book of the night, and down

まちか

文字の大きさ
3 / 5
序章

【兵士と帰還】

しおりを挟む
 黒の鎧、ビアンカの兵士たちがあくせく働いているなか、どさくさに紛れて遺体運搬用の荷馬車に乗り込んでいる兵士がいた。

 ほろも付いていない簡素な荷馬車だ。

 荷台にはすでにいくつかの亡き骸が積まれている。それを気にも留めず、後部に一人腰掛け、他人事のようにあらぬ方向を眺めている。彼もまた黒の鎧だった。

 荷台へ上る踏み台の部分は避けるようにして居る。一応は積み込みの邪魔にならぬよう、配慮しているのだ。

 つまり彼は、何の為に他の兵士たちがあくせく働いているのか分かっている。それなのに、荷台の縁に腕などもたれて、働く素振りの欠片もない。

 そんな彼に働けと注意する者もいないどころか、皆ちらちら横目で見てはぎこちなく、そそくさと作業を続けている。なかなかの地位があるのだろう。

 迷い目を起こす刹那せつなの時間帯の所為せいだろうか。彼はその存在もぼやけるような、儚げな空気をまとっていた。

 あまりにひっそりと居るので、薄暗うすぐらの中でも白く輝く豊かな金髪と絵画の様な容姿でなければ、風景に溶け込んでいただろう。

「隊長、こんなところにいたんですね。随分探しましたよ」

 地面にごろごろ転がっているしかばねの間を縫い、難儀そうに長い黒髪を揺らしながら長身の男が近づいて来る。

 声を掛けられた金髪の兵士は顔を上げ、声のぬしを認めるとあからさまにげんなりと息をついた。

 長身の男は一団を引き連れていた。いつの間にか見失ってしまったあるじを求め、彼らはぞろぞろと辺りを彷徨さまよっていたところだ。

 ようやくこの無秩序な風景の中から見つけたあるじを逃がすまいと金髪の兵士を取り囲むように立ち並ぶ。途端に荷馬車の周りが物々しい風景になった。

 きちんと並んで礼を尽くしている部下に対し、隊長と呼ばれた金髪の兵士は頬杖をついたまま適当な敬礼を返した。

 長身の男が膝を付く。

「スーリ隊、全員揃いました。死傷者ゼロです。あなたも……まあ、ご無事なようですね。これからすぐに――」

「クローサ。立ちなさい。髪が地面についてしまったよ」

「はい」

 金髪の兵士は、副官クローサの言葉をさえぎり、

「私は大丈夫だよ。皆、ご苦労さま。さて。これからなんだっけ?」

 と、素知らぬふりで荷馬車を降りた。

 そして両手を後ろに組み、姿勢よく起立する。差し当たり部下の前で態度を改めた。

「はい。本部で点呼報告のあと、本隊へ合流。凱旋の隊列を整えます」

「では、本部へはあなたが行ってくれるかな」

「……ご存知でしょうが引き上げ時の点呼報告は隊長が行うものです。百歩譲ってこのとおり、隊は私がまとめて来ましたので、このまま揃って本部に戻ります。そして報告はあなたが行います」

 戦地を最終的に引き上げる際には、指揮官への挨拶を兼ね、隊長自ら点呼報告するのが通例だ。

 単なるしきたり、というか、作法、というか。

 そういった部類の特に意味の無い決まり事だが、長年、隊長を務めているスーリがそれを知らないはずがない。今まで、何度となく繰り返してきた作業の一つなのに「代わりに行け」と言うスーリの言葉にクローサは脱力を禁じえなかった。

「では、今からあなたが隊長でいいよ。私はこの荷台が一杯になったらこれに乗せてもらって先に帰ることになっている」

「“先に帰ることになっている”? 誰が何処で決めたのですか?」

「私が、さっき、決めた」

 さらりと言い放ち、スーリは「ふふ」と、笑みを添えた。
 悪びれず肩をすくめて見せる隊長の振る舞いには、クローサだけでなく、ほかの隊員たちからも呆れの混じった溜め息が漏れた。

「殿しんがりを担うスーリ隊が凱旋の隊列にいなくては問題になります」

「隊はちゃんと並ぶよ。私は抜けるけど」

 なんなんだ? これは。

 スーリの頑かたくなな態度に、問答が長引きそうな予感がした。

 クローサは、きちんと整列している隊員に休めの合図を出すと同時に素早く頭の中を巡り、一日の出来事を振り返る。何か、彼について特記すべきことはあっただろうか。

 夜明け前から隊列を組み、日の出とともに上がった敵の鬨ときの声を切っ掛けにして戦いが始まった。
 遊撃部隊として出撃後、隊はすぐに散開さんかいした。以来、今、ここで会うまでクローサはスーリを見かけていない。だがこれも、至っていつも通りだ。

