エンディング目前の半透明な令息と、60日の寄り道を

杏野 いま

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第三章 半透明で過保護な彼との、上手な仕事の進め方

33.初めての巡回(4)

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(カルマン卿が大したことないとおっしゃってるなら、大丈夫よね)

 なんだか不安になりテオドールを見上げたララは――ギョッとした。彼のこめかみに、くっきりと青筋が浮かんでいたからだ。
 なぜ? と聞こうにも、顔が怖すぎて聞けない。おかげで不安が上書きされた。
 そろーっとイーサンに視線を戻す。彼は腕時計を確認しているようだ。

「時間が合えばチェスター様にも会えるかもしれませんね。ご案内いたしますので、そろそろ中に入りましょうか」
「結構です」
「ですよね……ぇえ?」

 つい断ってしまった。ハッとして口元を抑える。
 だがカルマンと鉢合わせる可能性がゼロではない以上、倉庫に入りたくないのが本音である。フロイドたちの迷惑になるかもしれないし、カルマンだって嫌いな元婚約者になんて会いたくないはずだ。
 どうにかして外に残らなくては。

「み、みなさんで倉庫内を見てきてください。私は倉庫の中ではなく、外の見学をさせていただこうかと」
「外ですか? ご覧の通り倉庫の造りはどれも同じなので、特別楽しんでいただけるものは……」
「倉庫の裏には、輸送船がとまる場所もあるのですよね?」
「ええ」
「ではそこを――」
「ですが今の時間は大型の船は出払っていまして。運搬作業中のむさ苦しい男たちがいるくらいですよ?」
「ええっと、それなら……」

 なかなか頷いてくれないイーサンに、ララは眉尻を下げる。――考えろ、イーサンが言い返せない理由を考えるのだ。
 新作魔道具の案出しと同じくらい必死に頭を働かせた結果、降ってきた答えは一つだった。
 
「私、むさ苦しい男性が大好きなので問題ありません!」
「ゴホッ! ゲホッ、ゴホッ」

 盛大に咳き込むフロイドとマックスを無視し、ララは勢いだけで続ける。堂々としなくては怪しまれてしまう。

「むさ苦しい男性がとっても好きなので、外の見学をしたいのです!」
「は、はあ……」

 イーサンは厄介な捜査官が来たものだと困惑しているに違いない。顔に書いてある。大変申し訳ないが、どうしてもカルマンに会いたくないのだ。
 ちらっとフロイドとマックスに視線を向けると、彼らはお互いの腕を目一杯つねって笑いを堪えていた。
 やはり無理があっただろうか。変質者として追い出されたらどうしよう……と、身を固くした時だった。
 
「そういうことなら、構いませんよ」

 意外にもイーサンから許しが出た。ふうっと体から力が抜け、胸を撫で下ろす。

「倉庫内の案内には他の者をつけます。ララさんは私が」
「え? 私でしたら一人でも平気ですよ?」
「不便なことがあるかもしれませんので」
 
 決められた敷地内を見て回るくらいなら自分一人でも問題なさそうなものだが、イーサンはついて行くと言って譲らない。

(もしかして、むさ苦しい男性に片っ端から話しかけると思われているのかしら……)

 心外だが自業自得だ。ララは提案を受け入れた。
 他の従業員を呼ぶため、イーサンとフロイドたちが倉庫に入っていく。その場に一人残ったララは、まだ不機嫌そうなテオドールに声をかけた。

「やりましたね。倉庫の中が見れますよ」
「君が外に残るなら俺も入らない」
「何をおっしゃるのですか。以前からここに来るつもりだったんですよね?」
「……まあ」
「では見学してきてください。私はイーサン卿と大人しく待ってますから」
「……むさ苦しい男に話しかけたりしないだろうな」
「捜査局の評判に泥を塗るようなマネはしません」
「好きなのは本当か?」
「心苦しい嘘に決まってるでしょう。散々嫌われてきたので、私は見た目や噂だけで人を好きにはなりません。もちろん嫌いにもなりません」

 そんなこと確認しなくても、観察眼が優れているテオドールなら分かるだろうに。

「俺は君に関することだと、どうにも頭が悪くなるんだ。言葉で言ってもらわないと分からない」
「私がミステリアスだということですか?」
「ミステリアスの意味を、どこから説明してほしいんだ?」
「ちょっとした冗談じゃないですか」

