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第四話
死神の代行人(3)
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死神102号と連絡した後、辰巳は祐三と車に乗り道路を走っていた。二人は死神102号から連絡が来るまで待っていながらも早めの帰りとして調布へ向かっていた。市川エツか祐三の遺族または親族の情報を手に入れば、後は祐三が納得いくような結果がでる。それに、明日でいよいよ最後の日になる。それまでは、何としてでも祐三の息子とエツの行方を見つけなければならない。きっと、あの世では死神達が辰巳の任務期間が終わる日が来るまで待ち構えているかもしれない。それもそうだ。祐三は77年間もこの現世に留まっていたのだからきっと、死神達は祐三をこれ以上、現世に留まらせないよう目を光らせているに違いない。そう思うと、何とか祐三の未練を果たしてあの世へ送らなければならない。でも、その為には佐々木祐三または市川エツの遺族または親族の身元を知らなければならない。だからこそ、脅してでも死神102号にお願いしたのだ。それに、死神102号はうまく祐三とエツの遺族・親族の情報をうまく手に入れているか心配だが、あの男はやればできる人なので彼ならきっと、情報を見つけてくれるに違いないと辰巳は信じていた。辰巳が脅した事で無理矢理やらさせたけど。それでも、祐三またはエツの遺族・親族の情報が見つかる事を期待していた。
「俺が現世に留まってから77年・・。日本は本当に変わった」
祐三は車の窓から見える景色を眺めながら語っていた。
「俺は死んで魂になった後、戦場に彷徨い続けながらも多くの人間が死んでいる姿を何度も見た。もちろん、生きていた時もだ。もうダメだと思った時、頭の中からお袋とエツ、まだ赤ん坊だった信三の姿、故郷の景色が出てきた。人間は死ぬ直前になると家族と友の顔、故郷の景色が思い出すというのは、本当なんだな。俺は、必ず生きて帰ると誓いエツと約束をした。だが、約束は守れなかった・・。国を守る為だけではなく、妻と交わした約束を果たす事ができなかった自分が情けないと思い自分を呪ったもんだよ。彼女は俺が死んだと知り悲しんだに違いない。それに今でも思うんだ。俺はエツに何かしてあげられたかを・・・」
その話を聞いた辰巳は運転しながら言った。
「結婚をしていない独身男である僕が言うのもおこがましいかと思いますが、エツさんは祐三さんが自分の傍にいてくれただけで十分幸せだったと思いますよ?誰かが傍にいるのは、大切ですからね。自分の傍に愛している人がいれば、辛い事があっても共に乗り越えていけますから」
祐三は笑みを浮かべながら言った。
「傍にいるだけが、彼女の幸せか・・・・・。確かに、彼女はいつも俺の傍にいてくれたな」
「きっと、エツさんはお互い傍にいながら寄り添いそして、共に過ごした日々が何よりも幸せだったに違いありません。祐三さんはもう、エツさんの為にちゃんとしてあげていますよ」
「そうかもしれないな・・・・」
祐三はそう言ったまま何も喋らなくなった。でも、笑みだけはそのまま浮かべていた。きっと、祐三は77年間、魂となって彷徨い続けながらも自分が家族より先に死んだ事を悔やんでいたみたいだ。彼なりに死んでもエツ達の事を気にかけ、どうしているのか心配していたに違いない。それに、祐三はエツと交わした約束を守れなかった自分に腹を立てていたかもしれない。もしも、今の時代にエツが生きていたとなれば彼女はもう106歳で息子の信三は79歳になる。もしかすると、エツはこの世にいないかもしれない。もしくは、100歳を超えてまだ生きているのかもしれない。しかし、エツか祐三の遺族・親族の情報を摑めなければ分からない。だからこそ、死神102号を頼ったのだ。彼らの情報は、死神局やあの世の記録係が管理しているのだが、死神を使えばきっと情報が手に入れる確率が高いと辰巳は思っていたのだ。悪魔みたいな考えだが、祐三の未練を果たせる事ができるのならどんな汚い手を使ってでも期間まで任務を完了して見せるつもりでいた。
「し、死神さんを脅したの⁈」
翼は夕食を取りながら辰巳に言った。
「別に脅してなんかいないよ」
辰巳は表情を変えず動揺もしないで食事をしていた。
「でも、死神さんを脅したら問題にならない?」
「大丈夫だよ。彼とは時々だけど交流したことがあるし」
「い、いや、交流とかそういもんじゃなくて・・・。人間の個人情報は死神さん達とあの世にいる記録係の人達だけしか教えちゃいけないんでしょ?どうやって、死神さんを動かしたの?」
疑問に思っていた翼は辰巳に訊いた。すると、辰巳は人差し指で自分の頭をトントンと軽く叩いた。
「ここを使ったのさ」
それを聞いた翼は良い考えではないだろうなと思った。死神を自分の為に動かすなんて滅多にできない事だと思う。きっと、死神102号にとって誰にも知られたくない弱みを辰巳が持っているに違いない。でも、確かに辰巳は死神102号の弱みを持っている。でも、その弱みは何なのかは知る由(よし)もなかった。
「ろくでもない事を考えて死神さんを動かしたんでしょ?」
翼の言葉に辰巳はグサッと来たが、動揺する様子を見せず普段通りの姿を振る舞っていた。
「そんな失礼なこと、僕はしないよ。必死にお願いしたら引き受けてくれたんだ」
すると、翼は疑っている目で辰巳を見た。その視線はまるで、信じていない様子で辰巳は自分が死神102号に脅した事を知られないよう普通の表情で振る舞い続けた。すると、スマホの着メロが鳴り出した。それに気付いた辰巳は死神102号からだと分かりスマホを手に取り席を立ちスマホを耳に当てた。
「もしもし」
すると、スマホ越しから死神102号の声が聞こえた。
死神102号は、死神局にある自分のデスク上の固定電話機ではなく外にある公衆電話で話をしていた。
「あっ、辰巳さん。102号です。今日のお昼頃、辰巳さんが頼んだ情報、何とか無事に手に入れる事ができました」
それを聞いた辰巳は反応した。
「本当ですか⁈」
死神102号は、公衆電話機の受話器を肩に挟んでスーツの内ポケットから手帳を出しページを捲っていた。
「はい。おかげでバレずに済みましたが、大変だったんですからね」
スマホを耳に当てている辰巳は苦笑いをしていた。
