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人類の報復
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「それで、宴会は楽しんでもらえているかな? 幹部である君達の為に今日は絶品の料理を用意したつもりだが」
「ええ。皆、満足していると言っていました」
俺は他の誰かが下手な事を言う前に、つかさず答えた。
「そうか、それは良かった。これで、また新しい料理士を探す手間がはぶける」
王ゲルドはそう言うと両脇についていた付き人の女に外に出るよう合図を出した。
「この様な場で悪いが、皆に伝えておく事がある。昨晩、ゴープ村の守護をしていたガーゴイルのノルンズが人間によって討伐された。これで再び人間の侵略を許す事になってしまったわけだ」
「ノルンズ……。たしか、お前んとこの部下じゃなかったけか? なぁブルーク」
フードを被り背中に二本の剣を携えた男が吸血鬼のブルークに挑発する様に言った。死神のサークルだ。それを聞いたブルークは静かに席を立つと。
「ノルンズが……良いでしょう。私が直接ゴープ村へ出向き、再び人間共から奪い返してみせましょう。部下の失態は上司である私が取らなくてわなりませんからね」
「へぇ~。やる気満々じゃねぇか。幹部が直接出向くなんて…… こりゃ見ものだな」
サークルは続けて煽る様に言った。
「何を勝手な事を言っている、ブルーク。それを決めるのはお前ではなく王だ。勝手な事を口走るな」
ブルークの横に座っていた鎧のグラーディスは、冷静な態度で注意をした。
我に戻ったブルークはすみませんでしたと反省すると、席に戻る。サークルは少しばかし不満を見せた。
「ブルーク。確かにお前の部下の失態により我々は領地をまた失った。本来ならこのままお前に任せるところだが、今回ばかしはそうもいかない。ここ最近の人間共の成長具合が放っておける物ではなくなっていてな。昨晩やられたノルンズも決して弱い魔物では無かった。しかし負けた一対一の戦闘でな」
「一対一……」
ブルークは信じられないとばかりに顔をしかめた。
「ありえない……。たかが人間、それもたった一人にノルンズがやられたと言うのですか……」
「しかしノルンズもよく頑張った 本能解放『ビースト』 を使ったまでは良かったが、やはり最後の最後で爪が甘かった。相手の人間もかなりの重症を追っていたが致命傷にはならなかった」
「……では一体、誰をゴープ村へ向かわせるおつもりなのですか? ノルンズがやられた以上、下級の魔物に任せるわけにはいかないでしょう」
「でしたら、この男より序列の高い私が言って差し上げましょう。チリ一つ残さず殲滅する事を誓いますわ」
自信に満ちた表情でガストが答える。
「確かに幹部序列三位のお前であれば奴一人程度どうにでもなるだろう。しかし、今は一瞬の油断すら許されない。相手も一人とは限らない。お前を信頼してい無い訳では無いが、ここでお前を失うリスクははぶきたい」
幹部達の視線が一斉に王へ送られる中、王は答えた。
「ブロイド、お前がいけ」
「俺が……?」
突然の事に俺は戸惑いを見せた。
「当然だ。最も安全にそして確実に村を取り返すのならお前しかいないだろう。
序列一位幹部総括大悪魔ブロイド」
信頼と言うべきか試練と言うべきか、王の目にはどちらとも言えない威圧さがあった。
「悪いが明日には村に行ってもらうぞ。村の奪取はもちろん可能であればその人間ごと始末しろ。無論、方法は問わない」
「……了解。その日のうちにでも奪い返してみせます。……それでその人間の名は何と言うのですか?」
「クロ……ただのクロだ。姓を持っていない」
