BLUE DREAMS

オトバタケ

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要くんと唯斗さん

鈴虫寺

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 俺が要くんの家に来て二日目の夜。熱も下がり、だいぶ体も軽くなってきたという要くんは、明後日から練習に参加するとチームに電話をかけた。
 明日の昼頃には、東京に帰んないといけないんだな……。要くんが元気になってくれて嬉しいけど、もう少し二人だけの時間を味わいたかった。
 遠距離恋愛って辛いな。でも、限られた時間だから、こんなにも大切で意味があるんだよな。
 物思いに耽っている俺を、電話を終えた要くんが手招きしてくる。
 要くんの座るソファーの隣に腰掛けると、ぎゅっと抱きしめてくれた。

「唯斗さんが看病してくれたお陰で、こんなに早く元気になれました。今夜はたっぷりお礼しますね」

 そう言って重ねられた唇は、いつもより激しく俺を頬張ってくる。
 俺を見つめるその瞳も、俺の髪を撫でるその指も、俺の首筋に吸いつくその唇も、要くんの全てが愛しい。
 そんな愛しい君に触れられた場所が熱を発し、君を感じる体全てが熱くなっていく。

 いつの間に、こんなに君の事を好きになってしまったんだろう?
 何をしていても、考えるのは君の事ばかり。
 ずっと触れたかった君の体が、ずっと感じたかった君の吐息が、君の存在を俺の体に感じさせてくれ、優しく俺を包むように抱いてくれる君に、愛されてるんだと実感する。

「要くぅん……愛してるぅ……」
「愛してますよ、唯斗さん」

 病み上がりだというのに、本当に俺が満足するまで頑張ってくれた。
 俺の手を握ったまま眠りに就いた要くんの顔を見つめ、彼が俺に恋をしてくれた事に、その気持ちを伝えてくれた事に感謝した。
 もし、要くんが俺に恋をしてくれなかったら……。その時は、俺が彼に恋をして、気持ちを伝えて、こうやって隣にいるんだろうな。
 何故だか分からないけど、そんな気がした。


「おはようございます」
「んー、おはよ」

 目を覚ますと、彼は隣で穏やかな笑顔見せてくれる。

「要くぅーん……」

 今日でお別れなんだって思ったら、もっと要くんを感じたいと思っちゃって、昨日あれだけ頑張ってくれたのに、またおねだりをしてしまった。
 要くんは優しく微笑んで、俺の我儘を聞いてくれた。

 帰り支度をして、暫く訪れる事のないだろう部屋を後にする。
 俺の車に乗り込むと、ハンドルを握ってくれる要くん。

「帰りはどうするの?」
「電車で帰りますよ」

 って事は、電車がある時間までしか俺んちにいられないって事だよな。
 明日から練習だし、我儘言っちゃいけないな。
 短い間だったけど要くんと生活して、心も体も彼から離れられない状態になりつつあったんで、体中が本能に犯されないように小さくなっていた理性を無理矢理大きくした。

「折角ですから、京都の街を少し走りましょうか?」
「うん!」

 要くんから誘ってくれたドライブ。
 要くんが生まれ、現在も生活する街。この雅な都が俺の要くんを育てたんだって思うと、京都が大好きな街になった。

「鈴虫寺って知ってます?」
「え? 知らない」
「日本で唯一わらじを履いたお地蔵さんが奉られていて、そのお地蔵さんにお願い事をすると、家まで叶えに来てくれるんですって」
「へー、本当に叶うなら、早く足を治して欲しいでしょ、優勝したいでしょ、あと……」
「願い事は、一つしか叶えてくれませんよ」
「えー」

 ケチだなって頬を膨らませた俺を見て、クスクスと笑う要くん。

「行きますか?」
「うん」

 車は街を抜けると、静かな山間へと入っていく。

「着きましたよ」

 車を降りて少し歩くと、石階段の上に古びた門が見えた。

「あっ……」

 階段の下で固まる要くん。
 見上げていた視線を俺の足に移して考え込んでいる。

「これ位なら昇れるよ」

 階段を昇ろうとすると、要くんの手が俺の手を掴んで先へ進めないようにする。

「僕が、おんぶして昇りますから」

 顔は真っ赤だけど目は真剣だったんで、こくんと頷いて要くんの背中におぶさる。
 ゆっくりと階段を昇っていく要くん。
 ただでさえ自分よりもデカい俺をおぶっているのに、病み上がりだし、大事な足に怪我なんかしたら大変だし、頷いてしまった自分に後悔しはじめる。

「いいよ。自分で昇るよ」

 何度そう言っても、大丈夫です、と繰り返す彼は、階段を昇りきった。

「ごめんね、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」

 額に滲み出る汗を拭いながら、笑顔で答える要くん。

 本堂で住職の説法を聞いた後、そのお地蔵さんの元へと向かう。
 いざ目の前に現れたお地蔵さんに、何をお願いしようか迷っていると、隣で静かに目を閉じた要くんが掌を合わせて願い事を始めた。
 彼の横顔を見ながら、たった一つ叶えてもらえるならばこれしかないだろうと思い、目を閉じて願った。

 帰りの階段も、おんぶしてこようとする要くんに、大丈夫だからって断って肩を借り、ゆっくりゆっくり降りた。
 最後の一段を降りきると、ずっと心配そうに俺を見つめてた要くんが、心底ホッとしたようにフーッと胸を撫でおろしている姿を見て笑ってしまった。

 俺の家へと帰る車内。

「願い事が叶ったら、またお地蔵さんにお礼に行くんだよね? 階段、ちゃんと昇れるかなぁ」

 今度は要くんにおぶってもらうのは無理だろうな。だって……

「昇れますよ」
「何で?」
「だって僕、唯斗さんの足が早く治りますようにってお願いしましたから」
「ありがと」

 一つしか叶えてもらえないのに、自分のお願いじゃなくて俺の事を願ってくれたんだと分かり、凄く嬉しかった。
 ちょうど赤信号で車が止まったので、要くんの頬に口付けをする。
 青信号に変わり、真っ赤になった要くんがアクセルを踏むと、

「唯斗さんは、何をお願いしたんです?」
「ん? 要くんとね、ずーっと一緒にいられますように。だからさ、願いが叶ってもおじいちゃんになっちゃってるから、あの階段は昇れないでしょ」

 ねって笑うと、急にハザードをたいて路肩に車を止めた要くん。

「どうしたの?」

 要くんの顔を覗き込むと、ゆっくりと近付いてきた唇に唇を塞がれた。

「おじいちゃんになっても、僕が唯斗さんをおんぶしてお地蔵さんの所まで連れていってあげますから」

 俺を抱きしめた要くんが、力強く宣言してくる。

「そんなの無理だって」
「じゃあ、ゆっくり一緒に昇りましょう」
「うん。約束ね」

 指切りをするように、再び唇を重ね合う。

 お地蔵さん、俺達の願い事を叶えて下さい。
 願いが叶ったら、例え肉体が滅びて魂だけになったとしても、必ずお礼に行きますから。
 だから、絶対に叶えて下さい。
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