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「おっはよー!」
ネクタイを結ぶのに手間取って小走りで登校して教室に入ると、三日間空席だった前の席に相川の姿があった。
いつも通りの人懐っこい笑顔を向けられ、なんだか安心して頬が緩んでしまう。
「俺がいなくて寂しかったでちゅか~? もぉ大丈夫でちゅからね、ルナちゃ~ん」
「気色わりぃなぁ。全然寂しくなんかなかったし。つーか、名前で呼ぶな」
赤ちゃんをあやすように、俺の頭をクシャクシャ撫でてくる相川の手を払う。
そうなんだ、俺の名前はルナ。月と書いて、ルナ。
苗字は蒼井。こんな平凡な顔をしているのに、蒼井月なんて、セクシー女優みたいな名前なのだ。
そして、目の前で「暴力はんたぁ~い」と体をクネクネさせてオネェになってるのが、相川翔。
うちの母さんが推している硬派俳優と同姓同名だ。明るい茶髪に緩いパーマを当てている、チャラ男を絵に書いたようなルックスなのにだ。
性に興味を持ち始める奴が増えだした小五の頃から、クラスメイトに名前をからかわれるようになった。女子なんか、汚いものを見るような目付きで俺を見てきた。
中一で相川と同じクラスになって、今みたいに前後の席になり、自己紹介をして名前のことを愚痴り合い、すぐに意気投合した。
コンプレックスの塊だった俺が、それなりに楽しい中学生活を送れたのは、常に傍らにいて笑ってくれていた相川のお陰なのだ。
「冗談抜きで、一人で平気だったか?」
椅子に逆向きで座り、椅子の背の上で組んだ腕に顎を乗せた相川が心配そうに聞いてくる。
俺と違い、どんぐり眼で鼻が高くてアヒル口で、女子から「可愛い~」とか言われちゃっている美男子の相川。女好きで、すぐに彼女が変わる見た目通りのチャラ男だけど、凄く友達思いで優しかったりする。
「まぁ、なんとか」
昼飯は屋上に逃げちゃったけどな。
そういえば、相川のいない間は、ずっと屋上で昼飯を食っていたけれど、初日以外あの王子様みたいな人には会わなかったな。あれは、白昼夢だったのだろうか?
「なぁ、この学校に金髪の人っているか?」
「金髪? あぁ、孤高のプリンスのことか?」
三年に兄貴がいる相川に尋ねてみると、少し考えた後、思い出したように言った。
「何、その孤高のプリンスって?」
「二年に超美形のハーフがいるんだって。スタイル抜群、頭脳明晰、運動神経も抜群、絵も上手くて、ピアノはプロ級らしい。人を寄せ付けないオーラがあって、いつも一人で本を読んでっから、孤高のプリンスって呼ばれてるんだってさ」
「す、凄い人だな……」
そんな人が実在するんだ。あの王子様みたいな人を思い返すと、確かにミステリアスな感じがしたな。
「俺もまだ見たことないからどんな顔か知らねぇんだけど、確か名前が……」
「ホームルームを始めるぞ」
相川の話の途中で教室に担任が入ってきて、ホームルームが始まった。
その日は、相川のお陰でクラスメイトとも少しだけ打ち解けることが出来て、楽しい高校生活が送れるかもって胸が弾んだ。
「俺、バイトあるから先帰るな」
「あぁ、また明日」
放課後、高校に入ってからガソリンスタンドでバイトを始めたという相川を見送る。
アイツ、病み上がりなのにバイトなんか行って大丈夫なのか? 休んだら、俺、また独りぼっちになっちゃうじゃん。
駄目だな、俺、相川に甘えてばっかりで。これじゃ、いつまで経ってもコンプレックスの塊のまんまじゃん。
誰もいなくなった教室で深い溜め息を一つつくと、四階へと向かう。担任に頼まれて、社会科資料室に参考書を返しに行く為だ。