 一体、何だというのだ。

 スーリと行動していたはずの隊員に目配めくばせしても首を振るだけだ。とはいえ、それも全く当てにならない。この赤髪はスーリ至上主義者だからだ。

 小男だが、俊敏で腕は立つ。スーリ隊は常に二人一組で行動することになっていて、スーリの相方はこの男、アイレイと決まっていた。
 クローサは、この男の寡黙なところがスーリに気に入られている、と思っている。何か変化があったとしてもスーリの許可なくしゃべるはずもない。

 じわじわと泡立つ腹の中を一先ひとまずいなすと、クローサは冷静に続けた。

「わかりました。我々が納得できるような理由を述べて下さればあなたの言う通りにしましょう。どうして今日は隊列に入らないのですか?」

「隊列が揃うよりも荷馬車が先に発つからだ。私は早く帰りたい」

 早く帰りたい――……だと?

「なぜ? ……まさか怪我でも?」

「……まあ、――そうだね。少し」

 少し――……だと?

 クローサは目眩めまいを感じた。
 スーリは時折、発作のようにこのような駄々をこねることがある。こうなってしまったスーリは難儀《なんぎ》だ。

 屁理屈を並べ始めたスーリにはとても付き合っていられない。この回りくどい作業はクローサにとって何よりも忌まわしい。さっさと言われた通りにして、こんな面倒事はやり過ごしたいところだが、副官としてはそうはいかない。

 どう見ても無傷だが、“怪我”という言葉を先に与えてしまったことに猛省もうせいしつつ、信じる、信じないは別として、ここは言葉通りに受け取ることにした。

「わかりました。では、私もご一緒します」

 “怪我”という事で納めても誰も文句を言うまい。クローサは隊員に向き直る。

「悪いが行ってくれ。マーロウ、皆を頼む。この人を一人にするわけにいかないからな」

「了解」

 後を託された参謀官のマーロウは、クローサと違いスーリの気まぐれは意に介していないようだ。「じゃ、行こうか」と、のんきな調子で隊員らを促す。「では」と、スーリにも笑みを向け、大振りに一礼した。

「マーロウ、すまないがよろしく頼む。悪いね、みんな。道中気を付けて」

「いえ。隊長もお大事に」

 スーリを軽くあしらうことのできるマーロウがいささか羨ましくもあるが、あのように飄々ひょうひょうとした男とスーリの組み合わせというのも空恐ろしい。

 それが、クローサがスーリ隊の副隊長でもありながら、自ら隊長に付き添うことにした理由だ。

 すっかり毒気の抜けたクローサはため息をつく。こうして皆が甘やかすから自分ばかりが小うるさく思われるのだ。

 しかしながらクローサが付き添うことについてスーリは黙って受け入れた。最低限は自分の立場は弁《わきまえ》えているようだ。とはいえ、わがままの理由を問い詰めたとしても、スーリが自分の気持ちを語ることなど、まずないのだが。

 こうしている間も、スーリが乗り込んだ荷馬車には次々と屍が運び込まれていく。クローサはそれを横目に、また忌々しげに溜め息をついた。

 当然のことながら積み荷は死体ばかりだ。ひときわ濃い死臭が鼻をつく。スーリは涼しい顔をしているがクローサはあまりの不快に場所を変えることを提案した。

「隊長、負傷者用の馬車に移りましょう」

「これでいい。私たちが乗ったらその分、負傷者が乗れないじゃないか」

 驚愕の返答だった。いや、驚愕ではない。薄々、そうじゃないかとはじめから思っていたではないか。これは問題ではない。クローサは自分を励まし、言葉を続けた。

「あなた、負傷者ですよね? まさか嘘だったんですか」

「嘘じゃないけどたいしたことないから」

「そうですか。では早速、怪我を見せてもらいましょうか。私が一先ひとまず手当てします」

「いいよ。たいしたことはない」

 クローサは舌打ちをした。再び湧き上がる苛立ちを今度は抑えもせず、大きなため息を遠慮なく吐き出した。

「だったらあなたが報告に行くんですよ。そして、きちんと隊を揃えて凱旋の隊列に加わるんです。それをなんですか? あなたは。怪我を理由に職務をおろそかにしたのですからせめて今すぐ鎧を脱ぎ怪我を見せなさい」

「鎧を脱いだら荷物になるだろう。兵舎に戻ってから見せるから」

「手当が済んだらまたければいい。さあ脱ぐのです」

 さすがにわがままが過ぎる。

 ややこしいスーリを扱うのには慣れているはずだが、自分も気が長い方ではない。凱旋に加わらない、負傷者用の馬車に移る提案も断られ、さらに怪我の手当てまで拒否されては、クローサの苛立ちは頂点まで達した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

処理中です...