「姓を持たない? 貴族ではない、ただの平民……」
「そうだ。本来であれば平民が我々魔族を殺すだけの力を持っている事はない。しかし、あの男はそれを持っている。普通の人間ではない事は確かだ」
「でしたら! 私も同行させてください。相手の素性が分からないのにブロイドだけで行かせるのは危険ですわ」
ガストは俺の腕を両手で掴むとベタベタとくっつきながら王に強く訴えた。
「いや、俺だけで十分だ。それにお前の魔術じゃ人間どころか村ごと消えてなくなりかねないからな。お前は留守番だっ」
「ぐぬぬ……」
俺は掴んでいた腕を振り払うと、ガストの額を人差し指で突いた。
「では明日は頼んだぞブロイド。万が一、お前がやられる様な事があれば、それは事実上の我々の敗北と言って良い。ヘマだけはするなよ」
「もちろん……」
俺がそう答えると一瞬、静寂な空気が流れた。
「では、業務連絡はこのぐらいにして、今回のメインイベントといこうではないか。……中へ入れ、ベル」
王がそう言うと、再び扉が開かれる。そこに現れたのは金色の髪に透き通る様な青眼を持つドレス姿の少女だった。
両脇に先ほどの付き人を連れて、少女は中へと入って来た。
「皆さん、お久しぶりです。お元気にしていましたか?」
少女は礼儀正しく挨拶をすると、無垢な笑顔を見せた。まるで今日この日を楽しみにしていたかの様に。
「皆、知っている事だと思うが、今日の宴会は彼女の誕生日会も兼ねている。それに今日は記念すべき十八の誕生日だそうだ。皆で壮大に祝ってやろう……人族の王女、ベル・リーニャ姫をな」
王はそう言うと高級ワインの入ったグラスを高く上げる。それを合図とばかりに幹部達もそれぞれ持っていた器を高く構えた。
「では、ベル・リーニャ姫の十八の誕生日に……乾杯!」
「「乾杯‼︎」」
幹部達が一斉に声を出す。
「さぁさぁ、皆食べてくれ今日は祝いだ。何か欲しい物があれば好きに頼んでくれ、すぐに用意させよう。では、姫は私の隣へ。きっとしばらく会っていなかった分、積もる話もあるだろう。聞かせてくれたまえ」
付き人の片方が、どこからか持って来た椅子を王の隣へと置くと、人族の姫は何の躊躇いもなく席へとついた。
「それで、どうだねここでの暮らしは。もう二年になるが慣れてくれたかな?」
「はい! 皆さんとても親切にして下さるので何不自由なく過ごせています!」
姫の笑顔は雲一つないほどに晴れ晴れとしていた。とても人質には見えない……
「そうか、それは良かった。それと、最近、身体に異変を感じたりはしなかったか? こう、頭がクラクラしたり……」
「いえ、いつも通り元気にしてますけど、何かあったんですか?」
「いや、何も無いなら問題は無い。話を変えようか……」
どうやら姫にかけていた洗脳は解けていない様だ。もし、あれが解ければ姫は前の様に暴れ出す事だろう。
「さっきから人間ばかり見て、何が楽しいんですの? ほらっ、食べないんでしたら私が代わりに食べさせてあげますわ。お口を開けて、アーーン……」
「おい、やめろ! 今は飯を食う気分じゃないんだよ。そんなに食いたいなら俺も分も食っとけ」
「もぉ! 今日くらい良いではないですか。せっかくの宴会なんですから、少しくらいかまってくれても……」
「ベル! ほれっ、受け取れ」
「こ、これは?」
俺は包装された小さな箱を姫に投げ渡した。
「誕生日プレゼント。人間は誕生日にプレゼントを渡すって前に言ってただろ? 去年は渡せなかったから、今年こそはって思ってな気に入ってくれると良いんだがな」
「凄くうれしいです。大事にしますね!」
姫はその箱を大事そうに懐に抱え込んだ。
「わ、私の分は無いのかしら?」
