何でも好きって言っちゃう女の子が勘違いお嬢様と結婚してしまう話

畜生

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第1話 好きが口癖の女の子

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『あっ!私このキャラめっちゃ!』
『いいよねぇこの漫画!一番かも!』
『えっへへ~♪私もみんなのことだよぉ!』
『え、まじ女神じゃん…ちょうしてほしい……』

 私の口癖は『好き』。
 好きになったものや、カッコいい、カワイイと思ったものは恥ずかしがらずになんでも『好き』って伝えてしまう。
 そこに裏はなくて、ただただ純粋な『好き』が込められてるだけ。

 でも、『好き』には沢山の気持ちが込められていて、おんなじ言葉なのにその意味は千差万別だ。
 だから、受け取り方次第では意味が異なってしまう事があったりする。

 この時ばかりは、自分の口癖を後悔した。
 次からは気をつけようって神に誓ったけれど、もう遅いよと神は無慈悲に私を切り捨てる。

 あの日、私が『好き』を伝えてしまったばっかりに…とんでもないコトになってしまったのだ。

「ねぇ、麗奈…これは?」

 ふるふると震えた声で、瞳に映る一枚の紙を見て私は震撼する。
 それは、ドラマやアニメでしか見たことない…高校生には無縁の紙でした……。

「もう、 結稀ゆうきさんったら見たら分かるでしょう?」

 呆れた声が返ってくる。
 するとすぐに、その声は踊るように弾んで、彼女はニコリと微笑んだ。
 
「婚姻届ですよ?あなたと、私の」
「……………あ、ははぁ」

 だ、だよね~…。
 目の前の紙の正体を、さらりと返されて私は聞いた事を後悔する。
 いやまあ、聞いても聞かなくてもこれが事実でリアルなのは変わりはないんだけどさ。

「どうかしましたか?結稀さん」
「え、あっと…いや、どーうしてこんなコトになったんだろうなぁーって…」
「ふふっ…忘れてしまったのですか?あの日、結稀さんが言ってくれたじゃないですか」

 遠い彼方を見つめて、嬉しそうに頬を綻ばせる。
 見ている分にはとても可愛い表情で、その可愛さに思わず『好き』と言ってしまうのをぐっと堪える。

 彼女は両手を合わせて、夢見る少女みたいに言った。

「私の事、大好きって言ってくださいました…結婚したいって言ってくれて、私…本当に嬉しかったのです」
「いや、それはその…」

 た、確かに言ったけど…それは言葉のあやで……。
 なんて言えずに、私は口を噤ぐんで黙っていると、彼女は続ける。

「それに、ずっとこうなる事を…私は夢見ていました…いつか結稀さんと一緒になれる日が来たらいいと、ずっと願っていました…」
「初めて会った日のこと、覚えていますか…?結稀さん」
「うん、もちろん覚えてるよ!というか忘れられないし!」

 そう、もちろん覚えている。
 初めて会った日、それは私がこの学校に転校して来た時のこと。
 まだ右も左も分からずに、クラスで最初に目に入ったのが…麗奈。天城麗奈あまじろれいなだった。

 透き通るような、儚げで美しい容姿。
 まるで妖精かと疑うくらい綺麗なその姿に、私は魅了されて近付いていったのを今でも覚えてる。

「ふふ、覚えていてくれて嬉しいです。あの日、結稀さんが話しかけてくれて私は嬉しかったんですよ?」

 透明な肌を紅潮させて、麗奈は微笑んだ。
 そして、薄い桜色の唇が動いて…。

「だから、約束通り…結婚しましょう?ね?結稀さん」

◇◇◇◇

 お母さんが再婚して、金持ちの義父さんが出来た。

 元々ウチは貧乏で、正直お母さんが恋愛する暇なんてないと思ってたけど…まさか私の知らない間に、金持ちを捕まえてくるなんて思いもしなかったのだ。

 まぁ、お母さんが捕まえて来たおかげで、私は金持ちの仲間入りを果たした訳なんだけど…。

「ええ~!?転校~?」
「そうだ、我が柴辻家の人間になったのなら、よりよい成績を残して貰わねば困るのでな」

 だから底辺学校よりも、名門の学校に通え…と目の前の堅物そうな男は言っていた。
 目の前の男、お母さんの再婚相手である柴辻堅次は、まぁ絵に描いたような堅物人間だ。

 元々かなり偉い家の出らしくて、この男自身なんかの会社の社長らしい。
 いや、よくお母さん『こんなの』と再婚したなと私は内心毒付きながら、堅物男を見る。

 アメフト選手並みの体躯をはじめに、整えられた太眉、ブルドッグよりも怖い眼差しに…ギチギチに固められたオールバックの髪。
 いや…どこぞのヤクザかよ!とツッコミたくなる容姿だ。