「すみません。無茶なことをさせてしまって」
死神102号は、受話器を肩に挟みながらメモした手帳を見ていた。
「いいですよ。それよりもメモの準備はできていますか?」
それに気付き辰巳は「ちょっと待ってください」と死神102号を待たせスマホを持ちながらメモの準備を取りかかった。
辰巳は夕飯で使っているテーブルの上に縦のA4サイズぐらいあるメモ帳と黒ボールペンの準備ができた。辰巳は黒ボールペンを持って書く準備をした。
「お待たせしました。お願いします」
死神102号は公衆電話機の受話器を肩に挟みながら読んだ。
「佐々木祐三さんのご遺族は、長野県上田市上田緑が丘北にいます」
辰巳はペンを走らせながら書いた祐三の遺族の住所を見ながら言った。
「分かりました。教えてくださってありがとうございます」
死神102号は手帳をスーツの内ポケットに入れ受話器を持った。
「頑張って調べたんですから、何か俺にご褒美くださいよ?」
「もちろんです。お会いする機会がありまたら、ぜひ、そうさせてもらいます。では、教えてくださりありがとうございました。失礼します」
辰巳は自分の耳からスマホを離し通話を切った。
「長野県上田市・・。そこに、祐三さんの遺族がいるの?」
翼は辰巳が走り書きで書いたメモを見て訊いた。辰巳は笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ。間違いない。そこに祐三さんの遺族がいるはずだ」
長野県上田市
ここは、景色がとても素晴らしくたくさんの山々が聳(そび)え立っていた。今は夏なので、山の色は緑一色だった。空も青く強い日差しがあって絶好日和でもあった。辰巳は運転しながら上田市の町中を車で走らせていた。辰巳が上田市に来た理由はもちろん。上田市上田緑が丘北に祐三の遺族が住んでいるからだ。祐三をあの世へ送るまで後14時間。子三つ時(ねみつどき)つまり、夜中の24時に調布駅へ行ってあの世へ送らなければならない。後部座席には祐三の姿が見え翼も一緒にいた。なぜ、翼が一緒にいるのか。それは、辰巳が祐三を連れて長野へ行く事が決まったきっかけで翼が行きたいと駄々をこねていたので、連れてきたのだ。辰巳は旅行する為に長野に来た訳ではないがドライブとして翼を連れてきたのだ。翼は車の窓を開けて車が走る風に煽られながら上田市の町景色を眺めていた。翼にとって長野に来るのは家族旅行でキャンプしに行った以来だ。辰巳はカーナビの指示通りに車を運転しながら上田緑が丘北へ目指していたのであった。
しばらく走っていると遂に上田緑が丘北に入った。後は、祐三の遺族が住んでいる家に行けば今回の依頼の件が片付く。辰巳は祐三の遺族が住んでいる家へ目指してはいたが、家の住所番号まで知らなかったので、車を停めて上田緑が丘北内に住んでいる人に訊ねたりしながら祐三の遺族が住んでいる家まで車を走らせた。上田緑が丘北に住んでいる人が親切に教えてくれたおかげで辰巳達は遂に佐々木祐三さんの遺族が住んでいる家に着いたのだ。家の建物は2階建てで青色の屋根があった。そして、表札に「佐々木」と書かれていた。間違いなくここに祐三の遺族が住んでいるはず。辰巳は少し緊張しながらもインターホンを鳴らした。すると、インターホンから女性の声が聞こえた。
「はぁい。どちら様ですか?」
辰巳はインターホンに向かって喋った。
「初めまして。私(わたくし)、東京から来ました山崎と申します。大変失礼ですが、佐々木祐三さんのご遺族で宜しいですか?」
そう訊いた途端、インターホンから女性の驚く声が聞こえた。
「は、はい。なぜ、それを?」
「実は私(わたくし)、どうしてもご遺族の皆様にお訊ねしたい事がございまして・・。少しだけで宜しいので、お話させていただきませんか?」
「わ、分かりました。少々、お待ちください」
返事をした女性はインターホンの通話を切った。すると、ドアから鍵を開ける音が聞こえ開き始めた。ドアから現れたのは50代前半の女性だった。この人がインターホンで辰巳と通話していた人に間違いない。辰巳は会釈をしながら喋った。
「初めまして。突然のことで驚かせてしまい申し訳ございません。佐々木祐三さんの件でお話したい事がございまして、東京から参りました」
女性は辰巳の顔を見て伺った。
「佐々木祐三、祖父は77年前に他界していますが・・・・」
「はい。存じております」
それを聞いた女性は驚いた。
「・・・知っているのですか⁈」
辰巳は「はい」と返事をしてバッグから代人ファイルを開いた。
「佐々木祐三さん。享年31、2月6日 水瓶座生まれ。血液型はBで1944年、太平洋戦争中に起こったサイパンの戦いで7月7日に戦死。間違いありませんよね?」
あまりにも詳しく話すので女性は呆気に取られていた。
「はい・・。間違いありません。しかし、なぜ、そんなに祖父の事をご存じで?」
辰巳は代人ファイルを閉じて自分が何者なのか教えた。
「私(わたくし)は、死神の代行人です。死神の代行人というのは、死神の代わりに現世にまだ彷徨い続けている魂の願いを聞きあの世へ送る役目を持っています。実は、こうしてお宅に訪問しに来たのは、佐々木祐三さんのお願いを叶える為にここへ来ました。突然の事で信じられませんよね」
それを聞いた女性はちょっとだけ困惑しているのか信じてもいいのかいけないのか、そんな境目で迷走していた。それそうだ。死神の代行人なんて聞いた事もないし信じられないであろう。しかし、信じてくれるか信じてはくれないかは佐々木祐三の孫にあたる彼女が出す答え次第。すると、家の中から男性の声が聞こえた。
「舞子。どうした?」
ひょっこりと顔を出したのは70代後半もいっているお爺さんだった。舞子は振り向いてお爺さんに言う。
「あっ、お父さん。この方々が、祖父について話があるみたいで・・。それに、祖父の事を知っていて・・・・」
「親父の?」
親父。その言葉を聞いた時、辰巳は舞子の後ろにいるお爺さんに訊いた。
「すみません。もしかして、あなたは佐々木祐三さんの息子、佐々木信三さんですか?」
それを聞いたお爺さんは頷いた。
「そうですが」
祐三は年を取った我が息子を見て言葉が出なかった。戦地でもあり死んだ場所でもあるサイパン島へ向かい集合場所へ行く前、最後に顔を見たのは信三がまだ赤ん坊の時だ。それが、77年という長い年月が経ち、とうとう息子は年寄りの爺さんになった。祐三が知っている信三はまだ赤ちゃんだったので成長したんだなとしみじみとしていた。でも、信三はそんなしみじみしている祐三の姿が見えない。祐三は、もうこの世にいない存在なのだから。
