ぐうたらの私が異世界で帽子屋(マッドハッター)になる

林和差(はやしかずさ)

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第二章

第十九話

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「何あのお城…」



全員、お城をキョロキョロと見渡す。




(あのお城から、あの気配がする…)



私はシルクハットを握りしめて、お城を見上げる。


「あーれー?やっぱり帽子屋だぁ~」


ゆっくりした口調で、私のすぐ横に現れた男がいた。


みんな一斉に臨戦態勢に入る。


「やだな~。そんな物騒な物を向けないでよ。君たちのピンチを救ったのは、僕だよ?」


そう言って、一度姿を消した男は、今度は門の上に現れた。


「どういうこと?」


レイチェルさんが剣を構えながら聞くと、


「オークに襲われてたところに、僕がこのお城の階段を出したんだよ。このお城は僕の城だよ」


そう言って、門の上で「ようこそ」とうやうやしく一礼した。


「そ、そんなことができるの?」


「できるともさ。この城は僕の意思でいろんなところに現れたり、消したりできるのさ」


男は再び姿を消した…煙のように。


「そうそう、僕が用のあるのは帽子屋だよ。君に会いに来た」


私の目の前に煙が集まってきたかと思うと、その煙が人の形になり、あの男が出現した。


「あ、あなたは、マッドの知り合いですか?」


「マッドは僕の古い友人だったよ。でも今はもういない」


そう言って私の手を掴み、手の甲にキスをした。


「あ!ばっちぃ!!」


シオがそれを見て怒る。


「…僕は子どもは苦手でね!帽子屋は借りていくよ」


男はそれだけ言い残し、私の腰に腕を回すと、そのまま煙のように消えた。


「ママーー!!」


遠くでシオの声が聞こえた気がした。






こうして私はこの男…チェシャーに連れ去られ、お城の中に招待されていた。


「あの、私に用ってなんですか?」


「まあ、いいじゃない。とにかく席について。お茶にしよう」


チェシャーはそう言って、手をパンパン鳴らすと、メイドさんたちがお茶やお菓子を持ってきてくれた。


「で、でも、皆さん待っていると思うし…」


半ば無理やり座らされながら、私は言うと、


「彼らは、勝手に僕のお城に入ってきたみたいだよ。危険はないけど、迷宮だからねぇ…ここまで来るのは数週間、数か月かかるんじゃない?」


チェシャーはそう言ってお茶を一口飲んだ。


深い紫の瞳に明るい紫の髪。


私より若く見えるけど、いくつなんだろう。


「…チェシャーさんは…」


「帽子屋、僕のことはチェシャーと呼んで。君と僕の仲じゃないか」


「チェシャー、私はマッドじゃないけど、それでもいいんですか?」


「たしかに、マッドはマッド。君は君だが、僕はマッドから能力を譲られた君にとても興味を持っているよ。

君はマッドからこの能力の引き継ぎ方を聞いただろう?」


…そうだ。この能力は遺伝しない。

この能力を譲りたいと思った人物に譲って、初めて引き継がれるのだ。


「…あとは死んだときに、帽子を持っていた人が引き継ぐと聞きました」


私の言葉に、チェシャーは頷きながら聞く。


「君は選ばれたのさ、マッドに」


「私は偶然だったと、思っていますが」


「偶然は必然、表裏一体さ」


そう言って、チェシャーはカップの紅茶を見つめながら言う。


「とにかく。僕は君の人生の虜なのさ」


「私の人生?」


「そうさ。『異世界から来た帽子屋』。それだけで僕は胸が躍るよ!」


そんなにいいものではありませんが。


そう言いかけた私の近くに、チェシャーは再び来た。


煙のように消え、煙の中から現れる。


何回見ても慣れない。


「君は、本当に興味深いよ…」


そう言って、私の唇を指でなぞる。


「ちょ…」


あまりに距離が近すぎて、私は距離を取ろうと立ち上がったところを、チェシャーにからめとられる。

腰に腕を回されて、身動きが取れない。


「…いつまでも。ここにいていいのだよ」


そう言ったチェシャーに、ゆっくりと深く口づけされる。


「んん…」


なぜかその瞬間、私はふとユラくんを思い出した。


「なにするの…っ!」


「親愛の証ですよ」


私が必死に引きはがすと、チェシャーは悪びれることもなくそう言った。


「私!帰ります!」


