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要くんと唯斗さん
お見舞い
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「本当に、すいません」
『仕方ないよ。ちゃんと薬を飲んで寝るんだよ』
「はい」
電話を切ると、ベッドに倒れ込む。
明日はオフだ。いつもならこの時間は、唯斗さんの家に向かってハンドルを握っているのに……
「ゴホゴホ」
風邪を引いてしまった。熱も少しある。
唯斗さんに、うつすわけにはいかないものな。
「唯斗さん……」
瞼を閉じると浮かぶ、唯斗さんの眩しい笑顔。
(あれっ? 唯斗さんの顔がグルグル回りだした)
そこから、僕の記憶は途切れた。
ピンポーン ピンポーン
記憶が戻った時は、もう太陽が高く昇った後だった。執拗に鳴らされる訪問者のチャイムの音で、目を覚ましたのだ。
こんなに鳴らすという事は、セールスとかではないのだろう。出なければと思うのに、重い体をなかなか起こす気にはなれない。
チャイムが静まったかと思ったら、次に携帯が鳴り出した。横になったままでも手を伸ばせば掴める位置に置いてある、それをとる。
発信者の名前を確認すると、急いで通話ボタンを押す。
「唯斗さん、どうしました?」
「あっ、要くん? 玄関開けてよー」
「はい?」
「今ね、要くんちの前にいるんだ」
フラフラしながら玄関に向かって扉を開けると、本当にそこに唯斗さんが立っていた。
「なっ、何してるんですか?」
「お見舞い」
ほらっと小さなケーキの箱を見せてきて、微笑みかけてくる唯斗さん。
来てくれて嬉しいけれど、風邪がうつってしまう恐れがあるし。
何より、どうやってここまで来たのだろう? まさか、車を運転してきたのか!?
「あの……」
たくさん言いたい事があるのだけれど、朦朧として上手く話せずに、あわあわ言っている僕の腰を抱いてきた唯斗さん。
「病人はちゃんと寝てないと。話はその後にしようよ」
ベッドまで連れていってくれ、横になった僕に布団を掛けてくれる。
「熱は、あるの?」
唯斗さんが僕の額に自分の額にを当てて、確認してくる。
綺麗な顔が目の前まで近づいてきて、正常な時でもクラクラするのに、こんな状態なので、また記憶が飛ぶんじゃないかというほどグラングランと頭の中が揺れる。
「キスしちゃ駄目?」
額を離して僕の顔をじっと見つめてくる唯斗さんの、大きな瞳に映る自分の姿をぼんやり眺めていると、ほんのり色づいた顔を少し傾げた唯斗さんが、可愛く聞いてきた。
「風邪がうつっちゃいますよ」
「触れるだけだから」
ね?、と僕の唇に人差し指を当ててくる唯斗さんに、あまり深く物事が考えられなくなっている僕は、自分の本能に従い頷いてしまった。
再び唯斗さんの顔が近づいてきて、唇に温かい感触が伝わった。
暫しの間、重ねられた唇。
ゆっくり離れた唯斗さんの顔は、色っぽい、僕を誘う時の顔になっていた。
「やっぱり、無理だよね?」
「……はい。すいません……」
流石に今の僕に、唯斗さんを喜ばせてあげる事は出来ない。確実に、途中で記憶が無くなるだろうし。
「その……治ったら、唯斗さんがもう嫌って言うまで頑張りますから」
「本当?」
嬉しそうに微笑んで、約束ね、と僕に抱きついてくる唯斗さん。
唯斗さんの柔らかな髪に指を通しながら、大胆な事を言ってしまったなと段々恥ずかしくなっていった。
「お腹空いてない? 何か作ってあげようか」
暫く抱き合った後、僕から体を離した唯斗さんが聞いてくる。
「お願いします」
空いているのか、空いていないのか、自分の体なのによく分からなかったけれど、唯斗さんが僕の為に料理を作ってくれると言ってくれたのが嬉しかったので、お願いした。
「まかせといて」
僕の答えに破顔した唯斗さんは、楽しげな軽い足取りでキッチンに消えていった。