辰巳は信三が生きている事に喜びを感じた。
「良かった!まだ現世にご健在されていたのですね。祐三さん、とても喜びますよ」
翼は祐三の方を見た。背中しか見えないがきっと、信三が現世で元気にしている事を知って感無量しているに違いない。信三から、とても優しそうな雰囲気を感じる。それに、怖そうには見えない。
「まぁ、そんな所にいては暑いでしょうに。よかったら、どうぞ中へお入りください。」
信三は辰巳達を家の中へと勧めた。
「お、お父さん・・!」
舞子は少し戸惑う表情を見せた。
「大丈夫。その人達は悪い人ではないよ。嘘をつくような人には見えない。それに、いつまでも外で立たしては悪い。舞子。そこのお二人に冷たいお茶でもだしてあげなさい」
そう言われ舞子は何も言えなくなり辰巳と翼を家の中へ入らせた。
居間で信三と一緒にいる辰巳と翼は正座をしていて幽霊の祐三はあぐらをかいていた。後ろから舞子が現れ二人と信三に冷たいお茶を配った。
「それで、山崎さん。私の父について話とは?」
辰巳はコップに入ったヒンヤリとする麦茶を飲んだ後、話し始めた。
「はい。実は、あなた様のお父様 祐三さんは息子である信三さんと奥様のエツさんを捜していたのです」
「親父が?」
辰巳は頷いた。
「祐三さんは、サイパンの戦いで戦死した後、あの世へ行かなかったのです。本来、死んだ人間は死神に案内されながらあの世へ行きます。ですが、祐三さんはあなた様とエツさんの事を気にかけ当時、祐三さんをあの世へ送るはずだった死神がチャンスとして期間まで現世に留まらせたんです」
「期間?」
「死んだ魂の中には未練を残したまま死んでしまった者がいます。そこで、現世に残した未練が完了する限られた期間まで現世に滞在する事ができます。しかし、最低二週間過ぎてしまうと悪霊化となり危険をさらす事態が起きてしまう事があります。ですが、祐三さんはなぜか悪霊化しないまま77年も現世に滞在している事が分かったのです」
それを聞いた信三は驚いた。
「77年も・・・・⁉」
「はい。あの世にある死神局は77年も現世に留まる祐三さんに困っていたんです」
それを聞いた祐三は何も言わないまま怪訝そうな顔でプイッと顔を右に向けた。
「そこで、私(わたくし)が祐三さんをあの世へ送り出せるよう彼のお願いを聞きここに来たのです。あなた様と奥様のお名前は、祐三さんからお話を聞き知りました」
信三と舞子は信じられなさそうな顔でポカンと口を開けていた。
「あなたのお父様は、死んでもあなた様と奥様の事を気にかけていたのです」
その話を聞き信三は少し俯きながらゆっくりと頷いた。
「そうでしたか・・・。親父は私とお袋の事を気にかけて・・・・」
信三は顔を上げた。
「実をいうと私は、実際に親父の顔を見た事がないのですよ。昔の写真だけしか見た事がなくて、よくお袋から親父はどんな人だったのか話を聞きました」
祐三は呟いた。
「そうか・・。エツが俺の事を・・・」
優しくて明るく美しかったエツの顔が頭の中から蘇り目頭が熱くなり「そうか。そうか」と呟きながら頷いた。
「私は、他の子がお父さんと一緒にいる姿を見て思いましたよ。なんで、父さんは俺と母さんを置いて戦場へ行ったのか・・。父さんが生きていたら一緒に野球をしたりして遊んで過ごせたんじゃないだろうか・・。時には、親父と喧嘩して殴られたり、時には親父と二人だけでどこかへ出掛けたりして、飯を食ったり・・・。それに、話で聞く『親父の背中』っていうもの見てみたかったなぁ」
信三は小さい頃から思っていた事を熱く語った。それは、父親という存在の憧れだった。信三は父親がいなかった事を寂しく思っていたのだ。父親と一緒に過ごす時間が欲しかった。父親と話をしたかった。そして、父親の背中を見て育ちたかった。そんな思いを込めて辰巳達に話したのだ。それを聞いた祐三は心臓がギュッと締め付けた。とはいえ、もう死んでいるので心臓は止まっているが。でも、後悔をしていた。ちゃんとエツと交わした約束を果たせば信三に悲しい想いをさせなかったし、信三に父親らしい姿を見せてやりたかった。もちろん、一緒に遊んで食べたり寝たり、時には喧嘩をしたり親子揃ってどこかへ連れて行きたかった。そして、息子と妻と家族揃って幸せに暮らしたかった。そんな幸せを叶わなかった自分が恨めしかったし悲しかった。こうして、信三に会えたのも辰巳のおかげだと祐三は思い始めた。辰巳と出会わなかったら、あの世へ行かず現世でずっと一人で彷徨っていたはず。
「でも、私は親父の息子でもありますからね。戦争で死んだ祖父と親父の分も一緒にこうして生きていますから。それに、私はもう79ですから、いつ死ぬか分かりませんが」
信三は笑った。翼は笑っている信三を見て温かみを感じた。
「もし、私があなた方みたいに親父の幽霊が見えていたら、親父があの世へ行ってしまう前に少しだけでもいいから話をしてみたかったですね」
翼は信三に質問した。
「おじさん。一つ聞きたい事があるんですが、いいですか?」
信三は翼を見て言った。
「何だい?」
「おじさんのお母さん、市川エツさんはどこにいるんですか?」
その質問に信三は答えた。
「残念だけどお袋は、14年前に病気で亡くなったよ。今はもう現世にはいない」
「そ、そうですか・・・」
エツはもう現世にはいない。14年前に病気で他界したのだ。それを聞いた祐三は口を閉ざしたままエツが14年前に死んでいた事を受け止め何も言えなかった。自分が現世に留まっている中、エツは一人あの世へ行った。もしかすると、14年間、エツは天国で祐三を捜していたに違いない。死んで尚、二人はすれ違い会う事はできなかった。でも、祐三はショックを受けてはいなかった。ある意味、予感はしていた。14年前でもエツは高齢でいつ病にかかり患うか老衰で死ぬか分からなかったのだ。もしかすと、現世で再開した時は、エツはもうこの世にはいないと予感していたのだ。それでも、エツが長く現世に滞在している自分より先にあの世へ行っても成長した息子の顔を見たい気持ちもあった。そして、今はこうして元気に成長した息子と再会する事ができた。
「今、おじさんの隣に祐三さんがいますよ」
