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プレゼント

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 世界に名だたる財閥の御曹司である俺。総帥であった父の急逝により二十歳で跡を継ぎ、仕事で世界中を駆け回る日々を送っている。
 今は、パリに来ている。全寮制の男子校で同室だった相手が、絵画を学ぶ為に留学している街だ。
 性欲を解消してくれる体だけしか欲していなかった俺が、心も欲しいと思った初めての相手。仕事の合間の僅かな自由時間、ソイツとふたりで威厳あるパリの街を歩く。

「もうすぐアンタの誕生日だな。ちょっと早いけど、プレゼント買ってやろうか?」

 初冬の冷えた空気に肩を竦めて、立てたコートの襟に顔を埋めたソイツが、石畳の地面を見つめて業務連絡を告げるように淡々と言う。

「え?」

 プレゼントを買ってくれることよりも、ソイツがちゃんと俺の誕生日を覚えていてくれたことの方が嬉しかった。
 自然と頬が緩み、この喜びをもっと体で表現したくなりソイツの掌を握る。
 ただでさえ大きな瞳をこれでもかと見開いて俺の顔を見たソイツだけれど、すぐに照れ臭そうに石畳に視線を落とし、ぎゅっと握り返してくれた。

「何が欲しい?」
「そうだな、身に付けられるものがいいな」
「んー……腕時計なんてどうだ?」
「あぁ、いいよ」

 アクセサリー等つけたことはないが、ソイツが望むのならペアリングだってつけても構わない。まぁ、恥ずかしがり屋で意地っ張りのソイツが、いかにも恋人同士の品を選ぶとは思えないが。
 腕時計ならば、ビジネスでもプライベートでも関係なく四六時中身に付けていられるし、生活の区切り区切りに時刻を確かめる為に必ず見る。時計を見る度に、ソイツの照れ臭そうにはにかむ顔を思い出すのも悪くない。
 ブランド店が建ち並ぶ通りを十分ほど歩き、俺が高校時代から使っていた時計と同じ高級ブランド店に入る。

「どれがいい?」
「お前の好きなヤツがいい」
「え? アンタがするんだろ。アンタの好きなヤツを選べよ」

 ガラスケースの中に並ぶ時計を見ながら、ソイツの誕生日は一緒にいられるのだろうかと考えた。
 その日に一緒にいる事は無理でも、近くにちゃんと会えるかどうかも分からない。仕事は疎かに出来ないし、ソイツの学びの邪魔も出来ない。
 一年後に留学を終えて帰国するまでは、学びに集中する為にソイツはこの街から出ないので、俺が此処に訪れるしか会う方法はないからだ。
 何をそんなに生き急いでいるんだという程、耐えることを忌み嫌い回り道をせずに生きてきた俺が、自ら遠回りをして我慢を楽しんでいる。
 甘酸っぱくも胸が締め付けられる待ち望む夜を知り、やっと触れられる体温の優しい幸せを味わったからだ。

「なぁ、凄く早いけど、俺もお前の誕生日プレゼントを買ってもいいか?」
「え、いいけど。何でだ?」
「お前の誕生日の近くに会えるって保証はないし、お前が気に入ったものをプレゼントしたいからな」

 分かった、と頷いて俺と一緒にケースの中を覗くソイツ。

「どれが欲しい?」
「アンタが好きなヤツでいいよ」
「お前がするのに?」

 肘で背中をつついて笑うと、ソイツも笑い返してくれる。
 幼い頃から人前で笑うことを許されず、仕事でもポーカーフェイスを気取り滅多に表情を崩さない俺が、ソイツといると気付くと笑っている。

「好きなの決ったか?」
「おぅ。アンタは?」
「決めたよ」
「じゃあ、せーので差そうぜ」
「あぁ」
「「せーの……あっ」」

 二人の指は、同じ時計を差して止まった。
 あ、という口の形で固まったままの顔を見合わせて、くしゃりと破顔する。
 こうして、お揃いの時計をプレゼントし合うことになった。

「じゃあ、先に生まれたアンタの分から買おうか」

 ソイツが渡したカードを受け取った店員が、困惑顔で何度もカードを機械に通している。
 店員と、流暢なフランス語で会話をするソイツ。
 俺の方を振り向いたソイツは店員よりも困った顔をしていて、言い難くそうに口許をモゴモゴ動かしたあと、意を決したように口を開いた。

「カード、読み取れないみたいなんだ……」

 ごめん、と今にも消え入りそうな声で呟いて俯いてしまう。

「これで二つ共買おう」

 ソイツの掌に俺のカードを握らせる。
 益々申し訳なさそうな顔したソイツの背中を押し、早くしろ、と急かして、俺のカードで俺とソイツの誕生日プレゼントを買った。

「悪かったな……」

 店を出ると、今度はソイツの方から遠慮がちに手を握ってきた。
 そんな辛そうな顔をしないでくれよ。俺の前では、いつも強気な笑顔でいろよ。

「これはお前の誕生日プレゼントだからな。今度、お前の誕生日の時に俺の誕生日プレゼントにお揃いの物を何か買ってくれ」
「何だよそれ。変なの」

 やっと笑ってくれたソイツ。
 早速、ソイツへの誕生日プレゼントを、お互いの腕に付け合う。

「自分の誕生日に恋人の誕生日プレゼントをお揃いで買うなんて、ロマンチックじゃないか?」
「そうか?」
「お前はロマンの欠片も無いからな」
「ロマンよりマロンの方がいい」
「天津甘栗ばかり食べていたもんな」

 寮のリビングのローテーブルの上の栗の皮の山と、満足げに腹を摩るソイツを思い出して声をあげて笑う。
 俺に釣られてソイツも笑い、二人の楽しげな声が澄んだ空に吸い込まれていく。

「俺の誕生日までに、何が欲しいかちゃんと決めとけよ」
「あぁ。お前のプレゼントの倍の値段のヤツにするよ」
「酷っ。アンタのが金持ってるくせに」

 一旦仕事に戻り、夜にホテルで落ち合うと一夜の逢瀬を楽しんだ。
 翌朝、眠たそうに目を擦るソイツが腰を庇いながら部屋を出ていく。

「じゃあな」
「あぁ、またな」

 挙げた手には、お揃いのプレゼント。
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