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Historia Ⅳ
人狼(10)
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次の日。
朝早くからシンとユータはとある一軒家の前に立っていた。
外観はナチュラルな住宅でフェンスが高く立つ小洒落た建物だ。阿津瀬に頼んで尾上の家を調べてもいいことになり現場まで車で送ってもらった。
阿津瀬は既に尾上の家宅捜査は済んでおり証拠になりそうな物はいくつか警察が押収している。鍵は本人の遺体ポケットに入っていたのでそれで家を空ける。
中は綺麗目で特に埃一つもない。この一軒家は二階建てで面積標準は25㎡ぐらいだ。一人暮らしをするのにちょうどいい広さである。リビングに入るとテレビや大きなテーブルなどの家具があってキッチンと統一化している。なかなか洒落た日用品や家具が取り揃えていてリビングを彩っていた。
「争った形跡も犯人が侵入したと思われる形跡は全くありません。ドアホンの録画映像のとおり、尾上さんは家を出たまま亡くなったのでどれも手はつけられていません」
雑貨や家具がたくさん置かれている部屋でユータとシンはリビングの周りを見ながら検証する。
どれも変わった物はなくただ単に普通の生活習慣を臭わせていた。ここで尾上は普通に平穏な暮らしを送っていたんだと思うと本当に可哀想だ。尾上の家族には既に警察が連絡をしたそうで今も息子の突然の別れに明け暮れているだろう。
ユータはリビングの周りにある観葉植物やコレクションケースにチェスト、シックな時計などを見て回っていた。
「二階も調べたの?」
シンは二階の方を訊ねると阿津瀬は教えた。
「はい。二階は尾上さんのお部屋があります。押収したノートパソコンは彼の部屋から見つけたんです」
それを聞いてシンは二階にある尾上の部屋へ向かった。
階段を上り目の前に尾上がいた部屋のドアが現れレバーハンドルを押すとそこは彼が生前使っていた空間が見えた。ドアの目と鼻の先にはデスクがあって床にはミシンやアイロンが置いてあり壁に貼りだしたスーツのイラスト画や生地などがあったりしてほぼ職人工房みたいな感じになっていた。他はタンスやベッド、本棚とかが設置されていて尾上はここでスーツの服飾作りの練習をしていたんだと思わせる空間がシンの視野に入る。
リビングとは違って部屋はちょっとだけ散らかっているが阿津瀬達警察が来た時には初めからこうなっていたのだろう。人に襲われての散らかしではなく明らかに自ら散らかしたのであろう。部屋はリビングと同じ広さでスペースは家具とかでしっかりと埋まっている。ここに証拠になるようなものは無さそうだが一応調べてみる価値はある。
シンは懐から杖を出しレベリオを使った。光の波が部屋の周囲に広がる。しかし、どこにも反応はなく物影すらない。ここはどうやら証拠になるような物はないようだ。
レベリオが無反応だったと分かったシンはリビングに戻ろうとした時、デスクの上に置いてある写真立てに目を遣った。写真には生前の尾上と弁護士の永嶺と相見が写っていた。
写真の中にいる永嶺は恋愛ドラマに出てきそうなぐらい男前でクールな雰囲気をしていた。永嶺が仲良しそうに片を組んでいるのは尾上だ。そして、永嶺の隣に立っているのは相見だ。三人はビシッとスーツを着込んでいる。三人の後ろに成人式と書かれた看板が立て掛けられている。どうやら、この写真は三人が成人式を迎えた時のやつらしい。
成人式の写真の隣には永嶺と尾上の二人きりの写真が飾られている。仲睦まじそうに満面な笑顔を見せる二人。きっと友達同士、旅行かどこかに行って楽しかったんだろう。二人の写真を見ると学生時代の時を思い出す。シンはユータとマホウトコロ時代の友人達と一緒に人間界であちこちの地方へ遊び回ったことも夜中に寮を出て先生に見つからないように城中探検したりといろんなことをしたものだ。もちろん。旅行だってしたものだ。特にユータが無謀な計画を立てていたのをよく憶えている。あれはシンがまだ4年生の時だ。ユータが夏休みに箒で世界一周旅行をしようという計画を提案したのだ。しかし、彼の意見に賛成する者と反対する者が出て意見が分かれたのだ。結局、反対派は日本に残り賛成派は箒に乗って世界一周旅行を試みて出発した。もちろんシンは反対していて日本に残った。