翼がそう教えると信三と舞子は隣を見た。しかし、祐三の姿は二人の目には見えない。見えるのはただの壁。舞子は信じられなさそうな表情を見せてはいたが信三だけは違った。信三は辰巳と翼の話を信じていたのだ。ちょうど、祐三も信三の顔を見ていた。
「坊や。そこに親父がいるんだね?」
「はい」
頷いた翼に信三はあぐらから正座に変え何も見えない幽霊である祐三の方を見て言った。
「親父。そこにいるのなら、俺の話を聞いてくれ。俺は小さい頃、どうして親父がいないの?と母さんに訊いた事があった。すると、母さんは、「お父さんは俺達家族や日本を守る為に戦場へ行ってお空へ行ったんだよ」と教えてくれた。親父はどんな人だったのかも教えてくれた。それに、他の子の父親を見ていてもし、親父が生きていたらといろいろ想像していた。それに正直、父親って何だろうなぁって思って分からない所もたくさんあった。母さんは父親とは何なのか教えてはくれたが、それでも俺は父親とは何たるかまだ分かっていなかった。でも、二ヶ月前に、母さんと同じく病気で死んだ妻と結婚し子供が産まれた時は、「ああ。俺はこの子達の父親になったんだなぁ。」って少し不安もありながら思ったよ。だって、俺は親父がいない中、母さんと二人暮らしで今日まで生きてきたから。その後、息子と娘が成長していくについて、いろいろと苦労したもんだよ。しつけで叱ったり、分からない事を教えたり、家族の家庭を守る為に働いたり・・。もちろん、楽しい事もあった。一緒に遊んだり、一緒に飯を食ったり、どこかへ出掛けたりして・・。父親って何なのか分からなかった俺が自分の子供が産まれて家族になった時、初めて知ったよ。これが父親なんだって。まぁ、親父の背中を見ないまま生きていたけど、俺なりに頑張ったよ。それに、俺は自分と母さんより先に死んだ親父の事を一度も恨んだことはない。ただ、知りたかっただけなんだ。親父はどんな人だったのか、父親とは何なのかを。親父がいなくても、十分幸せだった。もちろん、今も幸せだ。だから、親父。俺の事は心配しないで早く天国へ行って母さんに会いな。きっと、婆ちゃんも母さんと一緒に天国で親父が来るのを待っているに違いない。俺もいつ死ぬか分からないけど、俺が死んで天国へ行けたら一緒に酒を飲みながら話そうや。俺は、親父の子供で本当に良かったと思っている。俺の父親になってくれてありがとう」
信三は笑った。祐三は信三の言葉に感無量をしていた。家族を残して死んだ自分を恨んではいない。そして、信三の父親になってくれたという感謝の言葉もあった。祐三はてっきり、この77年間、寂しい思いをさせながらも父親らしい事をしないで心の奥底から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。きっと、こんな父親を許してくれないだろうと思いながら覚悟はしていた。しかし、それは祐三の思い込み。信三は一切、祐三の事を恨んではいなかった。むしろ、父親になってくれた事に感謝をしていた。信三の優しさと感謝が長年、祐三が苦しんでいた心のつかえを解いてくれた。これで、思い残す事はないであろう。祐三は笑顔になりながら「ありがとう・・・。ありがとう・・・」と言いながら目から一粒の涙が流れた。そんな様子を見た翼と辰巳はお互いの顔を見ながら笑い合った。
午前24時20分
この時間は、子三つ時(ねみつどき)に真夜中の調布駅に来るあの世行きの幽霊電車が到着している時間。調布駅の薄暗い地下駅ホームにはどことなく古く懐かしい昭和のレトロ感が漂う幽霊電車が停まっていた。その幽霊電車は、鎌倉から走る江ノ電(またはタンコロ)に似ていた。幽霊電車の中は明るくこれからあの世へ行く霊とあの世まで付添人として一緒にいる。辰巳と翼は祐三を連れて合流した死神102号と調布駅の地下駅ホームにいた。
「死神さん。77年間、本当に大変ご迷惑をおかけしました」
祐三は77年間、現世に留まり続けていた事で謝罪をしていた。
「いえいえ。大丈夫ですよ。もう、心残りはありませんね?」
「はい」
祐三は頷いた。もう、思い残す事はない。
「祐三さん」
辰巳は祐三を呼んだ。
「一つ訊きたいことがあります」
「何だ?」
祐三は訊いた。
「あなたは77年間、現世にいました。本来なら死んでから滞在期間の一週間後になると悪霊になります。それなのに、なぜ、あなたは悪霊にならなかったのですか?」
疑問に思っていた。普通なら死んでから二週間後になると意識がもうろうとし悪霊になる。それなのに、祐三は死んでから二週間過ぎ77年も現世に留まっていたのに全く悪霊化にならない。辰巳と死神達はそこが不思議でどうしても気になっていた。
「確か、77年前、戦場に彷徨い続けてから一週間経った時、一人の商人が悪霊にならなくて済むキノコを貰ったんだ。私は、そのキノコを食べたおかげで悪霊化しないで77年もこの姿で現世に留まっていたのだ」
悪霊化にならなくて済むキノコ。それを売った商人とは一体、何者であろうか。
「そのキノコを売った商人は人間でしたか?」
祐三は首を振った。
「いや。確か鬼だったような・・・。すまない・・。これは、77年も前の事だからなかなか思い出せない」
「いいえ。教えてくれてありがとうございます」
辰巳は祐三にキノコをあげた鬼の商人が誰なのか気になってはいたが、なぜ祐三が悪霊化しなかったのかその理由が聞けただけで納得していた。すると、死神102号は黒スーツの内ポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認していた。
「さぁ、佐々木祐三さん。そろそろ時間になります。乗りましょう」
死神102号は懐中時計を黒スーツの内ポケットにしまいながら幽霊電車に乗るよう勧めた。
「はい」
祐三は頷き辰巳の顔を見た。
「辰巳。俺の為に息子を捜し会わせてくれてありがとう。あんたのおかげで、もう未練は無くなった。本当にありがとう」
「祐三さん。あの世の旅はとても長いです。道中お気をつけて。無事に天国に行けることを祈っています」
「ありがとう」
祐三は翼の顔を見た。
「翼くん。君はまだまだ若い。この先、君はいろんな困難に見舞われ苦しい思いをする日が来る。どんなに苦しく辛くても、下を向かずただ前だけを見て困難に立ち向かい歩き続けなさい。歩き続ければ、君にとって素晴らしい栄光が見えるはず。もっと強く生きるんだぞ」
