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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方
30.初めての巡回(1)
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地図を広げた日から数日が経った。
馬に乗ってカラフルな町を抜けると、輝く海に迎えられた。
「うわぁっ……!」
ララにとって初めての巡回は、王都から少し離れた港町、ルーウェンに決まった。
(とっても良い眺め)
遠くの海を進む船に、荷物が大量に積まれているのが見える。これから他国に輸送されるのだろう。
昼間の日差しが降り注ぐ眩しい海面と、港に仲良く並ぶ船。
「海も船も、久しぶりに見ました」
ララが思わず目を細めると、テオドールはララの体を操って馬から降りた。
「ふーん。……港には一緒に来なかったんだな」
彼は『誰と』とは言わなかった。けれどもララには、テオドールの言葉が元婚約者のカルマンを指していると分かった。そして同時に、違和感を覚える。
(もしかしてグラント卿、私とカルマン卿が親しかったと思っていらっしゃる……?)
まるでララとカルマンが港以外の場所には出かけていたと思っているような口ぶりだった。どこでそんな勘違いをしたのだろう。
(実際はカルマン卿と婚約者らしいことなんてしていないけど……そんな話しても、楽しくないし)
カルマンとのことは、もう終わった話だ。
最近はテオドールの件で奮闘していたため、カルマンについて考える時間がなかった。だからなのか、今の今まで彼の存在をすっかり忘れていた。暴言や暴力に耐えていた日々が、遠い過去のように思える。
知らぬ間に心に負った傷が癒えているようだった。
「両親となら領地の港に行ったことがあります。私の体質に気付いていなかった頃なので、十年以上前ですけど」
「当時はよく出かけてたのか?」
「はい。両親が設計した船を見るのが好きで。個人的には王都の植物園にも行ってみたかったのですが、噂が広まったせいで結局行けませんでした。確か、名前は……」
「ツェルソア植物園」
想像した名前を見事に言い当てられ、ララは目を丸くする。
「そうです。よく分かりましたね」
「……興味があって、以前調べたことがある」
テオドールが植物に興味があったとは少し意外である。仕事で調べたのだろうか。もしかしたら過去の事件に関することかもしれない。
頷くだけで深く聞かないでいると、馬から降りたマックスが近寄ってきた。今日の巡回はマックスとフロイドと一緒である。
「ララさん。次の予定まで時間があるので、他の場所にも行こうと思うのですが」
「分かりました。フロイド様はどちらに?」
馬に乗って駆けていくフロイドを見ながら、マックスに尋ねた。
「馬の繋ぎ場があるか見に行ってもらいました。俺たちも初めて行く場所なので、詳しくなくて」
テオドールは以前から非番の日に町を回っていたそうだが、捜査局として王都以外の巡回を始めたのは最近のことらしい。
「フロイドが戻ってくるまでここで待ってましょう。眺めも良いですし」
「そうですね」
「朝から走り回ってますけど疲れてないですか?」
「はい。乗馬は初めてですが、グラント卿がお上手なので私は楽しいだけです」
気づかってくれるマックスに笑って答える。
馬の上から見る景色は新鮮で、自分が知らない世界のようだった。
「楽しんでいただけてるようで安心しました。ララさん昨日まで激務だったので、へとへとになってないか心配だったんです」
マックスは頬をかき、「まあ、忙しかったのは俺たちが原因でもあるんですけど」と、付け足す。
「アロマのことですか?」
「はい……。騎士団の奴らにちょーっと自慢しただけのつもりが、あんなに食いつかれるとは……ララさんはただでさえ魔道具作りで忙しかったのに、さらに仕事を増やしてしまって」
「気にしないでください。仕事が多いのはありがたいです」
マックスとフロイドはララが作ったアロマが相当気に入ったようで、騎士団の知り合いに効き目を自慢したと言っていた。ララの名前に怯えない平民出身の騎士たちに話したらしい。
その話を聞いた翌日、アロマに興味を持った騎士たちから製作依頼が入ったのだ。
「騎士団の方にも効くと良いのですが」
「絶対効きます!……が、その場合、ララさんはもっと忙しくなります」
「ふふっ、覚悟しておきます。グラント卿も大丈夫ですよね?」
「ああ。俺は夜中に君の体を借りてるから問題ない」
「だそうです、マックス様」
「ララさんの体はずっと稼働してることになりますけど」
「心配ご無用です。魂が休んでいるので元気ですし」
それに朝目覚めた時、夜中にテオドールが済ませた書類が積まれているのを見ると、なんだか愉快な気分になるのだ。
「私にできることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。……人と話すのは、もう少し訓練が必要ですが……」
港に来るまでに立ち寄った町で、ララは驚くほど多くの住民たちから話しかけられた。女性捜査官が珍しかったのだろう。
まだ人と話すことに不慣れなため、相槌を打つので精一杯だった。
「マックス様とフロイド様がいてくださらなかったらどうなっていたことか……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「え? ララさんが聞き上手だったおかげで新しい情報入手できたんで、俺たちは大満足ですけど」
「え?」
(新しい情報?)
