BLUE DREAMS

オトバタケ

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アキとハル

喧嘩

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「くっ……」

 冷や汗を垂らして目覚めたのは、自分のベッドの上だ。

「八時か……」

 枕元に置いてある時計に目をやったあと、再び寝転がる。

「……」

 オフの朝、いつも隣にある微笑みはない。
 オフの前夜に独りで眠ったなんて、何日振りだろう。
 オフの前夜はハルの家で当たり前のように愛し合い、当たり前のように一緒に眠りに就いていた。
 俺の人生を振り返ってみると、ハルと共に歩み始めた時間はまだ始まったばかりで、時間の比率にすればほんの僅かだけど、その時間は俺が今まで体験してきた時間の中で最も大切で、最も密度の濃い時間だった。

「今頃は、ダチと思い出話に花咲かせてるのかな?」

 昨夜の事を思い返す。


「明日は久々に高校時代の仲間と温泉に行くから、わりぃけど早く寝るな」

 申し訳なさそうに、だけどどこか嬉しそうに明日の準備を終えたハルが、ベッドに横になる。

「朝飯と昼飯は作っとくから温めて食べくれ。晩飯には美味しい魚を買ってくるから、ウチで待っててくれな」

 目を閉じた顔の口角が僅かに上がっているのを見たら、何だかハルを取られたみたいで寂しくなった。
 急にハルが俺以外の奴に楽しげな笑顔を見せるのが許せなくなって、ここから一歩も出してやるもんかと強烈な赤黒い想いが俺の中を犯していった。
 静かに目を閉じるハルの上に覆い被さって、唇を重ねる。

「おい、今日はもう駄目だぞ」

 首を振って嫌がる口の中に、うむを言わさず入っていく。

「んっ……むふっ……」

 二つの舌の入った口で、必死に何かを言おうとするハル。
 愛の言葉以外、何も聞きたくない。

 唇を離してハルの顔を見ると、苦しそうに顔を歪めて荒い息をしていた。
 瞳は濡れ、口の端からは水の流れが一筋。
 その姿が、俺をより熱くする。

「我慢出来ないよ。お願い」
「はぁー、仕方ねぇな。一回だけだからな」

 ハルの首筋に唇を這わせる。
 仲間の前で肌を見せるんだろ? だったら、ハルは俺のもんだって、しっかり印を付けとかないとな。

「痕、付けんなよ……」

 俺の首に腕を回してきたハルが、耳元で頼んでくる。
 何でだよ、恥ずかしいから嫌だって言うのか?
 俺は世界中の奴等に、ハルは俺のもんだって叫んで回りたい位なのに。
 公衆の面前で、愛の確かめ合いを見せたって構わないのに。

「好きだよ、ハル」
「オレも……」

 思い返してみると、ハルから誘ってきた事なんて無い。
 それは恥じらい故だと思っていたが、本当にそうなのだろうか?
 俺の下で歌っているハルは、本当に俺に対して歌っているのか?
 そう考え出したら、それ以上先へは進めなかった。

「どうした?」

 急にベッドから降りて背を向けた俺に、投げかけられる問いかけ。

「ハルはさ、本当に俺の事が好きな訳? 本当に俺としたいと思ってる?」
「なに言ってんだよ。好きだし……その……してぇよ……」

 恥ずかしそうな声に振り返ると、紅潮した顔を下に向けていた。
 なんなんだろう、このモヤモヤ感は……。

「痛っ」

 急に右手を掴んだ俺に、ハルの顔が歪む。
 右手の薬指には、俺達を結び付けてくれたあの指輪が光っている。
 思いが通じあった日、永久の愛を誓うように左手の薬指に嵌められた指輪は、あからさまな恋人の印に照れるハルによって、あの翌日から右手の薬指に収まっている。