「はい・・!」
翼は強く頷きながら返事をした。
幽霊電車の運転手が地下駅ホームで出発するホイッスルを鳴らした。ホイッスルが鳴った後、車掌は幽霊電車の運転席に入り乗車口が閉めた。幽霊電車に乗った祐三と死神102号は地下駅ホームで自分達見送っている辰巳と翼を見た。辰巳と翼も幽霊電車に乗った祐三と死神102号の姿を見送っていた。幽霊電車は汽笛を鳴らしゆっくりと動き始めた。翼は両手を大きくして降りながら祐三にさよならをしていた。
祐三が乗っている幽霊電車は徐々にスピードが上がり地下の闇の中へと消えた。祐三はこの後、とても長いあの世の旅をする。でも、彼ならきっと愛していた妻エツの元へ無事に行けるだろう。二人が天国で再開できることを祈ろう・・・。
「俺が現世に留まってから77年・・。日本は本当に変わった」
祐三は車の窓から見える景色を眺めながら語っていた。
「俺は死んで魂になった後、戦場に彷徨い続けながらも多くの人間が死んでいる姿を何度も見た。もちろん、生きていた時もだ。もうダメだと思った時、頭の中からお袋とエツ、まだ赤ん坊だった信三の姿、故郷の景色が出てきた。人間は死ぬ直前になると家族と友の顔、故郷の景色が思い出すというのは、本当なんだな。俺は、必ず生きて帰ると誓いエツと約束をした。だが、約束は守れなかった・・。国を守る為だけではなく、妻と交わした約束を果たす事ができなかった自分が情けないと思い自分を呪ったもんだよ。彼女は俺が死んだと知り悲しんだに違いない。それに今でも思うんだ。俺はエツに何かしてあげられたかを・・・」
その話を聞いた辰巳は運転しながら言った。
「結婚をしていない独身男である僕が言うのもおこがましいかと思いますが、エツさんは祐三さんが自分の傍にいてくれただけで十分幸せだったと思いますよ?誰かが傍にいるのは、大切ですからね。自分の傍に愛している人がいれば、辛い事があっても共に乗り越えていけますから」
祐三は笑みを浮かべながら言った。
「傍にいるだけが、彼女の幸せか・・・・・。確かに、彼女はいつも俺の傍にいてくれたな」
「きっと、エツさんはお互い傍にいながら寄り添いそして、共に過ごした日々が何よりも幸せだったに違いありません。祐三さんはもう、エツさんの為にちゃんとしてあげていますよ」
「そうかもしれないな・・・・」
祐三はそう言ったまま何も喋らなくなった。でも、笑みだけはそのまま浮かべていた。きっと、祐三は77年間、魂となって彷徨い続けながらも自分が家族より先に死んだ事を悔やんでいたみたいだ。彼なりに死んでもエツ達の事を気にかけ、どうしているのか心配していたに違いない。それに、祐三はエツと交わした約束を守れなかった自分に腹を立てていたかもしれない。もしも、今の時代にエツが生きていたとなれば彼女はもう106歳で息子の信三は79歳になる。もしかすると、エツはこの世にいないかもしれない。もしくは、100歳を超えてまだ生きているのかもしれない。しかし、エツか祐三の遺族・親族の情報を摑めなければ分からない。だからこそ、死神102号を頼ったのだ。彼らの情報は、死神局やあの世の記録係が管理しているのだが、死神を使えばきっと情報が手に入れる確率が高いと辰巳は思っていたのだ。悪魔みたいな考えだが、祐三の未練を果たせる事ができるのならどんな汚い手を使ってでも期間まで任務を完了して見せるつもりでいた。
「し、死神さんを脅したの⁈」
翼は夕食を取りながら辰巳に言った。
「別に脅してなんかいないよ」
辰巳は表情を変えず動揺もしないで食事をしていた。
「でも、死神さんを脅したら問題にならない?」
「大丈夫だよ。彼とは時々だけど交流したことがあるし」
「い、いや、交流とかそういもんじゃなくて・・・。人間の個人情報は死神さん達とあの世にいる記録係の人達だけしか教えちゃいけないんでしょ?どうやって、死神さんを動かしたの?」
疑問に思っていた翼は辰巳に訊いた。すると、辰巳は人差し指で自分の頭をトントンと軽く叩いた。
「ここを使ったのさ」
それを聞いた翼は良い考えではないだろうなと思った。死神を自分の為に動かすなんて滅多にできない事だと思う。きっと、死神102号にとって誰にも知られたくない弱みを辰巳が持っているに違いない。でも、確かに辰巳は死神102号の弱みを持っている。でも、その弱みは何なのかは知る由(よし)もなかった。
「ろくでもない事を考えて死神さんを動かしたんでしょ?」
翼の言葉に辰巳はグサッと来たが、動揺する様子を見せず普段通りの姿を振る舞っていた。
「そんな失礼なこと、僕はしないよ。必死にお願いしたら引き受けてくれたんだ」
すると、翼は疑っている目で辰巳を見た。その視線はまるで、信じていない様子で辰巳は自分が死神102号に脅した事を知られないよう普通の表情で振る舞い続けた。すると、スマホの着メロが鳴り出した。それに気付いた辰巳は死神102号からだと分かりスマホを手に取り席を立ちスマホを耳に当てた。
「もしもし」
すると、スマホ越しから死神102号の声が聞こえた。
死神102号は、死神局にある自分のデスク上の固定電話機ではなく外にある公衆電話で話をしていた。
「あっ、辰巳さん。102号です。今日のお昼頃、辰巳さんが頼んだ情報、何とか無事に手に入れる事ができました」
それを聞いた辰巳は反応した。
「本当ですか⁈」
死神102号は、公衆電話機の受話器を肩に挟んでスーツの内ポケットから手帳を出しページを捲っていた。
「はい。おかげでバレずに済みましたが、大変だったんですからね」
スマホを耳に当てている辰巳は苦笑いをしていた。
「すみません。無茶なことをさせてしまって」
死神102号は、受話器を肩に挟みながらメモした手帳を見ていた。
「いいですよ。それよりもメモの準備はできていますか?」
それに気付き辰巳は「ちょっと待ってください」と死神102号を待たせスマホを持ちながらメモの準備を取りかかった。
辰巳は夕飯で使っているテーブルの上に縦のA4サイズぐらいあるメモ帳と黒ボールペンの準備ができた。辰巳は黒ボールペンを持って書く準備をした。
「お待たせしました。お願いします」
死神102号は公衆電話機の受話器を肩に挟みながら読んだ。
「佐々木祐三さんのご遺族は、長野県上田市上田緑が丘北にいます」
辰巳はペンを走らせながら書いた祐三の遺族の住所を見ながら言った。