馬に乗ってカラフルな町を抜けると、輝く海に迎えられた。
「うわぁっ……!」
ララにとって初めての巡回は、王都から少し離れた港町、ルーウェンに決まった。
(とっても良い眺め)
遠くの海を進む船に、荷物が大量に積まれているのが見える。これから他国に輸送されるのだろう。
昼間の日差しが降り注ぐ眩しい海面と、港に仲良く並ぶ船。
「海も船も、久しぶりに見ました」
ララが思わず目を細めると、テオドールはララの体を操って馬から降りた。
「ふーん。……港には一緒に来なかったんだな」
彼は『誰と』とは言わなかった。けれどもララには、テオドールの言葉が元婚約者のカルマンを指していると分かった。そして同時に、違和感を覚える。
(もしかしてグラント卿、私とカルマン卿が親しかったと思っていらっしゃる……?)
まるでララとカルマンが港以外の場所には出かけていたと思っているような口ぶりだった。どこでそんな勘違いをしたのだろう。
(実際はカルマン卿と婚約者らしいことなんてしていないけど……そんな話しても、楽しくないし)
カルマンとのことは、もう終わった話だ。
最近はテオドールの件で奮闘していたため、カルマンについて考える時間がなかった。だからなのか、今の今まで彼の存在をすっかり忘れていた。暴言や暴力に耐えていた日々が、遠い過去のように思える。
知らぬ間に心に負った傷が癒えているようだった。
「両親となら領地の港に行ったことがあります。私の体質に気付いていなかった頃なので、十年以上前ですけど」
「当時はよく出かけてたのか?」
「はい。両親が設計した船を見るのが好きで。個人的には王都の植物園にも行ってみたかったのですが、噂が広まったせいで結局行けませんでした。確か、名前は……」
「ツェルソア植物園」
想像した名前を見事に言い当てられ、ララは目を丸くする。
「そうです。よく分かりましたね」
「……興味があって、以前調べたことがある」
テオドールが植物に興味があったとは少し意外である。仕事で調べたのだろうか。もしかしたら過去の事件に関することかもしれない。
頷くだけで深く聞かないでいると、馬から降りたマックスが近寄ってきた。今日の巡回はマックスとフロイドと一緒である。
「ララさん。次の予定まで時間があるので、他の場所にも行こうと思うのですが」
「分かりました。フロイド様はどちらに?」
馬に乗って駆けていくフロイドを見ながら、マックスに尋ねた。
「馬の繋ぎ場があるか見に行ってもらいました。俺たちも初めて行く場所なので、詳しくなくて」
テオドールは以前から非番の日に町を回っていたそうだが、捜査局として王都以外の巡回を始めたのは最近のことらしい。
「フロイドが戻ってくるまでここで待ってましょう。眺めも良いですし」
「そうですね」
「朝から走り回ってますけど疲れてないですか?」
「はい。乗馬は初めてですが、グラント卿がお上手なので私は楽しいだけです」
気づかってくれるマックスに笑って答える。
馬の上から見る景色は新鮮で、自分が知らない世界のようだった。
「楽しんでいただけてるようで安心しました。ララさん昨日まで激務だったので、へとへとになってないか心配だったんです」
マックスは頬をかき、「まあ、忙しかったのは俺たちが原因でもあるんですけど」と、付け足す。
「アロマのことですか?」
「はい……。騎士団の奴らにちょーっと自慢しただけのつもりが、あんなに食いつかれるとは……ララさんはただでさえ魔道具作りで忙しかったのに、さらに仕事を増やしてしまって」
「気にしないでください。仕事が多いのはありがたいです」
マックスとフロイドはララが作ったアロマが相当気に入ったようで、騎士団の知り合いに効き目を自慢したと言っていた。ララの名前に怯えない平民出身の騎士たちに話したらしい。
その話を聞いた翌日、アロマに興味を持った騎士たちから製作依頼が入ったのだ。
「騎士団の方にも効くと良いのですが」
「絶対効きます!……が、その場合、ララさんはもっと忙しくなります」
「ふふっ、覚悟しておきます。グラント卿も大丈夫ですよね?」
「ああ。俺は夜中に君の体を借りてるから問題ない」
「だそうです、マックス様」
「ララさんの体はずっと稼働してることになりますけど」
「心配ご無用です。魂が休んでいるので元気ですし」
それに朝目覚めた時、夜中にテオドールが済ませた書類が積まれているのを見ると、なんだか愉快な気分になるのだ。
「私にできることなら、なんでもお手伝いさせていただきます。……人と話すのは、もう少し訓練が必要ですが……」
港に来るまでに立ち寄った町で、ララは驚くほど多くの住民たちから話しかけられた。女性捜査官が珍しかったのだろう。
まだ人と話すことに不慣れなため、相槌を打つので精一杯だった。
「マックス様とフロイド様がいてくださらなかったらどうなっていたことか……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「え? ララさんが聞き上手だったおかげで新しい情報入手できたんで、俺たちは大満足ですけど」
「え?」
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