辿り着いた社会科資料室の扉をガラリと開ける。六畳程の室内には、真ん中に机と椅子が向かい合わせに二セット置いてあり、両壁一面に置かれた本棚には、社会科で使う本がギュウギュウに詰まっている。
参考書に貼られたシールの番号と同じ番号の場所を探すが、なかなか見つからない。イライラしてきて、適当なとこに入れてさっさと帰ろうと、少し空いてる隙間に本を押し込もうとしていたら、そこが探していた番号の場所で、呆気ない結末に乾いた笑い声を漏らしてしまった。
用事も済んだし、これで正々堂々帰れる。出口に向かおうとした時、本棚に気になる本を見つけた。光沢のある黒い背表紙の分厚い本を手に取り、窓際の席に座って本を開く。
「君、日本刀が好きなのかい?」
急に頭上から声が降ってきて、ビクンと体が跳ねる。
背後に立つ声の主の顔を見上げると、あの孤高のプリンスが俺の読んでいた本を覗いていた。その視線が移動し、翡翠のような瞳に俺が映る。
「また会えたね」
目を細め、はにかむプリンス。
何、その笑顔! 女の子なら、即行恋に堕ちちゃうでしょ! 求められたら、即行パンツ脱いじゃうぞ!
「あの……俺なんかに話しかけられて嫌だったかい? 笑ったりなんかして気持ち悪かったかな?」
口を半開きにして見上げていただろう俺から、視線を逸らしたプリンスが呟く。
「いや、全然嫌じゃないっすよ。先輩も日本刀が好きなんっすか?」
「先輩? 君は一年生?」
「はい」
プリンスの翡翠みたいな瞳が再び俺を捉えると、安心したように笑う。
「それで、君はどんな日本刀が好きなんだい?」
プリンスの雪のように白く細い指が、さっきまで読んでいた日本刀の本を指差す。
日本刀マニアだった祖父の影響で、俺も日本刀が好きだったりするのだ。
「ベタですけど、菊一文字則宗が好きですね」
「見た目の美しさを重視する派か。俺は、備前長船兼光が好きだな」
「業物派ですか」
「あぁ、やはり刀の命は切れ味だからね」
この人、こんな少年みたいな顔して笑ったりもするんだ。さっきまでの月のようなイメージから一転、太陽みたいにキラキラした笑顔で日本刀について語るプリンスを見て、雲の上の人じゃないんだなって、ちょっと安心した。
「あ、自己紹介を忘れていたね。俺は、権藤新右衛門」
ご、ごんどう、しんえもん?
よろしく、と手を差し出すその顔は、カタカナ名しか思い浮かばないほど異国情緒が漂っているのに。
この人も、俺と一緒で名前にコンプレックスを持っているのかもしれない。だから、ちょっと影があって、孤高のプリンスなんて呼ばれているのかもな。
「俺は、蒼井月です」
「ルナ? 月か……。綺麗な黒髪の君に、よく似合う名前だね」
名乗りながら握手に応える俺に、優しく微笑んだプリンスが言う。
俺が名乗ると大概の人は一瞬固まり、その後ひきつった笑顔で「珍しい名前ですね」って言ってくるのに。
「あの……俺と握手したのがそんなに嫌だったかな?」
初めての反応に、どう返したらいいものか考えていると、プリンスが不安げに聞いてきた。
「いえ、全然嫌じゃないっすよ。日本刀を語り合える人に会えて、嬉しいなって考えてただけで……」
「本当かい?」
また太陽みたいにキラキラ輝いた笑顔を浮かべるプリンス。
「だいたい放課後はここで歴史書を読んでいるんだが、君が良ければ、また話をしたいのだけど……」
伏し目がちに、頬を赤らめて聞いてくるプリンス。
「い、いいっすよ」
女の子が「今夜どうかな?」って聞いてくる雰囲気のそれに、吃りながら答えた俺。
これが、俺と先輩のはじまりだった。
