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序章
【夏草と息吹き】
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夜の帳が下り始めた草原に冷たい風が吹く。
風はそこら中に淀んでいる血の匂いを散らすように吹き抜けて、どこか遠くで四散した。
草原は戦場だった。
芽吹いたばかりのやわらかな若草は、戦いの残骸に押しつぶされ血と泥に汚されていた。初夏の青々としているはずの草原に本来の景色は見る影もなく、鎧、武器、人や馬などがまき散らされた斑模様を広げ、風が吹けども消し去れないほど、なおも死臭を放ち続けている有様だ。
草の上に横たうおびただしい数の人間は皆、息絶えている。誰一人としてもう、ぴくりとも動かない。
惨禍を免れた若草色が、僅かな隙間から純真無垢に風と揺れている。しかし、それも救いにならないほど、辺りは凄惨だった。
生きている者は忙しなく働きまわる。彼ら兵士たちの目下の任務は、二人一組で死体をひっくり返し、亡骸が纏う鎧の色を確かめて回る。黒の鎧を選んで荷馬車へと運ぶことだ。
黒なら荷馬車へ運び、白ならばそのまま捨て置く。
「急げ。暗くなってしまうぞ!」
修羅場も終幕になる頃になって、ようやくあらわれた指揮官の声が響き渡る。尊大な態度を振り撒きながら、返り血の一つも浴びていない鎧を艶やかに黒光りさせている。
この擾々たる現場で、自国の証である黒色だけをひと目で判別するのは至難の業だ。やはり汚れを一部分でも擦り、一つ一つの色を見て回らなくてはならない。兵士たちの作業が難航していても致し方ないことだった。
「よく言うぜ。今になってのこのこ現れて。急げ、だとよ!」
司令官の手前勝手な言い草に、兵士たちはこそこそ不満を囁き合うのだった。
風はそこら中に淀んでいる血の匂いを散らすように吹き抜けて、どこか遠くで四散した。
草原は戦場だった。
芽吹いたばかりのやわらかな若草は、戦いの残骸に押しつぶされ血と泥に汚されていた。初夏の青々としているはずの草原に本来の景色は見る影もなく、鎧、武器、人や馬などがまき散らされた斑模様を広げ、風が吹けども消し去れないほど、なおも死臭を放ち続けている有様だ。
草の上に横たうおびただしい数の人間は皆、息絶えている。誰一人としてもう、ぴくりとも動かない。
惨禍を免れた若草色が、僅かな隙間から純真無垢に風と揺れている。しかし、それも救いにならないほど、辺りは凄惨だった。
生きている者は忙しなく働きまわる。彼ら兵士たちの目下の任務は、二人一組で死体をひっくり返し、亡骸が纏う鎧の色を確かめて回る。黒の鎧を選んで荷馬車へと運ぶことだ。
黒なら荷馬車へ運び、白ならばそのまま捨て置く。
「急げ。暗くなってしまうぞ!」
修羅場も終幕になる頃になって、ようやくあらわれた指揮官の声が響き渡る。尊大な態度を振り撒きながら、返り血の一つも浴びていない鎧を艶やかに黒光りさせている。
この擾々たる現場で、自国の証である黒色だけをひと目で判別するのは至難の業だ。やはり汚れを一部分でも擦り、一つ一つの色を見て回らなくてはならない。兵士たちの作業が難航していても致し方ないことだった。
「よく言うぜ。今になってのこのこ現れて。急げ、だとよ!」
司令官の手前勝手な言い草に、兵士たちはこそこそ不満を囁き合うのだった。
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