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昼休み。初夏の匂いが漂い始めた風を浴びながら、今日も屋上で相川と昼飯だ。
「蒼井、好きな子でも出来た?」
「出来てねーよ。なんで?」
相川の突然の言葉に、食後にのんびりとコンクリートの床に寝そべっていた体を起こす。
「最近、楽しそうだから」
同じように寝そべっている相川の顔を覗くと、フッと口許を緩めて、俺の心の中を見透かすような目で見上げてきた。
先輩と話すのが楽しいからな。好きな子っつーより、友達ならできた。新しい友達が出来たから楽しいんだよ! なんて恥ずかしすぎて言えないけど。
「相川、好きってどーゆー感じ?」
「は? お前、中三の時に彼女いたじゃん」
「いたけど、付き合ってって言われたから付き合っただけで、今考えると好きだったのかどうか分かんねぇ」
こんな俺のことを好きだと言ってくれたのが嬉しくて、舞い上がって付き合ってみたものの、彼女といるより相川と遊んでいる方が楽しかった。彼女よりも相川との約束を優先して、怒った彼女にすぐに振られたんだ。
彼女を一番に考えられなかったってことは、好きじゃなかったってことなんじゃないかな。
「好きか分かんねぇのに、やることはやっちゃったと?」
「勃つもんは、勃つ」
「サイテー」
「お前にだけは言われたくないわ」
思春期真っ只中の野郎だもの、裸の彼女から誘われたら、本能のままに獣になっちまうだろう?
言い訳するような眼差しで見つめていただろう俺にニヤッと意味ありげな笑みを向けてきた相川が、上半身を起こして体育座りをして、独り言を呟くように話し始める。
「そいつの幸せを願う。そいつがいつも笑顔でいられるように側で護りたい。だけど、そいつの特別でいたくて、そいつが他人と仲良くしてると嫉妬で狂いそうになる」
相川はどこか寂しげに、そよ風でサラサラ揺れ、鮮やかな緑が輝く木々を眺めていた。
「蒼井くん、権藤先輩と仲いいの?」
教室に戻ると、クラスの女子が三人、俺の席にやってきた。高田さんって名前だったけ、お団子頭の小さな女の子が、瞳を輝かせて聞いてくる。
「え、まぁ……」
「昨日、博物館前の駅で先輩を見かけたんだけど、一緒にいたのって蒼井くんだよね?」
パカッと花が咲いたような顔で、質問を続ける高田さん。
「そうだけど」
あの着流し姿を見られたんだと思うと、なんか気恥ずかしくて俯きがちに答える。
「先輩って彼女いるの?」
「いないと思うけど……」
あぁ、そういう話ね。告白したところで、罰ゲームだとか被害妄想して、冷たく断られるだけだよ。
え……何考えてんだ、俺。そういう考え方はやめろ、相手の気持ちを考えろ、って怒ったのは俺じゃないか。
先輩が、段々と被害妄想をしなくなってきたのを喜んでたはずだろ? 先輩だけ、中身が変わっていくのに嫉妬してんのか? やっぱり俺、最低な奴だな。
「なんで蒼井くんみたいな人が、プリンスと仲良くなれんの?」
高田さんの後ろにいた、背が高くて整った顔立ちの正統派の美人の佐伯さんが、汚いものを見るかのように俺を睨んで冷たく言い放った。小五の時に浴びせられた女子の視線と態度と同じそれに、体がすくむ。
「蒼井くんみたいな人だぁ? お前、蒼井の何を知ってんだ? プリンスの外見だけ見てキャーキャー騒いでる奴には、蒼井の良さなんて一生分かんねぇだろうけどな。そんなにプリンスと仲良くなりたいなら、プリンス本人に近付けよ。友達の蒼井を馬鹿にしたって分かったら、プリンスに冷たくあしらわれるだけだろうけどな」
振り返った相川が佐伯さんをギロリと睨み、今まで聞いたことがない吃驚するような低い声で言った。平静を装おうとしているが、相当な怒りがこもっているのが分かる声色だ。相川と佐伯さんの視線がかち合い、火花が散っているのが見える。
キーンコーンカーンコーン
授業の始まりを告げる鐘が鳴ったので、女子達はそそくさと席に戻っていった。
「サンキュ」
ほっと胸を撫でおろして礼を告げる俺に、相川は少し悲しそうな笑みを浮かべて黒板に目を向けた。
また相川に助けてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいで、その後の授業の内容は殆ど頭に入らなかった。
放課後、担任に頼まれてクラス全員分の課題のノートを職員室まで運び、教室に戻ると既に相川の姿はなかった。
昼からちゃんと話せていないので、もう一回お礼を言いたかったんだけどな。メールで伝えておこうかな。でも、これからは相川に頼らずに自分で頑張ってみるって決意をしっかり伝えたいから、明日の昼飯の時に顔を見て話そう。
社会科資料室に行くと、中から話し声がした。
また告白か?