「お前はそもそも今日誕生日じゃねぇだろ。それにお前は大抵何でも持ってるだろうが、今更何が欲しいんだよ」
「私は別に物が欲しい訳じゃ……」
ガストはモジモジとした表情で顔をしかめた。
「そうだ。明日、俺が城にいない間、ベルの見張り……いや面倒を代わりに見てやってくれないかグリス」
「……任しときって! しっかり面倒見てやるよ」
奥に座っていた序列十五位キメラのグリスは親指を立てた手を高く挙げ、返事をした。
~数時間後~
「……では、そろそろこのあたりで宴会を閉幕しようではないか。明日から通常通りそれぞれの持ち場の防衛を頼む。それと、ブロイドお前は姫を部屋まで案内してやれ。一人では危ないからな」
「了解」
「よし。ではこれで解散だ。皆、持ち場へ戻れ」
「「了解」」
そう言うと幹部達は席を立ち、各々の持ち場へと帰って行く。この国の幹部達は皆それぞれの領地を持っている。その為、こうして幹部達が一斉に一箇所に集まる事はあまり無い。
「よしっ。それじゃ俺達も行きますか姫……いやベル」
俺は王の隣に座っている姫に右手を差し出した。ベルは少し辺りの様子を伺いながらソワソワとした態度をとる。しばらくするとベルは自身の右手を俺の右手にそっと合わせた。
「では、王よ失礼いたします」
「ああ。頼んだぞ」
俺は一つ会釈をするとベルを連れて扉の外へと出て行った。
「……で、どうだった今回の宴会。楽しかったか?」
廊下を歩いてしばらくした時、俺は少し馴れ馴れしくベルに話しかけた。
「はい! 凄く楽しかったですよ? 最後のデザートなんて今まで食べた事無いくらい美味しかったですし。それに幹部の皆さんの話もとても面白かったです!」
「いや……アイツらの話が面白いって、ちょっとどうかしてるぜ(結構グロい事、言ってたきがするんだがな)。まあ、お前が楽しんでくれたなら別に良いんだけどな。あ、それと聞いてたと思うけど、明日は俺が朝からいない予定だからしばらくはあのグリスがお前の面倒を見てくれる事になってる。迷惑かけるなよ?」
「大丈夫ですよ! 私こう見えてもしっかりしてますから!」
ベルは少し偉そうに胸を張った。
「なら、まずは朝自分で起きれる様になってくれよ。毎度毎度お前がなかなか起きないせいで遅刻しかけてんだから」
「だ、大丈夫ですよ……。あ、明日こそは自分で起きてみせます!」
ベルはそう言うが、今まで一度たりともコイツが自分で起きた事などない。
"ドンッ ドンッ"
ふと多くの足音が響いて聞こえた。おそらく、城の兵士達が次の戦闘に備えて準備しているのだろう。
「最近、城の皆さんがとても慌ただしくしていますけど、何かあったんですか?」
「そうだな。実は最近ある悪い種族がお前を誘拐しようと企んでいるみたいでな。それで、皆お前を守ろうと必死に闘ってるんだよ。だからお前は何も心配しなくていい」
「その……一つ気になるのですが……その先ほどブロイドさんが言っていた悪い種族とは一体何の……」
「着いたぞ」
俺はベルの話を遮った。
「とりあえず、もう遅いから部屋に入って今日の所は寝ろ。明日になったらグリスが迎えに来るからな。分かってるとは思うが、明日グリスが迎えに来るまでは何があっても外には出てくるなよ。分かったな?」
「もちろん分かってますよ。どうせ出たってやる事ないですし」
「そうだな。それじゃ誕生日おめでとう、また明日……」
俺はベルの部屋の扉を閉めた。そして夜が明けるその時まで扉の前に滞在した……
~後日~
その日は、天候に恵まれ雲一つ無い快晴であった。鳥達が早朝から美しい音色を奏で、冷えた風が頬を撫でる中、俺はその村を上空から見下ろしていた。
「あの村で間違い無いんだな?」
「もちろんです! 昨日からずっと見張ってましたから間違い無いです!」
