被害妄想プリンス

オトバタケ

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 翌日の昼休み、相川と屋上で昼飯を食う。
 ほんのり甘く香っていた風は、爽やかなものに変わってきた。年々、春が短くなっているような気がする。見上げる太陽は少しジリジリしていて、早くも夏の表情を見せ始めたそれに苦笑する。

「こんな気持ちいい場所、よく知ってたな」

 相川が寝そべっていたコンクリートの床から体を起こして、背伸びをする。

「え、あぁ……」

 相川がいなくて、教室で一人で昼飯食うのに耐えきれなくてここで食べていただなんて、恥ずかしくて言えない。
 野菜ジュースのストローを咥えて誤魔化す。

「俺がいなくて寂しくて、ここで泣いてたとか?」
「泣いてなんかいるか、ボケ。昼飯食ってただけだ!」

 あ、言っちゃった……。
 相川は満足したようにニヤリと笑うと、再び寝転がった。
 き、気まずい。話題を変えなければ。

「昨日さ、プリンスと話した」
「あぁ、権藤新右衛門?」
「なんで名前知ってんの?」
「有名だもん。兄貴に写真見せてもらったけど、あの顔で新右衛門はないよな」

 ケラケラ笑う相川に、何故だか無性に腹が立った。

「笑うな! あの人も俺達と一緒で名前で苦労してんだ!」
「ごめん……」

 叫んでしまった俺に、眉をさげて謝ってくる相川。
 相川と自己紹介をし合った時って、どんな風だっただろう?

『俺、相川翔』
『俺は、蒼井月』
『ぷっ、似合わねー名前 』
『お前にだけは言われたくないわ』
 名前と顔が合っていないって、笑い合ったんだ。

『ルナ? 月か……。綺麗な黒髪の君に、よく似合う名前だね』
 誉められたなんて、初めてだった。

「プリンスが……の?」
「何?」

 中庭から響いてくる笑い声と相川の声が重なり、なんて言ったのか分からず聞き返すと、「なんでもない」と目を伏せられた。一瞬、相川が寂しそうな顔をしたように見えたのは、太陽が眩しくて目を細めたせいだろうか?


「じゃ、またな」
「おぅ、無理すんなよ」

 放課後、バイトに向かう相川を見送ると、社会科資料室のある四階へと階段を昇っていく。扉を開けると、孤高のプリンスこと権藤新右衛門先輩が、窓際の椅子に座って分厚い本を読んでいた。

「おじゃましま~す」
「来てくれたんだね」

 俺が入ってきたことに気付いていないようだった先輩に声をかけると、太陽のようなキラキラした笑顔を向けてきた。
 何の本を読んでいたのだろうと机に目をやると、ペットボトルのお茶の横にある、黒い塊が入ったパックが目に入った。

「これ、大好物なんだ。二つあるから君も食べるかい?」

 先輩が、パックの中のおはぎを指差して尋ねてくる。
 折角なんで、と先輩の向かいの席に座り、一緒におはぎを食べる。

「意外ですね」
「甘いものが好きな男など、気持ち悪いかな?」
「そうじゃなくて、先輩はお洒落なケーキとか食べてそうなイメージだな~って」

 幸せそうにおはぎを食べていた先輩の手が止まり、俯いていてしまった。

「君が羨ましいよ」

 か細い声が言う。

「はい? あぁ、名前が逆だったらよかったですよね」

 新右衛門も、ちょっと勘弁だけどな。

「君は何を言っているんだい。俺は、この名前が気に入っているんだ。君のその黒髪が羨ましいと言っているんだよ。俺は、この名前に相応しい男になりたいんだ」

 顔をあげ、俺を真っ直ぐ見つめて少し興奮気味に早口で話す先輩。

「そんなに黒髪がいいなら、染めればいいじゃないですか」
「校則を破って髪を染めるなど、武士道に反する」

 校則なんて守ってない奴ばかりで、先生だってあまりに酷過ぎないない限りは見て見ぬふりをしているというのに。
 つーか、武士道って何よ?

「俺は、この名前に相応くない見た目だから、みんなに避けられているんだ」
「いや、避けてないと思いますよ」

 周りが避けてるというより、近付きたくても近付けない雰囲気を漂わせてるだけなんじゃ……。
 つーか、見た目に名前が相応しくないの間違いじゃねぇの?

「名前に相応しくないと、みんな俺を見て陰口を言ったり、俺と目が合うと逸らしたり、嘲笑ったりするんだ」

 いやいや、先輩が美し過ぎるってみんな噂をしたり、その吸い込まれそうな翡翠みたいな瞳に見つめられて恥ずかしくて目を逸らしたり、目が合って嬉しくて笑い返したりしてるだけですって。

「先輩って素敵だなって、みんな憧れの眼差しで見てるだけだと思うんですけど……」
「気を遣ってくれてありがとう」

 気なんか遣ってねーし。なんでこう、マイナスな方にばっかり捉えちゃうんだろう?

「どうして、日本男児らしい姿で生まれなかったんだろう……」

 えー、それは無理なんじゃないっすか?

「先輩、ハーフですよね?」
「ハーフ? 両親共に日本人だが?」
「いやいや、お父さんか、お母さん、外国の出身ですよね?」
「父は英国生まれだが、生まれた時から心は日本人だと言っている」

 それだよ、その日本人気取りのイギリス人父ちゃんが先輩にガチガチの侍名をつけて、こんな被害妄想癖の奴にしちゃったんだ。
 俺が憐れんだ目で見ていたのが分かったのか、再び目を伏せてしまう先輩。
 他人から見たら何それ?って悩みも、先輩にしたら俺の名前と同じくらいのコンプレックスなんだもんな。

「先輩の気持ち、分かりますよ」
「蒼井……くん?」
「見た目が変えられないなら、中身を変えればいいじゃないですか」

 不安そうに俺を見つめてくる先輩に笑いかける。
 先輩に向かってというより、自分自身に言い聞かせるように紡いだ言葉だ。
 そんな俺に、先輩も笑い返してくれる。

「偉そうなこと言っちゃったけど、俺もなかなか中身が変えられないで、困ってんですけどね」

 相川がいないと何も出来ない自分。変えなきゃと思うのに、甘えてばかりいる自分。

「君といたら、変われそうな気がする……」

 先輩がポツリと呟き、目を伏せた。
 いつの間にか辺りは夕焼け色に染まっていて、オレンジの優しい光を身に纏った先輩は恐ろしいくらいに綺麗で、息を呑んだ。

「そうだ、今度の日曜から県立博物館で日本刀展があるって知っているかい?」
「え、あぁ、はい。行こうと思ってたんで」
「嫌じゃなかったら、一緒に見に行かないかい?」
「はい。喜んで」

 あさっての日曜、一緒に日本刀展を見に行くことを約束し、夕焼け空の下を帰路についた。
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