「これって本当は、俺よりいい奴が現れたら、すぐに乗り換えられるようにする為の作戦なんじゃねぇの?」

 バシッ

 自嘲気味に言う俺の右頬に、激しい痛みが走る。

「何でそんな事を言うんだ。出けよ……」

 唇をぐっと噛み締め、怒りに染まった鋭い眼差しで俺を睨んでくるハル。

「分かったよ」

 寂しい輝きを放つ右手を離すと、そのまま振り返る事なくハルの家を出た。


「最低だな…」

 赤く腫れ上がった右頬に触れる。
 まだ少し痛むけれど、胸の痛みに比べたら大した事はない。
 でも、一番痛がっているのはハルなんだろうな。

 ハルの全てが知りたかったし、ハルの全てが欲しかった。
 でも、そんな事は出来るはずもなく、少しでも分かり合える様に、ハルの事を考えてやらなきゃいけないのに、自分の事ばかり考えてしまっていた。
 心が完全にひとつになる事なんて不可能だから、ほんの一瞬ひとつになった時に感動するんだ。体だってそうだ。
 ハルが俺の事を想っていてくれてる事も、十分すぎる程分かっていたのに……。

「ごめんな、ハル……」

 やばい、視界がぼやけてきた。
 溢れだしたソレをそのままに天井を見上げていると、黄昏の中で微笑む愛しい人の顔が見えた。

「愛してるよ、ハル……」

 愛しくて愛しくて、本当に大切で、ずっと守っていこうと思っていた人を傷つけた。
 やっぱり俺じゃ、ハルを幸せに出来ないのかな。
 心が、どんどん沈んでいく。

 ピンポーン

「誰だ?」

 暗い闇の中に、肩まで浸かっていた俺を引き上げてくれたチャイムに感謝した。
 例え訪ねてきた主が新聞の勧誘でも、今の俺には天使に見えるだろう。
 重い体を起こして顔を拭い、ゆっくり扉を開けた。

「あっ……」

 そこには、本当に天使が立っていた。

「温泉に行ったんじゃないの?」
「……行ってねぇ……行けねぇよ…」

 そうだよな、あんだけ痕を付けちゃったら恥ずかしくて脱げないもんな。

「入りなよ」

 右手を掴むと……
 あれ? いつもあるはずの輝きが……ない。
 まさか、これって……もう終わり……って事なのか?
 再び足が、暗い闇の中に沈み始める。

 嫌だ。ハルと別れるなんて、絶対に嫌だ。
 ハルが逃げ出せない様に、掴んだ右手をそのままに立ち尽くしていると、

「見てみろ」

 右手から顔に視線を移すと、頬を紅らめてはにかむハル。
 その横に上げられた左手には、いつも右手にあるはずの輝きがあった。

「ここにして欲しかったんだろ?」

 俺が、それをちゃんと見たのを確認すると、その手を俺の右頬に当ててきた。

「ごめんな。痛かっただろ?」

 尋ねてくる瞳が潤んでいく。
 頬に当てられた左手を掴んで輝くそれを外し、掴んだままの右手の定位置に戻す
 いいのか?、と尋ねるハルを力いっぱい抱きしめる。

「ごめん。俺、本当に自分勝手で、ハルの事を好きだ愛してるだ言っておきながら、全然考えてやれてなかった。本当はハルの事を一番に考えてやらなきゃいけなかったのにな。これからはちゃんとそうするから、俺から離れていかないで……」
「今のままでも、アキは十分オレの事を考えてくれてるよ」

 ハルの腕の中で子供のように泣きじゃくる俺の背中を、優しくさすってくれるハル。

「その……指輪は、こっちの手で本当にいいのか?」
「あぁ。どの指でも指輪の意味は変わらないからな」

 分かった、と呟いて黙って俺の背中をさすり続けてくれる。
 ハルの温かさは本当に気持ち良くて、ぼーっと夢か現か分からない空間を彷徨っていると、脳裏に昨夜の光景が浮かんできた。

「あの……温泉に行けなくさせちゃって、ごめんな」

 ハルから体を離して謝る。

「本当だよ。喧嘩したまま行ったって、アキの事が気になって何にも楽しくないもんな」

 な?、と照れ臭そうに微笑むハルを、また抱きしめる。

「ひとつ我儘を言ってもいい?」
「何だ?」
「昨日の続き、やりたい」
「仕方ねぇな」

 ハルは、コアラの子供のようにすがり付く俺の我儘を、快く聞いてくれた。
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