ネクタイを結ぶのに手間取って小走りで登校して教室に入ると、三日間空席だった前の席に相川の姿があった。
いつも通りの人懐っこい笑顔を向けられ、なんだか安心して頬が緩んでしまう。
「俺がいなくて寂しかったでちゅか~? もぉ大丈夫でちゅからね、ルナちゃ~ん」
「気色わりぃなぁ。全然寂しくなんかなかったし。つーか、名前で呼ぶな」
赤ちゃんをあやすように、俺の頭をクシャクシャ撫でてくる相川の手を払う。
そうなんだ、俺の名前はルナ。月と書いて、ルナ。
苗字は蒼井。こんな平凡な顔をしているのに、蒼井月なんて、セクシー女優みたいな名前なのだ。
そして、目の前で「暴力はんたぁ~い」と体をクネクネさせてオネェになってるのが、相川翔。
うちの母さんが推している硬派俳優と同姓同名だ。明るい茶髪に緩いパーマを当てている、チャラ男を絵に書いたようなルックスなのにだ。
性に興味を持ち始める奴が増えだした小五の頃から、クラスメイトに名前をからかわれるようになった。女子なんか、汚いものを見るような目付きで俺を見てきた。
中一で相川と同じクラスになって、今みたいに前後の席になり、自己紹介をして名前のことを愚痴り合い、すぐに意気投合した。
コンプレックスの塊だった俺が、それなりに楽しい中学生活を送れたのは、常に傍らにいて笑ってくれていた相川のお陰なのだ。
「冗談抜きで、一人で平気だったか?」
椅子に逆向きで座り、椅子の背の上で組んだ腕に顎を乗せた相川が心配そうに聞いてくる。
俺と違い、どんぐり眼で鼻が高くてアヒル口で、女子から「可愛い~」とか言われちゃっている美男子の相川。女好きで、すぐに彼女が変わる見た目通りのチャラ男だけど、凄く友達思いで優しかったりする。
「まぁ、なんとか」
昼飯は屋上に逃げちゃったけどな。
そういえば、相川のいない間は、ずっと屋上で昼飯を食っていたけれど、初日以外あの王子様みたいな人には会わなかったな。あれは、白昼夢だったのだろうか?
「なぁ、この学校に金髪の人っているか?」
「金髪? あぁ、孤高のプリンスのことか?」
三年に兄貴がいる相川に尋ねてみると、少し考えた後、思い出したように言った。
「何、その孤高のプリンスって?」
「二年に超美形のハーフがいるんだって。スタイル抜群、頭脳明晰、運動神経も抜群、絵も上手くて、ピアノはプロ級らしい。人を寄せ付けないオーラがあって、いつも一人で本を読んでっから、孤高のプリンスって呼ばれてるんだってさ」
「す、凄い人だな……」
そんな人が実在するんだ。あの王子様みたいな人を思い返すと、確かにミステリアスな感じがしたな。
「俺もまだ見たことないからどんな顔か知らねぇんだけど、確か名前が……」
「ホームルームを始めるぞ」
相川の話の途中で教室に担任が入ってきて、ホームルームが始まった。
その日は、相川のお陰でクラスメイトとも少しだけ打ち解けることが出来て、楽しい高校生活が送れるかもって胸が弾んだ。
「俺、バイトあるから先帰るな」
「あぁ、また明日」
放課後、高校に入ってからガソリンスタンドでバイトを始めたという相川を見送る。
アイツ、病み上がりなのにバイトなんか行って大丈夫なのか? 休んだら、俺、また独りぼっちになっちゃうじゃん。
駄目だな、俺、相川に甘えてばっかりで。これじゃ、いつまで経ってもコンプレックスの塊のまんまじゃん。
誰もいなくなった教室で深い溜め息を一つつくと、四階へと向かう。担任に頼まれて、社会科資料室に参考書を返しに行く為だ。
