JAPAN・WIZARD

左藤 友大

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Historia Ⅱ

魔羅(1)

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白く光る盾は二人の若き魔法使いを守るよう目の前に現れた。襲い狂う怪物の無数の爪は盾に妨げられて二人を触れる事さえできない。シンとユータの後ろに立つもう准高齢の魔法使いはロングコートを靡かせてメトロ調のジャズハットを深く被り素手で魔法を発動させていた。年上の魔法使いが張った盾の魔法は強力で一切、破れる事はなかった。鉄壁のような硬さを持つ盾に怪物は力強く自らの手で押し出そうとする。すると、准高齢の魔法使いは前に出した手に力を入れると盾の光が更に増して怪物の爪を弾き返した。
そして、コートの下からヒイラギの杖を取り出し怪物に向けた。怪物は准高齢の魔法使いに獲物を狩る邪魔をされて苛立ちを覚え急襲してきた。すると、彼が持つヒイラギの杖先が光り出すと怪物の身体が崩壊するかのように消えかかっていた。呻き声を上げて手を伸ばすがその伸ばした手も消えて何も抵抗する余地がなかった。怪物はこちらを睨みながら訴えかけるかのように野太い呻き声を出しつつも身体は消滅して消えていった。
跡形もなく怪物が消滅すると変貌前の沼田の姿が見えてそのまま倒れた。どうやら気を失っているみたいでピクリとも動きはしない。
「不幸中の幸いだったね。二人とも」
准高齢の魔法使いは役目を終えた自身の杖をコートの下にしまう。
二人は後ろに立ってこちらを見下ろしている魔法使いが誰なのかすぐ分かった。
「龍厘寺先生」
存在に気づいたユータは彼の名を呼んだ。龍厘寺 尊(りゅうりんじ たける)。シンとユータの恩師で現マホウトコロ魔法魔術学校の校長。二人が知っている中で彼は日本一誇り高い魔法使いで将来、魔法大臣になるのではと噂されている魔法界きっての有望な人。
かの有名な元ホグワーツ魔法魔術学校の校長 ダンブルドアを凌ぐもう一人の最強の魔法使いともいわれている。渋い顔をしていてよく見たらイケオジで容姿端麗な風格をしている。校長になったのは四年前でとてもしっかりしている人だが割と自由奔放な性格を持っているので校長室を留守にすることが多かった。
シンとユータは彼からたくさん教えてくれた。学校で学べることだけでなく魔法使いとしての人生や生涯など彼からの教えを受け共に成長してきた。時折、突然事務所に遊びに来ることもあるのでちょっと自由過ぎるところもあるがシンとユータにとっては尊敬している人物なのだ。
「どうしてここに?」
ユータは不思議そうに訊ねると渋カッコイイ姿をした龍厘寺は言った。
「偶然、この家の前を通りかかってね。異様な気配を感じたから来たのさ」
「いや。お得意のタロット占いで僕らここにいる事を知ったんだよ。多分、事務所に遊びに行こうとしてたんですよね?」
シンの鋭い指摘に龍厘寺は笑った。
「バレたか。さすがはシンだ」
自分がついた嘘が教え子にバレたことで事実を認め龍厘寺は笑みを浮かべていた。
「あの怪物は?」
さっき襲われかけていた怪物がいなくなったことにユータは一体、何をしたのか恩師に訊ねる。
「エバネスコで消去した。大丈夫。彼の魂はちゃんと残っている。彼のエーテル体に取り憑いていた魔物を消したまでだ」
「エーテル体って、物質的身体と直に接していて肉体を維持し諸身体を結び付けているというあの?」
龍厘寺は倒れている沼田の方へ歩み寄りながら頷く。
「そうだ。1888年、ヘレナ・P・ブラヴァツキーが執筆した神智学『シークレット・ドクトリン』では「魂の体、創造主の息」とも呼ばれており、女神ソフィア・アカモートが最初に顕在化(けんざいか)した形態などもいわれ7つの物質のうち、最も粗大で塑性(そせい)の物体でもあり物質の骨格でもあるといわれている」
「〝活力体〟または〝生気体〟とも呼ばれていますが人智学で知られる神秘思想家また哲学者で教育者でもあるルドルフ・シュタイナーは、これを生命体、生命力体、そして形成力体とも呼んでいたんですよね」
龍厘寺はかがみながら「そのとおり」と返答し倒れている沼田の様子を見ていた。
ユータは二人の話を聞いて何が何だかさっぱり分からなかった。魂?女神?生命?全く頭が追いつかないぐらいチンプンカンプンでユータは口を開けたままただ呆然としていた。全く天才の話はよう分からん。