それから夏休みが始まって二週間後、ユータの賛成派チームが嵐に巻き込まれてブラジル北部のアマゾンに遭難したところ幸運にもカステロブルーシューの教員達に救助され無事に帰国ができた。が、その後は親御さんと教員達にこっぴどく叱られ無謀な計画に参加したユータチームには罰として夏休みが終わるまでの自宅待機と2学期が始まったらしばらくの間、一年間のトイレ掃除、授業課題の宿題を通常より1.5倍出すことにしたのだ。もちろん、学校の外に出る事も禁止だ。
あの時はユータの自業自得だと思いながら反省させていたが、普段より増えた宿題にピーピー泣いていたのでシンとその親友とで先生には秘密で宿題を手伝っていたこともあった。
この永嶺と尾上は高校時代から一昨日まで仲の良い友達だった。
でも、まさか友達が狼人間に襲われたなんて思いもしなかっただろう。
そう思いながら写真を眺めていると尾上の利き手首に何かを付けている。ピンクと赤と緑が織り込んだブレスレットだ。永嶺も同じ色のブレスレットをしている。これと今回の事件との関係性は薄いが二人にとって何か大事な物なのだろうか?
昨日、法律事務所で永嶺と会った時は、ブレスレットのような物は手首には付けていなかった。
シンは机の引き出しを開けて中身を確認した。中にはノートやはさみ、メジャーなど装飾品に使えそうな用具等が閉まっていた。本棚やベッドの下、部屋の家具も調べたがレベリオと同様で変わった物や証拠になりそうな物は結局見つからなかった。
テミストリー法律事務所。
の一室 ミーティングルームにいるシンとユータ。相手は昨日、聞き込みをした私選弁護士の相見だ。
もう少し尾上のことで話したい事があるので会えないか連絡したのだ。相見は15分後に弁護依頼を出した被疑者本人と家族と面会する予定があるのであまりのんびりと話をする暇はないようだ。もう一人の弁護士、永嶺は仕事でしばらく外出をしている為、残念ながら会うことはできなかった。
「それで、葵くんのことでお聞きしたい事とはなんでしょうか?」
ミーティングルームの席で落ち着いた表情を浮かべながら用件は何か相見が問うとユータは今回来訪した目的を話した。
「率直にお訊ねしますが、尾上さんがお亡くなりになる二週間前、本人の自宅に空き巣が入ったという話しを聞いたことはありますか?」
「なぜですか?」
「昨日、尾上さんが勤めていた紳士服専門店で一緒に働いていた店員さんが教えてくれたんです」
ユータはメモした手帳を開いて読み上げる。
「10月15日 午後9時17分。当時、尾上さんが仕事から帰宅した時、家の中が荒らされて警察に連絡したそうです。自宅の件で空き巣に遭ったことをSNSでツブやいていました」
するとユータの隣にいるシンが自分のスマートフォンを見せた。
画面越しに尾上のツブやきが表示出た。
「店長を含め他の店員さんもこの事はご存知だったみたいで、相見さんと永嶺さんも知っていたのかな~?と思って」
相見はジッと尾上の投稿欄を見ていた。
「はい。私も麗央くんもSNSを見て尾上くんが空き巣被害に遭ったことを初めて知ったんです。その後、すぐ連絡しました」
「何か盗られた物があったとか話していましたか?」
空き巣犯に盗まれた物。尾上が自分の持ち物で何を盗られたのか思い出そうとする相見は「特に大した物は盗られてはいないって言っていました」と答えた。
盗まれていないのであればそれでよかった。
「あの。空き巣と今回の事件と何か関係があるのでしょうか?」
どうやら相見は二週間前の空き巣事件が今回の尾上殺害事件と何か関係があるのだろうかと思っていたらしい。