「右に同じです!」
俺の両脇には幹部序列九位邪風神のアシュラと幹部序列十位邪雷神のイシュラが付いている。コイツらにはここまでの道の案内をしてもらった。空を飛べているのもコイツらの能力のおかげだ。
しかし、幼い見た目をした双子の姉妹は一見見た目の区別が付けにくい。
「それで、人間達は今何をしてるんだ? 早朝にしては少し騒がしく見えるが」
「確か今は祭か何かをしていたと思いますよ。何せ、あのノルンズを倒したんですから! 調子に乗ってるんですよ!」
「左に同じです!」
幹部姉妹はどちらも無邪気な笑顔を見せた。
「なるほどな。しかし、やる事は変わらない。人間達には悪いがな。アシュラ、すまないがここら辺で降ろしてくれ。それと、もし俺が五分で戻って来なかったらお前らは先に戻って王へ報告に迎え、良いな?」
「はい!」
「右に同じです!」
姉妹は続けて言う。
「「降下『フォール』」」
その言葉とともに俺は上空からゴープ村目掛けて自由落下を開始した。時間の流れとともにその村の全貌がハッキリと見えて来る。
動物の様に群れ騒ぎ立てる人々、必死に子供を探す母親、売店で物を買う人達、その全てが俺には新鮮に感じた。昨晩までノルンズが占領していたとは思えないほどにその村は活気に溢れていた。
しかし、まぁ、だからこそ……奪いがいがある。そろそろ上空一キロメールを切った頃だろう。そう言えばベルはちゃんと起きただろうか? グリスは結構、情緒不安定な所があるからな、迷惑かけてなきゃ良いんだが……
"ドーーンッ"
その瞬間、村中に落雷の様な騒音と地響きが起きた。よく見ると着地地点には俺を中心に半径三メートルほどのクレーターが出来ていた。
「ヤッベ、出来るだけ衝撃を和らげたつもりだったんだけどな、いきなりクレーター作っちまったな。ま、あとで直すか」
俺は村に着くと早々に独り言を口にした。
「だ、誰だお前……。なんで……い、いきなり上から降って……」
年配の男が声を震わせながら言った。
「悪いな人間、急に驚かす様な事して」
俺の周りには既に二十人ばかりの人間達が見せ物とばかりに俺を見物していた。
「その……なんて言うか、楽しんでる所悪いんだけどよ。全員……」
俺の身体から禍々しいほどの紫のオーラが滲み出る。流石に俺が人間相手に負けるとは思えないが、念のため最初は全力で出迎えるとするか。
「……ん? なんだ、妙に静かだな……」
ふと、辺りを見渡すと俺を見物していた人間達が皆、地面に倒れ込んでいた。
「まじかよ。もう死んでやがるぜ……。いくらなんでも全力を出すのはやり過ぎたか。いや、あの人間を誘い出すにはちょうど良いか」
その後、俺はブラブラと村を探索しながら、村の中心へと足を歩ませた。行く所、行く所、人間の死体ばかりで特に面白味のない村だと考える。あのクロと言う人間が何かの手違いで既に死んでくれていないだろうか。俺がそう考えていると、誰かがこちらへゆっくりと向かって来る気配を感じた。
「ふん……。誰かこちらに向かって来てるな。まあ、でもまだ時間がかかりそうだ。なあ、おっちゃんリンゴ一つ貰えるかっ……て、死んでるか。とりあえず貰っていくぜ。代金はいつか払うよ」
リンゴをひとかじりすると、近くにあったベンチに腰掛ける。少し待ってればあっちから来てくれるだろう。アシュラとイシュラには五分で戻ると言ったが、もっと早く帰っても良いかもな。
「にしても、人間共の作るリンゴはこっちの魔族の作るリンゴより甘くて美味しいな。今度、持ち帰ってアイツらに作らせるか」
葉と葉の擦れる音がはっきりと聞こえるほどに村は静まりかえっていた。遅いな……。そろそろ来てくれるとありがたいんだけどな……
「おっ、やっと来たか……」