 まぁ、そんなヤクザみたいな男が私のお義父さん…らしい。
 まだ実感が湧かないけれど…でも、私の苗字が『柴辻しばつじ』に変わってるあたり、それが事実なんだと痛感する。

 なんか、固っ苦しい苗字…。

「おい、聞いているのか?」
「え、あっはい!」

 意識を彼方に飛ばしていると、鉄のように重たい声が私を呼びかける。
 私はハッと思い出して声を上げると、お義父さんが怖い顔をして見ていた。

「聞いてなかっただろ?」
「い、いえ…キイテマシタヨ?」
「聞いてなかったんだな!」

 途端、ぐがーっ!と熊のようにデカい身体でお義父さんは襲い掛かる。
 ひ、ひえー!襲われるー!!
 咄嗟の事すぎて足がすくんで怯えていると、すぐ横にお義父さんを静止させる若い声が響いた。

「コラ!堅次さんってば、また結稀を襲ってる!!」
「由沙さん!?いや、これは違くて!!」
「違くも何もないでしょ!」

 パタパタと音がして、やって来たのはお母さんこと柴辻由沙。
 私と変わらない幼くて綺麗な顔立ちに、長く伸びた栗色の髪を揺らしながら、私を襲い掛けたお義父さんに叱りを入れた。

「ナイスタイミング!お母さん!だいすきー!!」
「もう、そんな事言ってもお小遣いはあげないわよ」

 大好きと言われて、にんまりと嬉しそうに笑うお母さん。
 対してお義父さんは恨めしそうに私を睨んでいた…。なぜ?

「お、俺ですら由沙さんに大好きと言うのを恥ずかしくて躊躇ってるのにぃ……!!」

 いや、知らないよ…。
 お義父さんの恨み辛みを無視して、私はお母さんの方を見る。
 どれだけ若作りしてんだって言いたくなるほどの綺麗なお母さんを見ながら、私は口を尖らせながら言った。

「ねぇ、ほんとに転校しなきゃダメなの?」

 それは、さっきお義父さんから聞いていた転校についての話。
 正直、学校は今のままがいい…転校なんてしたくない。
 だって友達と別れたくないし、そもそも私個人にお義父さんの家の事は関係ないし。

 だけど、私の意見を反対するように、お母さんは少し苦い顔をして言葉を返した。

「うーん…結稀の言いたいことは分かるのだけど、せっかくいい道が用意されてるのだから、私的にはそっちに進んでほしいと思ってるの…だって、ね?」

 苦い顔をしながら言うお母さんの背景に、今まで苦労してきた過去が溢れ返る。
 
 私が物心が付いた時には、既にお父さんはいなかった。
 お母さんは何も言ってくれないから、そういうものだと思って生活してた…でも、お母さん一人で支える生活は、それはそれは苦労した。

 何度かひもじい思いをしたし、辛い目にもあった…。
 だから、降って湧いたこのチャンスは、私にも…お母さんにとっても嬉しいものだった。

 お母さんの言う通り、いい学校を卒業すれば後々良い思いだって出来る…。
 それは、昔夢見てたことだった。
 いつかお母さんに恩返しがしたい、楽をさせてあげたいって思ってた私にとって、名門校に転校する話は…とても良い話だ。

 でも、それで…。
 それで友達と離れ離れになるのは…辛い。

「……………」

 私が口を継ぐんでいると、お母さんも察したように罰が悪そうに顔を逸らした。
 気まずい空気がリビングに流れる、新居に越してきたばかりなのにも関わらず、不穏を纏った部屋はとても重い…。

 そんな空気の中で、空気を読まない声が一言。

「別に、今時はどこでも連絡出来るんだからよくないか?」

 声の主は、お義父さんだった。
 めんどくさそうな表情でそう言いながら、手に持つ自身のスマホを指差してお義父さんは続けて言った。

「流石にスマホくらい持ってるだろ?それで連絡取ればいいだろうに…」
「…いや」
「ん?」
「……私、持ってないんですけど」

 瞬間、お義父さん固まる。
 お母さんは気まずそうな表情で顔を背けて、明後日の方を向く。
 
 さっきも言ってたけど、ウチは超ボンビーだ。
 スマホを買うほど余裕ないし、お母さんに迷惑を掛けたくなかったから諦めてた。
 ちなみに…お母さんはスマホを持っているけど、通話しか出来ない激安simのやつだ。