犬が住居不法侵入して空き巣をやりその後、尾上の首を食い千切って殺害した。なんてそんな風変わりな殺人事件があるわけない。普通の人間はそう思うだろうが魔法使いは事実として受け止めてしまうのが非魔法族と魔法族の違いなのだ。
そんなの実現できるのはファンタジーだけで現実は全く違う。魔法の存在なんて非魔法族が信じているわけでもないのだから。
「いえ。今回の事件と空き巣とは関係はないかもしれませんが、一応聞いておこうかと思いましてでしてね」
「そうですよね。犬が強盗するなんてさすがにあり得ませんよね」
「そうですよ。噛みつくことはできても犬が強盗なんてさすがにできませんよ。だってピッキングができる手はないし立って歩いて喋ったりするなんて。んなファンタジーみたいなことが起きてたまるものですか」
そう言ってユータと相見は浅笑した。わざとらしく振る舞ったかもしれないが彼女の笑いはどこか乾いていてウケそうなジョークにしてはなんか安っぽく感じた。迷探偵のつまらないジョークにシンは普通の表情を浮かべてくだらえないと鼻息を漏らす。
つまらないジョークで笑いを沸かせなかったユータはちょっと気まずい感じがした。
「で、でも、犬を使って襲わせた飼い主が空き巣の犯人だという可能性はあると思いますよ。その飼い主は尾上さんのことをよく知っていて犬を襲わせて嗾けたかもしれません。今の世の中には無責任な飼い主がいるといいますし犯人はきっとその飼い主ですよ。きっと」
この虚しい空気を変えようとユータなりに話を続けたつもりだが何だか突拍子で信憑性が薄く彼の推理が納得いくような説得力はまだ足りていない気もした。
事件が起きた町には中型犬が二匹いたというがどちらも室内飼いをしているので勝手に外へ抜け出すようなことはしないはず。飼い主本人も飼い犬は脱走してはいないと口を揃えて証言していたと阿津瀬が言っていた。狼も中型犬ぐらいの大きさだから歯の形も犬と同等ともいえよう。だが、首や肉片に付着した唾液などの口の中からは狼のDNAが検出されていて犬ではないことが断定された。相見はもちろんメディアにも被害者を殺害したのは狼ではなく犬のおそれもあると伝えている。きっと、警察は野犬による事故死という結果を出すだろう。しかし、警察が事故死で片付けてもシンとユータは調査を続ける。狼人間の仕業となれば放置するわけにはいかないだろう。
「ところで」
シンが口を開いた。
「失礼ですが相見さん。ご婚約されているのですか?」
「えっ?」
「昨日、永嶺さんと同じ指輪されているのでご結婚されているのかと」
シンは彼女の手に付いている指輪に目を落とした。薬指に銀製でピカピカに輝く指輪が目に入る。
相見は自身の薬指に付いた指輪を見て「はい。先日、麗央くんにプロポーズされたんです。事件の前日ですが」と笑みを零しながら言った。
ユータは「それはそれは。おめでとうございます!」と相見と永嶺の婚約に祝言を送った。しかし、シンは真顔で相見の表情と指輪を見て黙っていた。相手が婚約していることすら全く興味を示さないが昨日見た時は、確かに相見と永見の薬指に同じ指輪、つまりペアリングがあった。でも、シンは。
「今は一緒に住んでいるんですか?」
尾上宅で起きた空き巣の話から永嶺との婚約話に変わったユータは興味ありそうに訊いてみると相見は「今はまだ別居中です。でも、今は一緒に住む家を捜していて結婚式の後に同棲するつもりです」と何だかこれからの同棲生活を楽しみにしているかのように明るい笑顔を見せる。ユータが二人の婚約話を進めると彼女は質問に受け答え話が盛り上がっているところ、シンが横から乱入するかのように二人の会話を遮ってこんな質問を投げ出した。
「永嶺さんの利き手首にミサンガが付けていたことはご存知でしたか?」
その質問を出した時、相見は首を振りミサンガの事は知らないと言った。
「いいえ。知りません」
短めな返事が返ってきてシンは引き下がった。