しばらくベンチでくつろいでいると、一人の人間が五十メートルほどの間合いをとって現れた。こんなに近づいても死なないという事はただの人間ではなさそうだ。
「お前、何者だ……」
人間は手に剣を握りしめると、鋭い目付きで俺を睨んで言う。
「お前か? 一人でノルンズを倒したっていう人間は。確か名前はクロだったけか?」
「だとしたら何だって言うんだ。それよりお前こそ誰だ! 村の人達に何しやがった」
「いや、別に。お前が誰であろうとやる事は変わらないんだが。まぁ、一応な?」
「良いから俺の質問に答えろ。お前は誰だ! 魔族か?」
俺はゆっくりと腰を上げた。その時、物陰から一人の年配の男が走って来た。
「ま、待てクロ……。急に走るなと言ったでは……」
年配の男の口調から剣を構えた人間の名前がクロだと分かった。しかし、年配の男は俺を見るなり突如と顔を真っ青にした。まるで何に怯えているかの様に。
「ク、クロ。お前は今すぐにこの村から逃げるんだ」
「な、何を言っているんですかザーズさん。俺達が逃げたらこの村の人達が皆殺されるかもしれないんですよ?」
「良いから逃げるんだっ! 悪いがお前では勝てないんだ。奴には勝てない……」
ザーズと言う年配の男は顔をしかめた。
「ああ、思い出した。お前あん時のガキか。いやぁにしても随分と大きくなったな。まさか、こんな形で再会出来るなんて思ってなかったぜ」
「黙れ悪魔。ワシは……ワシは今日までずっとお前を殺す事だけを考えて生きてきた。だが、それも今日までの様だ」
ザーズは着ていたマントをサッと脱ぎ捨てた。
「良いか、よく聞けクロ。お前はこのまま西を目指せ、そこにワシの古い友人がいる。今後の事はその者から聞くと良い。ワシの信頼出来る友人じゃ」
「逃げるって……。ザーズさんはどうするんですか? 一緒に逃げるんですよね?」
「クロ。お前との旅もここで終わりだ。何度かお前に振り回されたり、危険なめにもあったりしたが……」
クロは何かを覚悟したかの様に目の中を泳がせた。
「ワシの最後の旅にしては悪くはなかったぞ」
「何んでそんな事言うんですか? い、一緒に戦いましょうよ。最後まで諦めずに戦えって、ザーズさんが言ったじゃないですか……」
「すまんなクロ……」
クロの頬に涙が流れる。
「ザーズさんっ」
「『転移』」
クロがザーズに掴み掛かろうとしたその瞬間、ザーズは魔法を使いクロをどこかへと転移させた。
「しまったな。あのクロって言う人間も殺す予定だったんだが、逃げられたか」
「何が目的だ魔王軍幹部ブロイド」
「ほぉ。ちゃんと俺の名前を覚えてくれてたなんて光栄だな。もう六十年も前だってのに」
俺は少し嬉しそうな表情をとる。
「忘れる訳が無かろう。昨日の事の様に覚えているさ……」
「俺がお前の村を襲った事をか?」
ザーズは拳を強く握りしめると、眉間にシワを寄せた。どうやら、まだ根に持っている様だ。
「そうか、ちゃんと覚えてるのか。なら、俺がお前を見逃してやった事も覚えてるよな?」
「ああ。だが、貴様は後悔するだろう。あの時、ワシを殺さなかった事をなっ!」
"ゴゴゴッ"
突如、地面が揺れだす。そして、地面に出来たヒビが俺を中心に広がっていった。
「死ぬ覚悟は出来てるだろうなブロイド……」
俺は薄っすらと笑ってみせた。ザーズはそんな俺の態度など気にする事無く左手を前に突き出した。
「……第一筆『龍』!」
その瞬間、地面のガレキの一つが風を切る様なスピードで俺目掛けて飛んできた。俺はそれを避けるが、次々にガレキが飛んでくる。
それにこの威力、そこらの魔物が喰らったら致命傷になるレベルだ。
「ほぉ、この流石にこの程度では当たらないか。だが、これならどうじゃ。 第二筆『跳』!」
