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21 決着
しおりを挟むグレンの言葉にショックを受けたようにレティシアは体をグレンから離した。
うつむき、足元を見つめている姿を、ルーラは後ろから見つめる。わずかな哀れみを感じていた。
しかし次の瞬間、レティシアが鬼の形相で振り返った。
反応することもできずに、レティシアが詰め寄ってくるのを呆然と視界に収めることしかできない。
「!?」
「お前のせいだ!」
レティシアの右腕が振り上げられる。
その手にはゴテゴテとした指輪がはめられていて、それで叩かれれば頬にはひどい傷がつくだろう。
「レティシア王女!」
「ルーラ様!」
複数の人間の叫び声が響いた。
ルーラは目を閉じなかった。
悲痛な表情で、泣きそうになりながら自分を叩こうとする少女の目を見つめていた。
――ああ、私はいま、この人を不幸にしたんだわ……。
覚悟すら持って、その手を受け入れようとしたその時、グレンがレティシアの腕を捕まえた。
「何をしている!」
慌てた様子でグレンが叫ぶ。
大勢が慌てて立ち上がっていた。
「離して! この女が! この女がいけないのよ!」
叫ぶレティシアの高い声はおそらく開け放たれたままの扉から、部屋の外へ響いているだろう。
外にいた衛兵たちが慌てて入ってくる。
しかし相手は他国の王女だ。命令もなく羽交締めにするわけにもいかず、グレンとレティシアを交互にみる。
グレンも衛兵に任せる気はないらしく、必死に暴れるレティシアを後ろから押さえつけた。両手を掴まれ、暴れるに暴れられないレティシアが、ルーラをぎらつく目で睨む。
ルーラはごくりと喉を鳴らした。けれども怯むことはできないし、謝罪する場でも、勝ちを誇る場でもないことは理解している。ルーラは唇を開いた。
「レティシア王女殿下……。わたくしのしたことを、殿下はお許しくださらないでしょう。けれど、この国の民のために存在する貴族の娘として、わたくしはすべきことをしたと思っております。どうか広いお心をもって……」
「黙りなさい! わたくしは王女なのよ! お前はグレン様が欲しくてわたくしの邪魔をしたのね!」
ひどい言い草に、グレンが眉を顰める。
今、ルーラは国のためと言った。それをレティシアは男を奪うためだと蔑むのだ。
しかしルーラは静かに瞼を伏せた。長いまつ毛の間から、憂いを帯びた瞳が揺れているのがグレンには見てとれた。
ルーラは静かに首をふるが、それはとてもぎこちなかった。
図星だったのだ。自分は本心のどこかで、グレンを手にしようとした。自分の幸せのために動いた。
「お前は自分のためにしたことを国のためなんて言うのよ! お前は自分の幸せのために動いただけのくせに、わたくしがわたくしの幸せのために生きるのを邪魔するというの!?」
まさに、その通りだと言わざるを得ない。
ルーラにはレティシアのしたことを批判はできない。ただ、同じ気持ちでしたことが、結果的に国のためになったかどうかの違いしかないのだ。
「レティシア殿下」
グレンが静かに名を呼んだ。
暴れるレティシアを解放し、すぐにルーラの前に身を滑り込ませる。
「グレン様!」
レティシアの悲鳴に、グレンは首を振った。
「1人の人間としての幸福と、王族としての役目。それを天秤にかけ、貴女はご自身の幸福を取られた。けれど、それは貴国の民を不幸にするところだった。それは王族としてあってはならないことだと思う。けれど、1人の人間として間違っていたかと言われれば、私も頷くことはできない」
「グレン様!」
レティシアの表情に喜びが浮かぶ。
貴族たちが混乱する様子を視界の端に捉えていながら、グレンはレティシアから決して目を逸らさなかった。
「けれど、だとしても、やはり国民を蔑ろにしていい理由にはならないのです。それが王族なのだから」
グレンの言葉は重たかった。
ルーラは顔を歪めてグレンの後ろ姿をみることしかできない。それでもグレンが迷いながら言葉を紡いでいるのがわかった。
「王女殿下、どうか、国のためにできることをしてください。そしてその中で己の幸せを手に入れることを諦めないでほしい。彼女のように……」
レティシアの視線がルーラを射抜いた。
ルーラも目を離さない。
レティシアの怒りのこもった瞳が揺れ動き、やがて一粒の雫が落ちた。
「グレン様は……酷なことをおっしゃるわ……」
レティシアは力無くつぶやいた。
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