エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

文字の大きさ
27 / 76
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

27.役に立ちたい

しおりを挟む
 その日の夜。医務室で備品の補充をしていたララは、外が騒がしいことに気付いた。

(今日はアルバート様たちが外でのお仕事だったはず。帰ってこられたのかしら?)

 出迎えのためにロビーに向かおうとした。けれども扉を開けようと手を伸ばすと、先に扉が開いた。

「アルバート様」
「ララちゃんだぁ。ただいま~」
「お帰りなさい。って、け、怪我されたのですか⁉︎」

 アルバートの銀髪が所々汚れている。頬にも土のような物が付着しているし、他にも赤黒いものが。……これは血なのでは。
 ギョッとしたのと同時に、後ろからテオドールに目を塞がれた。というか、抱きしめられている。

「グラント卿⁉︎」

 突然のことに心臓が跳ねた。何をするのだと抗議するものの、テオドールはびくともしない。

「怖くないか? すまない、君に血を見せた」
「あ……」

 頭上から聞こえるテオドールの声が、自分を心配している。そういうことか、と、抗議をやめた。
 テオドールは半透明だから、目を開ければララには前が見える。けれどもララはそうしなかった。目をつぶってって大人しくなる。

「あれ? ララちゃん、目を塞がれてる?」
「は、はい。グラント卿が、心配されておりまして……」
「ごめんね、僕がもっと気を付ければ良かったよぉ。いつも通り入ってきちゃった」
「いえ、アルバート様はお仕事をされているだけですので! その、お怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫! これ全部返り血だから」
「……か、返り、血? アルバート様は?」
「無傷だよぉ」

 のんびりとした口調でアルバートが答える。
 彼がフロイドやマックスが所属する特攻部隊の隊長だとは知っていたが、戦った形跡があるのに無傷だなんて。

「お怪我がないようで安心しました。医務室に来られたので、何かあったのかと」
「医療部隊がいるかなと思って」
「え? 奥にいらっしゃいますが、やっぱり怪我を?」
「僕以外がちょっとねぇ。お城の医療棟に行くほどではない切り傷とかだから、心配しなくても大丈夫だよ」
「そんな、小さくても怪我は怪我です。早く治療しないと。グラント卿、あなたお医者様の資格も持っているとおっしゃってましたよね?」
「そうだが。…………まさか、やれと?」
「私の体を使ってください! そのためにも、そろそろ目を開けさせていただけると嬉しいのですが」

 目を塞がれていることもだが、抱きしめられたままなのは心臓に悪いのだ。テオドールの鼓動が聞こえなくとも、ララの鼓動は早くなる。

「平気なのか? 医療部隊に任せれば、君がやらなくても」
「怪我をされてる方がいるのに、放って置けるわけないでしょう。生前のあなたなら医療部隊のみなさんと一緒に治療されるはずです。といいますか、グラント卿は医療部隊だったのでは?」
「……兼任で隊長だった」
「そうだろうと思いました。私なら大丈夫です」

 傷も血も得意ではないが、これから捜査局で過ごすなら慣れるべきだ。いつまでも心配される対象ではいたくない。
 ララが意思を伝えると、テオドールがゆっくりと目元を解放する。そして離れながら、背後で囁いた。

「嫌な時は必ず言ってくれ。無理はするな」

 いつも余裕たっぷりで強引なくせに、こんな時だけ心配性なテオドール。
 耳元を撫でるような低い声に、胸の辺りが、きゅっと鳴った気がした。







(ひいぃ、痛そう……っ!)

 フロイドの腕の傷口を見て、ララは思わず目を閉じそうになった。しかし治療中のテオドールに迷惑をかけたくなくて、意地で耐える。

「ララ、嫌なら言えよ? こいつの腕なんて放置したって平気なんだから」
「ひでぇ」

 テオドールの雑な言葉に、フロイドが声を出して笑う。痛みなんて感じていないように見えるが、ララにとっては大怪我だった。

「フロイド様、無理をなさっているのでは」
「いやぁ、こんくらいなら全然余裕っすわ。局長の教えで急所を守る癖ついてるんで、怪我も軽いんです。ララさんに治療してもらってる気分が味わえて、むしろ得してますかね」
「おい、一回骨折って逆向きにくっつけんぞ」
「ララさんの顔でそれ言うのは勘弁してくださいよ」

 フロイドは文句を垂れながらも楽しそうだ。テオドールもこんな会話に慣れているのか、時折り笑いながら手早く処置を進める。
 ララは視界に入るテオドールの手の動きから、処置の手順や包帯の巻き方を学ぼうと必死だった。早く役に立てるようになりたい。

「あの、今回のような怪我は、よくあるのですか?」
「そっすね。城内の捜査の時は諜報部隊が出ること多くて、戦闘ってより秘密裏に潰す方が多かったんすけど。最近は外の仕事増やしてるんで、ヤバいやつも多くて」
「……ちなみに今日は、どのような?」
「違法薬物の密売組織と、少々」

 テオドールが包帯を巻きながら「勝ったんだろうな?」と聞けば、「当然っすわ」とフロイドが返す。

「ただ、ちょーっと厄介な問題が発生しまして」
「なんだ?」
「組織の連中が、取引先の情報を金庫に閉まってるんです。鍵が何重にもかかってる魔道具なんすけど、開けるための文字配列を数人で分割して作ったみたいで」

 それのどこが問題なのだろう。ララは金庫を想像しながら考える。

「どのように困るのですか?」
「配列を作った人間全員の口を割らせないと金庫が開けられないんです。口を割るのは時間の問題でしょうけど、それより先に俺らが捜査してるって情報が回ると、薬を購入してるやつらに逃げられる可能性がありまして」
「時間との勝負だから、金庫を開けるのに手間取ると困る、ということですか?」
「そういうことっす」
「なるほど。では、すぐに開けてしまいましょう」
「ですね、開けて……え?」

 フロイドが気怠げな表情を捨て、こちらを二度見する。
 彼の腕に巻き終わった包帯を確認したララは、にこっと笑顔を返した。

「――今の私は、開発局員、捜査官なので」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...