エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

文字の大きさ
26 / 76
第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

26.ここにいる理由

しおりを挟む
 翌朝目を覚ましたララは、ベッドの上で見慣れない天井を眺めた。

(そうだ、昨日から捜査局に……。あれ? 確か昨日は訓練をした後に湯浴みと食事を済ませて、グラント卿の執務室でお手伝いを……いつ終わったんだったかしら)

 自分の行動を振り返りながら、体に掛けられた布団に顔を埋める。

「んー……グラント卿の香りがする……」

 つぶやいた声が脳内に響き、ここがテオドールの私室だと理解した。そうだそうだ、彼の私室なのだから、彼の香りがして当然だ。
 呑気にそんなことを考えていると、むせるような咳払いが聞こえた。驚いたララは布団から顔を出す。するとこちらを見下ろすテオドールと視線が絡んだ。

「……おはよう」
「おはよう、ございます」

 数秒間見つめ合い、ララはもう一度布団に埋まる。

「……起きるところから、やり直して良いですか?」
「構わないが、俺の香りとやらは残ったままだぞ」

(……消えたい)

 もしくはテオドールの記憶を消したい。
 どうして目覚めの第一声が、「グラント卿の香りがする」だったのだろう。これでは変態である。「今日もお手伝い頑張っちゃうぞ」とかであってほしかった。

 行き場所のない熱を発散させようと、布団の中で足を小さくバタつかせ、もがく。その後、がばっと布団を剥いでベッドに正座した。

「おはようございます」
「…………ふ、ははっ。……ああ、おはよう」

 やり直してみたが、結局笑われるだけだった。
 肩を震わせるテオドールと目が合わせられず、手ぐしで髪を整えながら立ち上がる。
 王城で寝泊まりする際は基本的に寝巻きを着ないララは、リラックスできるが恥ずかしくないワンピース姿だ。服装だけなら見られても問題なかったのに、と、己の言動を悔いる。

「体調はどうだ?」
「……? いつも以上にスッキリしている気がします。おかしいですね、昨日あんなに動いたのに」
「気分が悪かったりしないのか? 脈測るか?」

 テオドールが謎の過保護さを発揮してくるが、ララは健康体そのものだ。だるくもないし、節々も痛まない。さらに言えば体が軽い。

「とても元気です。昨夜は疲れていたのか記憶が曖昧なのですが……。グラント卿の執務室にいたのに、私、どうやってベッドに入ったのですか?」
「そのことなんだが……」

 やや気まずそうに、テオドールが昨夜の出来事を教えてくれた。それは今後の可能性を広げる内容だった――。



「――で、では昨夜、私は書類整理をしながら眠ってしまったのですか?」
「ああ。急に眠気がきたと言っていた」
「そしてグラント卿が私の体に入ってみると」
「体を自由に動かせた。君の魂が眠っているのは感覚的に分かったけどな」
「お仕事の続きは?」
「問題なくできた。君には悪いと思ったが、ちょっとした実験心で書類整理を少し進めたんだ。その後で俺がベッドに入って、君の体から出た」
「なるほど。だから私はベッドで寝ていた、と。私の記憶がある時点で日付は変わっていましたから、肉体の就寝時間はかなり遅かったはず。それでも私は今、かつてないほどの元気に満ち溢れています。……つまり」
「どうやら君は、肉体が活動していても魂が睡眠をとれば回復する体のようだ」

 凄い発見である。思わず「ふおぉ」と声を漏らした。自分にしか適用されないため、発見したところで他の人には真似できない。だとしても、これが事実ならば……、

「グラント卿は私の体を使って、二十四時間お仕事ができるということですね」
「そういうことだな」

 なんて便利な体なのだろう。仕事が非常にはかどりそうである。
 今後は二十四時間、体を貸しっぱなしにすれば良い。ララの魂が適度に睡眠を取れば、テオドールは永遠に活動できる。そう提案したのだが――、

「それはダメだ」
「どうしてですか? たくさん仕事できますよ? 私の体も問題ないですし」
「訓練時と就寝時は君の体を借りて行動する。だが、日中の訓練以外の時間は、できるだけ君のままでいてほしい。今後は外の仕事にも同行してもらいたいし」
「外に? 私がですか?」
「町の巡回だ。嫌か?」
「いえ、行ってみたいです。ただグラント卿に体をお貸しした方が、仕事の進みは早いだろうなと思いまして」

 もちろん道具の修理はララがやるが、捜査局の仕事であればテオドールがやった方が効率的なはずだ。
 いまいち意図を読めないでいると、テオドールがふっと笑みをこぼした。

「君のまま過ごす時間を長くとって、捜査局うちの連中と親しくなっておけ」
「それは……なれれば嬉しいですが。なぜですか?」
でも、あいつらはララの力になるはずだ」
「なっ……」

(……なんてこと、言うのですか)

 不意打ちは卑怯だ。
 動揺を隠せず、テオドールから目を逸らす。

「……私が捜査局でお世話になっているのは、あなたがいらっしゃるからです。あなたがいなくなったら、私がここにいて良い理由がありません」
「ないならつくれば良いじゃないか。まあ、ここにいる理由があろうがなかろうが、あいつらがいまさら君を一人にするとは思えないけどな」

 分かっている。テオドールが信じる仲間たちは、彼の意志も、彼の優しさも引き継いでいる。
 特異な体質を知った上で受け入れてくれだのだ。おそらくこの先も……テオドールが神の元に帰った後も、親切にしてくれるだろう。

「俺の勘では……この先何年経っても、捜査局は君の居場所だ」

 テオドールは愉快そうに口角を上げ、未来を語る。

(どうして私の未来を考えてくださるのですか。そこにあなたは、いないのに)

 疑問に思っていても聞けなかった。
 テオドールが隣にいない未来を、受け入れたことになりそうで。意地悪な笑顔と広い背中を忘れてしまう日が迫ってきそうで。口に出すのが、怖かった。

 悟られてはいけない。彼に心配をかけたくない。
 恐怖から目を背けるように、ララは無理やり笑ってみせた。

「先のことは分かりませんが、今はがむしゃらに働くしかないってことですね!」
「やる気出たか?」
「最初からみなぎってますよ」
「そりゃあ失礼」

 テオドールとの別れの日まで、隣で望みを叶えよう。一回でも多く、笑ってもらえるように。

「今日も全力で、お手伝いさせていただきます」

 これが自分の、――六十日間の相棒の、役割なのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

旦那様は、転生後は王子様でした

編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。 まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。 時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。 え?! わたくし破滅するの?! しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...