 だから、お義父さんのいう『イマドキ』の人間ではないのだ…私。

「そ、そうだったのか…なんか、すまん」

 私の悲しい過去を知って、お義父さんはショックを受けながら謝ってくる。

「謝んないでよ!私がかわいそうみたいじゃん!!」

 頭を下げるお義父さんの頭をぺちぺち叩きながら、私は謝罪を止める。
 すると、お義父さんは突然頭を上げて「それなら」と呟いて私を見た。

「なら、スマホがあればいいのか?」
「え?」
「お前にスマホがあれば、友達といつでも連絡出来るだろ?それなら解決じゃないか?」
「いや、それは友情舐めすぎでしょ!?スマホ一台で私の友情が揺れ動くと思ってる!?」

 突然、何を言い出すんだこの男は!
 私はお義父さんを困惑の眼差しで見つめながら、そう返すと…お義父さんは人差し指を私に向けた。

「最新機種だろうがなんだろうが、お前が欲しいやつ買ってやる」
「へ?」
「なんならタブレットも買ってやる、サブスクとか入れといてやる。それで転校の件を受け入れてくれるか?」

 さ、最新機種の…スマホ?
 それに、た、タブレットも?

 心がぐらぐら揺れる…。
 瞳がぐるぐる回る…。

 夢にまで見たスマホが、友情と天秤に掛けられて私の頭の中で、あっちへ行ったりこっちへ行ったりぃ~…。

 なんて魅惑的な提案なんだ…!くそう、これが金持ちがやる悪どい手法か!!ぐぐぐ、卑怯だぞ!!
 けど、どれだけ物で釣ろうとも私は転校するワケには…。

「なら、なにか欲しいのあれば買ってやるぞ?バッグとか…服とか」

「おとうさんだいすきーー!!!」

◇◇◇◇

「おお、これが…」

 支給されたブレザーの制服に袖を通して、備え付けの鏡をまじまじと見つめながら…私は感嘆の息を吐く。
 前の高校よりも、一際肌触りのいいこの制服はいかにも高級って感じがして、感動のあまりに何度でも触っていたい。
 それに、胸ポケットにある校章も…なんだかカッコいい。

 あの日、お義父さんから大量の賄賂を受け取った私は、転校の件を受け入れて金持ちの人達がいるような、お嬢様学校に転校した。
 今は寮に住んでいて、今日から登校日だ。

「けど、これじゃ制服に着られてるっていうか…なんていうか」

 鏡に映る自分を見て、苦笑をこぼす。
 高級な制服を着ているのは、染めたと勘違いされるくらい派手な金髪。
 顔の形はお母さんに似てて、幼さが残ったような少女のような顔付き。

 長いまつ毛に、尖った鼻…どこかに消えたお父さんが海外の人で、私はその血を濃く受け継いでいる。
 だから金髪だ、そのせいでせっかくの制服が合ってないなぁと私は思う。

「せめてもう少し薄かったら似合ってたんだろうなぁ…」

 鏡を眺めながら、髪をくるくると回す。
 まあ、ない物ねだりをしていてもブロンドに変わる訳がないので、私は「よし」と声を上げて鞄を手に取った。

 ついでに忘れじとスマホも確認…っと。
 未だ慣れないスマホの画面には、友達とお母さん達からたくさんの通知が届いていた。
 そんな通知に混じって、お義父さんから一言。

『がんばれ』

「ははっ、硬いなぁ…」

 苦笑混じりに私は小さく吹いた…。

 でも、うれしかった。
 義理とはいえ、お父さんからのメッセージは緊張で固まる私を後押ししてくれた。
 私は、小さく笑いながら玄関へと足を運ぶ。

 これからの学園生活、どうなるんだろ?
 突然お義父さんができて、お金持ちの家族の仲間入りして…転校することになって、ジェットコースターみたいに急展開だけど。

「ようし、やったるぞぉ!」

 私は金の髪を揺らしながら、ドアノブを傾ける。
 やる気に満ちた瞳を燃やしながら、私は外へと飛び出した。

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