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お揃いの痣

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「おっはよ~」

 ルーシー達は揃って教室に入ると、いつものように挨拶をした。

「ルーシーは本当に元気ねぇ」

 誰かが笑いながら言えば、クラスメイトは一斉に深く頷いた。

 リーストン魔術学校において、ルーシーへの評価は『元気な子』である。
 一年ほど前までは『あざの子』だったのだが、いつの間にか変わっていた。

「あ、馬鹿にしてるでしょ? どうせ私の取り柄は元気だけですよー」

 少し口を尖らせると、オーランドの指先がルーシーの髪に触れる。

「褒められてるんだよ。ルーシーの笑顔は今日も眩しい」
「それ言うの、オーランドだけだよ」

 謙遜けんそんではなく、本当に誰も言わない。
 ルーシーの顔にも、呪いの痣があるのだ。顔の上半分に広がり、まるで仮面でも付けているかのように見える。

「そう? ま、俺とルーシーはお揃いだからなぁ」

 痣なんて良いものではないだろうに、オーランドの声はどこか嬉しそうだ。ルーシーの髪を弄びながら言葉を続ける。

「毎日編み込んでるこの髪も、綺麗だ」

 平凡の中の平凡と言って間違いない茶色の髪も、オーランドは綺麗だと言う。
 目にも呪いがかかっているのではないかと調べたこともあるが、人に甘いのは彼の通常運転だった。
 その辺の男性に真似しろなんて言ったら、軽く泣かれるかもしれない。

 無表情でも痣があっても、王子の気品とやらは出るらしい……褒められたのはルーシーなのに、クラスメイトはうっとりした表情でオーランドを見ている。

 すると男子生徒の一人が、思い出したようにオーランドに声をかけた。

「オーランドさん、命に関わる呪いが解けたと聞いたのですが……」

 魔術学校の生徒はほぼ平民で、本来ならば王子と会話など許されない。
 それなのに声をかけられるのは、エールベルト王国内ではオーランドは平民扱いだからだ。これはサルバス王国の伝統らしい。
 王族が留学する際は、留学先の国の方針に従い、一人の民として生活をする。貴族の学校に通う場合は貴族、平民の学校に通う場合は平民の扱いを受ける。

 これ以上呪われてはたまったもんじゃない、と目立つことを避けたかったオーランドには好都合だったようだ。

 とはいえ、自国に戻れば立派な王族。今の自分は平民である、と宣言したところで溢れ出る高貴さは抑えられない。
「普通に話して欲しい」と言うオーランドと、首を縦に振れない生徒達。互いの主張のバランスを取る方法が敬語で話すことだった。

 そのせいなのか、ルーシーとレオ以外の生徒と話す時、オーランドは微妙に王子口調になる。

「昨日ルーシーとレオに協力してもらってなんとか解けた。これで死ぬことはないよ」

 教室内が歓喜に沸いた。

「みんなにも心配をかけたね。まだ解けてない呪いもあるけど、やれるだけやってみようと思う」

 その言葉で安心したらしく、みんなはわいわいと話し始めた。

「オーランドさんの痣が消えたら、瞳の色が今よりさらに映えそうですね」
「エメラルドみたいでとっても綺麗だもんね」

 オーランドの瞳は、サルバスの王族の色と言われる緑色だ。黒髪の下から覗くその色は、穏やかで優しい。

「エールベルトの色は紫だけど、平民の私達は近くで見れる機会なんてないもんねぇ」
「ロルフ王子は髪の色も紫で、遠目で見ても高貴なお方だってわかるくらい綺麗だったぞ。次見れるとしたら、フィオナ王女の婚約発表の時だろうな」
「フィオナ王女は深窓の姫君だって聞くけど、きっと綺麗なんだろうなぁ。婚約発表の時はしっかり見て、盛大にお祝いしなきゃね!」

 紫色をまとう我が国の王族の姿を想像して、クラス中が興奮気味だ。

 そんな中、一つの声がやけに鮮明に聞こえた。

「オーランドさんの痣が消せたら、ルーシーの痣だって、消せるわよね」

 みんなが素早い動きでこちらを見たため、思わずぎょっとした。

 当たり前ではあるが、ルーシーの痣は相当目立つ。入学したての頃は奇異な目で見られることも多かった。
 ところがルーシーは、今まで一度も痣を隠そうとはしなかったのだ。それはオーランドも同じだった。
 周囲はすぐに見慣れたようで、今では二人の痣について触れる生徒はいない。
 
 だからルーシーは、誰も自分のことなど気にしていないと思っていた。
 けれども今、クラスメイトの顔を見て、それは勘違いだったと気付いた。普段口に出さないだけで、実は心配してくれているのだろう。
 優しさが嬉しくて、頬が緩む。

「そうだね、きっと消せるよ! 気が向いたら、解呪の方法探してみる」

 ルーシーがおでこをペシっと叩いて笑ってみせると、教室内が和やかな雰囲気に包まれた。
 話題も別の内容に変わり、内心ほっとしていた。


 底抜けに明るいと言われるルーシーが『痣をともなうほどの呪いを受けている』理由について、知る者はいない。
 ルーシーが話さないから、誰も聞かない。他人が受けた呪いについて無闇に詮索しないというのが、魔術の国の暗黙の了解だった。

 とはいえ、この世にはという便利な言葉がある。
 入学初日に、自ら呪われている宣言をしたオーランドは例外ど真ん中だった。だからこそルーシーは、彼の呪いについて詮索し、解呪に首を突っ込みまくっている。


 何気なくオーランドに目を向けると、視線がぶつかった。
 エメラルドの瞳に絡められ、入学式の日のオーランドを思い出す。


『――俺は、呪いで表情を奪われている』

 その言葉を聞いた時、何故だか無性に笑って欲しいと思った。
 友人になって一年半。オーランドが怒った顔も泣いた顔も、まだ見たことはないけれど。
 やっぱり最初に見るのは、彼が笑った顔が良い。
 きっと幸せそうに、楽しそうに、笑うのだろう。

 ルーシーは出会ってからずっと、オーランドの笑顔が見たかった。


 大丈夫、恐ろしい死の呪いだって解けたのだ。情報が無い呪いだって、解いてみせる。

(それまでは、私が隣で、あなたの分も笑うから)

 オーランドに微笑みかけると、ルーシーはこっそり、決意を新たにしたのだった。
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