「すみません。そろそろご依頼者様がお見えになりますので今日はここで」
そろそろ仕事の時間になる事を伝えた相見は席を立つとユータとシンも
「大変お忙しい中、ありがとうございました」
朝早くからシンとユータはとある一軒家の前に立っていた。
外観はナチュラルな住宅でフェンスが高く立つ小洒落た建物だ。阿津瀬に頼んで尾上の家を調べてもいいことになり現場まで車で送ってもらった。
阿津瀬は既に尾上の家宅捜査は済んでおり証拠になりそうな物はいくつか警察が押収している。鍵は本人の遺体ポケットに入っていたのでそれで家を空ける。
中は綺麗目で特に埃一つもない。この一軒家は二階建てで面積標準は25㎡ぐらいだ。一人暮らしをするのにちょうどいい広さである。リビングに入るとテレビや大きなテーブルなどの家具があってキッチンと統一化している。なかなか洒落た日用品や家具が取り揃えていてリビングを彩っていた。
「争った形跡も犯人が侵入したと思われる形跡は全くありません。ドアホンの録画映像のとおり、尾上さんは家を出たまま亡くなったのでどれも手はつけられていません」
雑貨や家具がたくさん置かれている部屋でユータとシンはリビングの周りを見ながら検証する。
どれも変わった物はなくただ単に普通の生活習慣を臭わせていた。ここで尾上は普通に平穏な暮らしを送っていたんだと思うと本当に可哀想だ。尾上の家族には既に警察が連絡をしたそうで今も息子の突然の別れに明け暮れているだろう。
ユータはリビングの周りにある観葉植物やコレクションケースにチェスト、シックな時計などを見て回っていた。
「二階も調べたの?」
シンは二階の方を訊ねると阿津瀬は教えた。
「はい。二階は尾上さんのお部屋があります。押収したノートパソコンは彼の部屋から見つけたんです」
それを聞いてシンは二階にある尾上の部屋へ向かった。
階段を上り目の前に尾上がいた部屋のドアが現れレバーハンドルを押すとそこは彼が生前使っていた空間が見えた。ドアの目と鼻の先にはデスクがあって床にはミシンやアイロンが置いてあり壁に貼りだしたスーツのイラスト画や生地などがあったりしてほぼ職人工房みたいな感じになっていた。他はタンスやベッド、本棚とかが設置されていて尾上はここでスーツの服飾作りの練習をしていたんだと思わせる空間がシンの視野に入る。
リビングとは違って部屋はちょっとだけ散らかっているが阿津瀬達警察が来た時には初めからこうなっていたのだろう。人に襲われての散らかしではなく明らかに自ら散らかしたのであろう。部屋はリビングと同じ広さでスペースは家具とかでしっかりと埋まっている。ここに証拠になるようなものは無さそうだが一応調べてみる価値はある。
シンは懐から杖を出しレベリオを使った。光の波が部屋の周囲に広がる。しかし、どこにも反応はなく物影すらない。ここはどうやら証拠になるような物はないようだ。
レベリオが無反応だったと分かったシンはリビングに戻ろうとした時、デスクの上に置いてある写真立てに目を遣った。写真には生前の尾上と弁護士の永嶺と相見が写っていた。
写真の中にいる永嶺は恋愛ドラマに出てきそうなぐらい男前でクールな雰囲気をしていた。永嶺が仲良しそうに片を組んでいるのは尾上だ。そして、永嶺の隣に立っているのは相見だ。三人はビシッとスーツを着込んでいる。三人の後ろに成人式と書かれた看板が立て掛けられている。どうやら、この写真は三人が成人式を迎えた時のやつらしい。
成人式の写真の隣には永嶺と尾上の二人きりの写真が飾られている。仲睦まじそうに満面な笑顔を見せる二人。きっと友達同士、旅行かどこかに行って楽しかったんだろう。二人の写真を見ると学生時代の時を思い出す。シンはユータとマホウトコロ時代の友人達と一緒に人間界であちこちの地方へ遊び回ったことも夜中に寮を出て先生に見つからないように城中探検したりといろんなことをしたものだ。もちろん。旅行だってしたものだ。特にユータが無謀な計画を立てていたのをよく憶えている。あれはシンがまだ4年生の時だ。ユータが夏休みに箒で世界一周旅行をしようという計画を提案したのだ。しかし、彼の意見に賛成する者と反対する者が出て意見が分かれたのだ。結局、反対派は日本に残り賛成派は箒に乗って世界一周旅行を試みて出発した。もちろんシンは反対していて日本に残った。
