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微動だにしない

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 ――放課後。

 西日の差し込む教室には、ルーシー、オーランド、レオの三人だけが残っていた。
 ルーシーは魔術書をにらみつけて唸る。

「んー、死の呪いが解けたから安心ではあるけど、早く残りの呪いも解きたいよね」

 知らぬ間に深くなっていたらしい眉間の皺を、オーランドに撫でられた。
 乙女として、ここに皺は刻み込みたくない。

「無表情の方は前例が見当たらないんだよな?」
「そうなの。死の呪いは歴史が長いから色々参考になるものがあったんだけど……」
「それだけ多くの人間が、今まで呪い殺されてきたってことかぁ。恐ろしいもんだ」

 声色が呑気なオーランドを、ルーシーは肘でつつく。

「なーに他人事みたいに言ってんの。二度と呪われちゃダメだよ?」

 穏やかな性格のオーランドを見ていると、目を離した隙にうっかり呪われてしまうのではないかと心配になる。
 これは護衛に頑張ってもらうしかない、と視線を移すと、ニヤリと笑うレオと目が合った。

「ルーシーが覚えろってしつこいから、俺もオーランドも防御魔術が得意になったぞ?」
「最高だねぇ。レオには元々剣の国で鍛えた腕があるんだから、防御まで出来るとなったらどこに行っても安心じゃない! とっても優秀な護衛だね」
「ま、オーランドの場合、可愛げがないことに俺がいなくても問題ないくらい腕が立つんだけどな」
「え? そうなの?」

 予想外の発言に、ルーシーは目を丸くした。
 レオはたくましい体つきだが、オーランドはどちらかというとしなやかなイメージだ。彼の性格を考えても、戦う姿が想像出来ない。
 それなのに、オーランドも強いらしい。

 困惑した表情で首をひねるルーシーを見て、レオはケラケラ笑う。

「強さが王族の中で飛び抜けてるもんだから、サルバス次期国王に相応しいって騒ぐ奴らがいるわけだ。オーランド自身は、王の座には興味ねえってずっと言ってるんだけどな」

 サルバスは『愛と剣の国』と呼ばれている。おそらくその名の通り、剣の腕が重要視されているのだろう。エールベルトとは違う文化だ。
 オーランドは相変わらずの無表情だが、がっくりと肩を落として項垂れた。

「俺は魔術をサルバスに広めたいだけなのに……家族はわかってくれてても、外野がうるさくて困る」

 机に突っ伏したオーランドを見ていると、なんだか可哀想になってきた。
 ルーシーは彼の頭を撫でる。少しびくっとしたのでやめようかと思ったが「続けてくれ」と頼まれたので撫で続けることにした。

「オーランドに呪いを掛けたのは、お兄さんを国王に推してる人ではないんだよね?」
「うん。兄上は俺が魔術を広めたいことを知ってるし、自分で言うのもなんだけど、仲が良いんだ。だから俺を殺す理由がない。そもそも、父上だって兄上が次の王に相応しいと認めてる。それなのに、あれやこれやと文句をつけてくる人間がいるんだよ。昔一度風邪を引いたってだけで、兄上は病弱扱いされてる」
「お、お気の毒に」

 ルーシーは顔を引きつらせた。サルバスの王族は、くしゃみ一つにも気を使わなくてはいけないのか。そんな環境で、よくオーランドのようなお茶目な王子が育ったものだ。

 レオは立場的に色々と聞かされてきたのだろう。呆れたような顔で頬杖をついた。

「オーランドを呪った犯人は、第一王子の病弱話を信じた馬鹿野郎だろうな。そんで色々と条件が合って腕が立つオーランドを有力候補だと思い込んで、消そうとしたってとこだろ」
「迷惑な話だね」
「俺を呪う暇と能力があるなら、魔術の発展に協力してくれれば良いのに」