ザーズが左の拳を握りしめると、周囲のガレキと共に俺の身体は重力に反する様にゆっくりと浮いていった。地面のガレキは完全に剥がれ、下に大きな穴が出来ていた。
「どうじゃ。もう逃げ場は無いぞ」
地面から足が離れ、プカプカと浮いている最中もガレキは休む事無く俺に襲いかかる。
「どうした! 反撃してみるが良い。ワシはまだ、ここから一歩も動いておらんぞっ」
「そうか、なら……。んっ?」
俺が右手を振りかざそうとした時、突然、四十センチほどあったガレキが砕けサイコロほどのサイズになった。
「もう、遅いわっ! 第三筆『虎』!」
ザーズの掛け声を合図に砕けたガレキ達が規律正しく動きだす。徐々に形になってゆくそのガレキ達はまるで虎の様な形をしていた。
「何をしとる、動いてみるが良い。そやつは貴様が動いたその瞬間に歯を向けるぞ」
確かに宙に浮いている状態からでは上手く逃げることは難しい。だが、このまま動かずいたとしても、奴は攻撃を辞めないだろう。
俺は自身の手の平をザーズに素早く向けた。
"ガッ"
しかし、その虎は既に俺の動きを感知していた。
「動きよったなっ!」
虎はその巨大な口を開き俺を飲み込む様に飛んで来る。避けようと身体を動かすも、浮いている状態でそれも出来なかった。
俺はその虎の形をしたガレキの中に飲み込まれる。ガレキの塊は俺を飲み込んだまま地面に出来た穴の中へと入っていった。
「さぁ、これで終いじゃブロイド! 第終筆『臥』!」
ガレキが俺を飲み込んだまま完全に地面に入り切ると、まるで穴など無かったかのように更地へと戻った。どうやら俺は地面の中で生き埋めになったようだ。
「改法術『龍跳虎臥』!」
"ゴォォオ"
トドメとばかりに雷が降り注いだ。
「はあ……はあ……。これで生きていたとしても出てこれはしまい。たとえドラゴンであれこの法術から逃げられはしまい。はあ……」
ザーズはかなり体力の消費が激しいのか、地面に膝をついた。だが、ザーズは少しづつ笑みを浮かべると、そこと無く笑った。
「ついに勝ったぞ……やったぞ。見たか、ワシが皆の仇を打ったのだ、ワシが倒したのだ! 幹部をワシが倒しっ……」
何故かザーズの笑いが収まった。
「……おいおい、どうした? もう少し笑ってくれてても良いんだぜ?」
俺は後ろから優しく答えると。ザーズの肩に手を置いた。
「……だ、大一筆……っ」
"グイッッ"
ザーズの左腕が放物線を描くように吹き飛んだ。流石に同じ物を二回も喰らってられないからな。反射的に切り落としてしまった。
「貴様っ! 一体……どうやって」
「どうやってって、逆にどうやってアレで俺を封印しようと思ったんだ? なんて言うか正直、期待外れにもほどがあるぜ?」
ザーズは左腕から血をタラタラと流し俺から間合いをとる。どうやら距離を詰められるのは苦手なようだ。
「それで、もう終わりなのか?」
「くっ……。たかが魔族の分際で馬鹿な事を言うで無い。貴様らごときに人族が遅れをとるわけが無かろう」
ザーズは右手に炎を纏わせると、戦闘の構えをとった。しかし、その炎からは脅威を感じられなかった。
「随分と弱々しい炎だな。もう、マナ切れか?」
人族の扱う魔法は法術と呼ばれる。法術は体内のマナと呼ばれる活動エネルギーを消費して魔法を生み出す。しかし、体内のマナが切れれば、しばらくの間、魔法が使えなくなる。
「馬鹿をいえ! あの程度でワシのマナが弱る訳が無かろう。それにワシの心配をする前に自分の心配をしたらどうだっ」
「何?」
突然ザーズの姿が消えた。俺は辺りを見渡すが、ザーズの姿はどこにも無い。
「逃げたか……?」
俺がそう言うと、足元の影が段々と大きくなってゆくのが見えた。まさか、上?