それから夏休みが始まって二週間後、ユータの賛成派チームが嵐に巻き込まれてブラジル北部のアマゾンに遭難したところ幸運にもカステロブルーシューの教員達に救助され無事に帰国ができた。が、その後は親御さんと教員達にこっぴどく叱られ無謀な計画に参加したユータチームには罰として夏休みが終わるまでの自宅待機と2学期が始まったらしばらくの間、一年間のトイレ掃除、授業課題の宿題を通常より1.5倍出すことにしたのだ。もちろん、学校の外に出る事も禁止だ。
あの時はユータの自業自得だと思いながら反省させていたが、普段より増えた宿題にピーピー泣いていたのでシンとその親友とで先生には秘密で宿題を手伝っていたこともあった。
この永嶺と尾上は高校時代から一昨日まで仲の良い友達だった。
でも、まさか友達が狼人間に襲われたなんて思いもしなかっただろう。
そう思いながら写真を眺めていると尾上の利き手首に何かを付けている。ピンクと赤と緑が織り込んだブレスレットだ。永嶺も同じ色のブレスレットをしている。これと今回の事件との関係性は薄いが二人にとって何か大事な物なのだろうか?
昨日、法律事務所で永嶺と会った時は、ブレスレットのような物は手首には付けていなかった。
シンは机の引き出しを開けて中身を確認した。中にはノートやはさみ、メジャーなど装飾品に使えそうな用具等が閉まっていた。本棚やベッドの下、部屋の家具も調べたがレベリオと同様で変わった物や証拠になりそうな物は結局見つからなかった。
テミストリー法律事務所。
の一室 ミーティングルームにいるシンとユータ。相手は昨日、聞き込みをした私選弁護士の相見だ。
もう少し尾上のことで話したい事があるので会えないか連絡したのだ。相見は15分後に弁護依頼を出した被疑者本人と家族と面会する予定があるのであまりのんびりと話をする暇はないようだ。もう一人の弁護士、永嶺は仕事でしばらく外出をしている為、残念ながら会うことはできなかった。
「それで、葵くんのことでお聞きしたい事とはなんでしょうか?」
ミーティングルームの席で落ち着いた表情を浮かべながら用件は何か相見が問うとユータは今回来訪した目的を話した。
「率直にお訊ねしますが、尾上さんがお亡くなりになる二週間前、本人の自宅に空き巣が入ったという話しを聞いたことはありますか?」
「なぜですか?」
「昨日、尾上さんが勤めていた紳士服専門店で一緒に働いていた店員さんが教えてくれたんです」
ユータはメモした手帳を開いて読み上げる。
「10月15日 午後9時17分。当時、尾上さんが仕事から帰宅した時、家の中が荒らされて警察に連絡したそうです。自宅の件で空き巣に遭ったことをSNSでツブやいていました」
するとユータの隣にいるシンが自分のスマートフォンを見せた。
画面越しに尾上のツブやきが表示出た。
「店長を含め他の店員さんもこの事はご存知だったみたいで、相見さんと永嶺さんも知っていたのかな~?と思って」
相見はジッと尾上の投稿欄を見ていた。
「はい。私も麗央くんもSNSを見て尾上くんが空き巣被害に遭ったことを初めて知ったんです。その後、すぐ連絡しました」
「何か盗られた物があったとか話していましたか?」
空き巣犯に盗まれた物。尾上が自分の持ち物で何を盗られたのか思い出そうとする相見は「特に大した物は盗られてはいないって言っていました」と答えた。
盗まれていないのであればそれでよかった。
「あの。空き巣と今回の事件と何か関係があるのでしょうか?」
どうやら相見は二週間前の空き巣事件が今回の尾上殺害事件と何か関係があるのだろうかと思っていたらしい。