「初期の霊的世界においてもエーテル体は蛇として象徴されていた。そして、エーテル体は魂と肉体が繋がっている繊細な物体でもあるんだ。どうやら、この子のエーテル体は魔物の侵食によって魂が具現化し肉体に大きな変化を起こしたんだと思う」
「で、でも、あの怪物は俺達の攻撃が全く効かなかったんです。それに、普通にプロテゴと衝突していたので物も触れられる物質性もあったと思います」
我に返ったユータは自分達の攻撃があの怪物に効かなかったこと物を触れる物質性が備わっていたと伝えると校長はこう言い出した。
「それは、あの魔物がこの少年のエーテル体を侵食したことで彼の霊体と魔物の肉体が結合したからだろう。あくまで私の憶測だがね。それに、私が消したあの魔物は本物に見せかけたダミーだ。おそらく、本体は別の所にいる」
二人が相手したあの怪物は影で本体は別の場所にいると断言する龍厘寺にシンとユータは顔を見合わせた。沼田が姿を変貌した怪物は本体で今回の事件の犯人はそいつに違いないと思っていたが全くの別物だったとは予想していなかった。
龍厘寺の話には嘘偽りもない。彼がそう言うのだからこれは事実で間違いない。
「沼田くんは大丈夫ですか?」
ユータは影に取り憑かれていた彼の容態を心配した。
「熱以外は特に問題はない。後は、君達に任せてもいいかな?」
龍厘寺が立ち上がるとこちらを見て確認を取る。
「はい。後は、自分達が対応します」
それを聞いて龍厘寺は頷き後の事は二人に任せることにした。
「そうそう。金縛り呪文をかけた彼女。後で解いておきなさい」
彼女というのは美樹の事だ。美樹はユータに金縛り呪文にかけられ今現在は石像のように動かないでいる。今、彼女は妹の部屋に置いてある。
「私はここで失礼するよ。仕事の邪魔をして悪かったね」
「いいえ。助けに来てくれて本当に助かりました。今度、また事務所に遊びに来てください。その時は、先生の好きなヴィクトリアンサンドイッチケーキ用意しておくので」
いいタイミングとはいえ自分達を助けてくれた校長先生に感謝しつつ遊びに来た際にお菓子を用意しておくとユータは約束した。気さくで自由奔放な龍厘寺校長。でも、彼はシンとユータにとって大切な人なのでいつでも歓迎するつもりである。
龍厘寺は現場を離れようとすると何か言い忘れていたようで振り返った。
「そうだ。シン。これ以上、白魔術は使わないように注意するんだぞ」
またかとシンは心の中で思った。釘を刺すかのように前回も前々回も同じことを耳にタコができるぐらい言われているのでもう聞き飽きていた。
「分かっていますよ。これ以上、代償払いたくないし使いません」
それを聞いて龍厘寺は頷いた。
「私が白魔術の書なんてものを君に渡さなければ代償を払わずにすんでいたかもしれない。本当にすまなかった」
「もう気にしていませんよ。もし、白魔術がなかったら人間界も魔法界も壊滅していたかもしれませんし」
龍厘寺はまだ三年前のことを気にしていたらしい。あの時、千年王国事件で危機的状況から救えたのは白魔術のおかげと言ってもいい。白魔術は黒魔術を消滅させる強力な魔法。その存在自体は詳しく知らされておらずごくわずかの記録にしか残っていないそうだ。白魔術の書を見つけて以降、シンはこの魔法にだいぶ助けられた。でもその後、代償として成長が止まり以前より魔力が弱くなってから一度も白魔術を使っていない。
龍厘寺はまた再びシンが白魔術を使うのではと気にしていたみたいだ。シンは記憶力がいいので全ての白魔術は一通り頭の中に入っている。
「くれぐれも使わないように頼むよ。二人とも、元気そうでよかった。そのうちまた会おう」
そう言い残して龍厘寺は姿くらましを発動させ一瞬で姿を消した。
恩師を見送るとユータは一息ついた。
「突然来たからびっくりしたな」
「いつもの事じゃないか」
もう慣れている感じで平然と言い出すシンは仰向けになって倒れている沼田の額を手に当てた。確かに熱が出ている。
「僕は救急車を呼ぶからユータは美樹さんの金縛りを解いてあげて」
本来ならば探偵が指示するはずが逆で助手に指示されたユータは頷き美樹がいる妹の部屋へ向かい杖を向けて金縛り呪文を解く。
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