王道学園に通っています。

オトバタケ

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心模様

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 俺は先輩の事が好きだった。
 そう、好きだった。過去形。昔の話。
 今、俺が好きなのは、ぼーっと窓の外の景色を眺め続けているコイツ。
 一応恋人同士。そう、一応。
 コイツも俺と同じように、同じ大学の先輩に恋心を抱いていた。
 だけど、俺の好きだった先輩とコイツの好きだった先輩が付き合いだして、二人の恋は終わった。

 俺の好きだった先輩は、男。
 コイツの好きだった先輩は、女。
 ゲイの俺。ノンケのコイツ。
 恋愛対象は違えど、恋する喜びや恋が破れた悲しみは何も変わらない。
 同時に失恋の痛みを味わった俺達は、傷を笑い飛ばすように馬鹿みたいに騒ぎあった。
 そして、先輩に対して感じていた気持ちを、段々コイツに抱くようになっていった。

 俺はコイツの事が好き。
 そう、好き。現在形。今の話。
 付き合おうって言ったら、少し考えた後にこくんと頷いてくれた。
 全寮制の男子校に通っていて、周りに同性同士のカップルも多くいたから抵抗はないよ、って笑って。

 でも、コイツは今でもあの人の事を想っている。
 だって、いつも寂しげな笑みを浮かべて、俺の馬鹿話を聞いているから。
 心から笑わせてやりたくて、楽しげな笑顔を見たくて、くだらない話をこれでもかってするけど逆効果で、笑顔はどんどん影を落としていく。

 本当、俺って阿呆だよ。何をやっても空回り。
 たぶんコイツはさ、まだ俺が先輩の事を想っていると思ってるんだろうな。
 報われない片思い同士の慰め合いって感じにしか、思ってないんだろうな。

「なぁ、キスしない?」
「え……」
「俺ら恋人同士だろ? 恋人ならキスくらいするっしょ?」
「……」

 心の不安を表に出さないように、精一杯の穏やかな笑顔で笑いかける。

「……いいよ」

 俯いて暫く考えていたソイツが、顔を上げて瞼を閉じる。
 うっすら色づいた頬。少し震える唇。
 華奢なその肩に、手を置く。

 俺は本当にオマエが好きだから。
 オマエがあの人の事を見てても、ずっとオマエの事を見てるから。
 オマエが俺に振り向いてくれるまで、ずっとずっと待ってるから。

「くっ……」

 何か分かんないけど凄く悲しくなって、涙が溢れてきた。

「ちょっ……どうしたんだよ?」

 いつまで経っても唇が重ねられないことを不思議に思ったのか、瞼を開いたソイツが、飛び込んできた光景に目をぱちくりさせながら問いかけてくる。

「ごめん、やっぱ出来ないわ。オマエが、ちゃんと俺のこと見てくれるまでは出来ない。その日が来るまで、俺ずーっと待ってるから。その間も、ずーっとこうやって恋人同士ごっこやって俺の隣にいてくれな。俺、本当にオマエのこと好きだから……」

 恥ずかしいとか格好悪いとか、そんな気持ちは全くなく、ただコイツと一緒にいたくて、必死で気持ちをぶつけた。

「うん。分かった」

 やんわりと笑うソイツ。その顔に、寂しさはなかった。
 俺はこの先も、ずっとオマエの事が好きだろう。
 オマエが俺に振り向いてくれるまで。振り向いてくれた後も。





 幸せそうに眠る『恋人』の顔をぼんやり見つめる。
 テーブルの上には、ビールの缶が散乱している。
 あれだけ飲めば、眠りも深いだろうな。
 柔らかい電灯に照らされている『恋人』にデコピンをする。
 ビクッと体は反応したが、起きる気配はない。

「お前とアイツ付き合ってんだろ? 部屋変わってやるよ」

 大学のサークルの旅行。
 ベッドに寝転がってぼーっと雑誌を読んでいたら、荷物を抱えた俺の同室者の恋人がやって来て、俺の返事も聞かずにビールをあけてくつろぎ始めた。
 俺の為みたいな事を言っているけど、本当は恋人と一緒にいたいだけなんだ。
 同室者も同室者で、王子様の登場にトローンとした目をしちゃっているし。
 大学では、二人の関係は秘密にしているみたいだけど、二人と同じ高校出身の俺だけは、二人が付き合っていることを知っている。
 既に甘い空気が漂ってる部屋で、嫌だなんて言えるわけがない。
 仕方なく重い足取りで『恋人』の待つ部屋へ向かう。

「ちょっと飲みすぎなんじゃないか?」

 扉を開けると、アルコール臭が鼻をついた。
 テーブルには、既に相当数のビールの空き缶が転がっている。
 真っ赤な顔でビールを口に運ぶ『恋人』を呆れ顔で見つめると、平気平気って馬鹿笑いを始めた。
 はぁーあ、と溜め息をついて荷物の整理を始めると、いつの間にか笑い声は消え、ベッドの上に仰向けになって微動だにしない『恋人』の姿があった。