暫くして戻ってきた唯斗さんの手の中には茶碗とスプーンが握られていたので、起き上がろうと怠い体に力を入れる。
「寝たままでいいよ」
その言葉に再び寝転がると、唯斗さんがベッドに腰掛けてきた。
「食べさせてあげるね」
茶碗の中からお粥をスプーンですくい、ふーふーと息で冷ましてから僕の口に運んでくれる。
ちょっと塩辛かったけれど、ちょうど良い温かさのお粥が、僕のお腹も心も満たしてくれた。
唯斗さんの手作りお粥をたいらげて薬を飲むと、再び唯斗さんの顔が近づいてきて額を合わせてきた。
「さっきより冷たくなってる」
さっきまで額を重ねていたそこに掌を当ててホッと安堵の息を吐き、良かったぁと微笑んでくれる。
「唯斗さんが看病してくれたお陰ですよ」
「だって、早く治してもらって頑張ってもらわなきゃね」
悪戯っぽく笑って、また抱きついてきた唯斗さん。
その背中をさすっていると、大事な事を思い出した。
「唯斗さん、ここまで何で来たんです?」
「ん? 車」
「タクシーですか?」
「否、運転してきたよ」
え? あなたは怪我をしているんですよ。なんて無茶な事をするんですか。
びっくりして、背中をさすっていた手の動きが止まってしまう。
「どうしたの?」
唯斗さんは、急に手の動きが止まった意味を分かっていないようだ。
「だって、怪我をしているのに運転なんてしちゃいけませんよ」
「お医者さん、ちょっとならしていいって言ったもん」
「東京から京都の距離は、ちょっとじゃないですよ」
唯斗さんに、もしもの事があったら……。
もとはと言えば、僕が風邪を引いてしまったのがいけなかったんだ。全部僕のせいだ。
風邪で、ただでさえ不安定だった心が揺さぶられ、どんどん沈んでいく。
「ごめん。でも、要くんが苦しんでるって思ったら、いてもたってもいられなくなって……」
ぎゅっとシーツを掴んで呟く唯斗さん。
もうこれ以上、あなたに無理をさせるわけにはいなかい。
「あんまり無茶な事はしないで下さいよ。治るまでは練習も休みですから、ずっとここで看病して下さい。治ったらすぐに唯斗さんの家まで送り届けますんで、足に負担になる様な事は絶対にしないで下さい」
止まったままだった手に力を入れ、唯斗さんを強く抱きしめる。
「分かった。要くんが良くなるまで看病してあげるから、治ったらちゃんと看病したご褒美頂戴ね」
「分かりました」
腕の中の唯斗さんの温かさが心地好くて、いつの間にか二人で眠ってしまった。
『仕方ないよ。ちゃんと薬を飲んで寝るんだよ』
「はい」
電話を切ると、ベッドに倒れ込む。
明日はオフだ。いつもならこの時間は、唯斗さんの家に向かってハンドルを握っているのに……
「ゴホゴホ」
風邪を引いてしまった。熱も少しある。
唯斗さんに、うつすわけにはいかないものな。
「唯斗さん……」
瞼を閉じると浮かぶ、唯斗さんの眩しい笑顔。
(あれっ? 唯斗さんの顔がグルグル回りだした)
そこから、僕の記憶は途切れた。
ピンポーン ピンポーン
記憶が戻った時は、もう太陽が高く昇った後だった。執拗に鳴らされる訪問者のチャイムの音で、目を覚ましたのだ。
こんなに鳴らすという事は、セールスとかではないのだろう。出なければと思うのに、重い体をなかなか起こす気にはなれない。
チャイムが静まったかと思ったら、次に携帯が鳴り出した。横になったままでも手を伸ばせば掴める位置に置いてある、それをとる。
発信者の名前を確認すると、急いで通話ボタンを押す。
「唯斗さん、どうしました?」
「あっ、要くん? 玄関開けてよー」
「はい?」
「今ね、要くんちの前にいるんだ」
フラフラしながら玄関に向かって扉を開けると、本当にそこに唯斗さんが立っていた。
「なっ、何してるんですか?」
「お見舞い」
ほらっと小さなケーキの箱を見せてきて、微笑みかけてくる唯斗さん。
来てくれて嬉しいけれど、風邪がうつってしまう恐れがあるし。
何より、どうやってここまで来たのだろう? まさか、車を運転してきたのか!?