「分かりました。教えてくださってありがとうございます」
死神102号は手帳をスーツの内ポケットに入れ受話器を持った。
「頑張って調べたんですから、何か俺にご褒美くださいよ?」
「もちろんです。お会いする機会がありまたら、ぜひ、そうさせてもらいます。では、教えてくださりありがとうございました。失礼します」
辰巳は自分の耳からスマホを離し通話を切った。
「長野県上田市・・。そこに、祐三さんの遺族がいるの?」
翼は辰巳が走り書きで書いたメモを見て訊いた。辰巳は笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ。間違いない。そこに祐三さんの遺族がいるはずだ」
長野県上田市
ここは、景色がとても素晴らしくたくさんの山々が聳(そび)え立っていた。今は夏なので、山の色は緑一色だった。空も青く強い日差しがあって絶好日和でもあった。辰巳は運転しながら上田市の町中を車で走らせていた。辰巳が上田市に来た理由はもちろん。上田市上田緑が丘北に祐三の遺族が住んでいるからだ。祐三をあの世へ送るまで後14時間。子三つ時(ねみつどき)つまり、夜中の24時に調布駅へ行ってあの世へ送らなければならない。後部座席には祐三の姿が見え翼も一緒にいた。なぜ、翼が一緒にいるのか。それは、辰巳が祐三を連れて長野へ行く事が決まったきっかけで翼が行きたいと駄々をこねていたので、連れてきたのだ。辰巳は旅行する為に長野に来た訳ではないがドライブとして翼を連れてきたのだ。翼は車の窓を開けて車が走る風に煽られながら上田市の町景色を眺めていた。翼にとって長野に来るのは家族旅行でキャンプしに行った以来だ。辰巳はカーナビの指示通りに車を運転しながら上田緑が丘北へ目指していたのであった。
しばらく走っていると遂に上田緑が丘北に入った。後は、祐三の遺族が住んでいる家に行けば今回の依頼の件が片付く。辰巳は祐三の遺族が住んでいる家へ目指してはいたが、家の住所番号まで知らなかったので、車を停めて上田緑が丘北内に住んでいる人に訊ねたりしながら祐三の遺族が住んでいる家まで車を走らせた。上田緑が丘北に住んでいる人が親切に教えてくれたおかげで辰巳達は遂に佐々木祐三さんの遺族が住んでいる家に着いたのだ。家の建物は2階建てで青色の屋根があった。そして、表札に「佐々木」と書かれていた。間違いなくここに祐三の遺族が住んでいるはず。辰巳は少し緊張しながらもインターホンを鳴らした。すると、インターホンから女性の声が聞こえた。
「はぁい。どちら様ですか?」
辰巳はインターホンに向かって喋った。
「初めまして。私(わたくし)、東京から来ました山崎と申します。大変失礼ですが、佐々木祐三さんのご遺族で宜しいですか?」
そう訊いた途端、インターホンから女性の驚く声が聞こえた。
「は、はい。なぜ、それを?」
「実は私(わたくし)、どうしてもご遺族の皆様にお訊ねしたい事がございまして・・。少しだけで宜しいので、お話させていただきませんか?」
「わ、分かりました。少々、お待ちください」
返事をした女性はインターホンの通話を切った。すると、ドアから鍵を開ける音が聞こえ開き始めた。ドアから現れたのは50代前半の女性だった。この人がインターホンで辰巳と通話していた人に間違いない。辰巳は会釈をしながら喋った。
「初めまして。突然のことで驚かせてしまい申し訳ございません。佐々木祐三さんの件でお話したい事がございまして、東京から参りました」
女性は辰巳の顔を見て伺った。
「佐々木祐三、祖父は77年前に他界していますが・・・・」
「はい。存じております」
それを聞いた女性は驚いた。
「・・・知っているのですか⁈」
辰巳は「はい」と返事をしてバッグから代人ファイルを開いた。
「佐々木祐三さん。享年31、2月6日 水瓶座生まれ。血液型はBで1944年、太平洋戦争中に起こったサイパンの戦いで7月7日に戦死。間違いありませんよね?」
あまりにも詳しく話すので女性は呆気に取られていた。
「はい・・。間違いありません。しかし、なぜ、そんなに祖父の事をご存じで?」
辰巳は代人ファイルを閉じて自分が何者なのか教えた。
「私(わたくし)は、死神の代行人です。死神の代行人というのは、死神の代わりに現世にまだ彷徨い続けている魂の願いを聞きあの世へ送る役目を持っています。実は、こうしてお宅に訪問しに来たのは、佐々木祐三さんのお願いを叶える為にここへ来ました。突然の事で信じられませんよね」
それを聞いた女性はちょっとだけ困惑しているのか信じてもいいのかいけないのか、そんな境目で迷走していた。それそうだ。死神の代行人なんて聞いた事もないし信じられないであろう。しかし、信じてくれるか信じてはくれないかは佐々木祐三の孫にあたる彼女が出す答え次第。すると、家の中から男性の声が聞こえた。
「舞子。どうした?」
ひょっこりと顔を出したのは70代後半もいっているお爺さんだった。舞子は振り向いてお爺さんに言う。
「あっ、お父さん。この方々が、祖父について話があるみたいで・・。それに、祖父の事を知っていて・・・・」
「親父の?」
親父。その言葉を聞いた時、辰巳は舞子の後ろにいるお爺さんに訊いた。
「すみません。もしかして、あなたは佐々木祐三さんの息子、佐々木信三さんですか?」
それを聞いたお爺さんは頷いた。
「そうですが」
祐三は年を取った我が息子を見て言葉が出なかった。戦地でもあり死んだ場所でもあるサイパン島へ向かい集合場所へ行く前、最後に顔を見たのは信三がまだ赤ん坊の時だ。それが、77年という長い年月が経ち、とうとう息子は年寄りの爺さんになった。祐三が知っている信三はまだ赤ちゃんだったので成長したんだなとしみじみとしていた。でも、信三はそんなしみじみしている祐三の姿が見えない。祐三は、もうこの世にいない存在なのだから。
辰巳は信三が生きている事に喜びを感じた。
「良かった!まだ現世にご健在されていたのですね。祐三さん、とても喜びますよ」
翼は祐三の方を見た。背中しか見えないがきっと、信三が現世で元気にしている事を知って感無量しているに違いない。信三から、とても優しそうな雰囲気を感じる。それに、怖そうには見えない。
「まぁ、そんな所にいては暑いでしょうに。よかったら、どうぞ中へお入りください。」
信三は辰巳達を家の中へと勧めた。
「お、お父さん・・!」