「ちょっ、大丈夫か?」

 急いで近寄って体を揺すってみると規則的な寝息が聞こえて、安心したと共に馬鹿らしくなって大声で笑ってしまった。

 なかなか眠れない。
 アルコールの力を借りようにも『恋人』が全部飲んでしまったし。
 だからこうやって、ベッドに腰掛けて『恋人』の寝顔を眺めている。

『好きだ。付き合おう』

 彼に告白された時、最初は冗談だと思った。
 彼がゲイだとは知っていたが、ノンケの先輩への叶わぬ恋に破れて、もうノンケには恋をしないと切なそうに呟いていたからだ。
 だけど彼の目は真剣で、少しの曇りもなく真っ直ぐ俺を見つめていた。
 彼は本当に俺の事を……。すぐに彼の気持ちは分かった。

 俺も君の事が好きだよ。
 一緒にいて楽しいし、気を遣わなくていいし、お互い考えている事もなんとなく分かるし。
 でも、あの人に感じている『好き』とは違う『好き』。
 苦しくて切なくて、息が出来ない程のドキドキじゃない。
 彼が俺に与えてくれるのは、穏やかで安らげて温かくなるような気持ち。
 彼が近くにいてくれると、俺の中のあの人への気持ちが薄れて少し楽になれるから、彼が本気だって分かっていたけど、それに答えられない事は分かっていたけど、頷いてしまった。
 本当俺って、最低の人間……。

 この前分かったのだけど、彼はそれを全て分かっていて俺を好きだと言ってくれて、俺に笑いかけてくれていた。
 凄く悲しそうな顔をして涙をボロボロ流して俺を必要だと言う姿を見て、申し訳なさと共に心の底にあった感情がゆっくりあがってきた。
 本当は、ずーっとずーっと前から存在していた気持ち。だけど、わざと見ない振りをしていた。
 同性同士だからという簡単な理由ではない。もっと臆病で情けない理由。

 あの人が振り向いてくれなくても、ずっと想い続けようと思っていた。
 そう出来るもんだと思っていた。
 この感情をあの人以外の誰かに向ける日が来るなんて、思ってもみなかった。
 彼だって、先輩に対してそう思っていたんじゃないだろうか?
 だから怖かった。いつか彼の俺への気持ちが、俺じゃない誰かに移ってしまうんじゃないかって。
 彼の事を好きになって、彼がいなきゃ生きられないようになって、彼との日々が永遠に続くと思っていても、突然目の前から彼がいなくなってしまうかもしれない。

 「ずっと隣にいてくれな」って言葉、信じてもいいの? 絶対に裏切らない? 本当に俺の事が好き?
 そっと、まだ熱の残る彼の頬に触れてみる。
 いくら考えても、もう手遅れだって分かっている。
 俺は、君の事が好き。
 明日、君が目覚めたら、口づけをせがもう。ちゃんと君と向き合うよ、という合図に。





季節は巡り冬が来て――

「何?」

 こたつ布団を肩まで被って机に顎を乗せ、俺の顔をじーっと見ているソイツに目をやる。

「俺って、面食いのはずだったんだけどな……」

 んー、と首を傾げるソイツは一応恋人。否、正々堂々とした恋人。

「俺が不細工だって言いたいわけ?」
「違うよ。君は馬鹿だけど、そこそこいい男だって」
「その『馬鹿』と『そこそこ』ってのが余分」

 こらってデコピンすると、暴力はんたぁーい、と頭まで布団を被るソイツ。

「オマエはさ、どーゆーのが好みなわけ?」
「んー、可愛らしいって感じで、守ってあげたいなって思うような感じの子かなー」

 顔を出し、蜜柑の皮を剥きながら答えるソイツの言葉に胸が痛む。
 コイツはまだ、あの人の事を……。『俺も君の事が好きだよ』って口付けくれたのは、一時の気まぐれだったのか?

「何、寂しそうな顔してんだよ」

 はい、と蜜柑を渡してくれるソイツは、笑顔。

「でもさ、タイプと実際に好きになる人って全然違うよな。何でこんな厳つくて無愛想なヤツに惚れたのか……」

 トホホ、と嘆きながら二つ目の蜜柑に手を伸ばすソイツ。

「厳つくて無愛想で悪かったな。あんまり大口叩くと、酷い事してやるぞ」

 ソイツの隣に移動し、蜜柑を握っている手を掴む。
 掌から蜜柑がポトンと床に落ち、コロコロと転がっていく。
 狭いこたつの一辺に座る二人の体は思いのほか密着していて、冷静にこの状況を理解し始めるのと比例して、高鳴る心臓。
 ソイツの頬が、段々と桜色に染まっていく。

「あのぉ……酷い事って何?」
「え……あぁ……」

 そんな上目遣いで見つめられたら、本当に酷い事をしてしまいそう。

「わっ、忘れた……」
「ほら、やっぱり馬鹿なんじゃん」

 クスクス、と笑って蜜柑を口に運ぶソイツ。

「オマエ、蜜柑食いすぎじゃねぇ?」
「他に食うもんないんだもん。プリン食いたいなー」

 ソイツが、物欲しそうに俺を見る。
 仕方ないから、明日買ってきてやるか。
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