 のそっと起き上がり、オーランドは不貞腐れたような声を出す。
 これまでの苦労を、なんとなく察してしまった。

「犯人を捕まえられるのが一番良いんだけどね。そうしたら、呪いも全部解けるし」
「本当に強制的に解呪させられるのか?」

 オーランドが疑問に思うのは当然だろう。

「うん。この辺の魔術はエールベルトが特化してるところだから、知らない人が多いと思うけど」

 エールベルトには、他国には広まっていない魔術が多くある。術者の意思に関係なく呪いを解除させる強制解呪も、その一つだ。

 レオが頭をガシガシとかく。手元に開かれた魔術書の最初の行には『魔術は万能ではない』と記されている。

「魔術が発展してねえサルバスの人間があれだけの呪いをかけたってことは、それなりの制約があったはずだ」
「たしかに。オーランドに呪い以外の攻撃をしてこないのは、そういう制約付きだからなのかもね」
「攻撃されないのはありがたいが、こうも隠れられるのは接触したいこちらからすると困ったもんだなぁ」

 三人はうーんと唸る。

 魔術学校に入学してからというもの、オーランドの周りは意外なほど平和だ。授業で校外に出ても危険な目にあうことは一度もなかった。敵が全く現れないのだ。
 サルバスでかけられた呪いを除けば、いたって普通の学生生活を送っている。

(私も何か手伝えれば良いんだけど、サルバスに潜んでる人を捕まえるなんて出来ないしなぁ)

 証拠が残りにくい魔術での犯行を選んだということは、犯人はこのまま隠れ続けるつもりなのかもしれない。
 それなら姿の見えない犯人を探すより、地道に解呪の方法を探した方が得策だ。

「今まで通り情報集めて試すのが一番かもね。卒業までは一年以上あるし、色々やってみよう!」

 ルーシーがニッと笑うと、レオが気の抜けた声を出す。

「ま、表情と痣くらいなら卒業してからでも大丈夫だろ。死ぬわけじゃねえんだから」
「それじゃダメ!」
「なんで」
「卒業したら二人ともサルバスに帰るんでしょ? そしたら私が手伝えないじゃない。なんとしても卒業までに解いてやる!」

 拳を握ったルーシーの隣でオーランドが息を呑んだ。その様子を不思議に思い、首を傾げる。
 
「どうかしたの?」
「……いや、何でもない」

 オーランドの返事は歯切れが悪い。何故かわからずレオを見てみるが、彼は彼で気まずそうな表情だ。顔に「あちゃー」と書いている気が、しないでもない。
 視線を泳がせた状態で、レオが口を開いた。

「あー、……俺達のことは良いとして、ルーシーは卒業したら、どうするつもりなんだ?」

 今度はルーシーが気まずい顔をする番だった。

(それ、考えてなかったなぁ)

「実はまだ全然決めてないんだよね~」
「本当か!?」

 勢いの良すぎるオーランドの反応に、ルーシーはたじろいだ。

「う、うん。お恥ずかしながら」
「全然恥ずかしいことじゃない。まだ一年以上あるんだから大丈夫だ、問題ない。気にするなよ?」

 なぐさめの言葉の圧が強い。声色でしか判断出来ないが、元気はあるようなので安心した。

「あ、ありがと。ゆっくり考えるよ」
「それが良い。俺も今後のことを全部決めてるわけじゃないし。なんたって、昨日まで死ぬかもしれなかったからなぁ」
「まぁお前は十八を迎えられるのが奇跡だよな」
「それなんだよ。学生の間に死んだら学校にも申し訳ないし、どうしようかと思ってた」
「心配するのそこなの?」

 どこまでも人の心配をする、というか考え方が少しずれているオーランドに、思わず笑ってしまう。
 もちろん笑っていられるのは、死の呪いが解けたからこそだが。
 
 せっかく生きているのだ。改めて三人で解呪を祝おうか、と考え始めたところで――ハッと気付いた。
 ルーシーは机をバンッ! と叩き、同時に叫ぶ。

「ああっ!」
「うへぇっ!?」

 隣でオーランドがなんとも弱っちい声を上げる。驚いても無表情なのは変わらない。
 レオは声を上げなかったものの、その目を見開いている。

「思い出した! オーランド、もうすぐ誕生日じゃない!」
「え?……ああ、そうだけど」
「盛大にお祝いしなきゃ! だって成人だよ?」
「……祝って、くれるのか?」

 解呪に必死で忘れていたが、あと二週間ほどでオーランドは十八歳の誕生日を迎える。エールベルトもサルバスも、十八歳から成人だ。

「あったりまえさ~! 誕生日もエールベルトで過ごすなら私達でお祝いしよう!……あれ? でも王子が成人を他国で迎えるっていうのはおかしいか。サルバスでパーティーとかしないの?」
「ないない。留学を決めた時に断ったから。それに派手に祝われない方が、王位継承に絡んでないと示せる気がする」
「そっかぁ」

