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3 本物の聖女?
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神殿に突如現れたその少女は、何もかもが異質だった。
見たこともない、脚を惜しげもなく見せるような質素な装いをしていた。髪は漆黒で、瞳も漆黒。アルサンテではまず見られない容姿で、どことなくみすぼらしくも見えるのに、なぜか蠱惑的。そんな不思議な少女だった。
今は、美しいドレスを纏って、まるで別人のようだ。
なぜここにいるのか。そしてなぜこの場面で出てくるのか。困惑するリゼットの前で、パトリックはユリの腰にするりと手を回した。
「彼女は聖女だ」
「――え?」
「二度も言わせるな。彼女こそが聖女。神殿も確認済みだ」
「神殿が?」
驚いて、部屋にいた、たった一人の神官を見れば、神官は視線を逸らしたまま厳かにうなずいた。
本当に神殿が彼女を聖女と認めたと言うのだろうか。ユリを見ればどこか勝ち誇ったような顔でリゼットを見ている。
「私は神様からこの国を守り、偽の聖女を追い出すように言われたんです。偽の聖女がこの国を堕落させようとしていると」
ユリは祈るように手を胸の前で重ねて言う。続いてパトリックが頷く。
「ユリが来てから民の病が落ち着いてきた。そして野盗も捕らえる事に成功した。父の容体もよくなっている。すべてはユリが聖女であり、お前が偽物であることの証明だ」
リゼットは弾かれるように声をあげた。
「そんな! 民の病が落ち着いたのは、あまりに多くの者が罹患したからですし、野盗がいなくなったのは、兵士たちに配置替えをするように私が言ったからで……」
「嘘をつくな!」
ぴしゃりとパトリックがリゼットの言葉を遮る。
「どこまでも卑しい小娘め。お前のような奴が聖女だった事も、私の婚約者だったことも腹立たしい。王族と神殿を謀った罪、国外追放で済むのは誰のおかげだと思っている!?」
――前から殿下には好かれていないとは思ってたけど、どうして?
リゼットは困惑を隠せない。
パトリックはリゼットが好みではないと言っていた。まだ幼く、女になってもいない身体だからかもしれない。何度も、何度も聞いたことだ。王が決めたから結婚するのだと、忌々しいことだと、パトリックは散々リゼットをなじった。当然リゼットにもパトリックを慕う気持ちは全くない。自分を嫌う人をどうして好きになれようか。王が決めたから仕方なく結婚する。それはリゼットも同じだった。
だから決して仲はよくなかった。しかし、それにしても突然すぎる。
不意にユリがパトリックの腕に自らの腕を絡めた。途端に一気に貴族たちの目がユリに向かい、パトリックもまた視線を奪われるようにユリを見つめる。
――え?
「殿下、そう怒らないで。リゼットさんは力があると思い込んでしまったかわいそうな人なんですから」
そう言ってリゼットを憐れむユリ。その妖艶さをまとった姿にパトリックも貴族たちも、そろって視線を奪われている。一気に空気が弛緩して、怪しげな気配を生み出した。
――なに、これ。
異様な光景にリゼットは言葉もなく立ち尽くした。
――聖女の力? これが?
まるで他者を誘惑し、魅了する。そんな力が働いているように見えた。けれどそれは聖女の力ではないはずだ。聖女の力とは、万物の声を聞き癒す力だと遥か昔から言われている。そしてリゼットは幼い頃にその力を覚醒させた。動植物と語らい、それらの生命力を少しだけもらって、周囲の人々を癒してきた。そんなリゼットを神殿が見つけて保護し、聖女としたのだ。
なのにその神殿がユリを聖女と認めたと言う。
それがどういうことか、リゼットは理解して戦慄する。
――まさか、本当に魅了しているの? 神官たちまで?
唖然となるリゼットを見て、やはり勝ち誇ったようにユリは笑う。
やがてパトリックが熱に浮かされたような顔でリゼットに言った。
「今日をもってお前を国外追放とする。もし逆らえば死刑とする」
死刑という言葉に驚愕してリゼットは目を見開いた。
――そんな!