「あの……」
たくさん言いたい事があるのだけれど、朦朧として上手く話せずに、あわあわ言っている僕の腰を抱いてきた唯斗さん。
「病人はちゃんと寝てないと。話はその後にしようよ」
ベッドまで連れていってくれ、横になった僕に布団を掛けてくれる。
「熱は、あるの?」
唯斗さんが僕の額に自分の額にを当てて、確認してくる。
綺麗な顔が目の前まで近づいてきて、正常な時でもクラクラするのに、こんな状態なので、また記憶が飛ぶんじゃないかというほどグラングランと頭の中が揺れる。
「キスしちゃ駄目?」
額を離して僕の顔をじっと見つめてくる唯斗さんの、大きな瞳に映る自分の姿をぼんやり眺めていると、ほんのり色づいた顔を少し傾げた唯斗さんが、可愛く聞いてきた。
「風邪がうつっちゃいますよ」
「触れるだけだから」
ね?、と僕の唇に人差し指を当ててくる唯斗さんに、あまり深く物事が考えられなくなっている僕は、自分の本能に従い頷いてしまった。
再び唯斗さんの顔が近づいてきて、唇に温かい感触が伝わった。
暫しの間、重ねられた唇。
ゆっくり離れた唯斗さんの顔は、色っぽい、僕を誘う時の顔になっていた。
「やっぱり、無理だよね?」
「……はい。すいません……」
流石に今の僕に、唯斗さんを喜ばせてあげる事は出来ない。確実に、途中で記憶が無くなるだろうし。
「その……治ったら、唯斗さんがもう嫌って言うまで頑張りますから」
「本当?」
嬉しそうに微笑んで、約束ね、と僕に抱きついてくる唯斗さん。
唯斗さんの柔らかな髪に指を通しながら、大胆な事を言ってしまったなと段々恥ずかしくなっていった。
「お腹空いてない? 何か作ってあげようか」
暫く抱き合った後、僕から体を離した唯斗さんが聞いてくる。
「お願いします」
空いているのか、空いていないのか、自分の体なのによく分からなかったけれど、唯斗さんが僕の為に料理を作ってくれると言ってくれたのが嬉しかったので、お願いした。
「まかせといて」
僕の答えに破顔した唯斗さんは、楽しげな軽い足取りでキッチンに消えていった。
暫くして戻ってきた唯斗さんの手の中には茶碗とスプーンが握られていたので、起き上がろうと怠い体に力を入れる。
「寝たままでいいよ」
その言葉に再び寝転がると、唯斗さんがベッドに腰掛けてきた。
「食べさせてあげるね」
茶碗の中からお粥をスプーンですくい、ふーふーと息で冷ましてから僕の口に運んでくれる。
ちょっと塩辛かったけれど、ちょうど良い温かさのお粥が、僕のお腹も心も満たしてくれた。
唯斗さんの手作りお粥をたいらげて薬を飲むと、再び唯斗さんの顔が近づいてきて額を合わせてきた。
「さっきより冷たくなってる」
さっきまで額を重ねていたそこに掌を当ててホッと安堵の息を吐き、良かったぁと微笑んでくれる。
「唯斗さんが看病してくれたお陰ですよ」
「だって、早く治してもらって頑張ってもらわなきゃね」
悪戯っぽく笑って、また抱きついてきた唯斗さん。
その背中をさすっていると、大事な事を思い出した。
「唯斗さん、ここまで何で来たんです?」
「ん? 車」
「タクシーですか?」
「否、運転してきたよ」
え? あなたは怪我をしているんですよ。なんて無茶な事をするんですか。
びっくりして、背中をさすっていた手の動きが止まってしまう。
「どうしたの?」
唯斗さんは、急に手の動きが止まった意味を分かっていないようだ。
「だって、怪我をしているのに運転なんてしちゃいけませんよ」
「お医者さん、ちょっとならしていいって言ったもん」
「東京から京都の距離は、ちょっとじゃないですよ」
唯斗さんに、もしもの事があったら……。
もとはと言えば、僕が風邪を引いてしまったのがいけなかったんだ。全部僕のせいだ。
風邪で、ただでさえ不安定だった心が揺さぶられ、どんどん沈んでいく。
「ごめん。でも、要くんが苦しんでるって思ったら、いてもたってもいられなくなって……」
ぎゅっとシーツを掴んで呟く唯斗さん。
もうこれ以上、あなたに無理をさせるわけにはいなかい。
「あんまり無茶な事はしないで下さいよ。治るまでは練習も休みですから、ずっとここで看病して下さい。治ったらすぐに唯斗さんの家まで送り届けますんで、足に負担になる様な事は絶対にしないで下さい」
止まったままだった手に力を入れ、唯斗さんを強く抱きしめる。
「分かった。要くんが良くなるまで看病してあげるから、治ったらちゃんと看病したご褒美頂戴ね」
「分かりました」
腕の中の唯斗さんの温かさが心地好くて、いつの間にか二人で眠ってしまった。
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