「燃え尽きろっ! 『獄炎鳳』!」
ザーズは鳥の形をした巨大な炎の塊と共に、空から舞い降りる。その炎は先の弱々しい物とは打って変わり見事な物だった。
「良い炎だ。だが、まだ甘いな」
俺はザーズに手の平を向けた。すると、一瞬にして鳥の方をした炎の塊が跡形もなく吹き飛んだ。しかし、そこにザーズの姿は無かった。
「また、消えた……」
「後ろじゃっ! 喰らえ『獄炎突貫』!」
ザーズは俺の背後に回り込むと右手の赤炎をギラギラと輝かせた。
「だから、無駄なんだよ」
俺はザーズが突き出した右腕を軽々と掴んだ。ザーズは険しい顔をしながらも、しっかりとこちらを見つめていた。
「ぐはぁっ……」
ザーズの腹に風穴が開いた。そして、炎が完全に消えた。
「見逃してやったってのに、わざわざ殺されに戻ってくるとは、本当に馬鹿な奴だな」
俺は優しく話しかけるが、なかなか返信は返ってこない。
「残念だザーズ。まさか六十年も待たせておいて、この程度だとはな」
俺はそう言うと掴んでいた手をそっと離した。もう奴の身体からは何一つ生気を感じられなかった……
「闘炎『ヘルクレス』!」
ザーズの右腕に炎が再点火された。
「お前っ、まだ動け……」
その炎は以前とは比べ物にならないほどの脅威を見せた。
「お前その炎、まさか……魔術!」
「どうした。こんなボロボロの年寄り相手に何を怖がる必要がある。それに言ったじゃろ。死ぬ覚悟は出来とるかと。ああ、ワシはあの時からずっと死ぬ気で今日まで生きとるぞ!」
魔術は俺達、魔族の扱う魔法の事を意味する。魔術は法術のように体内のマナを消費する事なく魔法を扱えるが、その代わりに……命を削る。
間違いない、このジジイ死ぬ気だ。
「ォォオオッ! 共に死ねっ!」
これはさっきの言葉を撤回しないといけないみたいだ。人間が魔術を使うとは大したもんだ。だが……それじゃ、本物には勝てない。
「時間停止『ストップ』」
「」
その瞬間、俺以外のこの世の全ての万物が動きをやめた。
世界の時間が止まったのだ……
この世界には三種類の魔法が存在する。一つは人間が使う法術、二つ目は俺達魔族の扱う魔術、そして三つ目は生物が生まれつきに持つ、固有魔法。この魔法は他の二つと違い誰にでも使えると言う物では無い。生まれつきにそれぞれが違った固有魔法を持ち、他者の固有魔法を習得する事は出来ない。よって固有魔法とは自分だけが使えるオリジナルの魔法と言う訳だ。
そして、俺の持つ固有魔法は【時人『トラベラー』】、時間操作の魔法。この世の時間を停止させる事も可能だ……
時間の停止する世界でただ一人、俺はザーズの背後へと移動する。
「ザーズ、お前はよく頑張った。もう休め……」
俺がザーズの頭を鷲掴みにすると、再び世界の時間が動き出した。そして、地面に倒れ込んだザーズの身体には、もう既に頭部など存在しなかった。
「通信『コネクト』。聞こえるかアシュラ?」
俺は通信の魔術で遠くで控えているアシュラに連絡をとる。
(はい! しっかり聴こえていますよ。何かありましたか?)
「悪いんだが、後の始末はお前達でやってくれないか。一通り確認したが俺達の脅威になるような奴はいなかった。だから後はお前達で好きにやってくれ。責任は俺が持つ」
(うぅ……ん。分かりました! ブロイドさんの頼みならやって上げましょう。後で魔王様に怒られても知りませんからね?)
(右に同じです!)
「助かる。じゃ俺は先に城に戻ってるからお前らも終わったらすぐに戻れよ」
((はーーい!))
アシュラとイシュラの息のあった返事の後、村に無数の雷が降り注いだ。俺は逃げ惑う人々の叫びを聞きながら城へと帰って行った。
「時間還元『ゼロタイム』」
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