そっと扉の前に近付くと、中から漏れ聞こえてきたのは男の声だった。どうしてだか分からないけれど、安堵している自分に苦笑いする。
「アイツを傷つけるな」
あれ? この声って、相川だよな? 話してる相手は先輩のはず。一体、なんのことを言っているんだ?
「アンタは自分の外見がコンプレックスかもしんねーが、周りは羨望の眼差しで見てんだよ。アンタの隣に立ってたら、誰だってアンタと比べるし、アンタと釣り合わねーって馬鹿にする奴もいる」
昼の俺のことか?
「見た目でしか判断できねぇ馬鹿は、アイツがアンタなんかより魅力的だなんて分かるわけない」
俺が、先輩より魅力的?
「蒼井くんは、見た目も中身も魅力的じゃないか」
先輩まで何言ってんの? ちょっとむず痒いけど、素直に嬉しいかも。
「俺達には、ちゃんと見えていても、見えない奴の方が多いんだよ。蒼井は人の痛みを感じやすい分、自分自身の痛みも感じやすいってことは、アンタなら分かるだろ?」
「あぁ。だから蒼井くんの側にいたいと思ったんだ」
待て待て、俺ってそういうキャラだったの? 人に甘えてばっかの、ただのコンプレックスの塊なんだけど……。
「アンタだってアイツが傷つくのは見たくないだろ? アンタの傷は、もう充分癒して貰ったんだろ?」
癒した? 俺は、先輩も相川も癒してなんかいない。癒されてばかりなのに。
「分かったよ。君は蒼井くんを護れるんだね?」
「護ってきたし、これからも護るつもりだ」
相川には護ってもらったけど、ずっとこのままじゃいけないと思ってるんだよ。俺を甘やかさないでくれよ。俺は、何にでも一人で立ち向かえるようになりたいんだよ。それに俺がいなくなったら、先輩は誰が護る?
え……俺、先輩を護っている気でいたのか? 自分自身も護れないくせに?
「君は蒼井くんが……」
まだ二人の会話は続いていたが、頭が混乱して体もズキズキと痛みだしたので、そこに居るのに耐えられず、気付いたら外に向かって走り出していた。
「蒼井、好きな子でも出来た?」
「出来てねーよ。なんで?」
相川の突然の言葉に、食後にのんびりとコンクリートの床に寝そべっていた体を起こす。
「最近、楽しそうだから」
同じように寝そべっている相川の顔を覗くと、フッと口許を緩めて、俺の心の中を見透かすような目で見上げてきた。
先輩と話すのが楽しいからな。好きな子っつーより、友達ならできた。新しい友達が出来たから楽しいんだよ! なんて恥ずかしすぎて言えないけど。
「相川、好きってどーゆー感じ?」
「は? お前、中三の時に彼女いたじゃん」
「いたけど、付き合ってって言われたから付き合っただけで、今考えると好きだったのかどうか分かんねぇ」
こんな俺のことを好きだと言ってくれたのが嬉しくて、舞い上がって付き合ってみたものの、彼女といるより相川と遊んでいる方が楽しかった。彼女よりも相川との約束を優先して、怒った彼女にすぐに振られたんだ。
彼女を一番に考えられなかったってことは、好きじゃなかったってことなんじゃないかな。
「好きか分かんねぇのに、やることはやっちゃったと?」
「勃つもんは、勃つ」
「サイテー」
「お前にだけは言われたくないわ」
思春期真っ只中の野郎だもの、裸の彼女から誘われたら、本能のままに獣になっちまうだろう?