 たしかに安全面を考えてもその方が良いだろう。寂しくないのかと心配だったが、オーランドは全く気にしていないようだ。

「じゃあ三人で祝おう! レオ、色々準備したいから今度のお休み買い物付き合って!」
「しょうがねえなー、荷物は持ってやる」
「頼りになるぅっ!」

 さらっと男らしいレオに、ルーシーは目を輝かせる。
 それと同時にオーランドが素早く手を上げた。

「俺も行く!」
「は? 祝われる本人が行ってどうすんだ」
「そうだよ、当日の楽しみが減っちゃうじゃん」
「減るもんか。準備段階も含めて俺は楽しみたい! それにレオは俺の護衛なのに、ルーシーの荷物持ちになってどうするんだ」

 護衛の件は、一理ある。

「こいつ言い出したら諦めねえぞ。どうするよ?」
「うーん、そうだねぇ。オーランドがサプライズ感なくても良いって言うなら」

 祝うこともバレているのだから、あとは出来るだけ本人の好きなようにさせてやりたい。

「良い、全部わかってても良い!」

 全力で頷くオーランドを見て、レオも折れたようだ。

「わかったわかった。じゃあお前も荷物持てよ?」
「任せろ!」

 王子に荷物を持たせる護衛とは。と思ったが、彼らの関係性をこの一年半見てきたルーシーは何も言わなかった。
 一緒に出掛けることが決まってはしゃいでいたオーランドだが、「あれ?」と声を出してぴたりと止まった。

「次の休みって、ルーシーは家に帰らなくて良いのか?」
「そういえばそうだな。帰る週だろ」

 レオも小首を傾げる。

 リーストン魔術学校では、生徒は基本的に寮生活だ。
 当然ルーシーも同じである。しかし二週間に一度、週末に家に帰っていた。

「手紙出しとくから大丈夫だよ」
「お婆さんは元気?」
「うん。恐ろしいことに、多分、私より元気」
「オーランドのために魔術薬も作ってもらったし、近いうちにお礼に行かねえとな」
「喜ぶよ~、二人のこと男前って褒めてたから」

 オーランドとレオは顔を見合わせて「次までにマダム受けが良い菓子でも探そう」と話している。性格も男前である。

「ということで、私の方は問題なーし!」
「じゃあ週末は、みんなで買い物に決定だな」
「買う物ある程度決めとかねえとな」
「そうだねぇ。あ~楽しみ!」

 国をあげてのパーティーには遠く及ばないが、友達と祝う誕生日だって、きっと素敵な思い出になるはずだ。
 祝う立場ではあるが、すでに楽しくて仕方がない。

「……ルーシーは、本当に嬉しそうに笑うなぁ」

 顔をほころばせているルーシーの頬を、オーランドがふわりと撫でた。

「ど、どうしたの?」

 少し驚いて目をぱちくりしていると、オーランドの両手に顔を優しく包まれた。
 毎日ルーシーがやっている呪い観察と同じ体勢である。
 ただ、顔を捕らえられる側はなんだか落ち着かない。自分を覆っている仮面のような痣の奥を見透かされてしまいそうで、心がざわめいた。

「ん? こんなに楽しみな誕生日は初めてだなぁと思って。どうやったら伝わるんだろう」

 のんびりとした声とは対照的に、オーランドのエメラルドの瞳はやけに艶めき、熱っぽくこちらを見つめている。

「……ルーシー、しっかり俺を見て。俺は今、もの凄く幸せだ」

 オーランドの声しか聞こえない。オーランドのことしか見えない。
 だから要望通りしっかり見た。美しい顔に穴を開けるつもりで凝視した。
 ――結果、言えるのは。

「オーランドが幸せなら嬉しい。ただ……いつも通り、表情は微動だにしてないけどね」
「……そんなぁ」

 情けない声を漏らし、オーランドは首をガクンと垂らした。その様子を見て、ルーシーとレオは思わず吹き出す。

 しかし、ちょっとだけ気になってしまった。

(さっきのオーランド、どんな表情してたんだろう)

 やはりなんとしてでも、卒業までに解呪したい。


 この日は解呪は進まなかったが、楽しい計画は大いに進んだ一日だった。
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