逆らうことを許さぬというように、気づけば周囲には衛兵がいた。そしてリゼットの両腕を掴んで部屋から引きずりだそうとする。
「ま、待って、離してください! 殿下、せめて陛下の治療だけでも!」
「くどい! 衛兵! 連れて行け!」
王を治し、王の言葉をもらえればもしくは……。そう思ったリゼットだったが、意見は一蹴されてしまった。幼く小柄なリゼットは大の男たちの力に逆らう事もできず、ずるずると引きずられる。
城の外まで引きずられて、突然ぽいっと投げられた。地面に体を打ち付け、痛みにうめく。
「――っ!」
「今日中に国を出ろ。でなければ明日処刑を行う」
痛みでうめくリゼットに向かって衛兵は平坦な声でそう言った。見上げれば感情のない目で衛兵がリゼットを見下ろしている。パトリックの手足でしかない彼らには何を言っても無駄だった。
事態を飲み込めずにいるリゼットの目の前で、城の扉はガシャン! と音を立てて閉じたのだった。
見たこともない、脚を惜しげもなく見せるような質素な装いをしていた。髪は漆黒で、瞳も漆黒。アルサンテではまず見られない容姿で、どことなくみすぼらしくも見えるのに、なぜか蠱惑的。そんな不思議な少女だった。
今は、美しいドレスを纏って、まるで別人のようだ。
なぜここにいるのか。そしてなぜこの場面で出てくるのか。困惑するリゼットの前で、パトリックはユリの腰にするりと手を回した。
「彼女は聖女だ」
「――え?」
「二度も言わせるな。彼女こそが聖女。神殿も確認済みだ」
「神殿が?」
驚いて、部屋にいた、たった一人の神官を見れば、神官は視線を逸らしたまま厳かにうなずいた。
本当に神殿が彼女を聖女と認めたと言うのだろうか。ユリを見ればどこか勝ち誇ったような顔でリゼットを見ている。
「私は神様からこの国を守り、偽の聖女を追い出すように言われたんです。偽の聖女がこの国を堕落させようとしていると」
ユリは祈るように手を胸の前で重ねて言う。続いてパトリックが頷く。
「ユリが来てから民の病が落ち着いてきた。そして野盗も捕らえる事に成功した。父の容体もよくなっている。すべてはユリが聖女であり、お前が偽物であることの証明だ」
リゼットは弾かれるように声をあげた。
「そんな! 民の病が落ち着いたのは、あまりに多くの者が罹患したからですし、野盗がいなくなったのは、兵士たちに配置替えをするように私が言ったからで……」
「嘘をつくな!」
ぴしゃりとパトリックがリゼットの言葉を遮る。
「どこまでも卑しい小娘め。お前のような奴が聖女だった事も、私の婚約者だったことも腹立たしい。王族と神殿を謀った罪、国外追放で済むのは誰のおかげだと思っている!?」
――前から殿下には好かれていないとは思ってたけど、どうして?
リゼットは困惑を隠せない。
パトリックはリゼットが好みではないと言っていた。まだ幼く、女になってもいない身体だからかもしれない。何度も、何度も聞いたことだ。王が決めたから結婚するのだと、忌々しいことだと、パトリックは散々リゼットをなじった。当然リゼットにもパトリックを慕う気持ちは全くない。自分を嫌う人をどうして好きになれようか。王が決めたから仕方なく結婚する。それはリゼットも同じだった。
だから決して仲はよくなかった。しかし、それにしても突然すぎる。
不意にユリがパトリックの腕に自らの腕を絡めた。途端に一気に貴族たちの目がユリに向かい、パトリックもまた視線を奪われるようにユリを見つめる。
――え?
「殿下、そう怒らないで。リゼットさんは力があると思い込んでしまったかわいそうな人なんですから」
そう言ってリゼットを憐れむユリ。その妖艶さをまとった姿にパトリックも貴族たちも、そろって視線を奪われている。一気に空気が弛緩して、怪しげな気配を生み出した。
――なに、これ。
異様な光景にリゼットは言葉もなく立ち尽くした。
――聖女の力? これが?
まるで他者を誘惑し、魅了する。そんな力が働いているように見えた。けれどそれは聖女の力ではないはずだ。聖女の力とは、万物の声を聞き癒す力だと遥か昔から言われている。そしてリゼットは幼い頃にその力を覚醒させた。動植物と語らい、それらの生命力を少しだけもらって、周囲の人々を癒してきた。そんなリゼットを神殿が見つけて保護し、聖女としたのだ。
なのにその神殿がユリを聖女と認めたと言う。
それがどういうことか、リゼットは理解して戦慄する。
――まさか、本当に魅了しているの? 神官たちまで?
唖然となるリゼットを見て、やはり勝ち誇ったようにユリは笑う。
やがてパトリックが熱に浮かされたような顔でリゼットに言った。
「今日をもってお前を国外追放とする。もし逆らえば死刑とする」
死刑という言葉に驚愕してリゼットは目を見開いた。
――そんな!
逆らうことを許さぬというように、気づけば周囲には衛兵がいた。そしてリゼットの両腕を掴んで部屋から引きずりだそうとする。
「ま、待って、離してください! 殿下、せめて陛下の治療だけでも!」
「くどい! 衛兵! 連れて行け!」
王を治し、王の言葉をもらえればもしくは……。そう思ったリゼットだったが、意見は一蹴されてしまった。幼く小柄なリゼットは大の男たちの力に逆らう事もできず、ずるずると引きずられる。
城の外まで引きずられて、突然ぽいっと投げられた。地面に体を打ち付け、痛みにうめく。
「――っ!」
「今日中に国を出ろ。でなければ明日処刑を行う」
痛みでうめくリゼットに向かって衛兵は平坦な声でそう言った。見上げれば感情のない目で衛兵がリゼットを見下ろしている。パトリックの手足でしかない彼らには何を言っても無駄だった。
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