犬が住居不法侵入して空き巣をやりその後、尾上の首を食い千切って殺害した。なんてそんな風変わりな殺人事件があるわけない。普通の人間はそう思うだろうが魔法使いは事実として受け止めてしまうのが非魔法族と魔法族の違いなのだ。
そんなの実現できるのはファンタジーだけで現実は全く違う。魔法の存在なんて非魔法族が信じているわけでもないのだから。
「いえ。今回の事件と空き巣とは関係はないかもしれませんが、一応聞いておこうかと思いましてでしてね」
「そうですよね。犬が強盗するなんてさすがにあり得ませんよね」
「そうですよ。噛みつくことはできても犬が強盗なんてさすがにできませんよ。だってピッキングができる手はないし立って歩いて喋ったりするなんて。んなファンタジーみたいなことが起きてたまるものですか」
そう言ってユータと相見は浅笑した。わざとらしく振る舞ったかもしれないが彼女の笑いはどこか乾いていてウケそうなジョークにしてはなんか安っぽく感じた。迷探偵のつまらないジョークにシンは普通の表情を浮かべてくだらえないと鼻息を漏らす。
つまらないジョークで笑いを沸かせなかったユータはちょっと気まずい感じがした。
「で、でも、犬を使って襲わせた飼い主が空き巣の犯人だという可能性はあると思いますよ。その飼い主は尾上さんのことをよく知っていて犬を襲わせて嗾けたかもしれません。今の世の中には無責任な飼い主がいるといいますし犯人はきっとその飼い主ですよ。きっと」
この虚しい空気を変えようとユータなりに話を続けたつもりだが何だか突拍子で信憑性が薄く彼の推理が納得いくような説得力はまだ足りていない気もした。
事件が起きた町には中型犬が二匹いたというがどちらも室内飼いをしているので勝手に外へ抜け出すようなことはしないはず。飼い主本人も飼い犬は脱走してはいないと口を揃えて証言していたと阿津瀬が言っていた。狼も中型犬ぐらいの大きさだから歯の形も犬と同等ともいえよう。だが、首や肉片に付着した唾液などの口の中からは狼のDNAが検出されていて犬ではないことが断定された。相見はもちろんメディアにも被害者を殺害したのは狼ではなく犬のおそれもあると伝えている。きっと、警察は野犬による事故死という結果を出すだろう。しかし、警察が事故死で片付けてもシンとユータは調査を続ける。狼人間の仕業となれば放置するわけにはいかないだろう。
「ところで」
シンが口を開いた。
「失礼ですが相見さん。ご婚約されているのですか?」
「えっ?」
「昨日、永嶺さんと同じ指輪されているのでご結婚されているのかと」
シンは彼女の手に付いている指輪に目を落とした。薬指に銀製でピカピカに輝く指輪が目に入る。
相見は自身の薬指に付いた指輪を見て「はい。先日、麗央くんにプロポーズされたんです。事件の前日ですが」と笑みを零しながら言った。
ユータは「それはそれは。おめでとうございます!」と相見と永嶺の婚約に祝言を送った。しかし、シンは真顔で相見の表情と指輪を見て黙っていた。相手が婚約していることすら全く興味を示さないが昨日見た時は、確かに相見と永見の薬指に同じ指輪、つまりペアリングがあった。でも、シンは。
「今は一緒に住んでいるんですか?」
尾上宅で起きた空き巣の話から永嶺との婚約話に変わったユータは興味ありそうに訊いてみると相見は「今はまだ別居中です。でも、今は一緒に住む家を捜していて結婚式の後に同棲するつもりです」と何だかこれからの同棲生活を楽しみにしているかのように明るい笑顔を見せる。ユータが二人の婚約話を進めると彼女は質問に受け答え話が盛り上がっているところ、シンが横から乱入するかのように二人の会話を遮ってこんな質問を投げ出した。
「永嶺さんの利き手首にミサンガが付けていたことはご存知でしたか?」
その質問を出した時、相見は首を振りミサンガの事は知らないと言った。
「いいえ。知りません」
短めな返事が返ってきてシンは引き下がった。
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