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8 笑い話
アルノルドが慌ててジルベルタの顔を覗き込む。
「どうした? ジルベルタ、悲しいことがあったのか?」
ジルベルタは無言で首を振る。それから勝手に溢れた涙を強引に拭った。
「違うの。悲しいというか、情けなくて……」
「情けない?」
「……浮気されたの……」
ジルベルタは正直に言った。そっとアルノルドを見上げると、ぽかんと口を開けている。
「浮気?」
「ええ」
「侯爵が?」
「ええ」
「え、君と結婚しておいて?」
「……そう」
「あんなにご執心だったのに!?」
「…………そうなの……」
アルノルドが言葉を重ねるたびに、ジルベルタは深く頷いた。
呆然とするアルノルドである。
なんといっても社交界の華とまで呼ばれたジルベルタだ。当時多くの貴族が求婚していて、侯爵は唯一の座を勝ち取った人物である。
一時期アルノルドとジルベルタが特別な仲なのではと勘ぐって、押しかけてきたことまである。その時のことはアルノルドの記憶にも鮮明に残っていた。
「かなり……盲目的になっていたような覚えがあるんだけど……」
「私もその記憶があるから、あなたの認識は間違ってないわ」
「なんというか、怒りよりも驚きが勝って、ちょっと……」
「わかるわ。私も怒りより呆れが勝っているもの」
ジルベルタは再び深く頷いて、浮気の原因について話して聞かせた。美しすぎてなどという意味不明な理由を伝えれば、アルノルドはものすごく微妙な顔をして、全力で引いていた。
しかも相手が侯爵で、身分はトップクラス。国の中枢にも顔のきく存在だ。その彼があらゆる制止を押し切ってジルベルタに求婚したのもアルノルドからしたら異常なことであったのに、まさか浮気をするとは思いも寄らない。思わず口元を抑えて顔をしかめるアルノルドである。
「驚きよね……」
しみじみとジルベルタは言った。
「しかし……」
「ええ」
「侯爵って異星人だったのか……」
ジルベルタは一瞬虚を疲れて、しかしすぐに同じことを思うんだな、と思った。アルノルドの言葉に全面的に同意できて、ジルベルタは再び大きく頷く。
すると突然アルノルドが吹き出した。
「? なに?」
唐突なことにジルベルタは驚いたが、しかしすぐに眉間にシワがよる。
「笑い事じゃないのだけど」
「っす、すまん。わかってるんだが……俺が異星人って言ったら、君が頷くから」
「それは、だって! 私もそう思ったんだもの!」
腹を抱えて笑う姿に、ジルベルタ恥ずかしさに真っ赤になった。
実際、話が通じない相手だと思った時に、まっ先にリベルトは異星人だったんだ。と思うことにしたのだ。そうでもしないとジルベルタの方が気持ちを蝕まれていた気がする。
だからアルノルドの言葉に同意しただけなのに、どうやら笑いのツボに入ってしまったらしいアルノルドは、ひたすら笑っている。
「しかもあの侯爵がまさかそんな理由で浮気するなんて、アホすぎるっ……」
「アホって」
「だってそうだろう? 彼は君を女神か何かだと思って崇拝していたわけだろう。それで浮気って……」
たまらないといった様子で、アルノルドが腹を抱える。
「変な話なのはわかってるわよ」
「変で済ませていいのか? 貴族たちに知られたら笑われるぞ、あの人」
「それはたしかに……」
「妻が美しすぎて浮気した男。とかって題材で新聞でも出されてみろ! 戦争で疲弊した国民も笑うに決まってる」
「そこまで笑われたら不憫だわ」
思わず頰に手を添えて言うと、さらにアルノルドが吹き出す。
「ふびんっ! 不憫か!? いやいや、浮気した侯爵が悪いだろう!」
「でも、私が美しすぎたのが原因なのよね。ちょっと反省したりして……」
「君が! 何に反省するって? 美しすぎることに? それが新聞に書いてあったら俺は間違いなく買う!」
クックッと笑うアルノルドをジルベルタは呆れた顔で見上げた。
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