舞子は少し戸惑う表情を見せた。
「大丈夫。その人達は悪い人ではないよ。嘘をつくような人には見えない。それに、いつまでも外で立たしては悪い。舞子。そこのお二人に冷たいお茶でもだしてあげなさい」
そう言われ舞子は何も言えなくなり辰巳と翼を家の中へ入らせた。
居間で信三と一緒にいる辰巳と翼は正座をしていて幽霊の祐三はあぐらをかいていた。後ろから舞子が現れ二人と信三に冷たいお茶を配った。
「それで、山崎さん。私の父について話とは?」
辰巳はコップに入ったヒンヤリとする麦茶を飲んだ後、話し始めた。
「はい。実は、あなた様のお父様 祐三さんは息子である信三さんと奥様のエツさんを捜していたのです」
「親父が?」
辰巳は頷いた。
「祐三さんは、サイパンの戦いで戦死した後、あの世へ行かなかったのです。本来、死んだ人間は死神に案内されながらあの世へ行きます。ですが、祐三さんはあなた様とエツさんの事を気にかけ当時、祐三さんをあの世へ送るはずだった死神がチャンスとして期間まで現世に留まらせたんです」
「期間?」
「死んだ魂の中には未練を残したまま死んでしまった者がいます。そこで、現世に残した未練が完了する限られた期間まで現世に滞在する事ができます。しかし、最低二週間過ぎてしまうと悪霊化となり危険をさらす事態が起きてしまう事があります。ですが、祐三さんはなぜか悪霊化しないまま77年も現世に滞在している事が分かったのです」
それを聞いた信三は驚いた。
「77年も・・・・⁉」
「はい。あの世にある死神局は77年も現世に留まる祐三さんに困っていたんです」
それを聞いた祐三は何も言わないまま怪訝そうな顔でプイッと顔を右に向けた。
「そこで、私(わたくし)が祐三さんをあの世へ送り出せるよう彼のお願いを聞きここに来たのです。あなた様と奥様のお名前は、祐三さんからお話を聞き知りました」
信三と舞子は信じられなさそうな顔でポカンと口を開けていた。
「あなたのお父様は、死んでもあなた様と奥様の事を気にかけていたのです」
その話を聞き信三は少し俯きながらゆっくりと頷いた。
「そうでしたか・・・。親父は私とお袋の事を気にかけて・・・・」
信三は顔を上げた。
「実をいうと私は、実際に親父の顔を見た事がないのですよ。昔の写真だけしか見た事がなくて、よくお袋から親父はどんな人だったのか話を聞きました」
祐三は呟いた。
「そうか・・。エツが俺の事を・・・」
優しくて明るく美しかったエツの顔が頭の中から蘇り目頭が熱くなり「そうか。そうか」と呟きながら頷いた。
「私は、他の子がお父さんと一緒にいる姿を見て思いましたよ。なんで、父さんは俺と母さんを置いて戦場へ行ったのか・・。父さんが生きていたら一緒に野球をしたりして遊んで過ごせたんじゃないだろうか・・。時には、親父と喧嘩して殴られたり、時には親父と二人だけでどこかへ出掛けたりして、飯を食ったり・・・。それに、話で聞く『親父の背中』っていうもの見てみたかったなぁ」
信三は小さい頃から思っていた事を熱く語った。それは、父親という存在の憧れだった。信三は父親がいなかった事を寂しく思っていたのだ。父親と一緒に過ごす時間が欲しかった。父親と話をしたかった。そして、父親の背中を見て育ちたかった。そんな思いを込めて辰巳達に話したのだ。それを聞いた祐三は心臓がギュッと締め付けた。とはいえ、もう死んでいるので心臓は止まっているが。でも、後悔をしていた。ちゃんとエツと交わした約束を果たせば信三に悲しい想いをさせなかったし、信三に父親らしい姿を見せてやりたかった。もちろん、一緒に遊んで食べたり寝たり、時には喧嘩をしたり親子揃ってどこかへ連れて行きたかった。そして、息子と妻と家族揃って幸せに暮らしたかった。そんな幸せを叶わなかった自分が恨めしかったし悲しかった。こうして、信三に会えたのも辰巳のおかげだと祐三は思い始めた。辰巳と出会わなかったら、あの世へ行かず現世でずっと一人で彷徨っていたはず。
「でも、私は親父の息子でもありますからね。戦争で死んだ祖父と親父の分も一緒にこうして生きていますから。それに、私はもう79ですから、いつ死ぬか分かりませんが」
信三は笑った。翼は笑っている信三を見て温かみを感じた。
「もし、私があなた方みたいに親父の幽霊が見えていたら、親父があの世へ行ってしまう前に少しだけでもいいから話をしてみたかったですね」
翼は信三に質問した。
「おじさん。一つ聞きたい事があるんですが、いいですか?」
信三は翼を見て言った。
「何だい?」
「おじさんのお母さん、市川エツさんはどこにいるんですか?」
その質問に信三は答えた。
「残念だけどお袋は、14年前に病気で亡くなったよ。今はもう現世にはいない」
「そ、そうですか・・・」
エツはもう現世にはいない。14年前に病気で他界したのだ。それを聞いた祐三は口を閉ざしたままエツが14年前に死んでいた事を受け止め何も言えなかった。自分が現世に留まっている中、エツは一人あの世へ行った。もしかすると、14年間、エツは天国で祐三を捜していたに違いない。死んで尚、二人はすれ違い会う事はできなかった。でも、祐三はショックを受けてはいなかった。ある意味、予感はしていた。14年前でもエツは高齢でいつ病にかかり患うか老衰で死ぬか分からなかったのだ。もしかすと、現世で再開した時は、エツはもうこの世にはいないと予感していたのだ。それでも、エツが長く現世に滞在している自分より先にあの世へ行っても成長した息子の顔を見たい気持ちもあった。そして、今はこうして元気に成長した息子と再会する事ができた。
「今、おじさんの隣に祐三さんがいますよ」
翼がそう教えると信三と舞子は隣を見た。しかし、祐三の姿は二人の目には見えない。見えるのはただの壁。舞子は信じられなさそうな表情を見せてはいたが信三だけは違った。信三は辰巳と翼の話を信じていたのだ。ちょうど、祐三も信三の顔を見ていた。
「坊や。そこに親父がいるんだね?」
「はい」
頷いた翼に信三はあぐらから正座に変え何も見えない幽霊である祐三の方を見て言った。
