へと駆けていく。
 これが、俺と先輩の出会いだった。
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