捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

日向はび

文字の大きさ
3 / 28

3 本物の聖女?

しおりを挟む
 神殿に突如現れたその少女は、何もかもが異質だった。
 見たこともない、脚を惜しげもなく見せるような質素な装いをしていた。髪は漆黒で、瞳も漆黒。アルサンテではまず見られない容姿で、どことなくみすぼらしくも見えるのに、なぜか蠱惑的こわくてき。そんな不思議な少女だった。
 今は、美しいドレスをまとって、まるで別人のようだ。
 
 なぜここにいるのか。そしてなぜこの場面で出てくるのか。困惑するリゼットの前で、パトリックはユリの腰にするりと手を回した。

「彼女は聖女だ」
「――え?」
「二度も言わせるな。彼女こそが聖女。神殿も確認済みだ」
「神殿が?」

 驚いて、部屋にいた、たった一人の神官を見れば、神官は視線を逸らしたままおごそかにうなずいた。
 本当に神殿が彼女を聖女と認めたと言うのだろうか。ユリを見ればどこか勝ち誇ったような顔でリゼットを見ている。

「私は神様からこの国を守り、偽の聖女を追い出すように言われたんです。偽の聖女がこの国を堕落だらくさせようとしていると」

 ユリは祈るように手を胸の前で重ねて言う。続いてパトリックが頷く。

「ユリが来てから民の病が落ち着いてきた。そして野盗も捕らえる事に成功した。父の容体もよくなっている。すべてはユリが聖女であり、お前が偽物であることの証明だ」

 リゼットは弾かれるように声をあげた。
 
「そんな! 民の病が落ち着いたのは、あまりに多くの者が罹患りかんしたからですし、野盗がいなくなったのは、兵士たちに配置替えをするように私が言ったからで……」
「嘘をつくな!」

 ぴしゃりとパトリックがリゼットの言葉を遮る。

「どこまでも卑しい小娘め。お前のような奴が聖女だった事も、私の婚約者だったことも腹立たしい。王族と神殿をたばかった罪、国外追放で済むのは誰のおかげだと思っている!?」

 ――前から殿下には好かれていないとは思ってたけど、どうして?

 リゼットは困惑を隠せない。
 パトリックはリゼットが好みではないと言っていた。まだ幼く、女になってもいない身体だからかもしれない。何度も、何度も聞いたことだ。王が決めたから結婚するのだと、忌々しいことだと、パトリックは散々リゼットをなじった。当然リゼットにもパトリックを慕う気持ちは全くない。自分を嫌う人をどうして好きになれようか。王が決めたから仕方なく結婚する。それはリゼットも同じだった。
 だから決して仲はよくなかった。しかし、それにしても突然すぎる。
 不意にユリがパトリックの腕に自らの腕をからめた。途端に一気に貴族たちの目がユリに向かい、パトリックもまた視線を奪われるようにユリを見つめる。

 ――え?
 
「殿下、そう怒らないで。リゼットさんは力があると思い込んでしまったかわいそうな人なんですから」

 そう言ってリゼットをあわれむユリ。その妖艶ようえんさをまとった姿にパトリックも貴族たちも、そろって視線を奪われている。一気に空気が弛緩しかんして、怪しげな気配を生み出した。

 ――なに、これ。

 異様な光景にリゼットは言葉もなく立ち尽くした。

 ――聖女の力? これが?

 まるで他者を誘惑し、魅了する。そんな力が働いているように見えた。けれどそれは聖女の力ではないはずだ。聖女の力とは、万物の声を聞き癒す力だと遥か昔から言われている。そしてリゼットは幼い頃にその力を覚醒させた。動植物と語らい、それらの生命力を少しだけもらって、周囲の人々を癒してきた。そんなリゼットを神殿が見つけて保護し、聖女としたのだ。
 なのにその神殿がユリを聖女と認めたと言う。
 それがどういうことか、リゼットは理解して戦慄せんりつする。

 ――まさか、本当に魅了しているの? 神官たちまで?

 唖然あぜんとなるリゼットを見て、やはり勝ち誇ったようにユリは笑う。
 やがてパトリックが熱に浮かされたような顔でリゼットに言った。

「今日をもってお前を国外追放とする。もし逆らえば死刑とする」

 死刑という言葉に驚愕してリゼットは目を見開いた。

 ――そんな!
 
 逆らうことを許さぬというように、気づけば周囲には衛兵がいた。そしてリゼットの両腕を掴んで部屋から引きずりだそうとする。

「ま、待って、離してください! 殿下、せめて陛下の治療だけでも!」
「くどい! 衛兵! 連れて行け!」

 王を治し、王の言葉をもらえればもしくは……。そう思ったリゼットだったが、意見は一蹴されてしまった。幼く小柄なリゼットは大の男たちの力に逆らう事もできず、ずるずると引きずられる。
 城の外まで引きずられて、突然ぽいっと投げられた。地面に体を打ち付け、痛みにうめく。
 
「――っ!」
「今日中に国を出ろ。でなければ明日処刑を行う」

 痛みでうめくリゼットに向かって衛兵は平坦な声でそう言った。見上げれば感情のない目で衛兵がリゼットを見下ろしている。パトリックの手足でしかない彼らには何を言っても無駄だった。
 事態を飲み込めずにいるリゼットの目の前で、城の扉はガシャン! と音を立てて閉じたのだった。

 
 
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前のような女が聖女であるはずがない!」 婚約者の王子に、身に覚えのない罪で断罪され、婚約破棄を言い渡された公爵令嬢セレスティナ。 罰として与えられたのは、冷酷非情と噂される「氷の辺境伯」への降嫁だった。 それは事実上の追放。実家にも見放され、全てを失った――はずだった。 しかし、窮屈な王宮から解放された彼女は、前世で培った知識を武器に、雪と氷に閉ざされた大地で新たな一歩を踏み出す。 「どんな場所でも、私は生きていける」 打ち捨てられた温室で土に触れた時、彼女の中に眠る「豊穣の聖女」の力が目覚め始める。 これは、不遇の令嬢が自らの力で運命を切り開き、不器用な辺境伯の凍てついた心を溶かし、やがて世界一の愛を手に入れるまでの、奇跡と感動の逆転ラブストーリー。 国を捨てた王子と偽りの聖女への、最高のざまぁをあなたに。

【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません

冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」 アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。 フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。 そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。 なぜなら―― 「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」 何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。 彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。 国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。 「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」 隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。 一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。

王命により泣く泣く婚約させられましたが、婚約破棄されたので喜んで出て行きます。

十条沙良
恋愛
「僕にはお前など必要ない。婚約破棄だ。」と、怒鳴られました。国は滅んだ。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

処理中です...