 テオドールは呆れたような表情だが、機嫌は多少直ったみたいだ。ララは顔をほころばせる。

「イーサン卿が戻ってこられましたし、グラント卿もフロイド様たちを追ってください」
「やっぱり君だけ残すのは」
「私の会話スキルを向上させるためだと思ってください。あなたがいると頼ってしまいます。一人で頑張ってみますので、後で倉庫の中のこと教えてくださいね」
「……変な男についていくなよ」
「もちろんです」
「イーサン卿以外には話しかけるな。女性も霊も駄目だ。俺が戻るまでは誰にも心を開くんじゃない」
「私のこと子供だと思ってます?」
「……子供だと思えたら、もっと楽だったよ」

 捨て台詞にしては難解な言葉を押し付けて、テオドールが倉庫に飛んでいった。
 彼の過保護さには慣れてきたつもりだったが、まだ上があるらしい。

(あなたが私の心配をしてくださるのは……私にしかこの役が務まらないから、ですよね)

 自惚れてはならない。テオドールが頼れる相手は、世界中で自分しかいない。ただそれだけだ。それだけで、充分だ。
 自分の頬を両手で挟み、目をつぶる。

 思考を切り替えたララは、戻ってきたイーサンにさりげなくカフスボタンを向けた。記録の練習をするためだ。
 並んで倉庫の周りを歩く。時々筋肉質な従業員を凝視する演技も忘れない。

「捜査局の方が来られたと聞いた時は何事かと思いましたが、ララさんを含め楽しい方たちで安心しました」
「そう言っていただけて嬉しいです。捜査官は何かと警戒されやすいので」
「立場上、仕方がないですよ。ララさんは配属されてから、まだ日が浅いのですか?」
「そうなんです。最近配属されたばかりで」
「では、グラント卿と面識はないのですか?」
 
 突然テオドールについて聞かれ、肩が跳ねる。なんと答えるべきなのだろう。以前から開発局員として知り合いではあったが――。

「私が捜査局に配属されたのは、グラント卿が亡くなった後でして」
「そうでしたか」
「イーサン卿は、グラント卿と面識が?」
「いえ。直接お会いしたことはありませんが、ご活躍は風の噂で。それゆえに残念です。この国は大きなものを失った」
「……私も、そう思います」

 国中の期待を背負っていたテオドール。まだ若く、仕事以外にも、やりたいことがたくさんあったはずだ。もっと生きたかったはずだ。
 ララだって彼に生きていてほしかった。人々が彼を褒めたたえる度、笑顔を返しながら心を痛めた。
『素晴らしい人』と誰かが言う度、彼が過去の人になっていくようで辛かった。

 けれどもテオドールは、決して弱さを見せなかった。自分の死は他殺だと予想しておきながら、家族の気持ちと患者の安全を優先し、捜査を後回しにした。
 現実にあらがいたいララと違って、彼は時の流れに逆らわない。

 なぜそんなに強くいられるのだろう。
 彼はいつだって、彼自身がいない未来を見て、自分以外の人のために最善を尽くそうとする。

(私にできるのは、生きて未来を確かめること……か)

「……グラント卿の件はとても残念ですが、私たち捜査官が立ち止まるわけにはいきません。彼はきっと、全てを受け入れていらっしゃると思いますので」

 ララが空を見上げて言えば、イーサンは地面を見て思案する。

「ララさんのおっしゃる通りですね。あの方は死さえも覚悟されていたでしょう。功績を残す方というのは、それだけ多くの想いを背負うものですから。期待だけでなく、恨みや妬みなんかも」

 二人でテオドールについて話しているうちに、賑やかな倉庫街を一周していた。
 ララはキョロキョロと辺りを見回す。数十分しか離れていないのに、もう会いたくなってしまった。
 落ち着かない気持ちでいたところ、倉庫からテオドールたちが出てきた。表情から察するに、カルマンとは遭遇しなかったようだ。
 こちらを見たテオドールがすぐさま飛んでくるものだから、勝手に頬が緩む。

 ララは駆け出す直前、「あっ」とイーサンの方に振り返った。
 
「イーサン卿、今日はお付き合いいただきありがとうございました。私たち、グラント卿の意志を継いで、ミトスをもっと素敵な国にします!」
 
 新たな目標ができた。
 テオドールが望む未来を、彼の代わりに、自分が見よう。
 
 ――彼が神の元に帰るまで、あと四十日。

 ララは地面を蹴って、テオドールの元に走った。
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