JAPAN・WIZARD

左藤 友大

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Historia Ⅱ

魔羅(7)

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どめを刺すかのように畳みかけるシンは杖先を美樹に向けると彼女の部屋の窓から突如、母親が現れた。ここは二階にも関わらず人間とは思えぬ身体能力で娘の部屋の窓ガラスを激しく割ったのだ。ユータは窓ガラスが激しく割れた音を聞いて驚いた。一階の庭から勢い余って体当たりした幸子は「やめろオオオオ!!」と叫んだ。今にでも襲いかかろうとする幸子にユータは咄嗟に杖を突き出して無言呪文を唱える。すると、幸子はユータがかけた魔法「インカーセラス」によって拘束され身動きが取れなくなった。幸子の手足には縄が縛られていてその縄が彼女の自由を奪う。とても苦しそうに息を荒くする娘が目の前に映り幸子はどうする事も出来なかった。金切り声で娘に手を出すなと声を上げるもシンは聞く耳を持たなかった。シンは「レベリオ」を美樹に使った。すると、美樹の身体から煙が吹き出てきた。苦し気に唸り声を出す娘の姿を目の当たりにし幸子は「やめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉ」と大声を出す。しかし、シンは手を止めなかった。目の前にいる彼女は別人で本物はもうこの世にいない。この世を去った者を留めておくわけにはいかなかった。これこそ、美樹にとって唯一の救いにもなるのだ。蒸気のように身体の隅々から吹き上がる煙に包まれた美樹は意識を失いベッドの上に倒れ込んだ。倒れた美樹は深い眠りについたかのようピクリとも動かなかった。今の彼女は何も入っていない空っぽの抜け殻。魂も無いし心臓も動いていない。でも、とても安らかな顔で永遠の眠りについていた。
美樹が動かなくなると発動していたレベリオの光は消えていた。ただの抜け殻となった娘を見た幸子は絶望したかのようにさっきまでの悪魔のような顔が人間らしい元の顔に戻った。そして、再び娘を失ったショックと悲しみに襲われ声を上げて泣き出した。腹の底から甲高い泣き声を上げ止まないぐらい溢れかえる大粒の涙が彼女の目から流れ出す。悲しさと憎しみと悔しさと切なさが入り混じってはらわたが煮えくり返りそうなぐらい大声を出した。すると、泣きじゃくる幸子が声を荒げた。
「なんで!?なんで放ってくれないのよ!?やっと娘が帰ってきたのになんで私達から娘を奪うの?!あんたらさえいなければ、あんたらが余計なことしなければ何もかもうまくやれていたのに!!」
二人に対する怒りと悔しさと悲しさが混ざり合って複雑な感情を抱いている幸子にシンとユータはただ見ているだけしかできなかった。
「全部、全部あいつらのせいよ!!あいつらが、あいつらが美樹を殺したのよ!!あの糞ガキ共が殺したのよ!なのに、あの校長と教頭は娘がいじめに遭った事をもみ消したのよ!!初めからいじめはなかった事にしたのよ!!あのクソ教員共は娘ではなく学校の信用と信頼を選んだ!私は許せなかった!だから、娘を生き返らせてあいつらを・・・学園に通う有象無象なクソ野郎共を皆殺しにしてやりたかった!!娘は、美樹はあのイカレた学校に殺され人生を奪われたのよ!」
そう喚き散らしながら泣き叫んだ。美樹は一年前、三十木達に卑劣ないじめを受けていた。初めは娘がひどい仕打ちを受けていることに気づかなかったが、その三か月後、美樹が自ら命を絶ち遺書まで残した。その遺書には自分が三十木達に非道ないじめを受けた事が綴られていた。そこからが幸子が初めて娘がいじめを受けていたことに気づいた。すぐ幸子は夫と一緒に彼女が残した遺書を持ってアンバート高等学園へ行った。娘がいじめの影響で自殺したと訴えたのだ。名門校として名高い学校でいじめが発覚した。これを世間が知れば大問題になる。富金校長と沼知教頭、そして担任教師は「いじめが出たという話しは聞いていません」と口を揃えて否定したが、娘を失った夫婦の勢いに押し負けられ深く謝罪し会見まで開くと教えたのだ。しかし、一週間が経ってもアンバート高等学園は会見を開く様子が全くなかった。幸子は学校に何度も連絡したが全く聞く耳を持たなかった。そして知ったのだ。富金校長と沼知教頭は自分を騙したんだと。そのうえ、彼女の耳にある話が届いた。