「親父。そこにいるのなら、俺の話を聞いてくれ。俺は小さい頃、どうして親父がいないの?と母さんに訊いた事があった。すると、母さんは、「お父さんは俺達家族や日本を守る為に戦場へ行ってお空へ行ったんだよ」と教えてくれた。親父はどんな人だったのかも教えてくれた。それに、他の子の父親を見ていてもし、親父が生きていたらといろいろ想像していた。それに正直、父親って何だろうなぁって思って分からない所もたくさんあった。母さんは父親とは何なのか教えてはくれたが、それでも俺は父親とは何たるかまだ分かっていなかった。でも、二ヶ月前に、母さんと同じく病気で死んだ妻と結婚し子供が産まれた時は、「ああ。俺はこの子達の父親になったんだなぁ。」って少し不安もありながら思ったよ。だって、俺は親父がいない中、母さんと二人暮らしで今日まで生きてきたから。その後、息子と娘が成長していくについて、いろいろと苦労したもんだよ。しつけで叱ったり、分からない事を教えたり、家族の家庭を守る為に働いたり・・。もちろん、楽しい事もあった。一緒に遊んだり、一緒に飯を食ったり、どこかへ出掛けたりして・・。父親って何なのか分からなかった俺が自分の子供が産まれて家族になった時、初めて知ったよ。これが父親なんだって。まぁ、親父の背中を見ないまま生きていたけど、俺なりに頑張ったよ。それに、俺は自分と母さんより先に死んだ親父の事を一度も恨んだことはない。ただ、知りたかっただけなんだ。親父はどんな人だったのか、父親とは何なのかを。親父がいなくても、十分幸せだった。もちろん、今も幸せだ。だから、親父。俺の事は心配しないで早く天国へ行って母さんに会いな。きっと、婆ちゃんも母さんと一緒に天国で親父が来るのを待っているに違いない。俺もいつ死ぬか分からないけど、俺が死んで天国へ行けたら一緒に酒を飲みながら話そうや。俺は、親父の子供で本当に良かったと思っている。俺の父親になってくれてありがとう」
信三は笑った。祐三は信三の言葉に感無量をしていた。家族を残して死んだ自分を恨んではいない。そして、信三の父親になってくれたという感謝の言葉もあった。祐三はてっきり、この77年間、寂しい思いをさせながらも父親らしい事をしないで心の奥底から申し訳ない気持ちでいっぱいだった。きっと、こんな父親を許してくれないだろうと思いながら覚悟はしていた。しかし、それは祐三の思い込み。信三は一切、祐三の事を恨んではいなかった。むしろ、父親になってくれた事に感謝をしていた。信三の優しさと感謝が長年、祐三が苦しんでいた心のつかえを解いてくれた。これで、思い残す事はないであろう。祐三は笑顔になりながら「ありがとう・・・。ありがとう・・・」と言いながら目から一粒の涙が流れた。そんな様子を見た翼と辰巳はお互いの顔を見ながら笑い合った。
午前24時20分
この時間は、子三つ時(ねみつどき)に真夜中の調布駅に来るあの世行きの幽霊電車が到着している時間。調布駅の薄暗い地下駅ホームにはどことなく古く懐かしい昭和のレトロ感が漂う幽霊電車が停まっていた。その幽霊電車は、鎌倉から走る江ノ電(またはタンコロ)に似ていた。幽霊電車の中は明るくこれからあの世へ行く霊とあの世まで付添人として一緒にいる。辰巳と翼は祐三を連れて合流した死神102号と調布駅の地下駅ホームにいた。
「死神さん。77年間、本当に大変ご迷惑をおかけしました」
祐三は77年間、現世に留まり続けていた事で謝罪をしていた。
「いえいえ。大丈夫ですよ。もう、心残りはありませんね?」
「はい」
祐三は頷いた。もう、思い残す事はない。
「祐三さん」
辰巳は祐三を呼んだ。
「一つ訊きたいことがあります」
「何だ?」
祐三は訊いた。
「あなたは77年間、現世にいました。本来なら死んでから滞在期間の一週間後になると悪霊になります。それなのに、なぜ、あなたは悪霊にならなかったのですか?」
疑問に思っていた。普通なら死んでから二週間後になると意識がもうろうとし悪霊になる。それなのに、祐三は死んでから二週間過ぎ77年も現世に留まっていたのに全く悪霊化にならない。辰巳と死神達はそこが不思議でどうしても気になっていた。
「確か、77年前、戦場に彷徨い続けてから一週間経った時、一人の商人が悪霊にならなくて済むキノコを貰ったんだ。私は、そのキノコを食べたおかげで悪霊化しないで77年もこの姿で現世に留まっていたのだ」
悪霊化にならなくて済むキノコ。それを売った商人とは一体、何者であろうか。
「そのキノコを売った商人は人間でしたか?」
祐三は首を振った。
「いや。確か鬼だったような・・・。すまない・・。これは、77年も前の事だからなかなか思い出せない」
「いいえ。教えてくれてありがとうございます」
辰巳は祐三にキノコをあげた鬼の商人が誰なのか気になってはいたが、なぜ祐三が悪霊化しなかったのかその理由が聞けただけで納得していた。すると、死神102号は黒スーツの内ポケットから懐中時計を取り出し、蓋を開けて時間を確認していた。
「さぁ、佐々木祐三さん。そろそろ時間になります。乗りましょう」
死神102号は懐中時計を黒スーツの内ポケットにしまいながら幽霊電車に乗るよう勧めた。
「はい」
祐三は頷き辰巳の顔を見た。
「辰巳。俺の為に息子を捜し会わせてくれてありがとう。あんたのおかげで、もう未練は無くなった。本当にありがとう」
「祐三さん。あの世の旅はとても長いです。道中お気をつけて。無事に天国に行けることを祈っています」
「ありがとう」
祐三は翼の顔を見た。
「翼くん。君はまだまだ若い。この先、君はいろんな困難に見舞われ苦しい思いをする日が来る。どんなに苦しく辛くても、下を向かずただ前だけを見て困難に立ち向かい歩き続けなさい。歩き続ければ、君にとって素晴らしい栄光が見えるはず。もっと強く生きるんだぞ」
「はい・・!」
翼は強く頷きながら返事をした。
幽霊電車の運転手が地下駅ホームで出発するホイッスルを鳴らした。ホイッスルが鳴った後、車掌は幽霊電車の運転席に入り乗車口が閉めた。幽霊電車に乗った祐三と死神102号は地下駅ホームで自分達見送っている辰巳と翼を見た。辰巳と翼も幽霊電車に乗った祐三と死神102号の姿を見送っていた。幽霊電車は汽笛を鳴らしゆっくりと動き始めた。翼は両手を大きくして降りながら祐三にさよならをしていた。
祐三が乗っている幽霊電車は徐々にスピードが上がり地下の闇の中へと消えた。祐三はこの後、とても長いあの世の旅をする。でも、彼ならきっと愛していた妻エツの元へ無事に行けるだろう。二人が天国で再開できることを祈ろう・・・。
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