辿り着いた社会科資料室の扉をガラリと開ける。六畳程の室内には、真ん中に机と椅子が向かい合わせに二セット置いてあり、両壁一面に置かれた本棚には、社会科で使う本がギュウギュウに詰まっている。
参考書に貼られたシールの番号と同じ番号の場所を探すが、なかなか見つからない。イライラしてきて、適当なとこに入れてさっさと帰ろうと、少し空いてる隙間に本を押し込もうとしていたら、そこが探していた番号の場所で、呆気ない結末に乾いた笑い声を漏らしてしまった。
用事も済んだし、これで正々堂々帰れる。出口に向かおうとした時、本棚に気になる本を見つけた。光沢のある黒い背表紙の分厚い本を手に取り、窓際の席に座って本を開く。
「君、日本刀が好きなのかい?」
急に頭上から声が降ってきて、ビクンと体が跳ねる。
背後に立つ声の主の顔を見上げると、あの孤高のプリンスが俺の読んでいた本を覗いていた。その視線が移動し、翡翠のような瞳に俺が映る。
「また会えたね」
目を細め、はにかむプリンス。
何、その笑顔! 女の子なら、即行恋に堕ちちゃうでしょ! 求められたら、即行パンツ脱いじゃうぞ!
「あの……俺なんかに話しかけられて嫌だったかい? 笑ったりなんかして気持ち悪かったかな?」
口を半開きにして見上げていただろう俺から、視線を逸らしたプリンスが呟く。
「いや、全然嫌じゃないっすよ。先輩も日本刀が好きなんっすか?」
「先輩? 君は一年生?」
「はい」
プリンスの翡翠みたいな瞳が再び俺を捉えると、安心したように笑う。
「それで、君はどんな日本刀が好きなんだい?」
プリンスの雪のように白く細い指が、さっきまで読んでいた日本刀の本を指差す。
日本刀マニアだった祖父の影響で、俺も日本刀が好きだったりするのだ。
「ベタですけど、菊一文字則宗が好きですね」
「見た目の美しさを重視する派か。俺は、備前長船兼光が好きだな」
「業物派ですか」
「あぁ、やはり刀の命は切れ味だからね」
この人、こんな少年みたいな顔して笑ったりもするんだ。さっきまでの月のようなイメージから一転、太陽みたいにキラキラした笑顔で日本刀について語るプリンスを見て、雲の上の人じゃないんだなって、ちょっと安心した。
「あ、自己紹介を忘れていたね。俺は、権藤新右衛門」
ご、ごんどう、しんえもん?
よろしく、と手を差し出すその顔は、カタカナ名しか思い浮かばないほど異国情緒が漂っているのに。
この人も、俺と一緒で名前にコンプレックスを持っているのかもしれない。だから、ちょっと影があって、孤高のプリンスなんて呼ばれているのかもな。
「俺は、蒼井月です」
「ルナ? 月か……。綺麗な黒髪の君に、よく似合う名前だね」
名乗りながら握手に応える俺に、優しく微笑んだプリンスが言う。
俺が名乗ると大概の人は一瞬固まり、その後ひきつった笑顔で「珍しい名前ですね」って言ってくるのに。
「あの……俺と握手したのがそんなに嫌だったかな?」
初めての反応に、どう返したらいいものか考えていると、プリンスが不安げに聞いてきた。
「いえ、全然嫌じゃないっすよ。日本刀を語り合える人に会えて、嬉しいなって考えてただけで……」
「本当かい?」
また太陽みたいにキラキラ輝いた笑顔を浮かべるプリンス。
「だいたい放課後はここで歴史書を読んでいるんだが、君が良ければ、また話をしたいのだけど……」
伏し目がちに、頬を赤らめて聞いてくるプリンス。
「い、いいっすよ」
女の子が「今夜どうかな?」って聞いてくる雰囲気のそれに、吃りながら答えた俺。
これが、俺と先輩のはじまりだった。
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