主犯で娘を自殺へと追いやった一人、五十木は富金校長の甥っ子だということを。富金校長はいじめの加害者である甥っ子と学校の信頼と信用を守る為に隠蔽工作をしたんだと気づいたのだ。娘の命を奪ったうえ初めからいじめ問題が無かったかの様にもみ消したアンバート高等学園の連中に憎しみと怨みと怒りを覚えた幸子は復讐心を抱いた。美樹の命を奪った五十木達と隠蔽工作した富金校長と沼知教頭、そして彼女を助けようとせず隠蔽に加担した教員と全校生徒を強く怨んだ。燃え盛る炎の如く学童教員全員に怨恨を抱き大切な愛娘を失った悲しみを背負った幸子は復讐を遂げる良い方法を見つけたのだ。それは、死んだ娘に悪魔を取り憑かせるという恐ろしい方法だった。悪魔なら証拠もないし誰が殺したか察せない。警察はさすがに悪魔が犯人だとは思えないから捜査困難によって中止し勝手に証拠不十分で捜査は打ち切られ何もかも怪しまれずに終わる。大切に育ててきた愛娘の無念を晴らす為ならば悪魔にだってなれる。そう覚悟した幸子は悪魔召喚という危険な魔法に手を染めたのであった。悪魔と契約したことで娘は生き返った。しかし、美樹が魔法使いであるシンとユータを連れてきた事で事態は急変し今に至った。
「沼田くんは関係なかっただろ?」
冷静な態度を取るシンは泣きわめく幸子に言った。そうだ。沼田も美樹と同じで五十木達にいじめを受けた被害者の一人だ。なのに、彼を殺す必要はなかったはず。
「あのガキも娘を見放した一人よ!そいつもあいつらもみんな、美樹を助けようとしなかった!!美樹がいじめを受けているのを知っていながら見て見ぬふりして自分に飛び火がかからないよう自分で自分を守った。あいつらは、自分の事しか考えていなくて娘の事なんてどうでもいいと思っていたのよ!そんな奴らを許せるわけがないでしょ!!」
怒り混じりの涙声を出す幸子の姿は痛々しかった。もし、いじめや隠蔽なんて無ければ幸子は悪魔を呼ばなかったし五十木達を殺す必要はなかったかもしれない。話を聞けば幸子も美樹同様で被害者に過ぎない。そう被害者に過ぎない。でも、道を誤ってしまった。悪魔の力を借りて殺人を起こしてしまった彼女は後が引けない事を知っていながらも彼らに復讐することしか考えられなかった。幸子はアンバート高等学園に通う全校生徒と教員全員を敵として悪魔を使った計画的な殺人を実行したのだ。「悪魔召喚」は魔女じゃなくてもできる。スクイブでも魔力が無くても方法さえ分かればできるのだから。
アンバート高等学園そのものを怨んでいる幸子を見てユータは言った。
「でも、殺すことはなかったでしょう?あなたが彼らを殺して満足しても殺された彼らの遺族はとても悲しいんですよ?あなただって遺族の気持ちが分かるでしょう?あなたと同じでみんなも家族を失った事にすごく悲しんでいるんです。娘を殺されたからって人を殺してもいいわけないでしょ?悪魔の力を使ってまで彼らを怨んでいたあなたの気持ちは察します。でも、如何なるどんな理由があれ悪魔を利用して人を殺すなんて許されるわけがありません。美樹さんのことを想っているのなら彼女の身体を悪魔に取り憑かせて人を殺すのではなく、もっと別な方法があったでしょう?美樹さんはこんなの望んでいなかったはずです」
娘を亡くした失望感に打ちひしがれる幸子を見てユータは哀れに思っていても悪魔の契約者にして殺人者である彼女を許すわけにもいかない。が、絶望の中で常に苦しんでいた彼女を想うと心が痛み同情してしまう。美樹を甚振り見放した愚かな人間の性が幸子の運命を大きく変えてしまった。全ては娘のため。愛する娘の無念を晴らすため。そして、娘の死を否定していた。
「あなたが娘さんの為に想って富金達を殺しても美樹さんは帰ってこない。悪魔と契約するには必ず代償を払わなければならない。あなたはその代償を引き換えに彼女を死に追いやり全てなかった事にした彼らを復讐するついでに娘になりきってほしいとお願いした。そうですよね?」
何もかもお見通しでシンに見破られた幸子は溢れだす涙を流しながら哀哭し娘の名を呼んだ。自分が知っている美樹はもういない。今までの美樹は本物じゃない。死んだ美樹に成り代わって悪魔が娘役をやっている。と理解していたけどまるで本当に娘が生き返ったかのようで普段と変わりない彼女を見て偽物だとは思えなかった。
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