怪しげなお茶を一気に飲み干し、私はそのまま部屋を出た。


「こんなに早く?僕はもっとお茶会したいけど」


そう言って、彼は私の背後に現れ、右手を掴まれる。


「し、神出鬼没!」


「僕の能力だからね。君はまだ、使ったことがない能力がいくつもあるね」


私はここが使い時だ!と思い、左手でシルクハットを振り上げた。


すると、部屋中に霧が立ち込めた。


「わあ、僕実際には初めて見たよ。帽子屋のこの能力」


近くでチェシャーの声が聞こえる中、私は気配を消す帽子をかぶりつつ廊下を逃げた。


…幻を見せる霧の力だ。


あとは、シオたちを見つけないと。



私は忍び足で廊下を歩き、下の階へと行った。


「ひー…方向音痴すぎて迷う!」


たくさん扉と階段と。


私はいろんな扉を開けながら、シオたちを探す。


ここが何階なのかもわからない。


試しに窓を開けて、下を見てみたら、目が回るほどの高さだった。


「こんな上のほうにはきっと来てないはず…」


そう言って、窓を閉めようと顔を上げた瞬間、目と鼻の先にチェシャーが現れた。


「やあ。また会ったね」


「まぼろしまぼろし~」


そう言いながら、帽子を振って再び霧を生み出す。


「窓を開けておくと、少し効果が薄まるね。密室で使うことをお勧めするよ」


チェシャーはそう言うと、再び私の腰に腕を回した。


「ねえ、帰りたいんでしょ。僕が皆のところに帰してあげるよ」


「いいの!?」


「もちろんだよ。僕は残念だけど、君と僕との仲だからね」


その言葉とともに、チェシャーと私は一緒に黒い煙になった。






「ここはさっきも来たぞ」


ダウニーさんの声がする。


「早くママを助けないと、アイツに何されるかわかんないよぉ」


シオは涙声で言ったその瞬間、私とチェシャーは黒い煙となって、目の前に現れた。



「「「「ヨアンさん!!」」」」「ママ!!!」


全員驚きの声を上げ、シオはすごい勢いで私に抱き着いてきた。


「ただいま戻りました」


泣いているシオをなだめつつ、皆さんに挨拶した。



「おやおや。これでも早くお返ししたつもりだったんだけど」


チェシャーはそう言って、出窓の枠に足をかけた。


「この城から出たいんだけど」


「もちろんお返しするさ。せっかくの久しぶりの来客だから、もっとゆっくりして欲しかったけどね」


「もう、嫌いお前!!!」


シオがチェシャーに威嚇する。


「ふふふふ。愉快愉快。…では皆様、ごきげんよう」


そう言ってチェシャーがうやうやしく礼をすると、私たちの周りに黒い煙が湧いてきた。


…帰れる。一安心したのもつかの間だった。







ザク




足が地面に着くと、なんとそこは雪国だった。



「さ、さむーー!!」


ダウニーさんが一番に声を上げた。


「チェ、チェシャーの奴、どこに連れてきたのぉ??」


私も震えながらあたりを見回す。


一面銀世界の平野だった。数センチ、雪が積もっている。


「今までいたファフニール国は雪が降らない国だったから、もしかしたら越境している可能性がありますね」


「とにかくどこかの町に行かないと、凍死しそうです!!」


と私が言うも、どちらに進めばいいかもわからない。


「とりあえず防寒を付与した帽子出しますね!!」


久しぶりに人前で帽子を出した。


皆さん食い入るように見てた。


出てきたのは、もこもこふわふわした帽子。


「ローブがいいですね。すみません」


「「「「いや、たすかる」」」」


全員分出して皆で被った。


わずかに暖かくなった気がする。


「ママ、寒い…」


手に息を吹きかけながら、シオは言う。


「誰かがこちらに来るぞ」


リックさんがはるか遠くを指さして言った。


皆一斉にそちらを見る。


私は眼があまりよくないので、しばらく見えなかったが、確かに馬に乗った人がこちらに向かってきていた。


そして目視できる距離になったところで、私はその人物に見覚えがあることに気づいた。



「セカ…」



私は思わず帽子を目深に被った。


金の髪、蒼い瞳。一層精悍な顔立ちになったセカだった。


「このようなところで、そのような恰好で何をしている?」


聞かれてもおかしくない質問だが、全員何と答えたらいいのかわからず逡巡した。


…ここはきっとフェンリル国だ。


私は確信を持ってそう思った。
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