言い訳するような眼差しで見つめていただろう俺にニヤッと意味ありげな笑みを向けてきた相川が、上半身を起こして体育座りをして、独り言を呟くように話し始める。
「そいつの幸せを願う。そいつがいつも笑顔でいられるように側で護りたい。だけど、そいつの特別でいたくて、そいつが他人と仲良くしてると嫉妬で狂いそうになる」
相川はどこか寂しげに、そよ風でサラサラ揺れ、鮮やかな緑が輝く木々を眺めていた。
「蒼井くん、権藤先輩と仲いいの?」
教室に戻ると、クラスの女子が三人、俺の席にやってきた。高田さんって名前だったけ、お団子頭の小さな女の子が、瞳を輝かせて聞いてくる。
「え、まぁ……」
「昨日、博物館前の駅で先輩を見かけたんだけど、一緒にいたのって蒼井くんだよね?」
パカッと花が咲いたような顔で、質問を続ける高田さん。
「そうだけど」
あの着流し姿を見られたんだと思うと、なんか気恥ずかしくて俯きがちに答える。
「先輩って彼女いるの?」
「いないと思うけど……」
あぁ、そういう話ね。告白したところで、罰ゲームだとか被害妄想して、冷たく断られるだけだよ。
え……何考えてんだ、俺。そういう考え方はやめろ、相手の気持ちを考えろ、って怒ったのは俺じゃないか。
先輩が、段々と被害妄想をしなくなってきたのを喜んでたはずだろ? 先輩だけ、中身が変わっていくのに嫉妬してんのか? やっぱり俺、最低な奴だな。
「なんで蒼井くんみたいな人が、プリンスと仲良くなれんの?」
高田さんの後ろにいた、背が高くて整った顔立ちの正統派の美人の佐伯さんが、汚いものを見るかのように俺を睨んで冷たく言い放った。小五の時に浴びせられた女子の視線と態度と同じそれに、体がすくむ。
「蒼井くんみたいな人だぁ? お前、蒼井の何を知ってんだ? プリンスの外見だけ見てキャーキャー騒いでる奴には、蒼井の良さなんて一生分かんねぇだろうけどな。そんなにプリンスと仲良くなりたいなら、プリンス本人に近付けよ。友達の蒼井を馬鹿にしたって分かったら、プリンスに冷たくあしらわれるだけだろうけどな」
振り返った相川が佐伯さんをギロリと睨み、今まで聞いたことがない吃驚するような低い声で言った。平静を装おうとしているが、相当な怒りがこもっているのが分かる声色だ。相川と佐伯さんの視線がかち合い、火花が散っているのが見える。
キーンコーンカーンコーン
授業の始まりを告げる鐘が鳴ったので、女子達はそそくさと席に戻っていった。
「サンキュ」
ほっと胸を撫でおろして礼を告げる俺に、相川は少し悲しそうな笑みを浮かべて黒板に目を向けた。
また相川に助けてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいで、その後の授業の内容は殆ど頭に入らなかった。
放課後、担任に頼まれてクラス全員分の課題のノートを職員室まで運び、教室に戻ると既に相川の姿はなかった。
昼からちゃんと話せていないので、もう一回お礼を言いたかったんだけどな。メールで伝えておこうかな。でも、これからは相川に頼らずに自分で頑張ってみるって決意をしっかり伝えたいから、明日の昼飯の時に顔を見て話そう。
社会科資料室に行くと、中から話し声がした。
また告白か?
そっと扉の前に近付くと、中から漏れ聞こえてきたのは男の声だった。どうしてだか分からないけれど、安堵している自分に苦笑いする。
「アイツを傷つけるな」
あれ? この声って、相川だよな? 話してる相手は先輩のはず。一体、なんのことを言っているんだ?
「アンタは自分の外見がコンプレックスかもしんねーが、周りは羨望の眼差しで見てんだよ。アンタの隣に立ってたら、誰だってアンタと比べるし、アンタと釣り合わねーって馬鹿にする奴もいる」
昼の俺のことか?
「見た目でしか判断できねぇ馬鹿は、アイツがアンタなんかより魅力的だなんて分かるわけない」
俺が、先輩より魅力的?
「蒼井くんは、見た目も中身も魅力的じゃないか」
先輩まで何言ってんの? ちょっとむず痒いけど、素直に嬉しいかも。
「俺達には、ちゃんと見えていても、見えない奴の方が多いんだよ。蒼井は人の痛みを感じやすい分、自分自身の痛みも感じやすいってことは、アンタなら分かるだろ?」
「あぁ。だから蒼井くんの側にいたいと思ったんだ」
待て待て、俺ってそういうキャラだったの? 人に甘えてばっかの、ただのコンプレックスの塊なんだけど……。
「アンタだってアイツが傷つくのは見たくないだろ? アンタの傷は、もう充分癒して貰ったんだろ?」
癒した? 俺は、先輩も相川も癒してなんかいない。癒されてばかりなのに。
「分かったよ。君は蒼井くんを護れるんだね?」
「護ってきたし、これからも護るつもりだ」
相川には護ってもらったけど、ずっとこのままじゃいけないと思ってるんだよ。俺を甘やかさないでくれよ。俺は、何にでも一人で立ち向かえるようになりたいんだよ。それに俺がいなくなったら、先輩は誰が護る?
え……俺、先輩を護っている気でいたのか? 自分自身も護れないくせに?
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